いちのに 開村した村の現状
―あらすじ―
ジョンノエタウンの町長の遣いで、開村したばかりだというウィルドビレッジに向かうことになった僕達、探検隊火花。
休暇を兼ねて向かった道中で、村からの迎えであるツンベアーのフロストさんと合流し、順調に歩みを進めていた。
しかしを登り始めた時、キュリアの身に体調の変化が見られ始める。
そんなキュリアを見て、彼はようやく彼女がキュウコンであると気付いたらしいのだが…。
――――
[Side Ramver]
「ふぅ。ここが、ウィルドビレッジです」
案内人のツンベアーを追いかけ、雪が降り積もる斜面を駆け上がった僕達。白一色に染まる景色を突き進んでいると、彼は突然立ち止まる。白い息をはきながら追う僕達の方に振りかえり、彼はこう言う。山奥の村で生活しているからかもしれないけど、僕達とは違い、彼は全く息を乱していなかった。
「ここが、そうなのね」
雪まみれになりながらも追いつくと、そこには村の入り口らしいオブジェクト。木で造られた壁に、簡易的なゲートが取り付けられている。村には似つかわない、城壁ともいえそうなそれが、村の外周をとり囲んでいるらしい。幸いホワイトアウトしていないので、それだけは目で確認する事はできた。
「思っていたのとは違うけど、ここなんですね」
「はい」
今まで沢山の町や村に行った事があるけど、ここまで厳重なのは、初めてかなぁ…。体調が急変して何故か氷のような色合いになっている彼女に続き、僕はこう感想を呟く。村といえばのどかなイメージがあったので、僕はそのギャップに圧倒されてしまった。例えるなら、極寒の地にそびえ立つ要塞。種族までは分からないけど、門番らしき二人が、左右に分かれて立っていた。
「昔からの悪い流れでして…」
「待て。貴様、何者だ」
三メートルほどの高さのゲートをくぐろうとすると、端に控えていた門番らしきニューラが、鋭い目つきで僕達の前に立ちはだかる。村の歴史から考えると無理ないかもしれないけど、何故かフロストさんにも向けられていた。その右手には、メタルクローが構えられている…。中央にいた、僕達の中では最も背が高い彼の腹のあたりに、寸止めでそれを振りかざしていた。
「クマシュンで村長秘書のフロストです。そしてこちらが、一昨日話していたジョンノエタウンからの使節の方々です」
予想外の光景に僕はえっ、と頓狂な声をあげてしまったけど、フロストさんは、全く取り乱さない。この村で生活しているので、慣れた様子で二人に応対する。まあまあ、と上から冷静に制していた。
「あっ、フロストさんでしたか。これは失礼しました」
「外に行ってたって事はやっぱり、進化しに行ってたんですね」
「進化は私の夢でもありましたからね。…キュリアさん、ランベルさん、お見苦しい所を見せてしまい、すみませんでした」
「いえ、この村にとっては僕達は部外者なので、仕方ないですよ」
フロストさん、この感じだとこの村では結構権力があるのかもしれないなぁ…。彼が身元を明かすと、門番の二人は急に態度を改める。ピシッ、と立ち直り、深く一礼。頭を上げると、すぐに謝罪の言葉を述べていた。深く一礼をしたニューラのうち、左側の方が親し気にフロストさんに尋ねる。それにフロストさんは、気さくな笑みを浮かべながら返事していた。
その後彼は、少しの間合いを開けて僕達にこう謝る。予め村の事情を聴いていなかったら唖然としてたかもしれないけど、こうなる事は頭のどこかでは分かってはいかもしれない。自分でも驚くほど、冷静に受け答えしていた。
「村の事情は分かっているから、気にしなくても大丈夫よ」
「良かった…。気分を害されたらどうしようかと思いまし…」
「へぇ、君達が外からのお客さん? 」
「外の人って、本当に大きいんですね」
木製の壁で囲われているとはいえ、やはり村は村…。他の村と同じで、情報が行き渡るのが早いらしい。ちらほらと点在する家屋や周辺から、僕達の方に村人が集まってくる。その彼らの種族は、雪山の村らしく氷タイプや水タイプが多い。ここに来たのは五、六人で、全員が進化していない事が気になったけど、興味津々と言った様子で僕達に声をかけてくれた。
「僕の種族はあまり大きい方では無いんですけど、皆さんからみれば、そうかもしれませんね。」
「そうなんだー。キュウコンさんも、外から来たの? 」
「…フロストさんの言う通り、青い方がキュウコンとして知られているのね。そうよ」
「キュウコンなのにコートを羽織っているなんて、変わってますね」
開村に反対の人もいるって聴いていたけど、この様子だと、この人達は賛成派なのかもしれないね。僕がこんな風に答えると、一番近くまで寄ってきていたバニプッチさんが、無邪気な声をあげる。進化の段階である程度は年齢を判断できるけど、どうやらこの村では、その方法は使えないらしい。青白い毛並みになっているキュリアに話しかけた彼はまだ子供だと思うけど、その前のウリムーは大人びた様子…。続いてキュリアに質問しているアマルスは声が太かった。
これは僕の勝手な想像だけど、バニプッチの彼以外は大人なのに進化していないのは、この村の政治の影響だと思う。村の出入りを禁止していたので、当然進化するための光の泉にも行けなかったと考えられる。一応進化した種族もちらほらと見かけるけど、その数は少ない。雪が降ってて詳しくは見えないけど…。
「この村に来るのは初めてでね、少し寒…」
「ちっ、キュウコンのお前も所詮他所者、か」
「んならやられる前に殺らねぇーと! アイスボール! 」
「なっ…」
えっ、いっ、いきなり? 和気藹々と話し、キュリアがこう言った瞬間、人混みの奥の方から荒々しい声が聞こえてきた。年配のイノムーらしく、敵意をむき出しにして言い放つ。その彼以外にも、背にしているゲート以外の方向からゾロゾロと集まってくる…。そのうちの一人、僕から見てフロストさんとは逆方向にいたカチコールが、三センチぐらいの氷の塊を飛ばしてきた。
「いっ、いきなり? 秘密の力! …これは普通に使えるのね」
「ほら、言ったでしょ? 他所者はすぐ攻撃してくる、凶暴な人だって。オーロラビーム」
「噂では聴いてけど、まさかここまでとは…。炎のパンチ」
反対派、こんなに過激だったの? 飛ばされた氷塊は、人混みの中にいるキュリアに真っ直ぐ飛んでくる。あまりにも行き過ぎた行動だったので、僕はもちろん、キュリアも取り乱してしまう。彼女はこのままだと氷塊でダメージを食らってしまうので、弧を描くそれを、腰を下ろした状態で右前足で叩き落とす。いつものキュリアなら尻尾で秘密の力を使うけど、多分これは周りのことを考えての行動だと思う。彼女の九本の尻尾は平均よりもほんの少し長いので、それこそこの状況では避けるべき。
僕は彼女の行動についてこう考えていたけど、当然僕にも攻撃が仕掛けられる。何故一目で分かる僕を先に狙わなかったのかが分からないけど、氷の塊とは別の方向から、七色の光が一直線に放たれる。放った相手、タマザラシからすると、身長が百四十三センチの僕は狙いやすい的なんだと思う。僕の腹を、正確に捉える軌道だった。このままだと当然食らってしまうので、僕も正当防衛の体勢に入る。先に仕掛けてきたのは向こうだ、とキレそうになったけど、それを無理やり抑えて技を発動させる。燃える炎をイメージしながら右手に力を溜め、その通りに炎を纏わせる。それを左手でも同じことをして、体の前で炎の部分を重ね合わせた。
「皆さん、早く凶暴な他所者から離れてください! 逃げないとこ…」
「反対派の連中か…。遠い所をせっかく来てくれた…」
「
あんた達、いい加減にしなさい!」
ある程度は覚悟していたけど、これは予想外だなぁ…。手元の炎で冷えた光線を防ぐも、また別の方向から氷の塊が飛んでくる。それをほぼ反射的に右手で溶かしていると、反対派と思われる人の荒々しい声が響いてくる。村の歴史上仕方ないとはいえ、反対派の彼らには僕達に対する偏見がある。本気で僕達を仕留めるつもりらしく、賛成派のひと達が庇ってくれてはいるけど、無数の氷片が降り注いできた。
「
村長が招待した客人に手を出すとは何事だぃ?」
「アネゴッ? 」
「ですが姐御…、他所者が俺達を殺るために攻…」
「先に手を出したのはあんた達でしょ? ビスが先に攻撃したからこの人達がせい…」
「あんた達はまだそんな古い
戯言を信じているワケ? …凍える風! 他所者だろうと何だろうと、客人はアタシの友人よ。それでも手を出すなら、治療費を倍請求するわよ! 」
「そっ、それだけは…」
さすがにこの状況はヤバいかな、そう思いはじめたその時、僕の丁度正面の奥の方から一つの救いの声…。降りしきる粉雪にも負けない大声が、雪国の修羅場に響き渡った。強気なその声に僕やキュリアはもちろん、牙をむいてきた反対派の人達も思わず振り返る。その先にいたのは、如何にも男勝りって感じの小さな影…。見た事の無い種族だったけど、今のキュリアと同じ色の毛並みの彼女が、他に二人ぐらいを連れて駆け寄ってきているところだった。
その彼女はこの状況に、明らかに怒った様子で声を荒らげる。彼女の愛称だとは思うけど、賛否二派は姐御という彼女に自分達の正当性を訴える。種族のせいか子供の口喧嘩に見えてしまったけど、そんな両者をサバサバとした口調で制する。だけど行動を起こさないと止まらないと思ったのか、脅迫紛いの突風で、無理やり鎮めていた。
「アリシアさん、流石に力技で…」
「目には目を歯には歯を、って昔からよく言うじゃない? それにこのバカ共を治療するのはアタシなんだから、変わらないじゃない」
元々の天気と合わさって足元が白粉で埋もれてしまったけど、彼女は変わらず、堂々とした様子で辺りに目を向ける。どんな事情があるのかは分からないけど、完全に対立する二派を説き伏せていた。そんな彼女に、フロストさんは唖然とした様子で言葉を絞り出していた。
「それにフロスト、貴方も進化したなら、あなたの一言でも止めれたはずよ? 村長秘書なんだから」
「あぁ…はい…」
「でもフロストは、バトルは殆どしたことが無かったわね」
「あははは…。やっぱりアリシアさんには敵わないですね」
何というか…、色んな意味で強いなぁ…、この人…。アリシアと呼ばれた薄水色の毛並みの彼女は、そびえ立つフロストさんを見上げてこう言う。フロストさんは今回進化をするのと兼ねて僕達を迎えに来ていたみたいだけど、それでも彼女は、一発で彼が彼だと分かったらしい。さっきとは異なり、うっすらと笑みを浮かべる彼女は、まるで弟を見守る姉のような口調で彼に言う。こう言われたフロストさんは、完敗です、と苦笑いを浮かべ、だけど満更でもない様子で答えていた。
「アタシはただ、正論を言っただけよ? …ええと、何かごめんなさいね。村長から話は聴いているわ。貴女達が、ジョンノエタウンからの使節ね? 」
「えっ、ええ…」
「キュウコンの貴女がキュリアちゃんで、黄色い貴方が、ランベルさんね」
「あっ、はい。デンリュウのランベルです」
何か勢いに圧倒されちゃったけど…、何というか、変わった人だな…。そうよね、アリシアさんはこう言うと、思い出したように僕達へと視線を移す。事実上空気になっていた僕達を見上げる、彼女は、ほんの少し申し訳なさそうに謝ってくれる。ついさっきの光景を見たばかりなので、僕はそのままの勢いで言いくるめられると思っていた。だけど、それはいい意味で外れてしまう。謝る彼女のしっぽは、下げた頭と同じように下を向いていた。勝ち気で我が道を行くような性格なのかと思っていたけど、ちゃんと礼儀をわきまえている。第一印象と違って良い人なのかもしれないな、僕は率直にそう思った。
「へぇ、貴方の種族がデンリュウなのね。初めて会ったわ」
「という事は、アリシアさんもこの村から出たことが無いのかしら? 」
「村が閉鎖されたのはアタシが二歳の時だから、そうなるわね」
えっ、村が閉鎖される前って事は…、僕達も、年上? 僕がこんな風に名乗ると、アリシアさんはもの珍しそうに僕の事を見渡す。彼女の目線は、見落としが無いように、隅から隅まで見渡す…、そんな感じ。そう言えば今思い出したけど、騒動を鎮める時、治療費云々って言ってたような気がする。なのでもしかすると、職業病なのかもしれない、僕はこう思った。
「えっ、という事は、アリシアさんは三十七…」
「あっ、おかあさん、こんなところにいたんだね?」
三十七歳なんですか? もしかするとキュリアは、氷色の彼女にこう訊こうとしていたのかもしれない。騒動の時から、僕が貸してあげたコートの袖を左の前足で押さえているキュリアは、出している尻尾に積もっている雪を払い落しながら言っていた。だけどそれは、一段落して落ち着きを取り戻しつつあるこの場に訪れた、別の幼い声によって遮られてしまっていた。
「それにおかあさん? さっきすごい音がしてたけど、何かあったの? 」
「大丈夫よ。村の怖いおじさん達が戦ってただけよ」
疎らになりはじめてきた人混みの奥から、同じく小さくて氷色の影か駆け寄ってきた。相変わらず種族は分からないけど、その影はアリシアさんの三分の二ぐらいの大きさ。アリシアさんをそのまま小さくしたような少年が、無邪気な眼差しで問いかけてきていた。瓜二つの少年に、アリシアさんは穏やかな表情でこう答える。ほんの少し前とは全く異なり、アリシアさんは優しく彼に語りかけていた。
「あれ? 同じ種族って事は、お子さんですか? 」
小さいこの子と同じって事は、僕が知らないだけで、アリシアさんは進化しない種族なのかな…?
「ええ、そうよ。リア、自己紹介は? 」
「うん! ぼく、ロコンのリアっていうの。おねえさんって、おばあちゃんといっしょのキュウコンだから、外から来たの? 」
「そっ、そうよ。あっ、アリシアさんって、ロコンだったのね? 」
「あら、言ってなかったかしら? 」
確かに予想はあってたけど、別の意味で僕は驚かされてしまった。それはキュリアも同じ…、というより、僕以上に驚きを顕わにしていた。無理ないかもしれないけど、リアって名乗った、アリシアさんと同じ種族の少年は、自分はロコンだって言った。当然その進化系であるキュウコンのキュリアが、驚かないはずがない。タダでさえ自分の今の状態にも戸惑っているのに、よく知っているロコンとは別の姿をしている子が現れた。ましてここまで話してきたアリシアさんも、そう言う事になる。なのでキュリアは、あまりに大きすぎる驚きに、視線を右に左にと、送る宛もなく行き来させる事しか出来ていなかった。
「はい。流石にキュウコンはキュリアで見慣れたんですけど、僕達が知っているロコンは朱い毛並みなので、まさかそうだとは思ってなかったんで」
「噂は本当だったのね? 村の外のロコンって、朱いのね」
「ええ」
「という事は属性も、氷・フェアリーじゃないのかしら」
「そうよ。アリシアさんには想像できないかもしれないけれど、私達、キュウコンとロコンは、炎タイプなのよ」
やっぱり同じ系統の種族だからなのかな、キュリアとアリシアさん、凄く馴染んでるよ。アリシアさんがロコンだって分かったからかもしれないけど、キュリアもアリシアさんの事が気になりはじめたらしい。その証拠に、彼女の氷を連想させるような九本の尻尾はせわしなく揺れている。どうやらアリシアさんも、似たような感じらしい。ロコンだって知ってやっと気づいたけど、言われてみれば、アリシアさんとその息子さんの尻尾も、六つに分かれているような気がする。キュリアほどは大きくないけど、少なくとも一児の母の彼女のものも、僅かにパタパタと揺れていた。
続く