ななのに 荒廃した鍾乳洞
―あらすじ―
一夜明け、私はアーシアちゃんとギルドを発とうとしたけれど、手違いでランベルと予定が重なってしまう。
どうしようか困っていたけれど、その時偶然サンダースのコット君が通りかかる。
彼が名乗り出てランベルの代わりにメンバーに加わる事になり、私とアーシアちゃんの三人は遅れながらも“ワイワイタウン”に向けて出発する。
街で依頼主のリアン君と合流したけれど、彼、それからコット君達自身の事に、私はかなり驚かされてしまった。
――――
[Side Kyulia]
「…もうじき“壱白の坑道”に着くで」
「という事は、この近くに突入口があるのです? 」
「そうなるね」
廃鉱山って言ってたけど、予想通りの感じね。“ワイワイタウン”を出発した私達は、雑談とか近況を話ながら目的地を目指していた。エーフィのリアン君から近くに小さい村がある、って聞いていたけれど、“ワイワイタウン”からあまり離れてないからって事で直接向かう事になった。街を出てニ十分ぐらい歩いてきたところだけれど、景色は都市から一変して木とか坂が多い山道になってきている。水の大陸には土地勘が殆ど無いから分からないけれど、分からないなりに山岳地帯に入っている事だけは分かったような気がしていた。
そしてある程度坂を登った辺りで、先頭を歩く元人間のリアン君はふと私達の方に振りかえる。その状態で右の前足で正面の方を指さし、目的地が近づいている事を教えてくれる。彼は何回も連れてきてもらっているみたいだから、グレイシアの姿のアーシアちゃんの質問に、すぐに頷いていた。
「僕は“ロードクラウド”、っていうダンジョンにしか行った事が無いんですけど、“壱白の坑道”っていう所はどんな場所なんですか? 」
「そっ、そういえば、コット君は話していた時にいなかったわね」
“ロードクラウド”? こっ、コット君? そんな特殊なダンジョンに? この光景を私の隣で歩いて見ていたコット君は、ふと私の方を見上げて訊ねてくる。私自身もうっかりしていたけれど、昨日リアン君から頼まれた時、アーシアちゃんだけでコット君はいなかった。“ロードクラウド”っていう高難度のダンジョンの名前が出て来て思わず声をあげてしまったけれど、何とか気を取り直して簡単に話してあげる。…私自身も、昨日リアンさんから聞いたばかりだけれど…。
「そういゃあそうやったな」
「はい。この間のダンジョンは相性が良かったんですけど、“壱白の坑道”はどんな感じなんですか? 」
「聞いた感じだと…、廃鉱山、って言う感じね。確か石灰岩…、だったかしら? 」
「だと思います。鉱山だから岩タイプと地面タイプが多いと思うのですけど、そうなのです? 」
私もそう思ってるけれど、どうなのかしら? 私が一通り話してあげるつもりだったけれど、何故か後ろ足だけで歩いているアーシアちゃんが補足してくれる。生息している種族までは聞いてなかったから、彼女は推測を交えながらもエーフィの青年に問いかける。その予想は私も似たようなことを考えていたから、間違いではないような気がする。救助隊員もダンジョンに潜入する事は多いはずだから、彼女の表情には若干の自信が含まれているような気がした。
「半分正解やな。閉山されてから結構年数が経っとるみたいやから、鉱山っていうより鍾乳洞、って言った方が正しいかもしれへんね。カルスト地形やから元々は雨水の侵食でできた洞窟やと思うんやけど、“オダヤカビレッジ”の人達が採掘するようになったんが始まりっぽいね」
「…よく分からないのですけど、詳しいのですね」
「まぁこの世界に来る前の知識やから、まさか役立つなんて思わへんかったんやけど。出てくる種族とかは…、入り口着いた訳やし、見た方が早いんとちゃうかな? 」
私もよく分からなかったけれど…、その方が良いかもしれないわね。グレイシアのアーシアちゃんに訊かれたリアン君は、順を追ってダンジョンの事を話してくれる。…けれど地質とかその類の知識は勉強不足だから、いまいち分からなかったけれど…。この感じだとアーシアちゃんも私と同じ見たいだけれど、コット君だけはあぁー、って言う感じで何度も頷いていた。
リアン君が話してくれている間に着いたらしく、私達が進む先に洞窟の入り口らしきものが見えてきた。エーフィの彼の言うとおりと言えばそうだけれど、さっきの話にいまいちピンときていないから、私は彼が知らせてくれたことに気付くのが遅れてしまう。
「そうですね。鍾乳洞って事は、僕がメインで戦えば何とかなりそうですね」
「コット君と? 寧ろ不利な気がするけれど…」
コット君って、純粋な電気タイプよね? 三種類の属性を使えるって言ってたけれど、種族的に考えても…。私が反応できない間に話が進んでいて、入り口の前で振り返ったリアン君にコット君が返事する。廃鉱山って事で一応は整備されていた跡があるけれど、リアン君の言う通り放置されているから荒れてしまっている。鍾乳洞だから岩盤はむき出しだけれど、思っていた以上に岩盤が湿っているような気がする。まだ洞窟にも入ってなくて地面も湿ってないから何ともないけれど、ここまで湿っていると、いつもの炎タイプだと厳しくなるかもしれない。電気タイプのコット君にとってもそのはずだけれど…。
「まぁ闘ってみれば分かるんとちゃう? 」
「ですね」
けれど依頼主のリアン君はあまり気にしていないらしく、私が呟いた事に軽く返事する。
「んじゃあ、行こっか」
「えっ、ええ…」
いつの間にか主導権が変わっていたけれど、リアン君を先頭にして、私達は湿気が多そうな鍾乳洞に足を踏み入れた。
―――
――
―
[Side Kyulia]
「ひゃぁっ! 」
「…キュリアさん、大丈夫です? 」
「なっ、何とか…っ! 」
けれどこれは思った以上ね…。鍾乳洞のダンジョン、“壱白の坑道”に足を踏み入れた私達は、周りの気配を探りながら洞窟内を突き進む。私が見た限りでは白い岩盤が主で、天井からは所々につらら上の鍾乳石が延びている。閉山されて相当年月が経っているみたいだけれど、ダンジョンとはいえ人工的に掘られた跡が所々にあるような気がする。明るさの方はそれほど問題で無くて、洞窟のダンジョンって事を考えても割と明るい方だと思う。私が心配していた湿気の方は大したことないけれど、その分水気が多くて雫が頻繁に滴り落ちてきている。あまりの冷たさ、唐突さに思わず声をあげてしまったけれど、若干水気でヒリヒリする痛みに耐えながら、訊いてきたアーシアちゃんに何とか笑顔をつくって頷いた。
「いつもはここまで滴ってないんやけど…、昨日ぐらいに雨でも降ったんかな? 」
「分からないですけ…目覚めるパワー! 」
「っ? 」
「シャドーボール! …コット君、よぅ気付いたね? 」
「たまたま目に入っ…っ! 遠くで何かが動いた気がしたので」
“ロードクラウド”を突破しただけの事はあるわね。リアン君は推測を交えて話してくれていたけど、それは中断せざるを得なくなってしまう。コット君が一番早く気付いたみたいだけれど、彼は首を傾げながらも咄嗟にエネルギーを溜め、口元にそれを集める。薄い水色だから水タイプか氷タイプだと思うけれど、二センチぐらいの大きさのそれを物陰から飛来してきたアメモースに向けて発射する。けれど十分に溜めきれていなかったのか、そもそも威力が足りなかったのか…、どっちかは分からないけれど、一発で倒す事は出来ていなかった。
私もすぐに応戦しようとしたけれど、あと一歩のところでリアン君に先を越されてしまう。敵から一番近いっていう事もあり、リアン君は口元に溜めた黒い球体を撃ちだし、コット君が仕留め損ねた相手を撃ち落とす。十分に溜めれていたみたいだから倒すことが出来ていたけれど、私はふとある事に気付く。この様子だとコット君も気づいたみたいだけれど、技を発動させた瞬間、リアン君にオレンジ色のオーラの様なものが纏わりついていた気がする。
「…ですけどリアンさん? もしかしてリアンさんって、“陽月の被染者”ですか? 」
「…何なん? その…、“陽月の”何とか、ってのは? 」
「僕も見たのは初めてなんですけど…」
やっぱり気のせいじゃなかったのね? でも何なのかしら、“陽月の被染者”って…。何かハッとした様子のサンダースは、続けてエーフィの彼に問いかける。コット君自身はそのモノの事を知っているのか、単刀直入って言う感じで尋ねていた。それに対して本人はというと、何か難しい顔をしてこくりと首を傾げる。当然私も初めて聞く言葉だけれど、彼…。
「もしかして、異世界の住民の証なのです? 私をイーブイにした相手もそうだったのですけど、その方達も同じでしたので」
「アーシアさんの認識であっていると思います。“陽月の回廊”に侵された人、って言った方が正しいんですけど、治せない状態異常らしいです。…チャージビーム! 」
「火炎放射! 」
状態異常…。治せない状態異常って、本当にあるのかしら? アーシアちゃんはリアン君のオーラに心当たりがあったのか、説明しようとしてくれているコット君に質問する。その相手っていうのは昨日のパラムの事だと思うけれど、確かテトラちゃんと居た時に襲われた、って言ってたと思う。シリウスさんが捜しても見つからなかったみたいだから心配だけれど、打たれ強いテトラちゃんなら大丈夫な気はしている。…話が逸れそうだから元に戻すけれど、多分昨日の事を交えながら訊くグレイシアの姿の彼女に、コット君はすぐに首を縦にふる。また知らない言葉が出てきたけれど、考えるとキリがなさそうだから敢えて聞き流す。けれどその途中でまた新手が近づいてきていたから、私とコット君はほぼ同じタイミングで自分の属性のブレスを放出した。
「ァガッ…ッ? 」
「人によって症状は違うみたいなんですけど、種族としてのステータスが乱れたり、ダンジョンで沢山の野生を呼び寄せたりしてしまうみたいです」
「野生を…。何か納得やな」
そういえばリアン君、ダンジョンで野生を呼び寄せる体質、って“陸白の山麓”の時に言ってたわね。
「という事は…」
「その通りやで。それにステータスが乱れるんも、何か分かる気ぃするよ」
私とコット君の攻撃で、気付かれる前にゴルバットを倒すことが出来た。この感じだと近くに新手はいないみたいだから、この間にコット君が説明の続きを始めてくれる。ステータスが変わるって言われるとメガ進化とシルクちゃんの能力が思い浮かぶけれど、言ってくれたうちの後の方はダンジョンに潜入する時にはリスクが大きいと思う。ダンジョンだから野生との戦闘は避けられないから、それ故に頻度と強さがダンジョン自体の難易度に関わってくる。“陸白の山麓”とか“ゴードの谷”ぐらいなら差し支えないけれど、“陸白の山洞”とか“参碧の氷原”ぐらいの難易度になると突破する事が極端に難しくなる。今回の“壱白の坑道”は前者にあたるけど、立ち入りが制限されている“壱白の裂洞”の方は後者。事前に分かったから助かったけれど、一筋縄ではいかないかもしれない、彼らの説明を聞いて私は率直にそう感じた。
つづく