肆漆 本題
あらすじ
“陽月の回廊”を抜けた先で、僕はそこにいたテフラさんの手痛い歓迎を受ける。
技かどうかも怪しい攻撃だったけど、僕は淡々とそれらを凌ぐ。
だけどその最中、キノトが連れてきた人の一声でバトルは中断する。
その人が僕達が様子を見に来たルーンさんで、そのお陰で何とかテフラさんの誤解を晴らすことが出来た。
――――
[Side Wolta]
「…そうじゃったか。お主らはソレイルの使いで参ったのか。もてなしも何も用意できずすまぬが、ご苦労じゃったな」
「いいえ、僕達も急でしたから…」
そもそも僕が頼まれたのも“会議”の時だったから、やむを得ないよね。僕達は簡単に自己紹介を済ませてから、先に“月の次元”の事を聴かせてもらえる事になった。“月界の統治者”のルーンさんが進んで話してくれたけど、僕達の“太陽の次元”とは違う事が結構あるらしい。まだ全部を聴けた訳じゃないけど、一つ目は僕が気になった技について。“月の次元”では“技”っていう概念そのものが無いらしく、辛うじて僕達にとっての通常攻撃…、爪とか牙、翼で直接する方法が護身術として定着しているらしい。かなり経験を積んだ人でも、自分の属性のエネルギーを爪とかに纏わせるのが限界らしい。だから特殊技に至ってはほんの一握りの人しか出来ないらしく、それぞれで何かしらの特権が与えられる事が多いらしい。職業の一つらしいんだけど、そういう人達は魔術士って言って、最前線で戦う事が殆どなんだとか…。
二つ目が、“月の次元”の情勢と文化。こっちでは技とか戦闘に関する事が原始的だけど、その代わりにインフラとか文明がかなり発展しているらしい。特に学問に関しては飛びぬけていて、こっちの世界の人の殆どが僕達の“太陽の次元”とか、異世界の存在を認知しているらしい。…だけどその代わりに、世界全体としてのまとまりが殆ど無いんだとか。地域毎に国を作っていて、国ごとに治安と技術力もバラバラ…。酷い所だと十何年も戦争が続いている地域があるらしく、それ以外でもクーデターが頻繁に起きているらしい。
そんな安定しない世界情勢だけど、今僕達がいる“月界の神殿”みたいに、伝承に関わる史跡には手を出さない、っていう暗黙の了解があるらしい。伝説の当事者達も僕達の方とは事情が違って、決して一般社会に出ずに史跡を護る事に徹するらしい。その一環で、“北西の観測者”のテフラさんは偶々ここに来ていたんだとか。そんな中僕達が突然降りたったから、“月界の神殿”を護るために迎え撃ったらしい。僕達が来た時には、既にボロボロだったけど…。
「あの事に関しては、本っ当に申し訳ありません! 」
「ううん、闘うのは慣れてるから、どうって事ないよ! 」
「“太陽の次元”で術は普通と聴いておる。…ウォルタ殿、“陽月の回廊”を通ってまで此処を訪れたいう事は、よっぽどの用があるのじゃな? 」
「はい」
うん、そのために来たからね。テフラさんは立場上仕方ないとはいえ攻撃した事を申し訳ないって思っているらしく、直立不動っていう感じで頭を深く下げる。ここまでされるとどう返したらいいのか困るけど、そこは感情が希薄な僕の代わりにキノトが対応してくれた。深々と頭を下げるテフラさんに対し、キノトは気にしないで、っていう感じで明るく応える。右の前足を軽く上げて左右にふってるから、多分身振りでも伝わっていると思う。その横からルーンさんが入ってきたかと思うと、声のトーンを落として僕達にこう声をかける。僕もつい後回しにしてしまっていて、タイミングを逃していたから結構助かった。だから僕は…。
「いくつかあるんですけど、ルーンさん、体の方は大丈夫ですか? 」
まず初めに、ソレイルさんから最初に頼まれたことを直接伝えてみる。“会議”の時に言ってたけど、ソレイルさんは“月”…、ルーンさんとの接触が出来なかった、って言っていた。多分対になる世界の“統治者”同士だから、ソレイルさんはルーンさんの身の事を凄く心配していたんだと思う。
「妾の事か。ソレイルらしい要件じゃな。…世辞にも良いとは言えぬ状態じゃったが…、“太陽”の薬学は進んでおるのじゃな? キノト殿が妾に処した効き、痛みは退いておる」
「…キノト、いつの間に」
「ししょーがテフラさんと戦ってる間です! 」
あっ、あの時に? 僕の質問にルーンさんは、意外そうに笑いながら答えてくれる。見た目のせいなのかもしれないけど、話し方は威厳があって表情は無邪気だから、少し頭が混乱しそうになる。そんな僕を気にすることなく、ルーンさんは自分自身の状態を語ってくれる。キノトが渡した薬は何となく想像できるけど、短時間で痛みがひいてるって事は、多分シルクが開発した回復薬だと思う。最初に作り方を教えた薬だから、もしかするとその場で作ってくれたのかもしれない。
「あの時にかぁ…」
「…じゃが妾が傷つき倒れた故、この世界はかなり乱れてしまっておる…」
「えっ…? って事は、さっき言ってた戦争、だったり…」
「いいえ。もしかしたら向こうで聴いてるかもしれないですけど、こちらの世界で“空現の穴”が急激に増えているのよ」
「くっ、“空現の穴”が? 」
うっ、嘘だよね? “空現の穴”って事は、
あの事件みたいな事が起きてるんだよね? ルーンさんは淡々と、でも神妙な様子で語ってくれたけど、その内容に僕は言葉を失ってしまう。もしいつも通りの“心”があるなら、多分驚きで声を荒らげてしまっていると思う。実際キノトがそんな感じだけど、僕も感情の大半が封印されているなりに驚いた。それにこう言う事例は、僕は一度経験してる。完璧に同じではないけど、この世界以外に落ちてしまう“穴”が沢山出現するっていう意味では、あの時関わった事件と共通している。その事を記した本が愛読書のキノトなら、多分自体の異常さを気付いてくれていると思う。
「そうじゃ。…妾からも尋ねるが、妾の“月”がこの状態であるが故、“太陽”でも異常が起きておるはずじゃ。…ウォルタ殿、キノト殿、何か奇異は起きてはおらぬか? 」
「奇異、ですか…」
思い当たると言えば、あの事かな…。
「僕達が直接見た訳じゃないんですけど…、こんな生き物が出現したんです」
「これが、生物…? 」
今度は逆に質問されたけど、僕はルーンさんの問いかけに、確信は無いけど心当たりはあった。いくつかあるにはあるけど、その中でも全く見当がつかなかったのが、ベリー達が遭遇したっていう、殺戮生物。テフラさんも今呟いたけど、僕も初めてベリーのイラストを見せてもらった時、それが生物…、ポケモンだとは全然思えなかった。リーフブレードみたいな技は使っていたらしいけど、その強さが規格外だった、とも言っていた。…だから僕は、さっき“空現の穴”の事を聴いたって事もあって、ベリーに複写してもらったイラストを鞄から取り出す。四つ折りにした紙を広げながら、僕はルーンさん達の返事を待つことにした。
「私は見た事がありませんね…」
「妾も存じてはおらぬが、千年程前、異形の者が世界に溢れた、とソレイルが申しておったな」
「ソレイルさんが? 」
って事はもしかして、こういう生き物が出現したのは、はじめてじゃないんだね? 僕が取り出したイラストを見て、テフラさんはううん、と首を横にふる。ルーンさんもいまいちの反応だったけど、それでも少し、心当たりがあったらしい。まさかソレイルさんの名前が出てくるとは思わなかったけど、知ってるなら、これは何か手がかりがつかめるかもしれない、僕は率直にそう感じる。キノトはこの世界に来て十何回目かの驚きの声をあげていたけど…。
「そうじゃ。故に此の件は、ソレイルに尋ねれば何か得るものが有るじゃろう」
「はい、ありがとうございます。…それからもう一つあるんですけど、“太陽の次元”に何人かが侵入したみたいです」
「侵入…、あ奴らか…」
「…そのようですね」
「…もしかして、知っているんですか? 」
「…そうじゃ。そ奴らが、妾に深手を負わせ…、此度の件を起した主犯じゃ」
「私がもう少し早く気付けば…」
「テフラに非は有らぬ、済んだ事じゃ、気にせんでよい。…すまぬ」
「ううん、ルーンさんは何も悪くないよ。…奴らって事は、一人じゃないんだよね? 」
「…そうらしいですね。私は後ろ姿しか見ていませんけど、確か四人だったと…」
「そうじゃ。妾も全て確認しておらぬが、うち三者はドサイドン、キリキザン、ルガルガンじゃったな」
「るっ、ルガルガン? 」
「はい…。ですけど、そのルガルガンはあなた達が知るルガルガンとは、別の種族だと考えていいと思います」
「ちっ、違うの? そっ、それってどういう事なの? 」
「お主の種族、イワンコは“月”、あるいは“太陽”の影響を強く受ける種族なのじゃ。故に進化時におる世界により、その後の容姿が変わるのじゃ」
「そっ、そうなの? 」
「“月の次元”ではそう言われているのよ」
“太陽”と“月”…。って事は、ソレイルさんとルーンさんが、その元、なのかな…? 僕は続けて尋ねてから、一言も聴き逃さないよう注意しながら記録に残していた。嘴と翼だと入力しにくかったけど、元の姿に戻している時間も無さそうだった。だから仕方なくウォーグルの姿のままでZギアのメモに打ち込んでいたけど、正直言って何か所か入力が追いつかなかった。何とか種族は覚えてはいるけど、人数は訊きそびれてしまった。だけどキノトが覚えてくれているはずだから、後でメモを取り直すつもり。今はそれどころじゃなさそうだけど…。
続く