にのいち そっくりさん?
[Side Kyulia]
「…ええ、それじゃあ、それでお願いしますね」
「了解しました。それでは、早朝に届くよう送っておきますね」
それで頼みますね。ウィルドビレッジから戻った私達、探検隊火花は、そのままの足で役場に向かった。滑り込みで報告する事になってしまったけれど、何とかウィルドビレッジへの使節としての仕事は完了した。その時にはリアンさんから貰った氷華の珠石は外していたけれど、リアンさんの予想通り、山から下りても私は氷の属性のままだった。外す直前、ジョンノエタウンに着くまで雪がちらついていたから、氷属性のキュウコンとしての私の属性は、多分雪降らし。ちょっとした収穫があったから、私の足取りは疲れてはいたけれど凄く軽くなってたような気がした。
それで役場への報告が終わってからは、一旦ランベルとは別れていつもの日課に移っていた。ランベルはレオンさんと話しついでに食料の調達に行って、私は日用品を買いに別の店へ…。その途中に町の集会所に寄って、街を外している間に届いているかもしれない、手紙や依頼の確認。今日も依頼が一件来ていたから、その足で郵便局によって、これも閉局間際に郵送を依頼した。
「…それにしても、ギルドからの依頼なんていつ以来かしら…? 」
前に請けたのはまだウルトラランクの時だったから、結構前かもしれないわね…。郵便局に背を向けて帰路に就く私は、今日来た依頼の内容を思い返しながら回想する。あの時はランベルもまだモココだったから、相当昔だと思う。霧の大陸には探検隊ギルドは無い、そういう事もあって久しいから、自然と懐かしさもこみ上げていた。
「あの時は確か、砂の大陸…」
『すみません、少しお話をお伺いしても、いいかしら? 』
「えっ、ええ…。…えっ? 」
こんな時間に、何かしら…? 行きつけの雑貨屋の前を通りかかったところで、私は誰かに後ろから話しかけられた。話しかけられた、というよりは声が響いた、そう例えたほうが良いかもしれないけれど、私に話しかけてきたと思ったから、すぐに後ろの方に振りかえる。日没後で人通りも少なくなってきたと言う事もあって、いつもならこの時間に話しかけられるのは稀…。それでも少し驚いたけれど、私はそれ以上に、話しかけてきた本人に対しての方が度合いでは勝ってしまっていた。
九本の尻尾越しに見たその人は、遠慮気味にしているエーフィ…。白い服を羽織っていて、首には水色のスカーフを身につけている。肩掛けのバックを持ってるから旅行客か何かだと思うけれど、その特徴に思わず、私は声をあげてしまった。同じ種族、と言う事もあるけれど、さっきまで会っていた人物の姿と被って…、というよりも、本人と凄く似ている…。私は思わず…。
「リアン…、さん? 今日はアリシアさんの家に泊まっていく、って言っていたはずじゃあ…」
その人、ウィルドビレッジで知り合ったリアンさんの名前を口走ってしまう。彼も白い服を羽織っていたか…。
『…ええっと、ごめんなさい。ひと違い、じゃないかしら? 』
「えっ、あっ…、わっ、私こそ、ごめんなさい! 知りあいと凄く似ていたから…」
そっ、そうよね…? リアンさんがこの街にいるはずは…、無いわね。私がリアンさんと見間違えたエーフィさんは、申し訳なさそうに首を横にふる。何故か声が響いているような気がするけれど、私は間違えた気恥ずかしさ…、いや、いつもの炎タイプに戻ているから…、かしら? 体が火照ってきていて、多分顔も真っ赤になってると思う。
それによく考えたら、同じエーフィだけれど、リアンさんは男の人で、このエーフィさんは私と同性。リアンさんは透明なゴーグルだったけど、彼女は水色のスカーフを身につけている。
『いいえ、気にしないでほしいわ。世の中にそっくりさんは何人かいる、って言われているくらいだから』
「そう、よね? それはそうとして…、エーフィさん? その…、要件というのは…」
『ごっ、ごめんなさい! 私から話しかけたのに、話が逸れてしまったわね』
「そんな事無いわ。私の勘違いから始まった事ですから…」
私はすぐに謝ったけれど、エーフィさんはそんな事無いわ、と右の前足をせわしなく左右にふる。何故か口が全然動いてないけれど、彼女はまた申し訳なさそうに声を響かせてきた。口は動いてないけれど、表情は凄く豊かで、どちらかというと顔立ちは平均よりも整っている方だとは思う。エーフィという種族にはあまり会った事がないけれど、それでもそう思わせるくらいだった。
『いや…、ええ…。…それで、凄く変な事を訊くかもしれないけど、今って七千年代、なのかしら? 』
「えっ…、そう…、よ…? 」
時代…? 何で時代なんかを…? このままだと堂々巡りになってしまいそうだったけれど、ここはエーフィさんが折れてくれた。そのまま彼女は、多分訊こうとしていたことを私に訊ねてくる。だけどその内容に、私は思わず頓狂な声をあげてしまう。リアンさんもそうだったけれど、エーフィっていう種族は変わった人が多いのかな、私は率直にそう感じてしまった。
『そう…、それなら、とりあえずは無事に“渡れ”たのね…』
「渡れ…、た…? 」
『あっ、気にしないで、私個人の事だから! …そっ、それともう一つ、ここはどこなのか…、教えてもらっても良いかしら? 』
本当に、変わった人ね…。何というか、本当にリアンさんと似てるわね…。性別は違うけれど…。独り言だとは思うけど、私は彼女が呟いた事が気になり、それを繰り返す。だけどエーフィさんは少し慌てた様子で、無理やりに話題を切り替える。こう慌てる様子を見ると少し可愛い、って思ったのはここだけの話だけれど…。
「場所? 霧の大陸のジョンノ…」
「キュリア? こんな所にいたんだね? 帰りが遅いから、心配したよ」
「らっ、ランベル? 」
「それにキュリア? 誰と喋ってるの? 独り言にしては珍しいけど…」
ごっ、ごめんなさい! ジョンノエタウンです、首を傾げながらもそう答えようとしたけど、私は急に割り込んできた声に驚いてそれは叶わなかった。すぐにランベルだって分かったけど、いきなりだったから鼓動が早鐘を打ってしまっている…。心配をかけたのは申し訳ないけど、私は素っ頓狂な彼の質問に対してもまた驚いてしまう。それはまるで、私が一人でぼそぼそと話している、そんな風にい…。
『キュウコンさんと話してたのは、私よ。デンリュウさんには伝わってなかったと思うけど、私、声に出して喋れなくてね…』
「しゃっ、喋れない? でっ、でもエーフィさん? エーフィさん、こうして話せて…」
『いいえ、厳密には喋っていないのよ。…“テレパシー”、はご存知かしら? 』
「うーん、僕は知らないですね」
私も聴いた事無いわね。エーフィさんは私に種明かし? みたいなことをしてくれたけれど、言ってる事としている事が合ってない気がする。話せないなら、こうして彼女の声が聞こえてこないはず。私はその矛盾に対して声を荒らげてしまったけれど、それでも彼女は首を横にふる。そのものの事を教えてもらったけれど、私には何のことかさっぱり分からなかった。
『この時代でもそうだと思うけど、サイコキネシスを使える程度のエスパータイプが利用できる、会話方法なのよ。…もっと直接的に言うなら、伝説の種族が使える喋り方、かしら? 』
「でっ、伝説の…? 」
『ええ。…ええっと、ごめんなさいね、紛らわしい事になっちゃって』
「いっ、いえ…。それで…、何の話だったかしら? 」
サイコキネシスで? それでも、そこそこレベルが高いと思うけれど…。エーフィさんからその技の名前がサラッと出てきた事には驚いたけれど、私はそれ以上に彼女から伝わってきた数々の単語が引っかかってしまう。何でそんな事、方法を知っているのか、リアンさんもそうだったけれど高レベルの技を一般の人から耳にした…。気になりはしたけれど、これ以上訊くのも、プライベートを探るようで申し訳なくなってくる。だから私は、少し無理やりにだけれど話題を切り替え…、いや、元に戻すことにした。
『ええっと、ここのがどこなのかを訊きたかったけど…、大陸名が分かったから十分よ。…見た感じ、あなた達は探検隊、かしら? 』
「あっ、はい、そうですよ」
「“火花”、というチームで活動しているわ」
自分で言うと恥ずかしいけれど、この大陸では名は知れ渡っているはず。エーフィさんは話題を戻したみたいだけれど、途中になったとはいえこれで満足したらしい。かと思うと彼女は、一旦私、それからランベルをじっくりと見、多分バッグのバッジを目にしてこう訊ねてきた。探検隊バッジはどの大陸でも広く知られているから、きっと彼女はその事から判断したんだと思う。だから私は、ランベルと揃って大きく頷いた。
「…あっ、そうだ。ランベル、今思い出したけれど、水の大陸のギルドから協力依頼が来ていたのよ」
いっ、いけない! エーフィさんがいるけれど、まずこの事を伝えないといけないわね! チームといえば…、という感じで、私はふと大切な事を思い出す。その事とは、さっき返事を出した手紙の件。今回は私の順番だったから勝手に判断したけれど、直近の…、いえ、明日発つ予定だから、早急に伝えておかないといけない。だから私は、ランベルの方をハッと見てこう伝えた。
「水の大陸…? 確かアクトアタウンに一軒あったと思うけど、そこから? 」
「そうよ。“明星”というチーム…」
『みょっ、“明星”? 明星って、ハクリューとアブソルのふたりのチームよね? 』
「そっ、そうですけど…」
えっ? もしかしてエーフィさん、このギルドを知ってる…? 水の大陸のギルドといえば、パッと浮かぶのはそこだけ…。草の大陸や風の大陸にはたくさんあると聞くけれど、私は水の大陸ではそこしか知らない。だからランベルの問いにこくりと頷き、続けてその親方…、今回の件の依頼主のチーム名を口にする。だけどその最中、エーフィさんがハッ、という感じで私の方を見る。もし彼女が喋れたのなら、えっ、と声をあげているかもしれない。
「エーフィさん? こことは違う大陸だけど、知っているのですか? 」
『ええ! ハクとシリウス…、ふたりの事はよく知ってるわ! 草の大陸じゃないけど…、まさかこんなに早く聞けるなんて思わなかったわ! 』
「なっ、名前まで? もっ、もしかしてエーフィさん? あなたは“明星”の…」
『親友、といったところかしら? 二年ぐらい忙しくて会えてないけど、この時代に来た時は頻繁に会ってダンジョンとかに潜入したりしているわ! 』
しっ、親友? 名前まで知っていると言う事は、そんなに親密な関係、なのかしら…? ランベルが不思議そうに訊ねると、エーフィさんは凄く嬉しそうに頷く。にっこりとおびっきりの笑顔を見せながら話してくれているから、その度合いは相当だと思う。“明星”の知り合いなのですか、そう訊こうとしたけれど、それよりも早く当の本人が声を大にして答える。頭の中に声が響いているけれど、今まで以上に反響していた。
それに頻繁に会っていたと言う事は、それなりに近い関係なんだと私は思う。ダンジョンに潜入している、それもギルドマスターの資格を持っているチームと、となると、エーフィさん自身もそれなりの実力はあるのかもしれない。ダンジョンに頻繁に潜入していると言う事は、おそらく彼女は何かしらのチームの一員、私は率直にそう感じた。
「ダンジョンに? ええっとエーフィさんは…、救助隊か何かに…」
『ええっと、本業は教師兼研究者、といったところかしら? 副業として、この時代なら保安官、みたいな事もしているわね』
「保安官…、だからギルドの親方とも知り合いなのね? 」
『少し違う気もするけど…、そんなところね』
それなら、ダンジョンに潜入しているのも納得ね。私も最初は、エーフィさんは救助隊に所属してるのかと思っていた。だけれどそういう職業なら、潜入している事、親方が友人であることに納得がいく。私が改めて聞くと少し考え込んだような顔をしていたけれど、大方はあっているらしい。少し時間差はあったけれど、こくりと頷いていた。
『…そういえばキュウコンさん、あなた達、依頼が“明星”から来てる、って言ってたわね? 』
「えっ、ええ…。そう、だけど…」
『それなら…、そこへ連れてってもらってもいいかしら? 生憎何も持ち合わせてないけど…』
何も持っていない? エーフィさんは思い出したように訊いてきたから、私は戸惑いながらもとりあえず頷く。“明星”の二人とは知り合いだ、って言っていたけれど、きっと彼女はその二人に会いたい、そう思っているのかもしれない。案の定彼女は、その友人…、私達にとっては依頼主の親方のギルドへの道案内を申し出てきた。語尾の方は少し消えそうな大きさだったけれど…。
何も持っていないと言う事は、この様子からすると所持金すら持ち合わせていないのかもしれない。持っていれば町の宿に宿泊できるけれど、そうで無いとなれば野宿となってしまう。白い服を着ていて保安官ならあるはずだけど、無いとなれは話しは変わってくる。だから私は…。
「それなら…、私達の家に泊まっていけばいいわ。ランベルも、いいわよね? 」
「うん。キュリアがそう言うなら、僕は構わないよ」
『ほっ、本当に? ありがとうございます! 』
「いいえ、私達も“明星”の二人の事は知っておきたいですから。ええっと…」
『あっ、そういえばまだ名乗ってなかったわね。…私はシルク。フィフ、って呼んでもらっても構わないわ。どっちも私の名前だから。という事で、よろしくお願いしますわね! 』
ええ、こちらこそ! 人助けの一環として、私は彼女にこう提案してみる。ランベルも同意してくれたから、彼女は本当に嬉しそうにぺこりとお辞儀をする。喋れないからなのかもしれないけれど、薄暗くなった町の中でもパッと明るく見えた気がする。表情が豊かな彼女も実質の依頼主? になる訳だから、私はその彼女にこう言う。…今更だけれど名前を聞き忘れていたから、私はここで詰まってしまう。すると私の様子から察したのか…、それともエスパータイプとしての勘が働いたのか…、どっちかは分からないけれど、すぐに彼女は名乗ってくれた。もう一度エーフィの彼女、シルクさんは、さっきよりも深めに頭を下げ、にっこりと笑顔を見せてくれた。
つづく