伍壱 次の調査方針
[Side Wolta]
「…状況は分かった。…だが、キノト殿を危険に晒してしまい、申し訳ない」
「ううん、ソレイルさんには何も責任はないですよ」
「うーん…、ぼくはよく覚えてないけど…」
あの時僕がもっと早く気付いていたら…。あの後僕は、ソレイルさん、コークさんの三人で目覚めたキノトの介抱をしていた。キノトは“陽月の被染者”…、“陽月の
穢れ”っていう状態になっているらしく、程度は低いけどいくつか影響が出ているらしい。…でも訊いた話によると、事例が少なすぎて分からない事が多いらしい。だからソレイルさんが知ってる限りでは、まだそうと決まった訳でないけど、キノトは少なくとも何かしらの異変が生じている…。それからもう一つ、キノトは記憶…、この何日かの事と、自分自身の事を殆ど忘れてしまっている。直接キノトに確かめた事だけど、キノトは“漆赤の砂丘”の事だけじゃなくて、直近の“陽月の回廊”、“月の次元”の事を覚えていない…。覚えている事と言えば、誰かと会って何かを約束した…、ぼんやりとした事だけ。キノト自身の事に至っては、年齢や出身地…、パーソナルな事は完全に抜け落ちていた。…こういう状況からソレイルさんは、キノトは“時空の壁”に触れた、っていう結論を出した。…だけどこれ以外の事は全部覚えてるみたいだから、不幸中の幸いか体の一部しか触れなかったらしい。一部だけだから少し気が楽になったけど、それでもやっぱり、僕はキノトにとんでもない事をしてしまった…、こういう思うが頭から離れない。
「そうなるとソレイル氏、昨日のウォルタ氏の話も含めると、一刻も早く取りかかった方が良さそうですね」
確かに、僕もそう思うよ。…キノトの事、それと“月の次元”の現状報告で昨日が終わったから、そのまま僕達は“陽界の神殿”で一夜を明かすことになった。だから今日になってから、僕はルーンさん達の話を聴いた時、それとここに来る前から気になっている事をまとめてソレイルさんに話した。
「そうだな。“会議”に出た者は既に動き出しているようだが、ウォルタ殿にはまず異形の生物の捜索を頼みたい」
「えっ? 侵入者の方じゃなくて、ですか? 」
ちょっ、ちょっと待って! それだと“月の笛”を後回しにする事になるんだけど? 話を今の事に戻すと、一通り話がまとまったところで、ソレイルさんが僕達に対し、こんな風に提案してくる。僕はてっきり例の侵入者の捜索を担当するものと思っていたから、意外すぎて思わず変な声をあげてしまう。ソレイルさんはソレイルさんで何か考えがあるんだと思うけど、“会議”って事は、少なくとも“感情”のアルタイルさんと“虹”のアークさん、“志”のシャトさん達は捜索を始めているんだと思う。
「そうだ。キノト殿の事案もだが、ウォルタ殿には“オアセラ”に向かってもらい」
「“オアセラ”…、確か砂の大陸のま…」
「“オアセラ”なら知ってます! 砂漠の真ん中の街ですよね」
「そうですよ」
砂の大陸…、ならキノトに訊くのが早いかもしれないね。僕の問いかけに頷いたソレイルさんは、こくりと頷いてから話を続ける。オアセラっていう街には行った事無いけど、確か諸島で一番治安が良いことで有名だったような気がする。その事を二人に確かめようとしたけど、砂の大陸出身のキノトに先を越されてしまった。
「その街にサードという者が居るのだが、その者が我が輩より把握している」
「確か千三百年前に異形の生き物を討伐した当事者、でしたね」
「せっ、千三百年前? って事は…」
「ウォルタ殿は察したようだな」
千三百年前の当事者って事は…、そうなるよね? ソレイルさんにコークさんが補足を加える感じで話が続いたけど、僕は再び驚きで声を荒らげてしまう。コークさんは当たり前のことのように言ったけど、千三百年以上前の人って事は、少なくとも“時渡り”を経験してるか、シロとかソレイルさんと同等の存在って事になる。千三百年前に何があったのかも考古学者として気になるけど、それ以上に僕は、そのサード、っていう名前の人の方が興味がある。そんな僕の様子を見下ろしているソレイルさんは、全てお見通し、っていう感じで僕に訊ねてくる。そのまま彼は、今はミズゴロウの姿の僕に、零の案件を含めて色々と語り始めてくれた。
「みたいですね。サード氏は特例で認められている“半常席員”です。後付けで“属性”という地位に就いているのですけど、過去に何度も異形の生き物と戦っているんです」
「あの生き物と、ですか? 」
「そうだ。サード殿に関しては当人に訊くとよいが、この数百年はある組織の頭として活動しているそうだ」
「はい。同じ大陸なのでよく知ってますけど、保安協会の代表ですね」
「ええっ? ほっ、保安協会のですか? そっ、それに保安協会って、砂の大陸にあったんですか? 」
「ぼっ、ぼくも知らなかったですよ! 」
「考古学者のウォルタ殿であれば存じていると思ったが…、意外だな」
「ですね。…でも所在地が知られてないのも、何となく分かる気がします」
ちょっ、ちょっと待って! 色んな事があり過ぎて訳が分からないんだけど?
「サード殿は表立って活動する傾向が乏しい故、知られていないのだろう。…話が逸れてしまいすまないが、以上より、ウォルタ殿には至急“オアセラ”に向かって頂きたい」
ええっとつまり…、“オアセラ”っていう街にいるサードっていう人に会って、あの生き物の事を訊けばいいんだよね? 驚きすぎて頭が重くなったけど、それでも何とか、彼が頼みたい事は分かった気がする。ベリー達が見たっていうあの生き物…、ルーンさんに訊いたらソレイルさんが知っているって言われて、そのソレイルさんには例の人に訊けばいいって言われたって事もあって、僕は何となくたらい回しにされたような気分になる。だけどルーンさんから聞いた事、ベリー達…、それから“陽月の回廊”で襲ってきた生物の事と合わせて考えると、無関係じゃないような気もしている。ルーンさんを倒した“月の次元”から侵入者が来たのは最近で、ベリー達があの生き物と遭遇したのも最近…。異世界から来たシオンさんの事も気になるけど、これらの事は全部この数日の間で起きている。だから僕は…。
「いいですけど…、侵入者の方は大丈夫なんですか? 」
一応頷いたけど、何でこの事を任されたのか気になってしまう。ルーンさんから頼まれたからどのみち捜すけど…。
「先程も言いかけたが、一部の
“会議”の会員は既に捜索に着手している。現在“ラスカ諸島”に居る者に限られてはいるが…。だが“観測者”四人を含め十分な人員がいる故、ウォルタ殿にはまずこの件に取りかかってもらいたい」
「“観測者”って事は…、コークさんも、ですよね? 」
「そうです。こういう理由なんですけど、大丈夫でしょうか」
「そういうことなら…、はい」
それなりの人数が捜してるなら、一足遅れても大丈夫…、なのかな? すぐに訳を話してくれたから、僕は何とか納得する事ができた気がする。今“ラスカ諸島”…、この諸島に何人伝説の種族がいるのか分からないけど、多分七、八人はいるんだと思う。コークさん達は分からないけど、“感情”のアルタイルさん達、それから“空間”と“虹”のあの人達はこの諸島にいるのは知っている。…だからって事で、僕は少し間を開けてから、こくりと頷いた。
「決まりだな。…ではコークよ、ウォルタ殿等を“オアセラ”に導いて頂きたい」
「はい、了解です。…ではウォルタ殿、キノト殿、参りましょう」
「うん! 」
「よろしくお願いします」
キノトが知ってるみたいだけど…、どのみち変わらないかな? 僕が了承したって事で、ソレイルさんは僕に向けて下していた視線をコークさんに変える。短い言葉で頼むと、尋ねられた彼は即行で大きく頷く。確かコークさんも砂の大陸出身だって言ってた気がするから、“オアセラ”っていう街の事を知っていると思う。この感じだと本当にそうみたいだから、彼はすぐに僕に向き直る。そのままキノトにも視線を送ってきたから、僕達も大きく頷いて返事した。
「…よしっと。キノト、乗って」
「はい! 」
だけどミズゴロウの姿だと飛べないから、ウォーグルとしての姿を強く意識する。激しい光が治まり姿も変わったから、僕は記憶障害の愛弟子を背中に乗せ、大きく羽ばたいた。
続く