陸弐 ルデラ諸島へ
あらすじ
ししょーが入院する病院から走ったぼく達は、予想に反して余裕で船に乗る事ができた。
確保できた夜行船の個室でぼく達は、この時にようやく自己紹介をする事になる。
その途中でシャトレアさんが借りたPギアに着信が入る。
ししょーから送られたメールには、“ルデラ諸島”に着いてからの事と、“伍黄の孤島”の事について書かれていた。
――――
[Side Unknown]
…何とか潜入できた、けど…。
思った以上に、深刻ね…。
言動から考えてみると、――の件の黒幕は――。
それと・・・ーと――さんから聞いた――の件も、“――”の人達はココを拠点にしていることに間違いなさそう。
…この二つは同一人物だけど…、聞いていた以上に―――…。
おまけに今日、“・・・タウン”を―――するとまで言ってる…。
こうなると…、私も形振り構っている場合じゃないかもしれないわね…。
私と彼女、二人でどうにかできる状況じゃないけど、せめて、―――だけは避けたい。
できる気がしないけど、そうすると決めた以上は、もう後戻りはできない…。
結果的に多くのひと…、最悪私達も傷つくことになるけど、そうでもしないと救えるモノも救えなくなる…。
だから私は…、―――としても…、“自分”を捨て…、最難の任務を成し遂げてみせる…。
コードネーム“フォス”、これより任務を開始する
――――
[Side Kinot]
「…うそ…、嘘だよね? 」
「…ごめんなさい。思い出したいんだけど、思い出せなくて…」
そんなに大切な事、忘れてるなんて…。船の中で一晩明かしたぼく達は、軽い朝ごはんを済ませて船旅を楽しんでいた。ライトさんは今席を外してるけど、ぼく、シャトレアさん、それからスバメのシオンさんの三人で適当に雑談…。だけどシオンさんが提案してきたことに、ぼくは全然ついていくことが出来なかった。シオンさん、それから船酔いしてるらしいライトさんはぼくと会った事があるみたいだけど、ぼくは全然覚えてない。ししょーからはぼくには記憶障害がある、って聞いてるけど、それでもやっぱり、凄くモヤモヤする。会った人の事はずっと覚えてる自信があるから、記憶障害があっても忘れている自分が許せない…。おまけにどう考えても、シオンさんとライトさんの事は忘れられる筈が無いから、尚更…。
シャトレアさんは渋々信じてるみたいだけど、ライトさんは過去の世界から来てる伝説の種族。おまけにししょーの兄弟子…、じゃなくて女の人だから姉弟子だから、ししょーの弟子のぼくにも関係がある。何日か前にぼくの地元の旅館で初めて会った、って言ってるけど、ぼくは最近実家に帰ったけど旅館には一度も寄ってない。心を読んだシャトレアさんが言うには、ライトさんも嘘はついてないみたいだけど…。
それからシオンさんの方も、ぼくとは凄く関わりがあるらしい。ぼくはさっき初めて聞いてビックリしたけど、シオンさんは元々違う世界の人間で、気付いたらこっちの世界でスバメになっていたらしい。倒れていたのはぼくとししょー、シャトレアさんが昨行ってた“赤兌の祭壇”で、ぼくとししょーに助けられた。それでその足で寄った旅館でライトさんと会って、泊まってから“トレジャータウン”っていう町に行った。その時に沢山の人と知り合ってるみたいだけど…、やっぱり誰ひとり思い出せない…。
「思い出せないって…。…わたしも元の世界の友達とか…、思い出も思い出せないけど…。でも、わたしとの約束だけは…、覚えていてほしか…」
「…大変長らくお待たせしました。あと五分程で当船は“ルデラ諸島”、“ポートタウン”に到着致します。お荷物等、お忘れ物の無いようにご注意ください。なお、当船は…」
「…キノト君、シオンちゃんも、とりあえず降りる準備、しよっか。気持ちは分かるけど…」
「…はい…」
もしかしてシオンさんも、記憶喪失、なのかな…? 向かい合って座ってるシオンさんは、がっかりしたような感じでぼくに言う。そんなに大切な事をを忘れちゃってて凄く申し訳ないけど、やっぱり思い出せないものは思い出せない…。昨日とか話す前とは違って表情が暗くなってるから、余計に悪いことをしちゃった、っていう思いで満たされてしまう。…だけどそんな湿った空気になっているこの部屋…、だけじゃなくて船全体に、館内アナウンスが響き渡る。シオンさんも何かを言おうとしていたみたいだけど、突拍子もなく流れた放送で、興が逸れたのかもしれない。相変わらず気まずい空気のままだけど、気分を切り替えよう、って感じでシャトレアさんが言いながら立ちあがっていた。
「ライトさん、まだ戻って来てないけど…」
「荷物持って出てったから、港に降りてから合流でもいいんじゃない? 降りる場所は同じなんだから」
「うっ、うん…」
言われてみればライトさんの鞄が無いけど、だったら大丈夫なのかな? ぼくが戻って来てないけど大丈夫なんですか、って訊こうとしたけど、それよりも早くシャトレアさんはこくりと頷く。心を読んでいたのかは分からないけど、これは多分、ライトさんが部屋から出る時に見ていて知ってたから、だと思う。確か甲板で外の空気を吸ってくる、って言ってたような気がするから、もしかするとライトさんは本当にシャトレアさんが言った通りにするつもりなのかもしれない。そうじゃなかったらもう戻って来てるはずだから、ぼくもとりあず頷いてから、下ろしていた腰を上げる。そして大して荷物は広げてないけど、ぼく達は狭い個室で降りる準備をし始めた。
――――
[Side Kinot]
「へぇ、ここが“ポートタウン”なんだ。初めて来たけど、本当に港町、って感じだね」
「そうですね。…ですけどライトさん、遅いですね。流石にもう降りてるはずですけど…」
何か気分悪そうだった気がするけど、大丈夫なのかな…? 船が港に着いたから、ぼく達は係員さんの案内で船を降りた。…だけどライトさんとはまだ合流出来てないから、やっぱり心配になってしまう。入れ違いになったって事も考えられるけど、船の出口は一つだからそれは無いと思う。ライトさんは飛べる種族だけど、降船の手続きとかもしないといけないから、先に飛んで降りたって事も考えられない。だから一応ぼく達は乗船所の前で待ってるけど、ライトさんらしき人は今のところ出てきてない。だからぼく達は、船酔いしたらしいライトさんを待つしかない状た…。
「あのー、もしかしてあなた達、ラスカから来てる四人組かしら? 」
「あっ、はい。まだ一人降りてきてないんですけど…。って事は…」
この人がそうなのかな? 周りをキョロキョロ見渡しながらライトさんを待っていると、そこに誰かが話しかけてきた。余所を向いてたからまだ見てはないけど、声的に女の人だと思う。何かを確かめるように訊いてきたから、ぼくは振り返りながらその人の問いかけに答える。
「グレイシアさんが、ししょ…」
「ウォルタ君が言ってた迎えの人? 」
「ええ。ウォルタ君から話しは聴いているわ。イワンコという事は、あなたがキノト君ね? 」
「はい! ししょーの弟子のキノトです! 」
やっぱりそうだったんだね! 振り返ったそこには、一人のグレイシア…。その人は前もってししょーから聞いていたらしく、遮って訊いたシャトレアさんの問いに大きく頷いていた。グレイシアさんはぼく達三人に目を通してから、ぼくを見下ろしてこんな風に訊いてくる。言い当てられたから少しビックリしたけど、その反面少しだけ嬉しくもあった。
「それから二人は…」
「あっ、エネコロロのシャトレアと、スバメの女の子がシオンちゃん。ええっと、きみは…」
「シャトレアちゃんに、シオンちゃんね? アタシはフィリア。“Zギア”の副CEOといったところね」
「えっ、CEOって、凄く偉い人だよね? ウォルタさんって、そんな凄い人と…」
ししょーって色んな所に知り合いがいるけど、ここまで偉い人は初めてかな…。ぼくから視線を上げたグレイシア…、フィリアさんは、ぼくの隣にいるシャトレアさん達の方にも目を向ける。二人の事は訊いてなかったのか、フィリアさんはここで詰まってしまっていた。するとそんなフィリアさんの心を読んだのか、気付いたらしいシャトレアさんがすぐに自己紹介…。シオンさんのと合わせて、簡単にフィリアさんに名乗ってあげていた。
紹介してもらっていたフィリアさんは、一人ひとり名前を呼びながら視線を流す。その後で自分も名乗ってくれて、それと合わせて職業まで教えてくれた。CEOって事は社長ぐらい高い役職だったと思うから、シオンちゃんが言った通り会社だと凄く偉い立場になる。…だけど年配とかそういう雰囲気は全然なくて、むしろシャトレアさんと同じぐらいの歳なんじゃないか、そんな感じはあるような気がす…。
「キノト君、遅くなってごめん。降りる時に少し手間取っ…」
「らっ、ラティアス? 何でラティアスがラスカから…」
「あっ、もしかして君がウォルタ君が言ってた人かな? グレイシアって事は、フィリアさんですね? 」
「えっ、何で分かったのよ」
「アーシアちゃんから聞いていたから、かな? 」
「アーシアちゃんから? 」
「はい。“ラスカ諸島”って言うより、私はシルクと同じ時代から来てる、って言った方が正しいです。ライトっていう名前なんですけど、友達であって旅仲間、って感じかな? 」
「…凄い偶然ね。けど、シルクの事まで知ってるとは思わなかったわ」
話していたところで、ライトさんがやっと出てきてくれた。だけどフィリアさんは凄く驚いていて、思わず声をあげてしまっていた。それから二人で何か話していたけど、正直言ってぼく…、多分シャトレアさんとシオンさんも、ついていけずに黙って聞いてるしかないけど…。だけどそれでも、ライトさんとフィリアさんには、ししょー以外で共通の知り合いがいる、っていう事だけは分かった気がした。
続く