ななのはち 白坎の戦い(氷撃)
―あらすじ―
様子がおかしいドサイドンと対峙していると、どこからかルカリオが乱入してくる。
私達の敵じゃないから助かったけれど、彼女は敵と私、両方の事を知っているらしい。
そう思ったのもつかの間、ドサイドンは新たな部下を連れ出す。
けれどルカリオの彼女が言うには、そのオニドリルは“エアリシア”の親方らしい。
彼女とコット君と協力して倒し、本命のドサイドンとの戦いの幕が切って落とされた。
――――
[Side Kyulia]
「コット君、私達の背中はあなたに預けたわ! 」
「はい! 目覚めるパワー! 」
「頼りにしてるわ。グロウパンチ! 」
氷タイプだと出来る事が限られるけれど、コット君と彼女がいるから賄えるかもしれないわね。ひとまずオニドリルを倒せた私達は、それぞれに声を掛け合って士気を高める。ルカリオの彼女もコット君の実力を分かってくれているらしく、短く言うと拳に力を溜め始める。彼女は神速を使えるから最初はそうするのかと思っていたけれど、この感じだと多分、自分を強化してこの後の戦闘に生かすつもりなんだと思う。丁度今彼女が走り始めたから、私もその後に続く。後ろからコット君が氷球で援護してくれているから、私も二人に合わせて技を準備する。と言っても、全体技が封じられているから秘密の力しか使えないけれど…。
「ソノ程度ノ拳術、俺ニハ通用セン! 」
「くっ…」
「秘密の力! っ堅い…」
ぜっ、全然攻撃が通らない? 先陣を切った彼女は、真っ先に拳で振りかぶる。走っている勢いも拳に乗せ、橙色のオーラを纏う敵にそれを振りかざす。けれど当然相手も大人しく受けるような事はせず、同じように距離を詰めながら殴りかかってくる。拳と拳がぶつかり合ったけれど、相性的に有利な彼女の方が圧し返されてしまっていた。
格闘タイプの彼女の攻撃が通らなかった事には驚いたけれど、そんな事を気にしていると勝てる戦いでも勝てなくなる可能性がある。だから私はすぐに考えを変え、溜めていた力を技をして発動する。体勢を低くして弾かれた彼女の下を通り抜け、相手との距離が一メートルになったところで一瞬踏ん張る。その場所で急激に右に進路を変え、その勢いも乗せて尻尾を振りかざす。足を払うように九本の尻尾全てをヒットさせたけれど、体重差なのか全くといっていいほど手応えがなかった。
「大口ヲ叩イタ割ニ、口程ニモナイナ! 」
「くぅっ…! 」
「キュリアさん! チャージビーム! 」
っ…! 私が尻尾の一撃を命中させた間に、相手は攻撃後の硬直から立ち直ったらしい。咄嗟に跳び下がろうとしている私に向けて、力任せに拳で殴りかかってくる。右手で斜め下に向けて振り下ろし、っ密接する私にダメージを与える。相当力をため込んでいたらしく、この一撃がものすごく重い…。何の技かまでは分からなかったけれど、アームハンマーとか…、そのレベルの上級技だと思う。回避が間に合わなくて額の辺りに食らったけれど、オーロラベールで守っていても眩暈を起こしてしまっていた。
「チッ…」
「神速! …あんた大丈夫? 」
「直撃は避けたから…、問題ないわ」
「なら良かった。…ボーンラッシュ」
「チャージビーム! キュリアさん、僕達が引きつけるので、その間に休んでください! 」
「…そうさせてもらうわ」
大丈夫って言ったけれど、問題は山積みね…。頭から地面に叩きつけられた私は、起き上がろうとしたときに一瞬ふらついてしまう。距離があるときなら問題ないけれど、今の私はドサイドンの拳が届く範囲にいる…。当然隙だらけの背中をさらしてしまっているから、相手が攻撃してこない訳がない。無防備な私を追撃すべく、鈍重な左足で蹴りかかってきていた。
これはやられた、殴られて頭がクラクラするけれど、私は自分に降りかかるピンチに何とか気づく事が出来た。けれどこの距離、眩暈を起こしているこの状態では、とてもじゃないけど回避行動が間に合いそうにない。大ダメージを覚悟した私は、意識がもうろうとしながらも重心を落とし、迫り来る重撃に備える。けれどいつまで経っても痛みは襲ってこず、代わりに見る景色が左に流されるだけ…。一瞬何が起こったのか分からなかったけれど、話しかけられた事で多少は分かったような気がする。こういう事は進化して以来初めてだけれど、私は抱えられて逃がしてもらったんだと思う。敵から十五メートルぐらい離れた場所で下ろしてもらってから、私は助けてくれた彼女に一言、短くこう伝える。問題は山積みだけれど、私の返事を見た彼女は、一瞬ホッとしたような笑みを見せてから、戦線へと戻っていった。
作り出した骨を次々に投げる彼女と入れ替わるように、コット君も私の元に駆け寄ってきてくれる。まだ進化出来ない歳だけれどもその背中は頼もしく、言葉にも力が籠っている…。電気のブレスで牽制してくれている彼はある程度吹き出すと、私を守るように相手との間に入ってくれる。本当は年上の私がしっかりしないといけないけれど、眩暈がしている今は彼らの厚意に少しだけ甘える事にした。
「けれどあの堅さ、私にはどうにも出来ないかもしれないわ…」
「キュリアさんでもですか? 」
「ええ。吹雪を使えたら何とかなったかもしれないけれど、秘密の力だけでは火力不足、って言った感じね…」
「僕の目覚めるパワーもいまいち手応えがなかったから、僕もそんな気がしています。ドサイドンが“陽月の被染者”だからだと思うんですけど…、アシストパワー! あの守りを何とかしないと、僕達がバテて勝てなくなるような気がします」
そうなると、このドサイドンは“穢れ”で乱れて異常な耐久になっているのかもしれないわね…。一番良い方法は守りを解く事だけれど…、治せない状態異常だから無理。そうなると私達側が強化しないといけないけれど、コット君とルカリオの彼女が出来ても私が出来ないから…。
「…ん? 」
「キュリアさん? どうかしましたか? 」
「…ううん、何でもないわ」
気のせい、かしら? 今急に体が軽くなったような…?
「けれどコット君、お陰で大分楽になったわ。ありがとう」
「どういたしまして。…チャージビーム! 」
何故か分からないけれど、これならすぐにでも動けそうね! コット君と話している間に、私は少しは休む事が出来た。厳密には一瞬私が淡い光に包まれて、消えると同時に痛みが引いた、って言った方が正しいけれど…。多分これは癒やしの波動か何かだと思うけれど、私が知る限りではこの中に使える種族はいないはず…。心なしか力もわいてきたような気もするけれど、気のせいだって自分に言い聞かせる事で、無理矢理気持ちを戦闘の方に切り替える。
「…オーロラベール。コット君! 」
「はい! 」
時間的にも氷の守りが切れているから、発動させ直してから一気に駆けだした。
「目覚めるパワー! 」
「秘密の力! 待たせてすまないわ」
「ッ…! 」
「その様子だと回復できたようね? 神速…グロウパンチ! 」
…あら、攻撃が通った? 歩幅の関係もあってコット君を追い抜いた私は、十数メートルを駆け抜けながら力を溜める。半分ぐらい距離を詰めたところでコット君は氷球を放ち、“穢れ”たドサイドンを牽制してくれる。丁度ルカリオが拳をヒットさせてから距離をとろうとしていたタイミングだったらしく、バク転で相手とのスペースを空けていた。だから私はその空間に滑り込み、左前足を軸に尻尾を思いっきり振り上げた。
右側七本だけに力を溜めていたから、私は牽制のつもりでヒットさせる。…けれど何故か私が思っていた以上に訊いたらしく、相手は頭から後ろに倒れるような感じで体勢を崩す。私自身も当然驚いたけれど、敵対しているドサイドンは多分それ以上…。言葉にならない声をあげてしまっていて、目にも留まらぬ速さで迫るルカリオの連撃をかわす事が出来ていなかった。
「遅くなってしまってすみません! 」
「いえ寧ろ早かったぐらいよ! 」
「ッ…何故ダ? マサカ“太陽”の術…」
「術だかなんだか知らないけどここから一気にいくわよ! 」
「ええ! 秘密の力! 」
「はい! アシストパワー連射! 」
やっぱり…、気のせいじゃないわね。ヒットさせた勢いを利用して、私は残りの二本で右から左に薙払う。尻尾の二本分だから威力不足だったけれど、その代わりに私自身の状態を確認する事が出来た。これは結果論でしかないけれど、誰かの技の効果で技の威力が強化されている…。ルカリオの彼女とコット君では気づけなかったけれど、そのお陰で攻撃が通ったのかもしれない。
この二発で私の状態を察したのか、一人で戦ってくれていた彼女が私達に声をかけてくれる。戦闘中だから二言だけだったけれど、この様子だと戦況は私達側に傾きかけているんだと思う。奮闘してくれていた彼女の声にも力が籠っていて、流れに乗ってきた…、私は暗にそう感じる事が出来た気がする。だから私はもう一度九本の尻尾に力を溜め、立て続けに攻撃を仕掛ける。左から右に三本で足下を払い、逆方向に三本で追討ち…。最後に宙返りすることで真ん中三本を下顎にヒットさせ、完全に体勢を崩す事に成功した。
「ナッ…、何故ダ? 何故俺ニ攻撃ガ通ル…! 」
「“穢れ”で乱れているみたいですけど、強化さえすればどうって事無いです! アシストパワー! 」
相手に大きな隙が出来たから、この間にコット君は溜めていた球体を四発、連続で解き放つ。確か二発までしか撃てない筈だから、彼は二回続けて技を発動させたんだと思う。その四発は彼の口元からではなく、重心を落として身構えるドサイドンの周り…。背後から時計回りに、四方向から遠隔で解き放っていた。
「ッアァッ…! 」
「そうね。誰かは分からないけれど、その人のお陰とも言えるわね? 秘密の力」
「グゥッ…! 」
三発目のソレを追うようにして、一度バックステップで距離をとっていた私も最接近する。六メートルぐらいの距離を三歩で駆け抜け、四歩目で大きく跳び上がる。最高点に達したところで右前足を斜めに振り下ろし、その勢いで斜め下方向に回転する。力を溜めた尻尾を中央の一本に寄せ、ありったけの力で振りかざす。誰かの技で強化されているという事もあって、相手の顔面を白く堅い岩盤に叩きつける事に成功する。
「“穢れ”だか何だか知らないけど対策さえすれば大したことないわね。トドメのインファイト! 」
予め神速を発動していたらしく、私から見て右側からルカリオの彼女が迫る。私に突っ伏されてから一秒も経たないうちに、彼女は捨て身で何発も殴りかかる。
「ッグァァッ…! 馬鹿ナ…、“太陽”如キニ…、俺ガ…」
「…アルタイル! 」
「…ッ? ウッ…! 動…」
「あんたにはここで捕まってもらうわよ! 」
…えっ? 今何を…? 彼女の連撃が相当効いたらしく、相手は五メートルぐらい突き飛ばされる。すぐに立ち上がろうとしていたけれど、足の関節を痛めたのか膝をついてしまっていた。
この光景を見た彼女は、何を思ったのか何もない空中に向けて一言、声をあげる。私にはこの行動の意味がさっぱり分からなかったけれど、すぐ後に嫌でも知る事が出来た。彼女が声をあげてから二、三秒後、急に音をあげてドサイドンが崩れ落ちる。私が見た限りでは、全身の力が抜けた…、催眠術とかで眠らされたかのように、無抵抗に顔面から倒れてしまっていた。
「いっ、今何…」
「ケベッカ、そっちはどう? 」
「ひとまず拘束できたわ。クアラは? 」
「“ビースト”も倒せたから、後は撤退するだけだよ」
「分かったわ。…キュウコンのあんたサンダースも協力してくれて助かったわ」
「あっ、はい…。…ですけどルカリオさん? さっきは何を…」
「悪いけどそれには答えられないわ。強いて言うなら…このドサイドンの身柄はアタイ等が預かるってくらいかしらね」
「あなた達が…? 」
「そうよ」
「けれどあなた達は…」
「それも答えられないわね。…けどキュウコンのあんたを見込んで…“ルノウィリア”敵の本拠地に明後日総攻撃を仕掛けるつもり。…だからアタイ等の事が知りたければそこに来て。落ち合ったときに作戦と合わせて話すわ」
「“ルノウィリア”、ですか? 」
「うん。“エアリシア”、って言ったら分かる? 」
“エアリシア”…、確かハクさんの故郷、って言ってたわね? 無差別の大量殺人事件があった、って聞いてるけれど、それと関係があるのかしら…?
「ええ。昔何回か行った事はあるから、場所ぐらいなら知ってるつもりでいるわ」
「なら話が早いわ。明後日の朝八時頃に“ルノウィリア”南部。そこで“月”って訊くからあんたは“太陽”って答えて。そこでアタイ等が持つ情報を渡すからあんたも協力者を募って伝えて」
「わっ、分かったわ」
って事はつまり、私は作戦に協力している人を集めて、その人達と明後日の八時に風の大陸の“エアリシア”に向かう…。そこでルカリオの彼女と合流して、合い言葉を言ってから情報交換をする…、そういう事よね?
「じゃあそこで会いましょ。…クアラ! アルタイル! 」
「うん! フラッシュ! 」
「っ…。…えっ…、消えた? 」
「テレポートか何か、だと思いますけど…、何だったんでしょう。ルカリオさん達もそうですけど…」
けれどもう一人のあの人が言った感じだと…、アーシアちゃん達の方は何とかなったのかもしれないわね? “空現の穴”も消えてるみたいだから…、本当に“ビースト”も倒せたみたいね? けれど…、彼女達は一体何者だったのかしら? 聞きそびれたけれど、少なくとも敵ではないのは確かね? 明後日に“エアリシア”で話してくれるみたいだから…、それまでに人手を集めないといけなそうね? 確かハクさん達のギルドが“エアリシア”の事件をい調査してるはずだから…、相談を兼ねてギルドに戻れば何とかなりそうね!
つづく