肆玖 通りゃんせ
あらすじ
一通り話を聴き終わった後、僕達はもう一つ、ルーンさんから頼みごとをされる。
その内容は、例の一団に盗まれた“月の笛”を取り戻してほしい、というものだった。
最終的な目的が同じになるので、僕はその頼みに二つ返事で引き受ける事にする。
そしてキノトに“太陽の笛”を奏でてもらい、僕達は出現した“空現の穴”に飛び込んだ。
――――
[Side Unknown]
『――せん。で――ら、――クと――クには―――ない――さい』
『そう――、これ以上――、―――んね。――なら――して――かも――ないからね…』
『―――、こ――達は―陸―――です』
『――? 』
『―――も、―――な? 』
『僕―――日、もう――捌―――あの―――よ』
『確――こでも、―――わね? 』
『そういう――、自分――、―――ます。――ク――し、弟子―――ら』
『―――、―――残り――。ラ――入――い―――』
――――
―――
――
―
・
[Side Wolta]
「…ししょー? やっぱり戻ったら、すぐに調査を始めるんですよね? 」
「そうしたいところだけど、ルーンさん達から聴いた事しか知らないのが現状だから…」
始めたくても取りかかれないよね…。“空現の穴”から“陽月の回廊”に突入した僕達は、“月の次元”で聴いた事を整理しながら歩き始めていた。光の粒で照らされているから暗くはないけど、する事が多すぎて“時空の壁”みたいに頭の中がモヤモヤしてきている。“月の次元”にいる時よりも少しは緩和されてきているけど、もしいつも通りの感情があったら、僕は顔をしかめて考え込んでしまっていると思う。キノトもいまいちパッとしない表情だから、キノトなりに今日聴いた事を考えているのかもしれない。まだ二百メートルぐらいしか進んでないけど、“回廊”に入ってからキノトはずっとこんな感じだった。
そんな中でキノトは、突入してから考えてたらしい事を僕に訊ねてくる。キノトの背丈から五十センチぐらい高い所を飛んでいる僕の方を見上げ、同時に首を傾げているように見えた気がする。だから僕は、そんな彼に言葉を濁しながらもこう伝えてみる。
「…戻ってソレイルさんに訊くのが先かな」
ルーンさんによるとソレイルさんがあの生き物の事を知ってるみたいだから、それからでも予定を決めるのは遅くないと思う。だから僕は、キノトの方を見下ろしながら直接こう言ってみる事にした。
「ソレイルさんにですか? 」
「うん。“月の笛”と侵入者の事とは関係ないと思うけど、折角だからね」
ラテ君が図書館で調べてくれてるみたいだけど、“常席員”のソレイルさんに訊くのが確実だからね。僕の返事が意外だったらしく、キノトは不思議そうに首を傾げる。僕自身もルーンさん達から聴いた事との接点が無い気がするけど、あの生き物の事も問題だから、出来れば少しでも解決しておきたいとも思ってる。それに知ってる人がいるんなら、記録を探すよりもかなり速く情報を知る事が出来る。そういう訳で僕は、ソレイルさんに訊き次第、同時進行で調査してみるつもりでいる。
「戻ってからする事は多いけど、知った以上は調べ通さないとね」
「そうですけどししょー? そんなに一気に手を付けちゃって大丈…」
僕だけでは無理かもしれないけど、ベリー達に協力してもらえば多少はマシになるかな…? 何を聴くのかは言わなかったけど、多分キノトなら分かってくれてると思う。まだ表情が晴れてないけど、この感じなら何となく察してくれて入るような気がする。僕自身もこんなに沢山の事を同時に調べた事は無いけど、今は僕だけじゃなくてキノト、それからベリー達も同じ事を調査している。多分僕達にとって“月の笛”と侵入者の方が優先度は高…。
「
―――ッ! 」
「…キノト! 熱…」
「えっ…、…っあぁっ…っ! 」
きっ、キノト! キノトは多分、手を付けて大丈夫なんですか、そう言おうとしたんだと思う。だけどそれは、急に左前の方から聞こえてきた何かに遮られてしまっていた。いきなりで僕も対応出来なかったけど、あれは多分、アシッドボムか何か…。“陽月の回廊”には僕達しかいない筈だけど、特殊技が飛んできたって事は、誰かがいる事になる。叫び声のような唸り声のような何かには気付くことが出来たから、僕は咄嗟にエネルギーレベルを高め、迎撃しようとする。だけどそれは叶わず、発動させるよりも先にキノトに命中する。更に悪いことに、紫色の弾が着弾したキノトは右後方に飛ばされてしまい…。
「嘘でしょ…。…キノト! 」
まっ、まさか、侵入者達が奇襲を? だけど、“月の次元”の人達は…。キノトが飛ばされた先には、この空間を隔てる紺色の霧…。ソレイルさんの話しでは、その霧が“時空の壁”って事になる。それもただの霧じゃなくて、確証は無いけど、最低でも触れただけで記憶がが無くなってしまう。だから僕は、慌てて空間を叩き、飛ぶ速度を一気に上げる。体を捻るように旋回し、ありったけのスピードで飛ばされるキノトを追いかける…。
「……っく…」
けど相当強い攻撃だったらしく、少しずつしか距離が詰まらない…。これは僕の目算だけど、僕とキノトの距離は七メートルで、僕から見て“霧”まで十ニメートルぐらい…。そのままだとキノトが…。…だから僕は…。
「熱風! 」
溜めかけていたエネルギーを解放し、僕を追うように風を吹かせる。本当はこういう使い方はしないけど、今はそうも言ってられない。そうでもしないと、キノトの身に大変な事が起こる…。感情の一部が封印されているなりに慌てる僕は、焼けつく風が吹いてきたところで、翼を大きく広げる。滑空する体勢になり、弟子の彼との距離を一気に詰めはじめる。何とか追いつけそうだけど、このスピードだと際どいと思う。だけど…。
「間に合って…! 」
キノトの為にも、救うしかない! 翼を広げた事で風に乗れたから、僕の滑空速度は二次関数的に跳ね上がる。そのお陰で一気に距離が縮まり、二メートルぐらいまで近づけたと思う。…けどその間にも、キノトと霧の間も同じぐらいになってしまっている。このままだとキノトを助けるどころか、僕の身さえも危うくなる。だから僕は、極力抵抗が少なくなるよう翼を後ろへを伸ばす。それと同時に重心を左に傾け、“時空の壁”に触れないギリギリの軌道で旋回…。そして…。
「……っ! 」
“壁”と腹が向い合せになったぐらいで、何とかキノトに追いついた。この位置でキノトとの位置関係を測り、彼の肩の辺りを両足で掴む。危うく爪を立てそうになったけど、刺さるような感覚は無かったから大丈夫だと思う。そのまま僕は更に重心を左に移動させ、急旋回し始め…。
「
―――! 」
「
―――ッ! 」
「えっ…、…熱風! 」
なっ、何なの? あの生き物は…! しかもこんなに沢山…! 完全にUターンし、気を失ったキノトを掴む僕は、本来の進路に戻る事ができた。…だけどそこは、ほんの数十秒前とは様変わりしてしまっていた。僕達が本来進むべき進路には、言いようのない何かで満たされている。動いたりしているから生きているんだと思うけど、僕はあんな種族を見た事が無い。上手く言葉に出来ないけど、半透明で青白いゼリー状というか何というか…、そんな見た目の物体…? …でもドククラゲにも似た触手もあるような…。…とにかく、そんな何かで“太陽の次元”までの道のりが満たされていた。
おまけにその生き物が、僕に向けて一斉に攻撃を仕掛けてくる。数が多すぎて観察しる暇が無いけど、紫色だから毒タイプの特殊技だと思う。右、左、正面…、色んな方向から飛んできてるから、僕は咄嗟に回避行動を執る。旋回した勢いのまま左に向けて滑空し、続けて右に軌道を逸らす…。そんな感じで蛇行しながら紫の中を通り抜け、同時に焼けつく風を発生させる。さっきと同じように加速し、五百メートルぐらいの距離を一気に滑空する。
「――! 」
「ゴッドバード! 」
もしかしてこの生き物も、ベリーが言ってたのと同じ部類…、なのかも…。きりもみ回転で三体の間をくぐり抜けながら、僕はこんな事を考える。僕達に襲いかかってきたこの群れも、よくよく考えてみると知ってる技を使ってきてるような気がする。さっきは急すぎて気付かなかったけど、技を発動させる時の構えは見た事があるような気がする。まだ確証は無いけど、少なくともこの群れは“月の次元”からの侵入者とは無関係だと思う。ルーンさんによると“月の次元”には、技という概念が存在しない。…だけどこの生き物は、僕が知ってる溶解液とかベノムショックみたいな技を使ってきている。…そうなるとこの生き物は、ベリー達が対峙したっていう殺戮生物の方が近いって事になる。今完全に進路を塞がれたから、両方の翼にありったけのエネルギーを集中させる。それを元に力を溜める事で、飛行タイプの中では最上位に位置する大技を発動させ…。
「――ァッ! 」
「うっ、嘘でしょ? 」
まっ、まさか、この生き物って…。光を纏った両方の翼のうち、右側を正面の標的に向けて振りかざす。手応えは確かにあったけど、その時に全く予想できなかった事が起きてしまう。一発で倒せはしたけど、何故か僕…、いや、僕達の方に影響が出てしまう。“陽月の回廊”に突入する前、僕は“真実の加護”を発動させた。…だけどこの生き物に翼をヒットさせた瞬間、僕とキノトが纏っていた白いベールが弾け飛んでしまっていた。
「もしかして…、伝…」
「ァァッ――! 」
「…熱風! 」
とっ、兎に角今は、“回廊”を突破する事だけを考えないと…! あと百メートルぐらいで“太陽の次元”だけど、“真実の加護”が解除されたから急がないといけない。ただでさえキノトは気を失ってるから、これ以上何も起きて欲しくない。…けど今は僕達を護るモノは何もないから、ここの空気を吸って体に悪影響が出てしまう。発動させ直すっていう手もあるけど、このスピードなら先に突破した方が早い気がする。だから…。
「…もう一回熱風! 」
更に風速を強め、滑空する僕の後押しをさせる。ここまで発動させると羽が焼けそうになるけど、記憶を失くすよりはマシ。
「あと少しで…! 」
突破できる…! だから! 高温の突風に乗る僕は、羽ばたく事で更に加速する。そうこうしている間に、僕の正面の光の一つが巨大化していた。だから僕は、焦る気持ちを無理やり鎮めながら、飛ぶ事だけを考…。
「ゥァァーッ! 」
「くぅっ…! 」
えっ…、そんな所から…。“太陽の次元”への出口まで二メートルになったところで、僕は思わぬ痛手を食らってしまう。いつもの僕なら気付けたはずだけど、飛ぶ事だけに集中してたから遅くなってしまった。気付いた時には真横にまで迫られていて、速度的に斜め左後ろからのヘドロ爆弾をまともに食らってしまう。そのまま僕は、薄れゆく意識と共に光の塊へと飛ばさ……
続…