伍伍 赤兌の戦い
あらすじ
“オアセラ”の保安協会本部を出た僕達三人は、そのまま“漆赤の砂丘”へと向かう。
説明している間にもダンジョン内に潜入し、すぐに野生の襲撃をうける。
その後ダンジョン内の天候も安定していたという事もあり、祭壇までの戦闘はキノトとシャトさんの二人に任せる事にする。
だけど僕達二人の“加護”を発動させた時、何故かキノトにだけその効果を付与する事が出来なかった。
――――
[Side Miu]
『…アルタイルさんはここから別行動だったわね』
「ええ。デアナに行かないといけないけど、着き次第連絡するわ」
「頼んだわ。ルデラには居なかったから…、そのはずね。私達の方も、“――の祭壇”の“ビースト”を討伐し次第、一報を入れるわ」
『ベガさん達にもよろしく頼むわね』
「もちろんよ! それじゃあ、また会いましょ! 」
――――
[Side Wolta]
「…キノト、シャトさん、準備はいいね? 」
「はい! 」
「うん! 」
相手が相手だから、流石に今回は一筋縄ではいかないかもしれないね…。戦闘を二人に任せて進んでいた僕達は、あまり苦戦することなく赤い砂漠を踏破する事ができた。…だけど前に来た時とは違う事もあり、バトルの仕方には少し苦戦したかもしれない。相手の方自体には問題なかったけど、その相手が狙う対象の方が異常…。どんな位置関係にいても、必ずと言って良いほどキノトに攻撃を仕掛けてきていた。…これは僕の勘だけど、集中してキノトが狙われた原因は“陽月の被染者”だから、だと思う。ソレイルさんは人によって変わる事が違う、って言ってたから、何かが作用して集中的にキノトが狙われた…。こう考えても説明がつく。だから“陽月の穢れ”の状態って事を考慮すると、僕とシャトさんの“加護”を付与できなかった事も納得がいく。…キノトが危険に晒される事には変わりないけど、もしかすると守る側としては守りやすくなるかもしれない。シャトさんの戦闘を見て思った事だけど、相手の狙いが絞られる訳だから、逆にそれを利用して迎撃する…、こうすれば効率よく殲滅する事が出来る。
それで危ないと思った時は僕は手を貸したから、ひとまずは“漆赤の砂丘”を抜ける事ができた。この間に“陽月の穢れ”の分析もできたから、内心僕は満足している。…だけどこれからの事を考えるとそうも言ってられないから、気持ちを切り替えて二人にこう声をかける。するとキノトとシャトさんは、二人揃って頷いてくれた。
「もう一度言っておくけど、僕一人で戦うから、シャトさんはキノトを守る事だけを考えて」
「うん」
「それから確証は無いけど、“加護”は“ビースト”の攻撃で破られる。…だから、解除されたらその都度発動させ直す。そうすれば断続的にだけど、“志の加護”で長期戦もいけて、“真実の加護”で本調子のまま戦い続けられる…。相性次第では撤退する事になるかもしれないけど、とりあえずはこれでいくよ」
「はい! ししょーなら、絶対できますよね! 」
絶対倒せるかは危ういけど、倒さないと解決できないからね…。ダンジョン地帯を抜けた“赤兌の祭壇”への道中で、僕は念のため作戦を伝え直す。本当は複数人で戦うのが一番良いんだけど、キノトには荷が重すぎるし、シャトさんもあまり戦闘慣れしていない。ただでさえマスターランクのチームでも怪我させられたような相手だから、最悪の場合命を落とす事だって考えられる…。そうなる事だけは絶対に避けたいから、僕は最初から二人と戦う事は考えてなかった。
「戦うからには…、ね。シャトさんも、頼んだよ」
「任せて! ウォルタくんなら勝てるはずだもんね」
「……」
僕がやられたら全滅する…、だから、何が何でも倒さないと…! 相手の出方次第でどうなるか分からないけど、二人の激励で心なしか何とかなるような気がしてくる。自信過剰で挑むのは危険だけど、未知の相手と戦う以上、例え嘘でも、無謀な事でもそう言ってくれるのはメンタル的にもありがたい。だから羽ばたく翼にも自然と力が入り、自分が思っている以上に気持ちも高まってきている。討伐するために体力もエネルギーも温存してきているから、その全てをぶつける、そのつもりで…。
「ししょー、もしかしてあれがそうじゃないですか? 」
「“空現の穴”もあるし、そうかもしれないね」
「あんな種族見た事無いから、そうなのかな? 」
“祭壇”にも着いたから、間違いなさそうだね。それなりに進んだところで、僕達の先の景色に変化が現れる。僕自身来るのは三回目だけど、赤い砂原の真ん中に、赤い砂煉瓦で組まれた祠のようなものが姿を現す。結局これが何なのかは調べられてないけど、もしかしたらサードさんが何か知ってるかもしれない、僕はそう思ってる。…だけど僕はこの考えを頭から追い出し、辺りを注意深く観察する。すると保安協会の会長が言う通り、その場所には前来た時とは違うモノがそこに出現していた。
一つ目は、祭壇の上あたりに浮かぶ白っぽい渦…。僕もキノトも突入した事があるから分かるけど、あれは間違いなく“空現の穴”。唯一違うのは自然発生した、って事だけど、その原因も見当がついてる。
二つ目は初めて見たけど、アレが多分今回の目的。シャトさんの言う通り見た事のない種族? だから、ほぼ確定だと思う。まだ四十メートルぐらい距離があるけど、今はウォーグルの姿だからこの距離でもよく見える。全体的に白く、触覚のようなものが二本、頭部から生えている。二足でスラっとした立ち姿で、長い後ろ髪のようなものもある…。僕の記憶ではこんな種族は見た事無いから、異世界のポケモンである可能性が高い。おまけに“空現の穴”まであるから、あの種族が“ビースト”で間違いないと思う。属性までは分からないけど…。
「多分ね。…じゃあ、行ってくるよ」
分からない事だらけだけど、僕がやるしかない…! シャトさんの問いに振りかえらず答えてから、僕は羽ばたく翼に力を込める。今は偶々僕達に背を向けているから、距離を詰めるチャンス…。だからある程度勢いをつけてから、翼を大きく広げる。地面スレスレを滑空しながら、先手を打つためのエネルギーを蓄える。残り二十五メートルになったところでイメージを乗せ…。
「熱風! 」
「――! 」
溜めた分だけ一気に解放し、同時に急浮上…。すると僕の背後から砂漠以上に焼け付く突風が発生し、“ビースト”に襲いかかっていく。奇襲に成功したらしく、白い生物は驚きで声をあげてしまっていた。
「――ネ怯卑ハトチ討意不」
「…喋れるみたいだね」
意味は分からないけど、これは異世界の言葉、なのかな…? 宙返りするような感じで方向転換すると、白い生物は何かを言いはじめる。発音一つ一つは聞き取れるけど、意味まではさっぱり分からない…。
「―― !ネ事ルス悔後ヲ事ダン挑ドケ」
「…っ! 速い! 」
なっ、何? あの速さ! 相変わらず何を言ってるのかは分からないけど、白い“ビースト”はペラペラと言葉を並べる。…だけど急に走ってきて、一メートルぐらいの高さでホバリングしている僕との距離を詰めてくる。跳び膝蹴りか何かだと思うけど、急な事だったから反応が遅れた。慌てて空気を思いっきり叩く事でギリギリ回避する事はできたけど、咄嗟の行動だったから、浮上した二メートルの位置で体勢を崩してしまった。
「――ヨ駄無モテゲ逃ニ空」
「えっ…、っくぅっ…」
いっ、いきなりこの技? そのまま飛び下がるように距離をとろうとしたけど、相手は構わず技を発動してくる。僕が更に五メートルぐらい浮上したタイミングで、相手は口元にエネルギーを集中させる。…かと思うと相手は、即行で僕に向けて高いエネルギーのレーザー…、破壊光線を発動させてくる。その速度も異常なぐらい速かったから、咄嗟に側転するような感じで回避しても左脚を掠めてしまった。
…だけど破壊光線を発動させたって事は、しばらくは反動で動けない。僕自身もダメージを受けてしまったけど、向こうにもかなりの隙が生まれている。だから僕はこの間に喉元にエネルギーを溜め、その状態で元の姿を強くイメージする…。ミズゴロウとしての姿に戻してから…。
「ハイドロポンプ! 」
圧縮した水のブレスを放ち、反撃を開始する。八メートルぐらいの高さで発動させたけど、当然ミズゴロウという種族は飛べないから落ち…。
「―― !ヨ駄無」
なっ、何で? 落ちる勢いも乗せて攻撃…、しようとしたけど、相手は僕の予想を遙かに超える行動をする。破壊光線の反動で動けないはずなのに、僕がいる上空に向けて大きく跳躍してきた。それも僕のブレスの軌道から外れた位置からだったから、僕は慌てて喉にエネルギーを送るのをやめる。跳び跳ねるか跳びかかる、そのどっちかだとは思うけど、このままだとやられるから慌てて技を切り替える。前足と後ろ足、両方に集中させたエネルギーを力に変え…。
「…地震! これで…! 」
本来なら大地を揺らす技を、空中で発動させる。この使い方は僕の師匠から教わった方法で、技の性質を応用したもの。地震という技は元々、力一杯地面を叩き、その衝撃で地面に揺れを起こす…。それを空中で発動させれば、範囲は真下だけになるけど衝撃波として空気中を伝わせる事が出来る。地面じゃない分ダメージは期待できないけど、衝撃波に命中させれれば、相手を地面に叩き落とす事が出来る。
「―― ?ッ。 !ッァ」
高低差が一メートルぐらいのタイミングで発動させたから、白い“ビースト”は僕の衝撃波をまともに食らう。多分技の発動途中だけど叩き落とされ、ガラス質の砂の上に思いっきり墜落してしまっていた。
…だけどこのままだと僕も同じように落ちてしまうから、すぐにウォーグルの姿に変える。五メートルの高さで翼を広げ、この高さを維持できるように羽ばたき続けた。
「――ネワタイ効ニ石流ハノ今」
「熱風! 」
「―― !ワイナカイハウソドケ」
だけどやっぱり、効いてないなぁ…。砂地に叩きつけれはしたけど、僕が見た限りでは全然堪えて無さそう。跳び膝蹴りかその類の技が失敗してるから多少は消耗しているはずなのに、そんな様子も全く無い。もしかしたら全然ダメージが入っていない? 思わずそう考えてしまうけど、今この状況ではそうも言ってられない。だから今度は確実にダメージを与えられる、範囲技で攻めて行く事にした。
…だけど当然、相手も黙って攻撃を食らってはくれない。何かの技を発動させたらしく僕から一、二秒ぐらい遅れて甲高い騒音が響き始める。音系の技だから超音波かとも思ったけど、発声させた風を通して伝わってくる感覚ではノーマルタイプではなさそう。…寧ろ攻撃技の挙動があったから、同じく全体技で対こ…。
「えっ…」
対抗どころか、完全に打ち消されてしまう。消去法では虫のさざめきか何かかと思ったけど、それなのに僕の技が撃ち負けてしまった。かき消されてもまだ音は響いているから、僕は戸惑いながらも慌てて浮上してやり過ごした。
「ネ事テッ、度程ノコ詮所ハ中連ノ界世ノコ。 !ワルヤテッ去リ葬デ瞬一ラナ」
「…! 」
消耗してるはずなのに…、嘘でしょ? “ビースト”は何かをはき捨ててるけど、やっぱりその意味が分からない…。何かを僕に向けて言い放ってるみたいだけど、そのセリフが言葉として理解が出来ない…。こんな感じで相手の様子を伺ってたけど、“ビースト”は何の前触れもなく僕に向かって跳びかかってくる。羽が無いのに十メートルは軽く跳び上がってきて、僕だけを真っ直ぐ見据える…。このままだと殺られる、だけど攻撃が全然通らない…、本能的にそう感じたから、慌てて回避行動をとる。相手の軌道から逸れるように斜め右方向に急降下し、それと同時に念のためエネルギーを活せ…。
「 !ヨノナリ障目トカマコョチ」
「…くぅっ…! 」
活性化させてはいたけど、それさえも中断せざるを得なくなってしまう。十三メートルの高さですれ違ったけど、相手はこの間にも別の技を準備していたらしい。横目で見た限りでは身を翻し、僕の背中めがけて超高威力のビーム…、破壊光線を撃ちだしてくる。慌てて体を時計回りに捻ってかわそうとしたけど、距離が距離だから完全に回避する事が出来ない…。辛うじて直撃は避けられたけど、今度は右脚に光線を食らってしまった。
「ウォルタくん! 」
「ししょー…! 」
全然…、攻撃が効いてない…。…こうなったら…。受け身が取れずに叩きつけられた僕は、痛みが引いている左足に重心を傾けて立ち上がる。立ち上がりはしたけど、これ以上戦える気がしない…。どの技も最大出力で発動させたのに、相手には堪えているような様子が全く見られない。発動のさせ方も普通とは変えているのに、全然僕の戦法も通用していない…。それなのに今の僕は、闘うこと自体が危うい状態。直撃だけは避けてるから何とか今も立ててるけど、もしそうじゃなかったら今頃倒れて気を失っていたと思う。それに対して相手は、空中にいて身動きが執れないとはいえピンピンしてる…。二十五メートルぐらいの高さにいると思うけど、あの構えは間違いなく跳び膝蹴り…。僕がこんな状態だから、多分あの一撃で仕留めるつもりなんだと思う。…万策尽き…、いや、危険だけどまだ一つだけ方法がある。悪足掻き…、最後の賭けに出る事にした僕は…。
「…シャトさん、一回しか言わないから…、よく聞いて」
「えっ、うん」
エネルギーを溜めるのと同時に光を吸収し…。
「…“チカラ”を…、暴走させる。…シャトさんならこの意味が、分かるよね…? 」
その翼で首元の白いスカーフ、“真実の証”を
解く…。
「えっ、“チカ”…」
「だから終わったラ…、着ケ直さセテ…」
…初めて外すけど…、こんなに侵食が強いなんて…。…いつまでもつか分からないケド、もウこれしか方法ガ…、ナイ…!
「しっ、ししょー、何…」
解いたスカーフヲ鞄に仕舞イ、その鞄自体モ赤イ砂の上に置ク…。
「…コノ一発ニ…、賭…」
吸収しタ光も力ニ変え、そレを右ノ翼だけに集中サセル…。翼ガ光ヲ帯ビタトコロデ思イッキリ地面ヲ蹴……
………
……
…
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