ななのいち 似て非なる者達
[Side Filia]
「…ライトちゃん、シャトレアさん、待たせちゃったかしら? 」
「ううん。私達も今着いたところです」
発送の準備が手こずって遅くなったかと思ったけど、それなら良かったわ。
「ちょっと眠いけど…。発送が何とかって、昨日言ってたZギアのこと? 」
「えっ、ええ…」
昨日はマグレかと思ったけど、シャトレアさん、本当に心が読めるのね。シルクとウォルタ君と同じ伝説の関係者みたいだけど、地位は違う、って言ってたわね。
「今夜の便に何とか間に合ったけど、その分代金がえらいことになったわね。…はぁ…」
深夜便だから仕方ないけど、こんな時に限って二割増しだったから、流石に痛いわね…。ライトに相談したら経費から出してくれたけど…。
「副代表にもなると、大変なんだね。…ええっと確か、“アクトアタウン”に何かしに行くんだっけ? 」
「そうよ。久しぶりにアーシアちゃんに会いたいってのもだけど、ラスカに別件で仕事ができた、って事の方が大きいかもしれないわね」
「“ラスカ諸島”に? ハクさん達のギルドにルーターを設置する、って言ってたけど、それとは違うの? 」
「ええ。私もついさっき頼まれたばかりだけど、昨日の昼ぐらいから“パラムタウン”のルーターからの通信が途切れていたらしいのよ」
不具合か通信障害か何かだとは思うけど…。
「パラムが? ギルドがある、って代表から聞いてるけど、ルータ? ってそんなに脆いものなの? 」
「いいえ。パラムの機体はラスカでの試験的な目的で設置したものだけど…」
そんな不良品を置いたつもりなんて無いわ。…なのにライトが遠隔で操作しても復旧しないなんて、嫌な予感しかしないわね…。
――――
[Side Kyulia]
「えっ? らっ、ランベルも? 」
「うん。昨日話せたらよかったんだけど…」
まさかランベルも、別の依頼を頼まれてたなんて思わなかったわね…。あの後の私達は、リアンさんの研究室を出て“アクトアタウン”に戻った。その直前にリアンさんにある事を依頼として頼まれたんだけれど、ウォルタさんから聞いた事と関係があったから、アーシアちゃんと一緒に請ける事にした。発つ時アーシアちゃんはグレイシアの姿だったけれど、街を出る時は“変色のブレスレット”を外してイーブイに戻っていた。何でかは分からないけれど…。
それでハクさんのギルドに戻ってからは、色んなことで忙しくてゆっくりする事が出来なかった。イーブイに退化したアーシアちゃんの事もそうだけれど、作業のメインは“パラムタウン”のギルドの人達を受け入れるための準備…。パラムであった事はアーシアちゃんから聞いていたけれど、正直言って私は今も信じれていない。街規模の大事件は滅多に起こらないから、この程度の事があったのは“星の停止事件”か…、諸島関係なしに考えても“ルデラ諸島”の事件以来だと思う。けれどその両方ともは街一つが壊滅するなんてことはなかったから…。その街のギルドの親方をしているゼブライカのスパーダさんも気が気でないって言う感じで、同期らしいシリウスさんの支えでやっと立ち直ったぐらい…。話し始めるとキリがないけれど、昨日は気付くと日が暮れていたから、私と何人かは途中で抜けさせてもらっていた。
そして朝早く起きた今日は、これから行くダンジョンのための準備は済ませてあるからランベルと合流…。けれど昨日は全然話す時間が無かったから、この感じだとランベルも別の予定を入れてしまったのかもしれない。陽も昇ったばかりで人影は疎らだけれど、これはハクさん達の弟子たちは街に朝食をとりに行っているから…。その間に一足先に発つ事になってたけれど、私達は手違いがあってそれが出来ずにいた。
「ですよね…。私も誰かと話せたらよかったのですけど…」
「だよね。シリウスとかパラムの人達を巻き込む訳にもいかないし…、どうしよう? 」
そうよね。ただでさえギルドが潰されてそれどころじゃないのに、手伝ってなんて、とてもじゃないけれど言えないわね…。私と一緒に行く予定のアーシアちゃんも、私達の方を見上げながら、困ったように呟く。今はリアンさんのブレスレットをしてないからイーブイのままだけれど、何故か後ろ足だけで立ち上がって腕を組んでいる。これにワカシャモのベリーさんも頷いて、一瞬二階への階段の方に目を向ける。ベリーさん達はランベルと草の大陸に行くことになってるから、私と同じで困り果ててしまっていた。
「うーん…」
「…あれ? 皆さん、出発したんじゃなかったんですか? 」
「えっ、ええ」
ん? この子は確か…。ギルドの入り口で話し込む私達の所に、一つの声が割り込んでくる。この子の事はよく知らないけれど、昨日チラッと見かけたサンダースの男の子が不思議そうに声をかけてきていた。後ろから話しかけられたからビックリしたけれど、何とか私は、その子に答える事が出来た。その子は進化してるから大人だとは思うけれど、それよりは少年のような幼さの方が多い気がする。土色の結晶を首から提げてる彼は…。
「キュリアさんとランベルさんがダブルブッキングしちゃってね…。だからどうしよう、ってなって…」
「デンリュウさん達が、ですか? 」
「うん。僕は悠久の風の二人と“弐…”…」
「でしたら、僕がデンリュウさんの代わりに入った方がいいですか? 同じ電気タイプですから」
「こっ、コット君が、です? 」
この子が、ランベルの代わりに? ベリーさんがサンダースのこの子に事情を説明してくれていたけれど、この様子だとこの子はある程度知っていたのかもしれない。昨日聴きました、って一言付け加えてから、彼は私達の間を視線で行き来しながら耳を傾けていた。ベリーさんに次いでランベルが行く予定のダンジョンの事を言おうとしていたけれど、その途中でサンダースの彼が、何かを思いついたようにこう提案してくる。私も意外な事に声をあげてしまったけれど、アーシアちゃんは彼の事をハッと見、驚いた様子で訊き返していた。
「はい! アーシアさん…、で良いんですよね? アーシアさんなら知ってると思いますけど、僕の戦法はダンジョンと相性が良いと思うんです。使える属性も三種類あるので、ある程度ならサポートできると思います」
「言われてみれば…、そんな気がしますです。ですからキュリアさん、私はそれでいいと思うのですけど、どうでしょう? 」
「そうね…」
この子がどのぐらい戦えるか分からないけれど、私達三人にリアンさんが入る事を考えると…、案外何とかなるかもしれないわね。
「…分かったわ。確かコット君、って言ったわね? 」
「はい! 」
「私もいつも気を配れるとは限らないから、自分の身を護れるなら、構わないわ」
「ありがとうございます! 」
「…じゃあ、決まりだね」
「ええ」
ラツェル君は先に港に行ってるみたいだけれど…、ランベルの方の人数調整はどうするのかしら? 私は二、三秒ぐらい上を見上げて考えてから、コットって言う彼に対してこう答える。この子の実力は未知数だけれど、この様子だと少なくとも並ぐらいにはあるのかもしれない。アーシアちゃんは昨日の帰りに見て知った、それに氷タイプの技も一つ教えたから大丈夫だけれど、状況次第では私一人で戦う事になるかもしれない。けれど申請が通った以上はキャンセルする訳にもいかないから、メンバーに関しては纏まったから、私達は二組に分かれて今日の調査を開始する事にした。
――――
[Side Kyulia]
「…しっ、シルクちゃんの…、従弟? 」
「はい」
「という事はコット君も…、五千年前の出身なのね? 」
「はいです。だけどコット君はシルクさんと違って、こっちの時代では普通のサンダースです」
アーシアちゃんの事も驚いたけれど、こんなにも偶然って重なるものなのね…。ハクさん達のギルドを出発した私、アーシアちゃん、コット君の三人は、軽い朝食を済ませてから“ワイワイタウン”に向かう。その途中でコット君の事を聞いていたけれど、私はあまりの事に言葉を失ってしまう。コット君が使う技はあまり聞かないだけで普通だったけれど、今は行方不明になっているシルクちゃんの従弟…。それもこっちの時代に来る何週間か前まで、コット君自身もシルクちゃんの事を知らなかったらしい。
「こっちの時代では…? 」
「そうなるかもしれないです。僕もパートナーに言われるまで気付かなかったんですけど、人間の声で喋ってるみたいなんです」
「人間の? そもそも聞いた事無いから分からないけれど、そんな風には聞こえないけれど…」
「僕もよく分からないんですけど、声の出し方が違うだけで言葉の意味は同じ、ってフィフさんが言ってました」
フィフ…、シルクちゃんの事ね? 丁度今“ワイワイタウン”に着いたところだけれど、アーシアちゃんが言った事が気になったから、私は彼女に尋ねてみる。私はグレイシアの姿の彼女に訊いたつもりだったけれど、その前にコット君本人が答えてくれる。けれどそんな風には全然聞こえないから、私は首を傾げ、もう一回コット君に訊いてみる。するとすぐに答えてくれたけれど、コット君自身もいまいち分かってなさそうな感じだった。
「…そういうものなのね? 」
「みたいです。…えとキュリアさん? リアンさんのお店て、この辺りでしたよね? 」
「ええ。まだ店も開いてない時間だけれど…、あっ、いたわ。リアン君、待たせたあしら? 」
「あっ、キュリアさん、待っとったで! 」
出る時に時間がかかったけれど…、大丈夫だったかしら? 話している間に港の方まで来れたから、まだモヤモヤしてるけれど話題を切り替える。アーシアちゃんもこの辺りの事に気付いてくれたらしく、隣を歩く私に見上げながら訊いてくる。それから歩いている先にある建物に視線を移していたけれど、そんな彼女に対して私はこくりと頷く。サンダースのコット君は初めてみたいだからキョロキョロと辺りを見渡しているけれど、頷いた私もこれから会うエーフィの姿を探す。すると予想通りの場所にいるのを見つけたから、尻尾を三本高く掲げて合図を送りながら、見知った彼にこう呼びかけた。
「…やけどキュリアさん? 今日もランベルさんはおらへん感じなん? 」
「ちょっと手違いがあってね…」
「ですから今日は、私とコッ…」
「キュリアさんから聞いていましたけど、本当にフィフさんとそっくりですね」
「ん? もしかしてサンダース君、僕と同族のフィフさんの事知っとるん? 」
「あっ、はい。コットって言うんですけど、フィフさんは僕の従弟なんです」
「そっ、そうなん? 」
…ん? もしかして、話がかみ合ってる? 尻尾を大きくふったら、リアン君は小走りで私達の方に来てくれる。けれどその途中でランベルの不在に気付いたらしく、すぐに私に訊いてくる。だから私とアーシアちゃんが今朝の事を話そうとしたけれど、その途中でコット君の一言に遮られてしまう。私もシルクちゃんと初めて会った時には見間違えたけれど、コット君の言う通りリアン君とシルクちゃんは双子って間違えるぐらいそっくり。流石に性別は違うけれど、同じエーフィだから余計に見間違える。従弟って聞いてリアン君は取り乱してるけれど…。
「そうみたいです。…えとリアンさん? これからゴールドレベルのダンジョンに潜入する事になるのですけど、コット君も、大丈夫なのです? 」
「まぁ大丈夫やろう。“壱白の坑道”は何回か依頼で連れてってもらった事あるし、奥の“壱白の裂洞”も、キュリアさんがおるし、問題ないんとちゃうかな? 」
「“裂洞”の方では安全は保障出来ないけれど…」
コット君もそうだけれど、立ち入りが制限されるぐらいの難易度だから…。ひとまず依頼主のリアンさんと合流できたから、私達四人は目的地に向けて再び歩き始める。よく考えたらイーブイ系の人が三人も揃ってるから珍しいけれど、アーシアちゃん自身の事に比べたらまだまだ、だと思う。…そんな事を考えていたけれど、アーシアちゃんは一般人のリアン君、それからコット君にも、これから潜入する事になるダンジョンの事を尋ねていた。
それに依頼主のエーフィは、あまり気にしてない様子で即答する。元々“壱白の坑道”にはリアン君の依頼で行くことになったけど、もし私、それからアーシアちゃんもウォルタ君から聞いてなかったら受け入れていなかったと思う。“壱白の坑道”はゴールドレベルとはいえ一般の人には危険すぎるし、奥地の“裂洞”に至ってはウルトラレベルだったような気がする。元々ランベルと四人で潜入するつもりだったから申請したけれど…。
「そんなに危険なダンジョンなんですか? 」
「何かそうみたいやね。“オダヤカビレッジ”の近くのダンジョンなんやけど、あそこは昔鉱山として使われとったみたいやね。せやけど神の怒りに触れたとか何とかで…、鉱山が閉山になったって話しなんよ。…まぁ“壱白の坑道”は僕がイーブイになって倒れとった所なんやけど…」
「ん? イーブイになって…? リアンさん、どういう事なのです? 昨日も私の事を話しても、びっくりしてなかったみたいですけど…」
そういえば、そうだったような気がするわね。私が安全は保障できないって言ったから、コット君は少し不安そうに訊ねてきた。私も“壱白の坑道”と“裂洞”については深くは知らないけれど、それでも私は彼に話してあげようとする。けれどそんな私よりも一歩早く、白い服を羽織ったエーフィに先を越されてしまう。何回も連れてってもらってるだけあって私よりも詳しかったから、私自身も少しためになったような気がする。
けれどリアン君が何かを続けて言おうとしたところで、気になった事があるらしくグレイシアの姿のアーシアちゃんがエーフィのリアン君に問いかける。この時まで忘れていたけれど、言われてみればあの時、アーシアちゃんの事を聞いてもリアン君の反応は薄かったような気がする。アーシアさんに尋ねられたリアン君は、街を抜けたのを確認してから、思い出すような感じで話し始めてくれた。
「まぁ僕もアーシアさんと似たような感じやからやな」
「似たような…、ってどういう事なんですか? 」
「ナゼルにしか話した事ないんやけど、結論から言うと、僕もアーシアさんと同じで、元々人間やったから」
「りっ、リアン君、今何て…」
訊き間違いじゃなかったら、今、人間だった、って言ったわね?
「僕はアーシアさんと同じで、元人間。聞いた感じやとアーシアさんとは違うみたいやけど、僕はこことは違う世界の人間やったんよ」
「そっ、そうなのです? て事は、リアンさんも“導かれし者”、だったり…」
「ううん、僕はそれとはちゃうかな? ルデラには何回も行った事あるで知っとるけど、僕がこっちの世界に迷い込んだのは五年前。元の世界の事は半分ぐらい思い出せへんのやけど、さっき言った通り、気付いたらイーブイになっとった。聞いた感じやとアーシアさんと同じ世界みたいやけど、多分僕は神隠しみたいな感じでこっちの世界に迷いこんだんとちゃうかな? 」
確かアーシアちゃんが三年か四年ぐらい前だったから…、違うのかもしれないわね。って事はもしかすると、シルクちゃんもそうだけれど、化学者っていう職業は五千年前とか、アーシアちゃんの世界のものなのかもしれないわね。
「迷い込んで、ですか…。って事はもしかして、“空現の穴”に落ちたって事も…。リアンさん? リアンさんって、“月の次元”の人だったりしますか? 」
「それが何なんか分からへんけど、それとはちゃうと思うで。僕がおった世界やと、ポケモンはゲームの中だけの存在やったから」
「私の世界もそうでした」
“空現の穴”…。確かウォルタさんも言ってたわね。異世界と繋がる穴で、“ビースト”を倒せば消滅させることが出来る。それに一昨日“陸白の山麓”で戦ったあの生き物も“ビースト”で、言われてみれば“空現の穴”みたいな亀裂もあった気がする。…何でコット君が“空現の穴”の事を知ってるのか、さっぱり分からないけれど…。
つづく