伍玖 師の離脱
あらすじ
“ラムルタウン”から船に乗ったぼく達は、その船内でミナヅキさんにこの諸島の事を話す。
話終わってしばらくすると、船は目的地の“ワイワイタウン”に到着する。
だけど帰宅ラッシュの時間帯という事もあって、乗船所は沢山の人であふれかえっていた。
おまけにその時にミナヅキさんとはぐれてしまい、それでもシャトレアに流されるかたちで、予定通り“アクトアタウン”に向けて走り始める事になった。
――――
[Side Minaduki]
「…キノト君、ちゃんといる? 」
「はい! 多分前にいます! ミナヅキさんもついてきてますか? 」
「俺は問題ない。おそらく少し後ろだ」
姿は見えねぇーが、近くにいるのは間違いなさそうだな。…しかしここまでの規模は、流石に“月”でも無かったな。そうなると、“太陽”は平和なだけでなく経ざ…。
「ミナヅキ、ここにイたのか」
「たっ、隊長? 目が覚めたのですか? 」
「先日ナ。…しカしミナヅキ、お前は何をコこで何油を売っていル? ムナール様から戻るよウにとの通達がアル」
「…そう、ですか…。ですが俺は、“太陽”の地理情報と状況を調…」
「そんな事はドうでもいい、オ前の任務は
あの生物を捕え隷にスる事だと聞いてい…」
「存じています。…ですが隊長、調査の最中に興味深いことが判明しまして…」
「ほゥ、その興味深い事とハ? 」
「俺も偶然見つけたのですが、“導かれし者達の軌跡”などの書物によると、異世界出身の者は―――」
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[Side Kinot]
「…だけどシャトレアさん、ぼくはミナヅキさんが嘘をついてるなんて思えないんです」
「キノト君の気持ちも確かに分かるよ? キノト君は考古学者に悪い人はいない、って思ってるみたいだけど…」
ぼくはそう信じたいけど、心が読めるシャトレアさんが相手だと、勝てないかもなぁ…。あれからシャトレアさんとミナヅキさんの事で走りながら話しあってるけど、正直言って言い負かせる見込みが全然ない。ぼくが思う事を言おうとしても、シャトレアさんはチカラで心が読めるから、先を越されて言いくるめられてしまう。だからといって出来るだけ考えないようにしても、やっぱりそういう思いも伝わってるみたいで、シャトレアさんはぼくの事を論破してくる。だからぼくは丁度今“アクトアタウン”に着いたところだけど、全く歯が立たなくて心が折れそうになってきてる。見習いの考古学者と二等保安官、っていう職業の差もあるのかもしれないけど…。
「たまたま“祭壇”で会っただけだし、信じてもいいような証拠と根拠が…」
「
…ぅゥっ……くっ…ッ! 」
「ウォルタ君! 」
「ししょー、目が覚めたんですね! 」
ししょー! シャトレアさんがここぞとばかりに決め台詞を言おうとしてきたから、ぼくは負けた、認めたくは無いけどそういう結果が頭の中に浮かんでくる。だけどシャトレアさんが言いきろうとしたその時、ずっと気を失っていたシャトレアさんにせおわれてるミズゴロウ…、ししょーが小さく絞り出すように声をあげる。多分右前足の痛みで目が覚めたんだと思うけど、相当痛むらしく顔を歪めてしまっていた。
それでししょーが目を覚ましたから、ぼく達は揃って呼びかける。今は議論の真っ最中だけど、ししょーが目覚めたからそれどころじゃない…。
「…痛ァっ…、コこ…、は…」
「“アクトアタウン”だよ! 」
「アクトア…、タウン…。…そウだ、“ビースト”は…、“ビースト”ハ…、そうナッた…っくぅっ…! 」
「ししょー! だっ、大丈夫です! ししょーが倒したから…」
だけどししょー、もしかして、“証”を外した影響がまだ残ってるのかな? 少しずつ意識がハッキリしてきたらしく、ししょーは絞り出すように質問してくる。身長差で見上げるような感じになってるけど、多分ししょーは歯を食いしばって痛みに耐えているんだと思う。だけどここで例の事を思い出したらしく、ししょーは痛みで顔を歪めながらもぼく達を問いただしてくる。あの事を覚えていないのにはビックリしたけど、ぼくはひとまず“祭壇”での事を話そ…。
「っぁ…! 」
「ウォルタ君! 骨折れてるんだから無理しないで! 今“アクトア”の病院に連れてってるところだから」
「“アクトア”…、の…? 」
「うん。私達も何でかは分か…」
「それなら…、キノト? 」
「はっ、はい! 」
ん、何なんだろう…?
「キノトハ覚えて…、なイかもしレないけど…、ギルドの方に…、行っテくれる…? 」
「ギルドに…、ですか? 」
「うン…。調査が終わってから…、合流スる事に…、なってたんだけど…、そこでライトっていう人とアーシア、ティル君とテトラさんとシオンさんの五人が待ってるはずだから…っ」
うーん…、誰だっけ? …だめだ、全然思い出せない…。話そうとはしたけど、ししょーに割り込まれたから話せなかった。それどころかぼくが多分忘れてる事を頼んできたから、そっちに気をとられてしまう。確かにししょーの言う通り覚えてないけど、何故か始めて聴いた名前じゃないような気もしてる。…流石にここのギルドの場所は覚えてるけど、キリがかかったみたいにモヤモヤして…、凄く気持ち悪い。それに忘れたらいけない何かも、忘れちゃってるような気もするし…。
「五人全員でも…、一人でもいいから…、病院まで連れテキテ…。…キノトが行けば、分かってくれルはずダから…」
「…はい! 」
ししょーの頼みだから、行った方が良いよね? ししょーの事も心配だけど…。シャトレアさんに背負われたままのししょーは、折れてない方の左の前足で行き先を指す。今大通りを走っていて、確かししょーが指した先にはアクトアタウンのギルドがあったと思う。それで病院は一本手前の道を左折した先にあったはずだから、連れていく時も迷わずに戻れると思う。…相変わらず何で連れてこないといけないのかは言ってくれなかったけど、とりあえずぼくは走る足に更に力を込めて加速した。
――――
[Side Fif]
「…サードから聞いてはいたけれど、これは思った以上ね」
『そうね…。…だけど、事の発端はこの街で間違いないと思うわ』
「ええ。上手く言葉に出来ないけれど、何か悪いことが起きそうな…、そんな気がするわ」
『私もよ。…だけどミウさん、これで決心できたわ』
「…本当にするのね」
『ええ。親友への罪滅ぼし、って言われたらそれまでだけど、これ以上犠牲者を出さないためにも、ね…。だから私は――」
――――
[Side Kinot]
「…すみません! ここがギルドで…」
水車があるつきあたりの建物だから、あってるよね? 真っ直ぐだったからすぐ着いたけど、ぼくは全速力で走って正面の建物に駆けこんだ。ししょーの事はシャトレアさんに任せる事になっちゃうけど、ししょーの頼みだからぼくはあまり気にしてない。だから沈みかけてる太陽を背にした状態で、ぼくはギルドの入り口をくぐりながら大声て呼びかけ…。
「キノトくん、ひさしぶりだね! 」
「えっ…、うん」
「キノトたちは色んな遺跡に行ってたんだよね? 」
「…だけどキノト君? ウォルタ君は? 一緒に行ってたと思うんだけど…」
もしかしてこの二人が、ししょーが言ってた人なのかな…? ぼくが駆けこんだロビーに誰かがいたらしく、その二人ともがぼくのところに駆け寄っ…、じゃなくて飛んで来てくれる。赤くて浮いてる種族のこの人は初めて見るけど、もう一人は凄く明るいスバメの女の子。多分ぼくと同い年ぐらいだと思うけど、この子はパッと明るくぼくに話しかけてくる。もう一人も親し気に話しかけてきたから、この人達がそうなんだ、ぼくは率直にそう思った。
「はい。“漆赤の砂丘”…」
「確かそこって、シオンちゃんが倒れてた所だよね? 」
「そうだよ。…だけどキノトくん、ウォルタさん…」
「ししょーなら病院にいます。多分診察してもらってる頃だと思いますけ…」
「ウォルタ君が? シルクがいなくなって大変なのに、ウォルタ君まで…」
「ええっとライトさん? その人って確か、ライトさんの親友のエーフ…」
「何のことか分からないですけど、連れてきて、って言われてます。…だから、ライトさん、シオンさん、来てください! 走りながら説明しますから」
「えっ…、…うん」
二人しかいないけど、揃ってなくてもいいって言ってたから、いいよね? 何故かスバメのこの子は暗い顔をしたけど、何とかぼくは大事な事だけを二人に伝える。混み具合でどうなってるか分からないけど、ここから病院は近いから、少なくともシャトレアさん達も病院についてると思う。それに話したこの感じ、名前も聴けたから、この二人がししょーの言ってた人なんだって分かる事も出来た。ししょーの事を知りたそうにしてるって事もあって、ぼくは回れ右をしてすぐに駆けだす。後ろで風を切る音も聞こえ始めたから、“赤兌の祭壇”であった事を話しながらアクトアの病院を目指した。すぐ近くだけど…。
――――
[Side Kinot]
「…あっ、ししょー、シャトレアさん」
「キノト君! ええっとこの人達が…、ウォルタ君が言ってた人? 」
「…そうだよ」
もしかして、丁度今診察が終わったところなのかな? アクトアタウンのギルドから三分ぐらい走…、途中からライトっていう人に抱えられて飛ぶ事になったけど、すぐに病院に着く事ができた。一般的にはもう一般外来の受付は終わってる時間だけど、アクトアの病院は遅くまで受け付けているらしい。多分夜の七時ぐらいになってると思うけど、総合受付にもなってるロビーには、十人ぐらいの患者さんが自分の名前が呼ばれるの待っていた。そのうちのぼく達は、このロビーを通り抜けて診察室の方へ…。ライトさんに抱えてもらって飛び越したから楽だったけど、丁度ししょー達が出てきたところだったからすぐ見つける事ができた。ぼくが呼びかけると向こうも気づいてくれたから、続けてきた問いかけにも大きく頷いた。
「キノト君から聞いたけど、ウォルタ君、大丈夫なの? 」
「うーん…、大丈夫とハ言えない…、かな…」
「そう、なんだ…」
「まだ軽い診察しか出来てないけど、この怪我とこの状態だと…、入院する事になるみたいだよ」
入院…、そっ、そうだよね。ししょーって、骨折しただけじゃなくて“チカラ”を暴走させちゃったから…。
「…だかラ、悔しいけど…、僕はここまでだね…」
「ウォルタ君…。…一応聞くけど、病院から居なくなる、なんて事はしないよね? 」
「ライトさん、何言ってるノ? そんな事する訳ないでしょ? 」
「…なら良かった」
さっきから気になってるけど、何かあったのかな? 抱えていたぼくを床に下してから、ライトさんはシャトレアさんに問いかける。シャトレアさんの事はまだ話せてない…、そもそもライトさん達の事も聴けてないけど、状況的に分かってくれてるのかもしれない。訊かれたシャトレアさんはすぐに視線を上げ、さっきまで診てもらっていた事を教えてくれる。だけど結果はあまり良くなかったみたいで、明るいシャトレアさんでも表情が曇ってる…。特にししょーは一番悔しそうで、チーゴの実を沢山食べた時みたいな苦い顔をしている。時間が経った今でも話し方が変だから、その度合いも相当のはず…。その証拠に、訊いてきていたライトさん、それからぼくからも視線を逸らせていた。
「…キノト、シャトさんも、ここまで連れてキてくれて…、あリがとう。…だけどごめン…、僕はここまでみタイだよ…」
「ししょー…」
「だからキノト、“ビースト”ノ討伐、二人に任せたヨ…」
「…はい! ですけどししょー? ぼく達はこれからどうすればいいんですか? 」
「そうだよね。“赤兌の祭壇”はウォルタ君達が行った事があったから良かったけど、私も分からないよ。何でこの二人も呼ばれてるのか分かってないみたいだし…」
…そうだよね。待ち合わせをしてた人、っていうのは分かったけど、それだけだから…。ししょーの知りあいみたいだけど、あんなに強かった“ビースト”に勝てる実力があるのかも分からないし…。
「うん。“ビースト”っていうのが何か分からないけど、倒さないといけない何か、なんだよね? 」
「そうダよ。ライトさんが分かる言葉で言ウナら…、ベリー達が会ったあの生き物、あの生き物達の事だよ。…話を戻スケド、“ビースト”が出現する場所は大体予想できてる。…だから、その場所に向かってくれる? 」
「って事は、代表から貰ったメモの意味が分かったんだね? 」
「うん。そのためにはまず…、ライトさン、アーシアっている? 」
「アーシアちやん? アーシアちゃんなら…、あの生き物の事を調べるために図書館に行ってるよ。ティルはラテ君達と“捌白の丘陵”に行ってるし、テトラもマスターランクのチームと“陸白の山麓”の調査に行ってるから、私とシオンちゃんだ…」
「そっカ…。…だけど、“丘陵”と“山麓”に行ってくレテルナラいい誤算だよ。じゃあ…、キノト、シャトさん、それにライトさんとシオンさんも、四人で“伍黄の孤島”っていう所に向かってくれる? 」
「わっ、わたしも? 」
「うん。本当はアーシアがイるのが一番いいんだケど、ルデラ諸島にあるダンジョン。アクトアの船着き場からルデラ諸島の港町、“ポートタウン”への連絡船があるから、それに乗って。それから後の事は船で知ら…、っト、そのためにコレヲ渡しておかなイトね」
“ルデラ諸島”に? 時間が経ってるから痛みはひいているらしく、ししょーは淡々とこれからの事を話してくれる。診察室の前だと邪魔になるからロビーの方に移動したけど、そこの椅子に座ってから話の続きをしてくれる。話しに出てきた人達もししょーの知りあいだとは思うけど、記憶が抜けてるぼくにはやっぱり誰なのか思い出せない…。アーシア、っていう人の名前は何故か懐かしいような感じもしたけど、今は気にせずししょーの話を聞くことにした。
それでその途中で、ししょーは次の行き先を教えてくれる。教えてくれた場所は初めて聞く名前だけど、確か“孤島”っていう言葉なら、サードさんから貰ったメモにも書いてあったような気がする。だからもしかすると、その“伍黄の孤島”っていう場所に“ビースト”がいる、ししょーはそう思っているんだと思う。…だけど“ルデラ諸島”にあるとなると、結構時間がかかるかもしれない、ぼくは率直にそう思った。
そんなぼくを横目に、ししょーはシャトレアさんに持ってもらっていた鞄を漁り始める。利き足を折ってるから捜し辛そうだったけど、この感じだと何とか探し出せたんだと思う。その取り出したものをししょーはシャトレアさんに手渡し…。
「ウォルタ君、これってZギアだよね? こんな高級品を…」
「ウウン、これは初期モデルのPギア。ラスカでの認知度はほぼ無いに等しいけど、
あの事件を調べ始めたぐらいまでルデラで使ってた物…。性能はZギアニ劣るけど、常用するには問題ないカラネ。…っと、もう少し話したいところだけど、すぐにアクトアの船着き場に向かって。あと十五分グらいで…、“ポートタウン”への海上バスが出る筈だから」
「うっ、うん」
「それカラの事は船で一報を入れるから…! 」
「…はい! 」
じゅっ、十五分しかないの? ししょーが取り出したのは、ししょーが左の前足に着けているリストバンド型の通信機。型落ちみたいだけど、それでもラスカでは高級品として知られている代物。Zギアはラスカではまだ売られてないけど、ルデラに行った事があるチームとか、富裕層の間に広まり始めてる、ってししょーが前に行ってたような気がする。そんな最先端の高級品を二つも持ってるなんてビックリしたけど、よく考えたら分からなくもない気がする。確かししょーは“ルデラ諸島”に行った事がある、って言ってたから、その時に向こうで買ったもの、ぼくはそう思ってる。…だけどそれを訊く前にししょーに急かされたから、ぼく、シャトレアさん、それとライトさんとシオンさんの四人は、慌ててアクトアの船着き場へと向かい始めた。
続く