肆捌 帰還への旋律
あらすじ
引き続き僕達は、“月の次元”の事を交えて話を聴いていた。
その途中で本題に入り、僕達はソレイルさんに頼まれていたことを訊くことが出来た。
ルーンさん達の話によると、“月の次元”でもいくつかの異常が最近起きてしまっているらしい。
その発端、僕達の“太陽の次元”に侵入した人の種族も聴けたけど、その種族にキノトは声を荒らげてしまっていた。
――――
[Side Unknown]
……。
…………。
………………っ、ぅぅっ…。
……ここは……?
……そっか、…私……。
……あそこで倒れて……。
……ってことは、ここは……。
……ダメだ……。
体が動いてくれそうに……。
…ないわね……。
今まで何度も……、死にかけたけど……。
流石に今回は……。
……洒落にならない……、かも……。
…しれないわね……。
………これも親友を…、傷つけた……。
天罰ね……、きっと……。
……っくぅっ……。
意識………が……。
………薄れて………きた……。
…………私…。
…このまま……。
……しぬの……かしら……。
――――
[Side Wolta]
「…最後に一つ、ウォルタ殿に頼まれてもらいたいのじゃが…」
ここまで来たら、もう断る理由はないかもしれないね。聴いた事を一通り入力したタイミングで、ルーンさんは一度咳払いをする。何なのかはまだ分からないけど、この感じだと凄く重要な事なのかもしれない。“太陽の次元”に侵入した人達を連れ戻すっていうのもそうだけど、これから頼んでくる事もそれと同程度何だと思う。だから僕は、嘴で入力するために下げていた視線を上に上げる。その嘴を小さい彼女に向けて、すぐに聴く体勢に入った。
「妾側の笛、“月の笛”を取り戻してはくれぬか? 」
「“月の笛”って、この“太陽の笛”と同じ笛ってこと? 」
「はい。さっき言った侵入者に奪われてしまいまして…、“月の次元”側から無くなってしまったんです」
ええっとさっき言ってたのは…。咳払いをしたルーンさんは、僕の方に視線を上げて語ってくれる。“月の笛”って事は、今キノトが借りてる“太陽の笛”と対になる宝具で間違いなさそう。それが本来持つべきじゃない人の手にあるとなると、何をされるか分からない…。“月の笛”も“空現の穴”を作り出す事が出来る筈だから、悪用されると大変な事になる。それも一般の人にしか使えない宝具だから、尚更…。
「えっ? ぼく達はソレイルさんから借りてるけど、盗まれちゃって大丈夫なの? 」
「良くはない。普段は妾の“チカラ”を用いるのじゃが、今の姿ではそれは叶わぬ。お主らの世界にも迷惑がかかる…。それ故、早急に持ち帰ってもらいたいのじゃ…」
「…っていう事は、僕達の方に侵入した人達を連れ戻せば、“月の笛”を取り戻せるんですね」
「その可能性は高いですね。本来なら私達“観測者”が内密に行わないといけないんですけど…、大量発生した“空現の穴”の事で手一杯なのが現状です。…なのでウォルタさん、キノトさん。私からも、お願いします! 」
侵入者が持ってるなら、直接捕えたら早そうだね? 僕もキノトみたいに驚きたかったけど、感情が封印されてる影響でそれは叶わなかった。ここまで来ると希薄な感情に慣れてる自分がいるけど、とにかく僕は、忘れないうちにもう一度記録に残す。その途中で僕は、Zギアに入力する嘴を止めずに、思った事を直接訊いてみる。するとテフラさんが、耳鳴りがしそうなぐらい大きな声で言い放つ。そのまま僕達に目を合わせてから、頭が地面につきそうなぐらい下げていた。
「うん! 結局四人を連れ戻せばいいんだよね? だからししょー? 請けるつもりなんですよね? 」
「目的は一緒だからね。…はい。僕達で良かったら、お請けします」
「すまぬ。…では、此度の件、お主らに託したぞ」
「はい! 」
侵入者を連れ戻せば、“月の笛”を取り戻せる。“月の笛”を見つけれれば、侵入者達にも会うことが出来る…。要はそういう事だからね。キノトも僕と似たようなことを思ったらしく、僕が言い出すよりも早くテフラさんに訊ねていた。だけどその視線を、すぐに僕の方に向ける。元々そのつもりだったって事もあって、僕はキノトに向けてこくりと頷いてから、コスモッグっていう姿のルーンさんに視線を落とす。そのままもう一度頷くと、ルーンさんは謝りながらも僕達に託すように答えてくれた。
「よろしくお願いします」
「はい。…じゃあ、僕達は戻ります」
「えっ? ししょー、もう帰るんですか? 」
「うん。こうしてる間にも、悪用されてるかもしれないからね」
それもルーンさんを傷つけるような人たちだからね、一秒でも早く見つけ出さないと…! しないといけない事は山積みだけど…。ひとまず事が決まったから、僕はテフラさんが顔をあげてからこう話をもちかける。初めはもう少しゆっくりして行こうかとも考えたけど、この状況ではそうも言ってられなそう。僕達がここで話している間にも、侵入した人達は僕達の世界で何かをしているかもしれない。それも異世界への入り口を作る“月の笛”を盗み出してるから、これを悪用されると大変な事になる。最悪の場合取り返しのつかない事にもなるから、早急に解決しないといけない。
だから僕は、後ろ髪を引かれながらもこう言い切る。ベリーが言ってた殺戮生物の事もあるから、出来ればすぐにでも戻って動き始めないといけない。そういう訳で用件だけを言ったから、僕は弟子の彼に驚かれてしまう。すぐに理由を言ったけど、キノトはいまいち納得していなさそうな感じだった。
「…はい」
「…“真実の導きに、光あれ”…。…キノト、頼んだよ」
「はい! ええっと確か…、“六”と“二”と“四”だから…」
僕は使えないからね、キノト、きみが頼りだよ。僕はキノトが頷いてくれてから、一旦解除していた“真実の加護”を発動させ直す。目を閉じて発動させると、僕とキノトは白いベールに包まれる。目を開けるとすぐに、僕は一言でキノトにこう頼む。嘴で“太陽の笛”を指しながら頼んだから、キノトはすぐにその意味を察してくれた。
大きく頷いてくれたキノトは、提げている笛を降ろしながら独り呟く。もし忘れてたら僕が教えるつもりだったけど、この感じだとちゃんと覚えてくれていたらしい。そのまま彼は二足で立つような体勢になって、空いた前足で支えるように笛を握る。バランスを崩さないように注意しながら穴を塞ぎ、その状態で深く長く吹き口から息を吹き込んだすると…。
「…“太陽の笛”も、綺麗な音ですね」
ガラスみたいに透き通った高い音が、辺りに響き渡る。
「妾も初じゃが、心地よいな」
次に手前から二つ目を塞ぐと、今度は降雪みたいに静かな音色が優しく耳を撫でる…。
「何か凄く落ち着きます」
最後に“六”の音階が、ここにいる四人の穏やかな気分を引き出してくれた。
「…これで、いいんだよね? 」
「キノト殿、良い演奏じゃった」
「はい。“太陽の次元”の譜面、しっかり吹けていましたよ」
僕も始めて聴いたけど、凄く綺麗だったよ…。三つの音の短い曲だったけど、それでも何か、心に響くものがあった気がする。感情が封印されていても感じれたから、多分テフラさん達はもっと体感していると思う。心が現れたような感じに満たされていると、演奏し終えたキノトがふぅ、って一息つく。はいた息を吸い直してから、目の前のテフラさんに首を傾げながら問いかけていた。
「キノト殿の演奏を聴く限り…、間違い無いじゃろう」
「ここが“六百二十三番”で“太陽の次元”がその次だから…、あってると思います」
六百二十三番って事は、“月の次元”の方が一つ早いんだね、きっと。キノトが自信なさそうにしてたから、ルーンさんは彼に優しく話しかけてくれる。初めて聴くって言ってたから、これは多分、キノトの前足の動かし方で判断したんだと思う。ルーンさんがこう言い切ると、続けてテフラさんが演奏者の背中を押す。諭すように言い切ってたから、心なしか弟子の表情のモヤモヤが少し晴れたように見えた気がした。
「本当に? 」
「多分ね。“空現の穴”も出来たみたいだし」
“陽月の回廊”のしか見た事が無いけど、パッと見同じだから、ちゃんと繋がったのかもしれないね。キノトが二人に確かめている間に、僕達の近くの空間に異変が起こる。上手く言葉に出来ないけど、
錐で開ける時みたいな感じで、空中に小さな穴が出現する。かと思うとそれは一気に広がり、白い渦状になってその場に漂い始める。“陽界の神殿”でソレイルさんが作った“穴”と同じように見えたから、僕は成功した、って判断した。
「そのようじゃな。…ウォルタ殿、キノト殿…」
「はい! 」
「はい。…それじゃあ、失礼します」
ルーンさんのお墨付きをもらえたから、僕は大きな翼を広げる。この間にキノトが、“太陽の笛”を提げ直してから僕の背中によじ登る。前足でしがみついたのが伝わってきたから、大きく羽ばたかせてその場から飛び立つ。“空現の穴”の前で振り返って、会釈してから白い渦に飛び込んだ。“月界の統治者”から託された、二つの世界に関わる使命を胸に秘めながら…。
続く