伍捌 疑念
あらすじ
暴走するししょーを止めてくれたエーフィさんの頼みで、ぼく達はししょーを“アクトアタウン”の病院に連れていく事になる。
それには何か訳があるみたいだけど、それを訊く前にエーフィさん達は急に姿を消してしまう。
おまけにシャトレアさんが言うには、ユキメノコさんにも何か普通の人とは違うものがあるらしい。
だけどそこへ入れ代わるようにミナヅキさんが来て、一緒にししょーを運ぶのを手伝ってくれることになった。
――――
[Side Kinot]
「…この諸島の事は大体分かった」
「それならよかったです」
一昨日来たばかりなら、知らないのも仕方ないよね? 気を失ったししょーを連れて“赤兌の祭壇”を出たぼく達は、そのまま“迷路の砂漠”を通ってラムルタウンに抜けた。“祭壇”まではダンジョンを通らないといけないんだけど、帰りは行きと比べてかなり楽。他のダンジョンでもそうだ、ってししょーが言ってたけど、ダンジョンの奥地から引き返すと何故か、一方通行ですぐに突入口に戻れる。何でそうなのかは分からないけど、誰も調べた事が無いから分からないままらしい…。…でも楽できるんならって事で、そのまま解明されずに放置されているんだとか。
それで走って砂漠を抜けて町に着いてからは、すぐに船着き場に行って船に乗った。行き先はもちろん水の大陸の“ワイワイタウン”で、運よく十分ぐらい待っただけで乗る事ができた。それで船の中では、ゆっくりしながら時間を過ごしていた。だけど僕だけはミナヅキさんに質問されっ放しだったから、今も殆ど休めてないんだけど…。
「つまりラスカ諸島は五つの島から成っていて、それぞれの気候も違うっつぅー事だな? 」
「はい。ぼくは霧の大陸と風の大陸には行った事が無いんですけど、水の大陸は割と涼しい方なんです。湿気も霧の大陸よりも少ないみたいだから、岩タイプとか炎タイプの種族でも過ごしやすい、ってししょーが言ってました」
「私は砂と草と霧だけかな」
って事は、シャトレアさんは砂の大陸で働いてるのかな? 話を今の事に変えると、ラスカの事を一通り教えてあげている間、ミナヅキさんはノートにメモしながら訊いてくれていた。ミナヅキさんも考古学者だって言ってたから、これは多分情報を聞き逃さない為の癖、なのかもしれない。風と霧の事はししょーからしか聞いた事が無いけど、他の大陸なら僕は行った事がある。だからその時の事を思い出しながら話していたんだけど、シャトレアさんはミナヅキさんと違ってボーっとしていた。だけどぼくに続いてこう言ったから、今感じだと話だけは聞いてくれていたみたいだった。
「って事は、シャトレアさんは水と風には行った事が無いんですね? 」
「うん。私は“ミストタウン”の生まれなんだけど、あの街は…」
「この度はご乗船ありがとうございます。当船は間もなく、水の大陸“ワイワイタウン”に到着いたします」
「あっ、もう着くみたいですね」
「そのようだな」
あれ、もうそんなに経ってたの? シャトレアさんは何かを話そうとしてくれていたけど、その途中で放送の声に遮られてしまう。ぼくはもう少しかかるかもしれないって思ってたから、体感より早くて少しビックリした。多分話すのに夢中になってたからだと思うけど、この感じだとミナヅキさんもそうなのかもしれない。ぼくと同じように顔を上げ、意外そうにこう呟いていた。
「うん。…じゃあ、ちょっと早いけど先に出口の方にいよっか。混んで遅くなるかもしれないし」
「そうですね」
「そうだな」
水の大陸って、結構降りる人が多いからね。シャトレアさんの提案で、まだ港には着いてないけど席を立つ事にする。向かい合った座席に座っていたぼくとシャトレアさんは、前足を揃えて座る体勢から腰を上げ、ぴょんととこに跳び下りる。ミナヅキさんは二足でも四足でも歩ける種族みたいだから、ぼく達が通路に出てから立ち上がる。丁度窓際の席だったから、ぼくとシャトレアさんは速足で船の後方に向けて歩き始める。波とかの影響で少しふらついちゃったけど、他の人はまだ立ってなかったから、出口の先頭で並ぶことはできた。
「…長らくのご乗船お疲れ様でした。これより、降船を開始します」
「あっ、はい」
「足元にお気をつけて」
本当だね。気をつけないと躓きそうだよ。船が港に停泊したみたいだから、係員のシザリガーさんがすぐ知らせてくれる。その後で船からロープを港の杭?の方に投げて、その方にいたニョロトノさんにパスする。結構太くて重そうだけど、慣れてるみたいで二人とも手際よく杭に結んでいた。
それで係員さんに言われたから、先頭で並んでいたぼくは言われるままに船の端に前足をかける。そこに跳び乗ってから、波で船の方が高くなったタイミングを見計らってからぴょんと大きく跳ぶ。勢いがつきすぎて転びそうになったけど、ふわふわする感覚は残ったままだけで何とか跳び移れた。
「よしっと。…じゃあ、いこっか」
「はい! 」
「ここが、か」
日が傾いてきたけど、多分夜までには着けるかな? 一番後ろのミナヅキさんも降りれたみたいだから、ぼく達は港の桟橋を進み始める。シャトレアさんは気を失ってるししょーを背負ったままだけど、ラムルの船着き場までで慣れたみたいで、ミナヅキさんの支え無しでもバランスをとれてる。だからここからもシャトレアさん一人で背負うことになるけど、走っても大丈夫そうって船の中で言ってたから、これから走る事になると思う。だからぼく達は、桟橋を渡りきって待あ…。
「ええっ、ちょっ、ちょっと待って! 人多すぎない? 」
「おいおい、まさかここを通れ、っつぅーのかよ」
「覚悟はしてたけど…」
ワイワイタウンのこの時間って、こんなに多かったんだね…。桟橋を渡りきって建屋の方に入ったんだけど、そこは凄いことになっていた。丁度ラッシュの時間だからなんだけど、待合室にもなっているそこは見渡す限りの人…、それもシャトレアさんぐらいの種族の人しか通れなさそうなぐらい込み合っていた。ししょーからラッシュの時間帯は行かない方が良い、って言われてたけど、ぼくはまさかここまでとは思ってなかった。ラムルの帰宅ラッシュはこんなにも多くないから、こんなにたくさんの人は今までどこにいたんだろう、正直言ってこんな感想を抱いてしまう。シャトレアさんとミナヅキさんもぼくと同じようにビックリしてるから、もしかするとラッシュの時間帯の港には慣れてないのかもしれない。
「とにかくここを抜けないと話にならないですよ! 」
「そっ、そうだよね? 」
だけどこの人混みを抜けないと“アクトアタウン”に行けないから、意を決してその人壁に飛び込む。ぼくは三人の中で一番小さいから心配だけど、心配しても仕方ないことだと思う。一応アクトアタウンの行き方は教えてあるけど…。
「…キノト君、ちゃんといる? 」
「はい! 多分前にいます! ミナヅキさんもついてきてますか? 」
「俺は問題ない。おそらく少し後ろだ」
ここまで来たら…、何とか抜けれるかな? ぼくは人と人の間を縫うように進みながら、船着き場の出入り口を目指す。人が多すぎて息が詰まりそうになるけど、ダンジョンでモンスターハウスに入っちゃったときよりはマシだと思う。あの時はいつ攻撃が飛んでくるか分からない状態だから、それと比べると大分楽。騒がしい声に紛れて二人の声も聞こえてるから、今のところはぼくを見失ってないんだと思う。
「…何とか抜けれたけど、二人ともいますか? 」
「…うん。私もウォルタ君も大丈夫だよ」
「なら良かったです」
…ダンジョンよりは楽だったけど、もうイヤだな…。ちょっと苦戦したけど、ぼく達は何とか抜けきる事ができた。人混みを抜けて建屋から出ると、相変わらず人は多いけど新鮮な空気がぼく達を迎えてくれる。外に出たから圧迫感も大分マシになって、心なしか解放感があるような気もする。後ろに振りかえるとシャトレアさんも人の森を抜けてきたところだったから、何か凄く疲れてそうだけど何とか応えてくれた。
「後はミナヅキさんだけど…、あれ? ミナヅキさんは…? 」
「…出てこないね」
さっきまでいたはずだけど、はぐれちゃったかな…?
「そうですね…」
「だけどキノト君、私達だけでも先に行こ? 」
「えっ、待たないんですか? 」
先にって…、ミナヅキさんはどうするんですか? 二分ぐらい待ってみたけど、ついさっきまで一緒にいたはずのミナヅキさんは全然出てこない。それどころか、他の大陸からの船も着いたみたいで、溢れる水みたいに沢山の人が出口から出てくるだけ…。そのすぐ前にいるのも邪魔になるから、仕方なくぼく達は邪魔にならない端の方に移動する。だけど隣の建物の壁際まで行った丁度その時、シャトレアさんはこんな風に提案してくる。意外な提案に、ぼくはつい変な声を出してしまった。
「うん。だって少しでも早く、ウォルタ君を“アクトアタウン”の病院に連れて行った方が良いでしょ? 」
「エーフィさん達が手当てしてくれましたけど…、そうですよね…」
「でしょ? 」
何時間か経った今も起きないから、少しでも早く診てもらった方が良いとは思うけど…。ししょーを背負ってくれてるシャトレアさんは、これだけを言うとぼくの前にぴょんと躍り出る。ぼくに同意を求めるように訊いてきたかと思うと、右の前足でアクトアタウンの方を指さす。ぼくもシャトレアさんの言う通りだと思うけど、ミナヅキさんを置いていくのもどうかと思う。だけど渋々頷くのを見ると歩き始めちゃったから、ちょっとモヤモヤしながらもついていくしか無かった。
「それと居ない今だから言えるんだけど、あの人、信用できないんだよね…」
「ミナヅキさんを、ですか? 」
「うん。何で、って言われると上手く説明出来ないんだけど、何か嘘をついてるような気がして…」
「嘘を…? 考古学者のミナヅキさんに限って、そんな事ないと思うんですけど…」
「だけどキノト君、会ってからずっと心を読んでたんだけど、ウォルタ君の事を手伝ってくれたのも、自分のため、ってのが前足にとるように聴こえたから。…だから、信じきってるキノト君を利用して、何かをするつもりなんじゃないかな、って思って。保安官としての職業病かもしれないけど…」
…だからシャトレアさん、ずっと難しい顔してミナヅキさんの事を見てたんだ…。歩き始めてからエネコロロの彼女は、一度辺りをキョロキョロ見渡してから話し始める。シャトレアさんがミナヅキさんの事を疑ってた事にはびっくりしたけど、思い返すと疑ってたような様子はあったような気がする。だってシャトレアさんは一回もミナヅキさんを名前で呼んでないし、ずっと何かを探るようにミナヅキさんの事をじーっと見てた。保安官だからなのかもしれないけど、取り調べをする時みたいな、そんな感じで…。
「うーん…。ぼくはそうは思わなかったけど、気のせいじゃないですか? 確かにミナヅキさんは目つきが鋭いし喋り方も荒いけど、見た目通りの人とも思えないですし…」
「…だけどキノト君? それならもう少し自分の事を話すはずじゃない? 何かキノト君の事を知ってるみたいだったけど、何で知ってるのか教えてくれなかったし、何ていう種族なのかも言ってなかったし…」
やっぱり、シャトレアさんも分からなかったんだ…。街を抜けたから走りながらだけど、ぼくはミナヅキさんの事を疑ってるシャトレアさんに、こんな風に自分の思ってる事を言ってみる。そういう種族だからなのかもしれないけど、顔つきも鋭いし、雰囲気も何か荒っぽい感じはある。だけどそんな見た目とは違って、ミナヅキさんは考古学者らしく研究熱心で、この諸島の事を話している時も結構質問をしてくれた。お尋ね者とか不良ならここまで訊いてこないはずだから、ぼくはミナヅキさんが嘘をついてるなんて思えない。…確かにシャトレアさんの言う通り、ミナヅキさんの種族は分からないけど…。
続く