にのご はじめてのこと
―あらすじ―
無事にアクトアタウンのギルドに着き、私達は各々で荷解きをする。
支度を終え、充実した設備に感心していたところで、私はシリウスさんに話しかけられる。
雑談に華を咲かせながら一階のロビーに戻り、そこで外出していたハクリューのハクさんとも合流する。
全員揃ったところで、チーム明星の二人から調査方針の説明を受けた。
――――
[Side Kyulia]
「…ひとまず、こんな感じですね」
「はい、ありがとうございます」
私も、大体は分かったわ。時々雑談を交えながらだったけれど、ハクさんとシリウスさんから明日の調査の概要を説明してもらった。ハクさんの話によると、明日調査する参碧の氷原は、アクトアタウンから五分もかからない場所にあるらしい。二区画に分かれているダンジョンで、最初の区画はブロンズレベル。小雪がちらつく程度で、一般人でも突破する事が出来る。季節によっては足場が凍る事があるみたいだけれど、湿気が多いだけで足場がしっかりしている。…だけれど問題なのが後半の区画で、私達が明日調査するのはここ。一応未開拓扱いになっているけれど、シリウスさんが言うには、スーパーかそれ以上かもしれないらしい。ハクさん達が潜入した時は猛吹雪で、五、六メートル先が真っ白で見えなくなるレベル…。足元は完全に凍りついていて、爆裂の種などでは破壊、溶かすことが出来ないらしい。そこでハクさんは、この荒天を少しでも抑えるために、特性が“日照り”の私に白羽の矢を立てた。他にこの特性を持っているチームが思い浮かばなかっただけかもしれないけれど…。
『なるほどね。私は水の大陸自体は初めてだけど、何となく分かったわ』
「シルク達は草の大陸だけやったでなぁー。…そういう訳やから、キュリアさん、ランベルさん、頼んだで」
「ええ! 」
「ええっと…、大体の概要はお話ししたので、そうですね…。まだまだ早いですし、自由時間にしましょうか」
そうね。日の傾きからすると昼過ぎぐらいだから…、休むには早すぎるわね。シルクさんはメモを取りながら聴いていたらしく、ふぅ、って一息ついてからペンを置いていた。横目でチラッと見ただけだからかもしれないけれど、綺麗な字だけれど全然読めなかった。…よく考えるとシルクさんは五千年前の世界から来た人だから、それは古代の文字だったのかもしれない。もう一度見ようとしたけれど、その時には片付けていてそれは出来なかった。
それで一通り説明が終わったから、ハクさんは私、ランベル、それからシルクさんのひとりずつに目を向けてから短く声をあげる。もちろん私とランベルはそれに応え、大きく頷く。私が顔を上げたところで、シリウスさんは考えるような素振りを見せてから、私達にこう提案してきた。
「それええね! …あっ、そうや! シルク、キュリアさんも、アクトアタウンは初めてやんね? 」
「わっ、私も? 」
「そうそう! 良かったらウチが案内するで! 」
『いいわね! 』
シルクさんだけじゃなくて、私も一緒に? シリウスさんの提案に乗った…、というよりその言葉を待っていた、って言った方が正しいかもしれないけれど、ハクさんは弾けた声で私とシルクさんを誘ってくる。説明をしてくれいる時、ハクさんとシルクさんは本当に仲良さそうに話していたから、まさか私も誘ってもらえるとは思っていなかった。だから思わず頓狂な声を出してしまったけれど、それでもハクさんは満面の笑みで頷いてくれる。当然シルクさんも、言葉を伝えながら頷いていた。
『キュリアさん、折角だから行きましょ! 』
「えっ、ええ」
「折角こうして会えたやし、キュリアさんとも仲良くなりたいんよ! 」
「そっ、そうね。シルクさんが親友だ、っていうぐらいだから、私も気になって、いたのよ」
…うーん、ペースを持っていかれわわね、この感じは…。仲良さげにワイワイと話す二人に、私は少し遅れを取ってしまったような気がした。親密度の関係かもしれないけれど、追いつこうとしても中々入れなさそう…。何とかして話しに参加するタイミングを伺っていると、私の様子に気付いたのか、ハクさん自身が助け舟を出してくれる。私は一瞬、話しかけるための口述かと思ったけれど、この笑顔を見ていると、心からの声、そう思えてくる。そんなハクさんに戸惑いながらも、断る理由も無いから、私は流されるままに頷いた。
『キュリアさんならそう言ってくれると思ってたわ! …じゃあ早速、いきましょ! 』
「そやな! 」
「ええ」
ハクさん、何というか…、独特ね…。シルクさんも満面の笑みで声をかけてくれて、私からもつられるように笑顔がこぼれる。シルクさんとは昨日から話せているから、ハクさんよりは話しやすいと思っている。…そもそも私だけが歳が離れていて話しづらい、そう思い込んでいるだけかもしれないけれど…。ひとまず私は、半ばされるがままに二人の後を追いかけた。
――――
[Side Kyulia]
『…じゃあ、お願いしますわね』
「そういう訳やから、頼んだで! 」
「はい、任せて下さい―! 」
速達なら、今日中には届くかもしれないわね。シルクさん、ハクさん、私の三人でギルドを出てから、まずは街の郵便局に向かった。もちろん観光ではなくて、シルクさんがお手紙を出したい、って言っていたから。私は昨日聴いて知っていたけれど、そもそもシルクさんは仲間とはぐれてしまっていた。迷っていたところで私と逢って偶然この街に来れているけれど、それ故にシルクさんははぐれた仲間と合流出来ていなくて、逆に向こうもシルクさんの居場所が分かっていないはず。だからと言う事で、シルクさんは以前お世話になったギルドに、安否報告のために手紙を出していた。ハクさんが書いた宛名以外古代の文字だったけれど、その仲間も同じ時代から来ているから問題ないんだとか…。
「それでは、トレジャータウンのギルドに届けておきますね」
話に戻ると、低い方のカウンター越しに、シルクさんは手紙の入った便せんを受付のペリッパーに手渡す。手渡す、というよりサイコキネシスで浮かせて、って言った方が正しいかもしれないけれど、手紙を受け取ったペリッパーは嘴で咥え、飛び立って一番近くの窓から郵便局から出ていった。
「これでひとまず、連絡はオッケーやな? 」
『ええ、助かったわ』
「これで一安心ね。…ハクさん? 」
「ん? どうしたん? 」
「この後はどこに連れて行ってくれるのかしら? 」
シルクさんの予定は済んだけれど、まだこの後の事は聴いてないからね…。三人揃って郵便局を出てから、ハクさんは思い出したように呟く。シルクさんもホッとしたような表情をしていたから、多分方にのしかかっていた何かが降りたんだとは思う。私も彼女に一言言ってあげてから、一度ハクさんを見る。気付いて私の方に振りかえってくれてから、本題を提起した。
「うーんと、そうやなー…。ギルドではああ言ったんやけど、多すぎて迷っとる、ってのが本音なんやよ…。やからキュリアさん、どこか見たいとことか、あるん? 」
「見たいところ…、そうね…」
アクトアタウンも広い街だから、ジョンノエタウンみたいに見る場所が多いのかもしれないわね。私の質問にハクさんは、少し上を見上げながら顎に尻尾を添える。街の名所を思い返しているのだと思うけれど、私が思ったより早く視線を私達に戻す。いい案が思い浮かばなかった…、といいより多すぎて選びきれなかったらしく、あははは…、って軽い笑いを浮かべながらこう呟く。質問を質問で返されたと言う事もあって、私はすぐには答える事はできなかった。
だけど私は、名所は分からないけれどしてみたい事はある。多分これをすれば名所にも行けると思うから、私は…。
「それなら、水中区画に行ってみたいわ」
アクトアタウンのもう一つの顔である、別の区画の事を提案した。
「すっ、水中? やけどキュリアさん? 炎タイプやけど大丈夫なん? 」
『あっ、そっか。そういう事ね』
当然何も知らないハクさんは、信じられない、っていう感じで声を荒らげる。誰が訊いてもこうなると思うけれど、もちろん私は考えもなしに言った訳じゃない。普通の炎タイプが水中区画に行く事は命を捨てる事になるけれど、私はその限りではない。本当は街に着いた時に試すつもりだったから、これだけでシルクさんは私の考えが分かったらしい。納得したような声を、多分私達二人に伝えてきていた。
「ええ。私もまだ試した事はないけれど…、あった。キュウコンはこれを身につければ、氷タイプになれるのよ」
『確か“氷華の珠石”、って言ってたわね』
「――! 」
大きく頷いた私は、四足用のショルダーバッグの方に振り向き、二本の右の尻尾でそれを開ける。二番目の尻尾で口を広げ、その外側の尻尾で引っかける様にネックレスを取り出す。尻尾で掴んだ水色の結晶のアクセサリーの、紐の部分を咥え直すように、それをハクさんにも見せてあげた。
するとその様子を見ていたシルクさんが、私達の頭の中に声を響かせながら技を発動させる。長年の癖なのかもしれないけれど、発動させる時、シルクさんは口を喋るように開閉していた。その彼女が発動させたのは、今日は見るのが三回目のサイコキネシス。見えない力でネックレスを浮かせ、私が首を通しやすいように紐を広げてくれた。
「氷タイプに…? やけどキュウコンって、炎タイプだけのはずやろ? 」
「私も一昨日まではそう思ってたけれど、最近村を開いたウィルドビレッジのロコンは氷タイプだったのよ。…こういう感じでね」
「うっ、嘘やろ? 」
シルクさん、ありがとう。浮かせてくれたシルクさんにそう言ってから、私はハクさんのセリフに耳を傾ける。信じられない、っていう感じで常識の事を言っていたけれど、それを私自身が制する。そのまま私は、広げてくれている紐に首を入れ、そのタイミングでシルクさんは技を解除してくれる。そうする事で結晶の部分が首元に触れ、私の毛並みと瞳が氷色に変化する。体温も急激に下がり、特性も変わって季節はずれの雪が降り始めた。
「きゅっ、キュリアさん? まさかやとは思うけど、伝せ…」
『そういう事じゃないらしいのよ。…多分、ソーフちゃんのグラデシアの花みたいな感じだと思うわ』
「私はよく分からないけど…」
そのソーフさん? っていう人も、私みたいに姿を変えられるのかしら? 多分ハクさんは、伝説に関わってるの、そう私に訊こうとしていたんだと思う。だけどシルクさんに遮られていたから、途中になってしまっていた。そのシルクさんには着いた時に話したから、何となくだけれど代わりに説明してくれる。けど私自身も分かりきっていないから、曖昧な返事しか出来なかった。
『…あっそうだ。キュリアさん、試しに水につけてみたらどうかしら? 』
「ええ、そうね! 貰った時から試したい、って思っていたのよ! 」
今の私は氷タイプだから、水に濡れても痛くないかもしれないわね! シルクさんは思い出したように声を伝えてくると、私にすぐこう提案してくる。街に着いた時も姿を変えたけれど、あの時はすぐに外したから試せなかった。だから私はパッと明るく言い放って少し駆ける。街中に水路が通っているから、すぐにその傍に行くことが出来た。
「…だけど、やっぱり緊張するわね」
「キュリアさんの気持ち、ウチも分かる気がする。初めて空飛ぼうとした時、ドキドキして中々飛び出せんかったのを今でも覚えとるよ」
ずっと楽しみにしてたけど、いざしようと思うと、中々踏み出せないものね…。腰を下ろして右の前足を上げたけど、そこで私は緊張で足を止めてしまう。ハクさんが言ったものと似たような感じで、鼓動が速くなってきているのが騒がしいぐらいに聞こえてくる。この緊張は多分、小さい時にランベルに誘われて初めてダンジョンに潜入した時のような…、そんな感じ。だから私は、勇気を振り絞って、でも恐る恐る、数十センチ前に右の前足を下ろしていく…。
「…凄い、凄いわ! 水に濡れてるのに痺れないなんて、初めてよ! 」
チョンッ、っと足先だけを水につけてみる。いつもならその部分が痺れるけど、今回はそれが無い。痺れと同時に刺すような痛みがするけど、ひんやりとした冷たさだけでそれも無い…。三十ニ年間体験した事の無い初めての感覚で、気付いたら私は嬉しさと新鮮さで声をあげてしまっていた。
水に濡れても痛くない、そう分かったから、私は…。
「こんなに濡れてるのに、信じられないわ! 水ってこんなに気持ち良かったのね! 」
二メートルぐらいの幅がある水路に、思い切って飛び込む。いつもの私なら、タダでは済まない。牙をむいてくるはずの水が、今日は私を優しく包み込んでくれる…。勢いよく跳び込んだから、深さが一メートルぐらいって事もあって、派手な水しぶきが上がっていた、私の湧き立つ心を表すように…。
「そうやろ? やっぱ水の中って最高やろ! 」
「ええ、本当にそう思うわ! 」
泳ぐ事が好きなのか、ハクさんも嬉しそうに声をかけてくれた。
つづく