さんのよん Unknown Creature
―あらすじ―
先発隊として参碧の氷原北部に潜入した私とシリウスさんは、凍った足場に苦戦しながら突き進む。
シルクさん特製のドリンクのお蔭で耐えれてはいるけれど、その先でも苦戦を強いられることが予想された。
そんな中私達は、ユキノオーの群れと遭遇し、戦闘態勢に入る。
橙色のオーラを纏った個体の統制に苦戦したけれど、協力して何とか乗り切る事が出来た。
――――
[Side Kyulia]
「はぁ…、はぁ…。…何とか、突破できたわね…」
「そう…、ですね…。まだハク達を待つ必要がありますけど…、ありがとうございます…」
「いえ…、私の方こそ…、久しぶりに手応えのあるダンジョンに挑戦できて…、楽しかったわ…」
ここまでレベルの高いダンジョン、いつ以来かしら…? ユキノオーの群れを倒してから、私達は苦戦しながらも何とか先を進めていた。相変わらず目の前が真っ白で見通しが悪かったけれど、三回目の戦闘をこなした辺りから慣れてこれた気がする。…ただ殆ど誰も立ち入ってないって事もあって野生の数が多く、進捗の度合いがかなり遅かった。私は吹雪と熱風を使い分けて闘っていたけれど、そもそも野生一体毎のレベルも高くて一筋縄ではいかなかった。
シリウスさんがどう感じたかはまだ訊けてないから分からないけれど、総合的な評価だとウルトラレベルが妥当だと思う。ダンジョン内では太陽の位置を探れなかったけれど、突破に要した時間は六時間ぐらいだと思うから、その点ではダイヤモンドレベル。エリアの広さではプラチナぐらいだと思うけれど、気象条件と野生の強さではスーパーレベルは軽く言っているはず…。…ただ唯一の救いが、罠が一切無かったという事。だから平均してウルトラレベル。季節次第ではもう少し上がりそうだけれど…。
そして、何とか突破できたから、私は息を切らせながらもシリウスさんに話しかける。まだ完全に終わった訳じゃないけれど、私達二人ま目標が達成できたから、シリウスさんは私にぺこりと頭を下げてくれる。建前上は依頼主と請負人の関係だけれど、ギルドマスター資格を持っているとはいえマスターランクのチームとの合同調査だったから、私は私なりに楽しむことが出来た。息が切れるほどの数の戦闘を最近こなしてなかった、と言う事もあるのかもしれないけれど…。
「自分もですよ…。…ここは何かの祠…、みたいですけど、ハク達が来るまで…、休みましょうか」
「そうね…。今のうちに休んで…、この奥地の調査もいけないから…、ん…? 」
…浮いているものがあるけど、何かしら…? 三分ぐらい前からダンジョン特有の空気は抜けているから、私達はリラックスした状態で奥の方へと進んでいく。ダンジョン内では気温と吹雪で凍っていたけれど、抜けた今の足元は湿気を含んだ雪に戻っている。今の私が氷タイプだからかもしれにけれど、空からはちらほらと小雪がちらついている。風も心地いぐらいの弱さになっているから、戦闘続きで火照った体を冷ますのには丁度良かった。
そうこうしている間に、私達は参碧の氷原の最奥に辿り着いたらしい。一面の銀世界は見飽きてきたけれど、その中に別の色が出てきたから、何故かホッとした気がする。真っ白な大地の中に、まるで塗り忘れたかのように青い建造物がぽつり、と腰を据えている。シリウスさんの言う通り、何かを祀った祭壇の様な…、古風な佇まいで思わず見入ってしまった。
…けど私は氷を象徴するような祠に気をとられて、別の何かに気付くのが少し遅れてしまう。同じ色で見辛かったけれど、その祠の真上に、渦のような何かが口を開けている…。それがいったい何なのかは分からなかったけれど、その代わりに何とも言えない胸騒ぎがしてきたような気がする。上手く言葉に出来ないけれど、最近どこかでこの景色と似たような事を聴いたような…、そんな感じ。
「キュリアさん…、どうかしましたか? 」
「ええ…。気のせいかもしれないけれど、祠の上の渦…、何だろう、って思って…。同じ色で見にくいけれど…」
「渦…、ですか…。“時空ホール”…、ではなさそうですけ…」
“時空ホール”…。確か“星の停止事件”の時によく聞いたような気がするけど…。斜め上を見上げて首をかしげる私に、シリウスさんが不思議そうに訊ねてくる。私に言われるまで気付かなかったみたいだけれど、彼も何とか見つける事が出来たらしい。シリウスさんはシリウスさんで何か心当たりがあったのか、その事を独り呟く。私もうろ覚えだけど、四年ぐらい前の事け…。
「―――っ! 」
「なっ、何? 秘密の力! …っく! 」
「辻斬り! 」
きっ、奇襲? 空中にぽっかりと開いた穴について考えていたせいで、私は別の
何かの存在に気付けなかった。シリウスさんも同じだったらしく、私達が気づいた時には目の前に迫られていた。背後から襲われたから正体は確認できてないけれど、私は咄嗟に防衛体制をとる。九本の尻尾全てにエネルギーを送り込み、真上に振り上げる様に叩き上げる。前足で踏ん張って後ろ足でも蹴り上げ、不意の攻撃に対抗する。尻尾がヒットして伝わってきた感じでは、多分拳系の技の一つの、爆裂パンチだと思う。リングルにラピスを装填していたから助かったけれど、選んだラピスが間違っていたら混乱状態になっていた。一歩遅れてシリウスさんが角で追撃してくれたから、奇襲を仕掛けてきた何者かに攻撃されることは…。
「なっ、何なんですか! あの種族は…! 」
「わっ、私も見た事が無いわ! 」
シリウスさんも? 振り上げた尻尾を横に撓らせ、その勢いで私は何者かに向き直る。…右の前足を軸に回転し、後ろ足を同時に着地。そのまま視線を上げたけど、その七メートルぐらい先には得体のしれない何かが佇んでいた。三十二年間生きてきたけど、私はあんな種族は見た事が無い。全体的に小麦色で、如何にも強そうな体つき…。筋肉隆々で、一発殴られるとひとたまりも無さそう。格闘タイプかな、一瞬そう感じたけれど、顔つきは虫タイプのような、細長い口が鋭く光っている…。背の方は見えないけれど、脚は三本…。化け物じみた見た目で、私は思わず声を荒らげてしまった。
それに今思い出したけれど、ここで起きた事は、ウィルドビレッジでアリシアさんから聴いた昔話とそっくりな気がする。訊いた話では亀裂だったけれど、ここにある渦も得体のしれない事には変わりない。昔話の方は分からないけれど、今目の前にいる生き物は、化け物といっても過言でない見た目…。それにどちらにもある祭壇。どう考えても昔話と瓜二つ、そう思わずにはいられなくなってしまった。
「やっぱりそうですよね? 自分も三千百年代にいた頃も見た覚えがありません! 爆裂パンチを使っ…」
「―オレ、タタカイ、スキ―。―ツヨイ、―スキ」
「…言葉は、喋れるようね。片言だけれど…」
過去の世界でも見た事が無いとなると、益々化け物じみてくるわね…。シリウスさんも身に覚えがないらしく、訳が分からない、そういう感じで声をあげる。それに対し筋肉の塊は、単語だけを並べて何かを呟く。それもただ喋るだけでなく、腕や胸筋に力を入れ、自慢の筋肉を見せびらかすようなポーズをとりながら…。
「タタカイ、シタイ。―キンニク、スキ。キンニク、キレイ。キンニク―、ウツクシイ」
「…ですけど、これはこれで不気味ですね」
そうよね…。抑揚も無い上に単調に続けられると、それはそれで恐ろしいわね…。
「―キンニク、カタイ。キンニク、ツヨイ。キンニク―、ウマイ。キンニク…、
タオス! 」
「
っ、っあぁっ…! 」
「シリウスさん! 吹雪! 」
しっ、しまった…! まっ、まさか、いきなり仕掛けてくるなんて…! 意味の無い言葉を並べていた筋肉は、何の前触れも無く動き始める。一応警戒はしていたけれど、あまりの事に私、それからシリウスさんも、全く反応する事が出来なかった。ただポーズをとっているかに見えた怪物は、予備動作無しに七メートルある距離を詰める。それもただ駆けてくるのではなく、自慢の筋肉に力を込めながら…。通常野生なら技を発動させた時、殺気が滲み出ているから対応出来るけれど、この筋肉はそれが全くない。私達が油断していたという事もあるのかもしれないけれど、筋肉は無防備な私達のうち、悪タイプのシリウスさんに殴りかかっていた。
辛うじて攻撃が達する前に気付くことが出来ていたので、私、シリウスさんの二人は、左右に分かれる様にその場から跳び退く。けれどその時には二メートルまで迫られていたので、間に合わない。それも左に跳び退いたシリウスさんの方に軌道修正されたので、直撃は避けたとはいえかなりのダメージを被ったらしい。言い訳になるのかもしれないけれど、私達は未開のダンジョンを攻略したばかりだから、その疲れが出てしまっているのかもしれない。
右の前足を、多分気合いパンチで殴られたシリウスさんは、為す術無くゴムボールの様に吹き飛ばされてしまう。シリウスさんが叩きつけられた地面からは、その衝撃を表すかのように大量の雪が舞い上がる…。このままではシリウスさんが危ない、本能的にそう感じた私は、咄嗟にエネルギーを解放し、ダンジョン内のような吹雪を吹かせる。至近距離と言う事もあって、何とかダメージを与える事が出来たらしかった。
「―っ! キンニク! 」
「まさか格闘タイプ? …神通力! 」
あのシリウスさんを呆気なく吹き飛ばすなんて…、本当に何者なのよ、この怪物は…! 見た目から何となく見当がついたけれど、強さまでは予想出来なかった。ここまで上位の格闘技を発動させているので、シリウスさん、そして氷タイプの姿の私にはかなり分が悪い。だから私はシリウスさんに狙いを定めている筋肉を追いながら、尻尾で氷華の珠石を外す。そうする事で体温が急に上がり、体毛の色も黄色味を帯びていく…。いつもの炎タイプに戻った私は、潜在的な力にエネルギーを干渉させる。走る四肢にもありったけの力を込め、三メートル先の怪物の後を追う。エネルギーレベルが高まったところで対象を強く意識し、膨大な量の念波を筋肉の塊に送り込んだ。
「キンニク、イタイ―! キン…」
「鎌…、鼬…! 」
まっ、まさか、シリウスさんしか狙っていない? 私の念波でスピードが緩んだけれど、それでも怪物は狙いを私に向けない。何かにとり憑かれたかのように、気絶寸前のシリウスさんだけを凝視する…。
辛うじて意識を繋いでいるらしいシリウスさんは、力をふり絞って何とか立ち上がる。けれどさっきの一撃で痛めたらしく、右の前足だけは地面から浮かせながら…。だから地についている三本の足で踏ん張り、予め溜めていたらしいエネルギー体で空気の刃を作りだす。怪物の陰で見えないけれど、多分三メートルぐらいの距離でそれを飛ば…。
「熱ぷ…」
「キンニク、キカナイ! 」
「っぐあぁぁ…っ…! 」
「シリウスさん…! 秘密の力! 」
嘘よね? しっ、シリウスさんがこれだけで倒されるなんて…! シリウスさんは創り出した刃を飛ばそうとしたけど、ほんの少しの差で間に合っていなかった。怪物は超至近距離で加速し、問答無用で目の前のシリウスさんに突っ込む…。私も慌てて熱風で発動を中断させようとしたけれど、それさえ叶わずシリウスさんに命中してしまう。捨て身タックルかそれ相当の大技だと思うけれど、風前の灯火のシリウスさんを跳ね飛ばしてしまっていた。
計り知れない強さの怪物に、私はただならない焦りを感じ始めてしまう。慌てているなりに最善策を考え、その中で出が速い接近技を発動させる。完全に私に背を向けている筋肉に向けて跳び上がり、最高点に達したところで頭を下向きに思いっきり振り下ろす。そうする事で空中で前転し、九本の尻尾で無防備な背中を狙う…それも九本を広げて面積を広くするのではなくて、限界まで真ん中の尻尾に寄せ、まるで一本の太い尻尾にするかのように…。私が知る限りの、キュウコンが出せる最大威力の尻尾の使い方で、氷タイプに変換された重撃…。
「シッポ、キンニク、オオイ。オレ、タオス! 」
「え…」
けれど手応えは、全くない。さっきの様に怪物の叩き飛ばせるかと思ったけど、何故か今回はびくともしない。それどころか狙いが私に向けられ、振り向き様にガチガチの拳を振りかざしてくる。このままだとやられる、そう感じたけれど間に合いそうにない。何しろ私は、空中で尻尾を打ちつけたばかりで、自力では何もすることが出来ない状態。おまけに無防備なお腹を相手に見せてしまっているので、最悪といっても過言でないかもしれない。頭では分かっていたけれど、私の胸部に向けて迫ってくる拳に対して何もすることが出来な…。
「っきゃぁぁっ…! っくぅ…っ! 」
…かった。そのまま私は、為す術無く…、吹き飛ばされる。空中を凄い…、勢いで飛ばされ…、ている感覚は…、あったけれど、私の…、視界は…、ここで…、
暗転…
して…
しま…
つづく