さんのさん 橙色のオーラ
―あらすじ―
ブロンズレベルの南部を突破した私達は、一度中継点で作戦会議を開く事にした。
まずはチーム編成の為に、使える技、特性をお互いに教え合う。
その後は化学者のシルクさんから、配られている装備品の効果についての説明を受ける。
これらの情報を考慮して、私達は南部とは別の組み合わせで未開の北部に潜入する事になった。
――――
[Side Kyulia]
「…ある程度は予測していましたけど、これは想像以上ですよ」
「そうよね…」
何となく予想は出来たけれど、ここまでとは思わなかったわね。作戦会議が済んでから、私達は一度息を整えてから潜入する。その時にシルクさんから、一人ひとりに装備品以外の道具を渡してもらった。シルクさんが言うには少し足りないぐらいみたいだけれど、道具そのものを創れる、っていうだけで十分だとは思う。昨日と明け方とで創っていたものらしく、ちょっとした薬とか種を中心に渡されている。どんな効果があるのかまでは訊けていないけれど、一緒に組んでいるシリウスさんが知っているから問題無いのだとか。
そして万全な状態になったので、私とシリウスさんは一足先にダンジョンに潜入する。悪天候な事は中継点の状態から想像てきたけれど、その程度は私の予想を遙かに超えていた。五十センチぐらいは積っていそうな足元の雪は完全に凍っていて、足の爪を立てて歩かないと滑ってしまいそうになる。何より最も最悪なのが、私の日照りでもこの荒天には勝てなかった、という事。氷華の珠石を身につけてないから炎タイプのままだけれど、それでも吹雪が止む気配が全くない。寧ろ冷え切った風、湿気で雪の粒が凍りついていて、問答無用に体に叩きつけてくる。今の私は炎タイプだから平気だけれど、フサフサの毛並みとはいえ純粋な悪タイプのシリウスさんには堪える寒さだと思う。おまけに四メートルぐらい先までしか見えないので、この状況では出来るだけ戦いたくない、こう私は率直に感じた。
「シルクさんから寒さ対策の飲み物は貰ってるけれど、これだといつまでもつか分からないわね」
「それだけが心配ですね」
私も一口飲んだけど、それが無くなったらシリウスさんは耐えられないかもしれないわね、きっと。氷に足をとられないように注意しながら、私とシリウスさんは歩みを進める。視界が悪い上に風の音も凄いから、警戒のレベルは常に最大まで高めている。そんな中私は、中継点でシルクさんから貰った飲み物の話題を出し、隣を歩くアブソルの彼にこう話しかける。フィラの実の辛み成分が効いているみたいだけれど、シリウスさんは気がかり、と言った感じで返事してくれた。
「…ですけどキュリ…、影分身! 」
「っ! 神通力! 」
きっ、奇襲? 何を言おうとしたのかは分からないけれど、シリウスさんは途中で話を切り上げ、即行で技を発動させる。ほぼ同じタイミングで、私もあまり離れていない場所で何者かの気配があるのを感じ取る。まだ目視出来ていないけれど、シリウスさんが創りだした分身が私から見て左斜め前の方に向かって言ったから、その地点に向けて念を送り込んだ。
「カァッ! 」
「ッ? 」
「技だけとは思わないでほしいわ! 」
視界の悪さを利用した作戦、といったところね? 私の予想は外れたけれど、シリウスさんの分身の攻撃は当たったらしい。ヒュウと吹き荒れる風の音に紛れて、小さな唸り声が聞こえてきた。私もその地点に向けて攻撃しようとしたけれど、ほんの数秒の差で別の固体の気配を察知する。ほぼ反射的に背負っている鞄の中に一番右側の尻尾を突っ込み、一つの種を掴む。そこから引き抜くように尻尾を振りかざし、九本全てをユキノオーに叩きつけた。それもただダメージを与えるだけでなくて、一番右の尻尾で掴んでいた睡眠の種のおまけつきで…。砕けた種の粉末を吸い込んだらしく、一瞬のうちに眠りに堕ち…。
「ガァッ! 」
「くっ…、秘密の力! 」
「鎌鼬! キュリアさん! 」
「助かったわ」
まさかもう一体? 反時計回りに左前足を軸に回転していたので、私はもう一体の敵の存在に気付くのが遅れてしまう。別固体のユキノオーのウッドハンマーを、まともに背中にうけてしまう。効果はいまひとつだったから耐える事が出来たけれど、潰すように殴られたから、背骨にジーンと痛みが駆け抜けてきた。けれどここで怯んでいると追撃を受けかねないので、私は右側六本の尻尾にエネルギーを送り込み、反撃する体勢に入る。同じ方向にもう一回転し、環境の効果で氷の属性を纏った尻尾を叩きつけた。
更にそこへシリウスさんが、空気を圧縮した刃を飛ばしてくれる。その対象、私にウッドハンマーをヒットさせたユキノオーに命中し、大きくのけ反らせる。
「ゥガァッ? 」
その隙を利用して、シリウスさんは赤茶けた種を一つ取り出す。右の前足でそれを投擲し、エネルギーを溜めている最初のユキノオーに命中させる。すると種が弾けると同時に、真っ赤な炎がユキノオーを包み込んでいた。
「シリウスさん、その種は…」
「シルクの“
焼炎の種”。効果は見ての通りです」
「炎の渦と同じ効果、って事よね? …けれどシリウスさん、…熱風! 一つ思ったのだけれど…」
効果はすぐわかったけれど、それよりも…。見た事のない種の効果に一瞬驚いたけれど、それはすぐにシルクさんのオリジナルだって気付くことが出来た。シリウスさんが私の左側、背中合わせになるように立ちながら、その種の事を話してくれる。何個貰っているのかは分からないけれど、炎タイプの技を使えないシリウスさんにとっては、子のダンジョンではかなりの武器になると思う。婉曲的に説明してくれたので、私はすぐ、その効果を口で確かめようとした。
けれどその途中で、私は右斜め前と左、二か所に敵の陰を目視する。片方はさっきのユキノオーだと思うけれど、見たところ一斉攻撃を仕掛けてきそうな気配があった。なので私は、控えめにエネルギーを活性化させ、炎の属性に変換しながら解き放つ。すると私達がいる場所を中心に、焼けつく風が吹き荒れ始めた。
「野生にここまでの連携が取れる事、あったかしら? 」
さっきから思ってたけれど、野生にしては他の個体の動きを意識し過ぎているような気がするのよね…。そのままの流れで、私は背中を預けているアブソルにこう問いかけてみる。この場所で戦闘を始めてから、吹き荒れる吹雪も合わさって絶え間なく攻撃を仕掛けられているような気がしている。
「いいえ、自分の覚えではそのような事はなかったと思います。ですけど…、どうやら野生の中に、指揮を執っている個体がいるようです」
「群れのリーダー、といったところかしら? …ソーラービーム! 」
「リーダーと言うよりは、秀でた個体、と言った方が正しい気がします」
シリウスさんも、そう感じていたのね? 私の熱風で遠ざける事が出来たので、その間に短く言葉を交わし合う。シリウスさんも似たようなことを思っていたらしく、すぐ私にこう伝えてくれる。けれど私とは違う部分もあり、彼は強い個体が紛れ込んでいる、と感じていたらしい。口から光のブレスを放つ私に、手短に主張してくれた。
「秀でた…? 」
「はい! 何の技を発動させているのかまでは分かりませんが、一体だけオーラの様なものを纏っている個体がいます」
「オー…、あの個体ね? 」
シリウスさん、私も確認できたわ! 確かに、一体だけ他とは違うわね。シリウスさんは三体の分身に戦わせながら、詳しいことを私に教えてくれる。丁度私はブレスで左から右に薙ぎ払っている最中だったので、そのついでに例の個体の存在を探し始める。私の目の届く範囲では、真左にユキノオー一体と、同じ種族が正面から少し逸れた右側に一体…。そしてもう一体、右側に他とは違った雰囲気のユキノオーが、サイドステップで私達の出方を伺っている…。その個体には、私の見間違いかもしれないけれど、オレンジ色を帯びたベールの様なものを纏っているような気がした。
「はい。ですので、あの個体を先に倒せば、この連携を崩せると思います」
「分かったわ。それなら、私が壁を張るから、シリウスさん、前衛は任せたわ! 」
見たところ俊敏な個体だから、私達も連携して追い込めば倒せそうね? シリウスさんも群れの様子を探りながら、私に作戦と伝えてくる。同じような意見だったから、私はこくりと頷きながら行動を開始する。一番左の尻尾で鞄の中を探り、その結晶がついた紐を尻尾に引っかけて取り出す。あらかじめ結び目を作ってあるので、後ろに振りかえるようにして紐に頭を通し、氷の属性を帯びた氷華の珠石を身につける。すると私の体温は一気に下がり、体毛の色もそれに合わせて青味を帯びていく。短めだった
鬣も長くなり、重力に逆らってフワフワと風に靡いていた。
「もちろんです! 影分身! 」
「オーロラベール! 」
接近戦を頼んだ以上は、私もそれ相応の動きをしないといけないわね。私の体温が下がったのを感じ取ったらしく、それを合図にシリウスさんは反時計回りに駆けだす。同時に分身を一体創り出し、俊敏なユキノオーを追うように走り始めた。
氷タイプに姿を変えた私も、同じタイミングで技を準備する。どのみち私の特性でそうなるから同じだけれど、天候条件が揃っているから補助技を発動させる。北風のような冷たい風をイメージするのと同時に、光のようなものをそれに混ぜ込んでいく…。同時に一緒にいる仲間全員…、とは言ってもシリウスさんしかいないけれど、彼の事を強く意識する。シルクさんの紅いリボンで高まっているエネルギーでそれを解放する事で、私達二人に青や緑のベールを纏わせた。
「ガアァァッ! 」
「ギガインパクト! 」
「辻斬り! 」
「マジカルシャイン! 」
司令塔と言うだけあって、一筋縄ではいかないわね…。分身と合わせて二人のシリウスさんが迫っているので、群れのリーダーも即座に反応する。近くにいた別個体を前に立ちはだからせ、シリウスさんの接近を阻もうとする。けれどシリウスさんは、構わず捨て身で突っ込む。ヒットしたのと同時に消滅していたけれど、その代わりに一発で倒すことが出来ていた。
これで橙色のベールを纏った個体の前には何もいなくなったので、本物のシリウスさんは急接近して技を仕掛ける。鎌状の角にエネルギーを送り込み、それを悪の属性に変換する。頭を右斜め下から左斜め上に振り上げる事で、隙だらけの腹部を斬り上げる。更にその勢いを利用して跳び上がり、腹の傷をなぞるように左前足の爪で斬り裂く。着地と同時に右に跳び退き、そこへ私が発生させた光の衝撃波が襲いかかった。
「グォォッ! 」
「っく…! もう一発! 」
この連撃で大ダメージを与えたようだけれど、あと一歩のところで耐えられてしまう。大きくのけ反ったものの技を準備していたユキノオーは、目の前にいるシリウスさんに右の拳を振り下ろす。シリウスさんは咄嗟に左に跳んでかわそうとしていたけれど、間に合わず草の属性を帯びた拳が右の前足を掠めてしまう。痛みのあまりバランスを崩しそうになっていたけれど、踏みとどまってそれに耐える。それどころかダメージを受けた右前足で思いっきり氷の足場を蹴り、跳びかかるように頭の角で斬りかかっていた。
「ガアアァ…ッ! 」
連続で辻斬りを発動させていたらしく、シリウスさんの角は相手の右わき腹に命中する。この一発で決着をつけるつもりだったらしく、切れ味が今までで一番高かったように私には見える。その証拠に、流血は無いとはいえ五十センチぐらい胴に食い込んでいる。その傷が致命傷になったらしく、ユキノオーは崩れ落ちてからは再び襲いかかってくる事は無かった。
つづく