陸肆 たいせつなひと
あらすじ
チャーター便まで時間があるからって事で、ぼく達はフィリアさんの案内で海岸に連れてってもらう事になる。
その途中でぼくはフィリアさんに、ししょーがどんなふうに連絡してきたのかを訪ねてみる。
難しくてあまり分からなかったけど、その途中でシャトレアさんも会話に入ってきた。
それからZギア関係の話になって、記憶が抜けている間にあった事を少しだけ知る事が出来た。
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[Side Kinot]
「…フィリアさん、あの島がそうなの? 」
「ええそうよ」
シルバーレベルって聞いてるけど、ぼく達だけで大丈夫なのかな…? あの後ぼく達は、“エメラルド海岸”っていうビーチでしばらく過ごした。シーズン中じゃないから海には入らなかったんだけど、冬じゃないからそれなりに人はいたと思う。緑色の砂が凄く綺麗で、天気も晴れてたから凄く輝いて見えた。それでぼくは海から少し離れた」ところにいたんだけど、その時にフィリアさんから色んなことを訊くことが出来た。話し始めると長くなるけど、ししょーとどんなふうに出逢ったのかとか…、大体はそんな感じかな?
そしてちょっと早めに海岸から戻って、昼ご飯を食べてから孤島に行く準備をしていた。その時にダンジョンで必要な物とかを揃えたんだけど…、フィリアさんが道具の事をたくさん知ってて凄くびっくりした。これは船の中で聞いて知った事だけど、フィリアさんはZギアの会社の副CEOになる前は救助隊をしていたみたい。
「“ヴィシリア島”、ルデラではそう呼ばれているわ」
「ヴィシリア…? ラスカだと“伍黄の孤島”って言われてるんだけど…」
「ええ。由来は私うろ覚えだけど、確か“伍黄の孤島”は通称みたいなもの。確かラスカの伝承に関係があったような…」
伝承…。って事は、ししょーも調べてるのかな? 話を今の事にすると、時間が来てから船に乗って、ぼく達は目的の島、“伍黄の孤島”に向かっている。船はチャーター便だから漁船みたいに小さいんだけど、甲板は広めだから五人乗っても結構な広さがある。船に弱いライトさんにとっては凄く助かる事みたいで、港から出て一時間ぐらい経ってるけど船酔いしてる様子は無さそう。船のスピードに合わせて飛んでる、って言った方が正しいのかもしれないけど、顔色は良さそうだから平気みたい。
それで進む先に島みたいな影が見えてきたから、それに真っ先に気付いたシオンさんがすぐにフィリアさんに訊いていた。こくりと頷いてから島の事を話してくれていて、その島の方を前足で指してくれながら色々教えてくれる。伝承って言われると少し興味があるけど、これは多分、“ビースト”の事と関係があると思う。どっちが先に呼ばれるようになった名前かは分からないけど、通称って事は、ヴィシリア、っていう方が先なんだと思う。
「へぇー。…でもフィリアさん? 話変わるんだけど、ダンジョンなのにわたし達だけで入っちゃって大丈夫なの? 活動申請しないといけない、って前に代表から聞いた事があるんだけど…」
「それなら問題ないわ。ライトが…、って名前が同じだとややこしいわね。同じ職場にギルド協会の副会長してるピカチュウがいるから、話は通してあるわ」
「ピカチュウのライトさんが? Zギアの開発者、ってアーシアちゃんから聞いてたんだけど…」
「言葉足らずだったわね。正確には兼任してる、て言った方が正しいわ。ヴィシリアのダンジョンも言うほど危険じゃないから、今の私でも十分何とかできる…、と思う」
知りあいがいるなら…、大丈夫なのかな? 風に赤いスカーフを靡かせているシャトレアさんは、そういえばって言う感じでフィリアさんに質問する。この感じだとぼくの心を読んでなのかもしれないけど、さっきからぼくが気になっていたことを訊ねてくれていた。だけどぼくの心配は思い込みだったみたいで、フィリアさんは一度ライトさんの方を見てから、事情を話してくれる。住んでる時代が違うから仕方ないと思うけど、フィリアさんの言う通り、名前が同じだと少し不便な気もする。でも種族は違うみたいだから、フィリアさんは少し補足を入れ、…でも何故か不安そうな表情を浮かべながらこう言い切っていた。
「フィリアさんが? 副社長さんなのに? 」
「ええ。これでもDM事件の頃までは救助隊をしていてね、途中までは私も前線で戦ていたわ。その時も症状が出ていたけれど、一人の仲間に見抜かれてね…。シルク、ていうエーフィなんだけど…」
エーフィ? 確かししょーの師匠のエーフィだったような気がするけど…、その人の事なのかな? 多分シャトレアさんもそうだけど思うけど、シオンさんは気になっていたらしい事をグレイシアの彼女に尋ねる。この事件はどこかで聞いたような気がするけど、何かモヤがかかったように曖昧で思い出せそうにない…。もしかしたら記憶が抜ける前にししょーから聞いたのかもしれないけど、覚えてないからフィリアさんの話に聞き耳をたててみる。そのフィリアさんは何か遠い目をするような感じで、その時のことを順番に話し始めてくれた。
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[Side Filia]
「…コレで…行かせてもらうわ! 」
「どんな技か分からないけど…冷凍ビーム!! 」
あの時は確か、事件解決のために敵陣に乗り込む直前。その前準備として、メンバー全員で戦法とか技の最終調整をしている頃だったわね。私の相方が一人に対して選抜された四人で捕まえる、ていう訓練内容。その二組目で私が逃げる側として参加する予定だったけど、その時シルクに、私の持病を見抜かれた。私は何とか隠し通せているつもりだったけど、シルクには無理だった。初めはマグレ、そう思ってたけど、いつ録音したのか音声データも証拠として出されたから、認めざるを得なかったのよね…。
でも隠してきたのは、仲間のみんなを心配させたくなかったから…。けど私は、何もしないで後悔するより、身を犠牲にしてでも世界を救いたい、この想いの方が強かった。…だから言い当てられたあの時は、想いが叶えられなくなる、て自棄になっていたのかもしれないわね…。言った事を知らないものとして、とっておきの仲間が一人で私に挑みなさい、…だったかしら? 私の宣言に挑んだのがシルクで、私の優勢だった…。
優勢だったけど、何故かあの時のシルクは余裕そうな感じだった。あの時は追い込まれているのに余裕そうだった理由が分からなくて、戦闘中だったけどずっと考えてたわね、まだまだ策は残している、私が喘息だからこの程度で十分、ていう風に…。
「ひゃっ!? 」
そんな筈は無い、喘息だから弱くなってるはずがない! そういう思いを込めてビームの勢いを強めたら、シルクの攻撃を押し返すことが出来た。偶々反応も遅れたみたいだから、シルクの後ろ足にあたって体勢を崩す事もできていたわ。
「…ま、まさか押し返すどころか発散させられるとは…予想外ね……」
「さ、さっきの…はぁ、はぁ…余裕の顔は…どうしたの…よ? や、やばい呼吸が…」
けれど無理して威力を強めた影響で、一気に息苦しくなってきた。シルクからも余裕の表情が消えていて、後ろ足も痛めて立つだけでもやっと状態。…だけどあの時の私には、喘息持ち相手なら動けなくても余裕で勝てる、そんな風に見えていたんだと思う。
「…フィリアさん、無理そうなら…」
「黙って…! はぁ…はぁ…わ、わたしは…こんなんじゃ、ない! 」
だから私は、シルクが気遣ってくれたのに無視して技を準備した。シルクなんかに私の想いが分かるはずがない、勝てるはずがない、もの凄く苦しくなってきてたけど、ボロボロの肺に鞭打って走る…。喉元にエネルギーを溜める度に肺を思いっきり握られるような圧迫感があったけど、構わず溜め続けた。
こんな精神的にギリギリの私とは対照的に、シルクにはまたあの笑顔が戻っていた。後ろ足の自由が利かなくて苦労しているはずなのに…。それもその笑顔は、私を嘲笑うようなものじゃなくて、暖かみのある優しいもの…。…じゃあ何でギリギリなのに、あんな笑顔で戦えるの、躍起になっていたあの時の私にはその意味がさっぱり分からなかった。
「氷の…礫! 」
色々考えてみても分からなくて、当時の私も気づかない間にその思いは疑問に代わっていた。自分ではそのつもりは無いのに、息が出来ないから思うように体が動かない、苦しくて満足にエネルギーも溜められない、これは何故…、て言うように。すぐに撃ちだしたけど、スピード、礫の鋭さ…、何もかもが満足にいかなくなってもきていた。
この時の氷の礫は命中させれたけど、最大限に溜めたはずなのにシルクは全く痛そうにしていなかった。…この時初めて、私はもう戦えない、て思い知らされたと思う。
「はぁ…はぁ…、…っはぁ…」
「…ふぅ、中々辛いわね前足だけって」
こう分かって当時の私は、やっと冷静になれたのかもしれない。だけど同時に、闘えないなら何をすればいい、ただのオペレーターに落ち着いいいの、こういう迷いも生まれてきた。…確か分かってはいたけど、当時は一部を除いて相談した事が無かっから、自分だけで悩みを抱え込んでいた。もしかすると他の仲間も気づいてたかもしれないけど、実力のある私には指摘しづらい、教わった恩を仇で返すことになるかもしれない、勝手に仲間に対してこう推測していた。
「じゃあ、ゆっくり…深く…身体に空気を染み込ませるように吸い込んで」
だけどシルクだけは、私の想いに反して、正面から指摘してくれた。私に嫌われるかもしれない、そう思ってたはずなのに…。…だけどもしかすると、私がこう思うと分かっていてあえて指摘した、私の事を思って指摘してくれた、こういう考えも浮かんできていた。私の思い込みかもしれないけど、シルクはバトルを通して私の想いを感じとってくれた…。こう他人に対して感じたのは、今は行方不明の彼以来だったかもしれない。
「え、ええ…」
そう思えたことが、すごく嬉しかった。だから、シルクなら私の全てを受け入れてくれるかもしれない、こうも思えた。
「シ、シルクさん…」
「ん、なにかしら? 」
「そ、その…ありがと」
という事はもしかして、私が喘息持ちだという事を明かしたのも、私の事を受け入れてくれていたから…。こう感じたから、心の底からありがとう、って言えたと思う。
「あなた達なら私の過去、未練を…託せるかも」
私の事を分かってくれたシルクになら、全てを話せるかもしれない、って…。
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―――
[Side Kinot]
「…こう思えたから、私は救助隊としては一線を退けれたのかもしれないわね」
「そう思わせてくれるって、シルクらしいね…」
会った事ないけど、ししょーの師匠って、優しい人なんだね。
「という事は、ライトちゃんにもそういう経験があるのね? 」
「はい。同じって言われると違う気もするけど、私もシルクとは色んな事があったから、フィリアさんの気持ちもわかるなぁー、って思って」
「ええっと確か、シルクっていう人に助けられた、って言ってたっけ? 」
「そうだよ。キノト君がいる時にも話したんだけど、この左目の傷…。助けてくれた時にシルクも怪我してたんだけど、自分より私の方を優先してね…。そのお陰で私は左目を失明しただけで済んだんだけど、代わりに喋れなくなっちゃって…。シルクはテレパシーを使えるから話す事には困らな…」
「テレパシー? もしかしてそのエーフィって、白い服とか着てたりする? 」
「えっ? うん。最近はいつも着てるみたいだけど…」
「それなら、水色のスカーフと眼鏡をかけてなかった? 」
「うん。メガネはかけてないけど、同じ色のスカーフなら着けてるよ」
あっ、そういえば、“漆赤の砂丘”に行った時、そう言う感じのエーフィさんがいたね。フィリアさんが自分の事を話してくれてから、話題は出てきたエーフィの事になる。話を聞いた感じだと、フィリアさんが話してくれたシルクさんと、ライトさんを助けたっていうシルクさんは同一人物。失明したこと自体も大ごとだと思うけど、シルクっていうエーフィさん…、確かししょーの師匠は、人の事をまず第一に考える人、話を聞いて、ぼくは率直にそう感じた。
このままの流れでライトさんも話し始めていたんだけど、何か思い当たる事があるみたいで、シャトレアさんはふと言葉を遮る。言われてみればシャトレアさんが言ってる特徴の人は、つい昨日ぼくも会ってると思う。その時はユキメノコさんもいたけど、あの時のエーフィさんも白い服を着ていたと思う。だからシャトレアさんは、多分昨日会ったエーフィさんの事を聞いているんだと思う。更にシャトレアさんは、どこか確信したような感じで、こんな事を尋ねていた。
「じゃあ…、コバルオンとエーフィ、って言われて、何が想像できる? 」
「こっ、コバルオン? うん! シルクといえば“絆”だし、私の時代のコバルオンとは知りあいだか…」
「そっか。種族が違うから矛盾してたけど、それなら納得だよ」
「納得? シャトレアさん、どういう事ですか? 」
うーん、ぼくにはよく分からないけど…。
「昨日会ったエーフィと、フィリアさんとライトさんが話してたエーフィが、同じ人ってこと」
「ええっ、同じ? でっ、ですけどシャトレアさん? 昨日のエーフィさん、フィフ
って呼ばれてましたよね? 」
「うん。だけどよく考えてみて? キノト君なら分かると思うけど、コバルオンっていう種族は“絆の守護者”って言われてる。それから昨日のエーフィ、あの時私は“エーフィのあの人は絆”って言ったのは覚えてる? あの人、テレパシー使ってたよね? 」
「はっ、はい。シャトレアさん、何か凄く取り乱してたから…あっ…! 」
どっちもテレパシーを使えるエーフィで、白い服を着て水色のスカーフを着けてる…。それから“絆”のイメージカラーは青で、“絆”はコバルオンっていう種族が就いてる、ってししょーが言ってた。って事は…。
「そう。メガネをかけてる事以外、同じでしょ? だからあのエーフィの本当の名前はシルクで、フィフは偽名…。それならウォルタ君と“証”の事を知ってることの説明が出来るでしょ? あの人はライトさんと同じ、
過去の世界の人なんだから…」
“漆兌の祭壇”で暴走するししょーを止めてくれたのが、フィリアさんとライトさんが言ってたシルクさん…? だからあの人が…、ししょーの師匠…? …じゃあ何で、あの時本当の名前を教えてくれなかったんだろう…? 何か訳アリみたいだったけど…。
続く