ろくのご 属性と姿
―あらすじ―
アーシアちゃんから“パラムタウン”の事を聞くと、そこの親方のスパーダさんは物凄く取り乱し、荒れ果てているらしい町に戻ろうとする。
そこにアーシアさんが立ちはだかり、心の底からの思いを彼にぶつける。
アーシアちゃんの想いが伝わったらしく、スパーダさんは何とか踏みとどまってくれる。
けれど何かを思い立ったのか、彼は私達二人を置いて、“アクトアタウン”のギルドへと戻ってしまう。
残された私もある事を閃き、その事をアーシアちゃんに試してもらうため、二人で隣り街へと向かう事にした。
――――
[Side Kyulia]
「…キュリアさん、この街にいるのです? 」
「そうよ」
昼過ぎだからどうか分からないけれど、多分店にいるはずよね…? アーシアちゃんを背中に乗せて走る私は、そのまま真っ直ぐ隣町、“ワイワイタウン”に向かった。この道を走るのは初めてだけれど、私の足だと三十分で着いたと思う。走ってる間にアーシアちゃんが“焼炎の珠石”をかけ直してくれたんだけれど、その時一緒にアーシアちゃんの事も教えてもらった。
そしてあまり時間がかからずに着いたから、私は走る足を止めずに目的地に向かう。丁度今天文台の前を通り過ぎたけれど、そのタイミングでアーシアちゃんがこう訊いてくる。その人の職業しか言ってなかったから、私はその建物がある方を見据えながらこくりと頷いた。
「もしかしたら前を通ってるかもしれないけれど、船着き場の近くに店があるのよ」
「店ですか? 化学者、て聞いてるのですけど…」
「私も一回しか行った事が無いけれど、その店で開発した道具を売らせてもらってるそうよ? 」
前は確か、アリシアさん達が店にいたわね。続けて私は、会いに行く彼の事を思い浮かべながら、アーシアちゃんに話してあげる。私も初めて知った時は通り過ぎそうになったから、もしあの時にリアンさんが店の外にいなかったら気付かなかったかもしれない。そのぐらい普通の店だったから、多分アーシアちゃんは驚くと思う。…驚くと言えば、リアンさんの種族も、だけれど…。
「道具も作ってるのです? なんかシルクさんみたいですね」
「ええ、本当にシルクちゃんみたいなのよ。…さぁ着いたわ。この店がそうよ」
そういえば通りかかっただけで、ちゃんと見た事が無かったわね。話している間に船着き場の方まで来れたから、私は今から会う人、リアンさんの事も少しづつ話始める。種族まではまだ言ってないけれど、多分言わなくてもイメージで感づいているかもしれない。元々イーブイ系の種族人口が少ない、って事もあるけれど、私はエーフィでは化学者にしか会った事が無い。アーシアちゃんがどうかは分からないけれど、多分エーフィといえば化学者、っていうイメージを持っていると思う。
そして簡単に紹介している途中に、私達は目的の店の前に到着する。私が止まったから何となく察してくれたらしく、前足で首筋にしがみついていたアーシアちゃんはぴょん、と跳び下りる。
「雑貨屋さんなのですね」
「そうらしいわ。…すみません」
「はいいらっしゃい! んー、キュウコンにイーブイって、お客さん、珍しい組み合わせですね」
よく考えたら、そうなるわね。私が店の前から大声で呼びかけると、奥の方から一つの声が返ってくる。リアンさんの声じゃないから多分、この声の主は別の店員…。段ボールを抱えたジャランゴの青年が出てきてくれた。
「職が違うとそうなるのかもしれないわね。…ええっと、ここにリアン、っていう化学者がいると思うけれど、今日はいるかしら? 」
「あぁリアン? リアンなら奥にいますよ。…という事は、キュウコンのあなたが、あのキュリアさんで? 」
「ええ。あの、って言われるほどでもないけれど、そうよ」
「んなら話が早いです。…リアン! お客さんだ! 手が空いたら来てくれ! 」
ジャランゴさん、店員だからかしら? 声がよく通るわね。適当に世間話を済ませてから、私は彼にリアンさんの事を尋ねてみる。するとリアンさんから私達の事を聞いていたのか、彼は合点が言ったようにポン、と手を軽くたたく。ここまで言われると少し気恥ずかしいけれど、とりあえず私は頷いてから彼の返事を待ってみる。アーシアちゃんは隣で店の雰囲気を見てるけれど、彼はすぐに奥の方に振りかえり、大声で目的の人物を呼んでくれた。
「す、凄い声です…」
「あぁ申し訳ない。商人としての
性でね、商会じゃあこれぐらいの声量が無いと伝わらないんでね」
「…商人も大変なのね」
「いゃあ、お客さんの探検隊よりは大分楽だとは思いますよ。…あぁ来た来た」
「…ナゼル、また大声出してお客さん驚かしとらんやろうね? 」
「え…」
奥にいるって言ってたけれど、案外近くにいたのかもしれないわね。アーシアちゃんは驚いてとびあがっていたけれど、ジャランゴの彼は流すように彼女に謝る。職業が違うから仕方ないけれど、声が大きいのは商人としての職業病なのかもしれない。そういえばランベルの友人の商人も声が大きいから、あながち間違いじゃないのかもしれない。気さくな笑顔を見せてくれる彼と話していると、割と聞き慣れた独特の声が店の奥から来てくれた。
「お客さんって、キュリアさんやったんやな? ランベルさんは一緒とちゃうみたいやけど、今日はどうしたん? 」
「色々と用事があってね、今日は別なのよ」
奥から出てきたのは、予想通りエーフィのリアンさん。白い服も着ていてシルクちゃんとそっくりだから、隣のアーシアちゃんは驚かすを食らった時みたいに茫然としてるけれど…。彼は相変わらずの調子で私に話しかけてきてくれたから、同じように私も受け答えする。透明なゴーグルを着けているから、奥で何かをしていたんだと思う。
「色々? …まぁいいや。店で話すんもアレやし、地下で話さへん? イーブイの君も」
「あ、はいです」
地下に? リアンさんも何か言いたい事があるみたいだけれど、ふと何かを思い出し、右の前足で店の奥を指さす。この時まで私もうっかりしてたけれど、店の前で呼び出したから、店側からすると迷惑だったと思う。そう言う訳で私、それからアーシアちゃんも、この店で商売をしてるリアンさんの案内で奥へと進む。店の棚は綺麗に整理されていて、売れたらしく所々に空白があった。
「…にしてもイーブイに会うんは初めてやな。キュリアさんとおるって事は、イーブイの君はメンバー入りした感じなん? 」
「いいえ、アーシアちゃんは違うわ」
「はいです。“ルデラ諸島”で救助隊をしているのですけど、向こうではギルドに所属しています」
「確か…、“ナルトシティ”って言ってたわね」
大都会のギルドだから、もしかするとラスカは、アーシアちゃんにとってはド田舎に感じてるかもしれないわね。地下への階段を一段ずつ降りながら、リアンさんはこんな風に話しかけてくる。同じイーブイ系だからだと思うけれど、この感じだとリアンさんはアーシアちゃんに興味があるらしい。再会してから紹介してなかったって事もあるけれど、リアンさんはアーシアちゃんを探検隊員、って思っていたのかもしれない。けれどそれは私がすぐに訂正し、そのために首を横にふる。すぐにアーシアちゃんが正しい事を言い直し、ちゃんと自分の職業も言い直していた。
「“ナルトシティ”かぁ。…さっ、ちょっと散らかっとるけど、この部屋ならええかな? 」
「この部屋が…、そうなのね? 」
なんかすごい感じね…。階段を降りてすぐだったらしく、リアンさんは目の前の扉を押し開ける。彼に案内されてその部屋に入ったけれど、私は今までにない感じで圧倒されてしまう。上手く言葉に出来ないけれど、“オアセラ”とか“ルデラ諸島”にありそうな…、そんな感じ。広い部屋の中に五十センチぐらいの高さのデスクがあって、その近くには色んなガラス器具が入った棚が置かれている…。反対側には別の棚と大型の冷蔵庫があって、私が見た限りでは、後者の中のビンには何かの液体が満たされている…。それから空調の設備を完備しているらしく、緩やかな風? が左から右に流れている気がする。そして真ん中のデスクの上には、薄い青とか黄色とか…、いくつかの液体が、ガラス器具の中で自動でかき混ぜられていた。
「そうやで。元の世界にはまだまだ届かへんのやけど、ようこそ、僕の研究室へ」
「研究室…、何かイメージ通りで安心しました」
「って事は、イーブイの君も僕の職業を知っとるんやな? 」
「はいです」
「私は職人かなにかだと思ってたけれど…、知らない土地に来たみたいな感じね」
「まぁ知らへん土地ってのも、間違いやないんかもしれへんね。…そんでキュリアさん? 何の用で来てくれたん? 」
「あっ、そうだったわね。話し始めると長くなるけれど…」
「えとキュリアさん、私が話しますっ」
リアンさん、ここで色んな道具を創っているのね…。散らかってるって言ってたけれど、そうとは思えないわね。私は初めての雰囲気の部屋に圧倒されていたけれど、この感じだとアーシアちゃんはそうじゃなかったらしい。元々違う世界の出身って聞いているけれど、もしかすると私の知らないところでこういう部屋の事を知っていたのかもしれない。そうなると同じ職業のシルクちゃんの事も気になるけれど、今は関係のない事だから、この考えを頭の奥の方へと追いやる。丁度その時にリアンさんが本題に入ってくれたから、私、それからアーシアちゃんも、彼を訪ねた訳を順を追って話し始めた。
――――
[Side Kyulia]
「…大体事情は分かったで。…分かった。僕でよかったら協力するよ」
「ありがとうございますっ! ですけど何で…」
「これといって訳はないんやけど…、他人事やない気がしたでやな」
アーシアちゃん、思い切った事したわね…。十分ぐらいかけて事情を説明したけれど、私はアーシアちゃんが明かした内容の多さに驚いてしまった。私はてっきり今日の事しか話さないかと思ってたけれど、アーシアちゃんは“導かれし者”だ、って事も語り通していた。…けれどリアンさんはリアンさんで、予想外の反応をしていたから驚いた。何故かは分からないけれど、アーシアちゃんが元人間って聞いても、全然驚いていなかった。寧ろホッとしたような…、一瞬だったけれど、そんな表情をしていた。
「本当にありがたいわ」
「ええってええって! そんで、欲しいんは“属性の石”やんな? 悪タイプのは持ってへんのやけど、ちょっと待っとって。代わりのがあるで」
そう…、リアンさんでも、悪タイプの石は持ってなかったのね…。リアンさんも協力してくれるって分かって嬉しかったけれど、その彼は一瞬表情を暗くする。“属性の石”といえばリアンさんって思ってたけれど、流石に全部は持っていなかったらしい。それを訊いてアーシアちゃんはがっかりしたような…、そんな顔をしていたけれど、代わりの物があるって聞いて、一瞬両耳がぴくりと動く。私も予想外だったから気になるけれど、彼は私達の反応を見る事無く、その物を仕舞ってあるらしい部屋の奥の方へと小走りで駆けていった。
「代わりの物て、何なのでしょう? 」
「分からないけれど…、追加の“焼炎の珠石”、とかじゃないかしら? 」
それか…、“氷華の珠石”のどっちかかもしれないわね。
「…お待たせ」
「あら、結構早かったわね」
「あんま人を待たすんは好きやないからな。…そんで、これが言っとったやつなんやけど…」
“属性の石”…、じゃなさそうだけれど、何なのかしら? 残された私達は一言二言頃場をかわし合っていたけれど、それだけの時間でリアンさんは戻って来た。結構近くにしまってあったのか、リアンさんはその物をサイコキネシスで浮かせながら走ってくる。そしてそれと部屋のデスクに置き、私達二人にも見せてくれる。その見せてくれた物は、色の付いた石…、ではなく銀色のブレスレットのようなもの…。一瞬リングルかなとも思ったけれど、既に澄んだ水色の宝石が填められていたから、そうじゃないってすぐに分かった。
「リングル…、なのです? 」
「まぁリングルから創ったものなんやけど…、それとちゃうな。まだ試作段階なんやけど、“
変色のブレスレット”、僕はそう呼んどるよ」
「へんしき…、の…? 」
「そうやよ。この間同族の同業者からアドバイスを貰ってね、やっと完成したもんなんよ。これがブレスレットに填めとる石なんやけど…」
「…綺麗ね。ラピスでもなさそうだけれど…」
宝石か何か、かしら? 技を解除したリアンさんは、一緒に持ってきた水色の宝石も見せてくれる。二センチぐらいの小さな宝石で、綺麗な三角形で出来た六面体で透き通っている…。率直な感想を呟くと、リアンさんは待ってましたと言わんばかりにその宝石の事を話し始めてくれた。
「ラピスやなくて、“属性の石”の方が正しいな。“属性の石”に化学的な処理をして、対応する属性の木の実で抽出する…。カラムクロマトグラフィーで分離して、集めてきた物質を結晶化させたもん…。…要は“属性の石”から余分なモンを全部取り除いた純粋な結晶で、区別して“属性の純石”って呼ぶ事にしたんよ」
「…よく分からないけれど、属性エネルギーしかない結晶、って思ったらいいのかしら? 」
「そうそう! この氷以外に炎と地面タイプで試したんやけど、全部スピネル構造に…。…っと、この話は分からへんかもしれへんで元に戻すけど、“属性の純石”…、これやと“氷華の晶石”やな。“属性の純石”を填めた“変色のブレスレット”を身につけると、目覚めるパワーの属性を変えれるんよ」
「目覚めるパワーを? ですけど、どうしてブレスレットを持ってきたのです? 私が使える技は話していないのですけど…」
「そこが肝心なんよ! キュリアさんは何となく気付いとるかもしれへんけど、元は“属性の石”やからね。ブレスレットは属性エネルギーを直に体に伝えれるように改良しとるんやけど、応用したら姿を変えれるんとちゃうかなー、って思って。まだ純石を取りかえれるように出来てへんし、手元には氷タイプしかないんやけど…」
「姿…、リアンさん、そういう事ね! 」
リアンさん、あなたが言いたい事、分かったわ! 開発した宝石とブレスレットの事を、リアンさんは熱く語ってくれる。話してくれているリアンさんはどこか楽しそうで、早く研究の成果を披露したい…、そんな風に見えた気がする。中には専門的すぎて分からない部分もあったけれど、そこは察してくれたのか分かるように言い直してくれる。そのお陰で途中まではモヤモヤしていたけれど、最後にはハッキリと、リアンさんが試したい事が分かった気がした。
これは私の予想だけれど、リアンさんはこの宝石を“属性の石”から創った、って言っていた。混じりっ気がない結晶って事は、私がもらった“属性の石”よりも濃いエネルギーが込められているんだと思う。それをブレスレットで体に伝えれば、今の私なら氷タイプのキュウコンに姿を変える事が出来る。私は“氷華の珠石”でも出来たけれど、アーシアちゃんの場合、それぐらい濃くないとできない…、そういう事なんだと思う。
「そういう事やよ! 」
「うーん…、やっぱり分からないです」
「アーシアちゃん、属性は違うけれど、これならいけると思うわ! だから、騙されたと思って着けてみて! 」
「こ、これをですか? 」
「そうやよ。何が起こるかは、着けたら分かる訳やし」
「“属性の石”より効果が高いはずだから、多分成功すると思うわ! 」
「…キュリアさんが言うなら…」
アーシアちゃん、私が保証するわ! だから、着けてみて! 自分なりに考えた結果、絶対に成功する、私は強くそう感じ始める。ここに来る前にアーシアちゃんはあんな風に言ってくれてたから、純粋な結晶を使っているコレなら確実にうまくいくと思う。リアンさんも自信満々に言ってくれてたから、仮定じゃなくて確信…。本当にそうなるかもしれないから、気付いたら私もテンションが上がっていた。
それで私とリアンさんの想いが伝わったのか、渋っていたアーシアちゃんはようやく、小さく頷いてくれる。まだ納得できていないみたいだけれど、アーシアちゃんは首を傾げながらも、デスクの上に置かれた銀色のブレスレットに手をかけようとする。高さが足りないから後ろ足だけで立ち上がって、前足をいっぱいにのばして何とか手に取る。大きさを調整できるみたいだから、自分の前足にあわせながらはめると…。
「おおっ! 始まった! 」
「ええ! リアンさん、成功したみたいね! 」
「そうやな! 」
進化する時のソレみたいに、アーシアちゃんは強い光に包まれ始める。けれど進化とは違う部分もあって、氷属性だからなのか、光には氷を思い出させるような薄い水色がついている…。成功した事で私とリアンさんは、お互いの前足をとり合って喜びを分かち合っていたんだけれど、光が治まると、アーシアちゃんは…。
「ちょっと待っとって! 今鏡持ってくるで」
「ええ! 」
「…あれ? 視線が高くなって…ええっ? きゅっキュリアさん! 私て…」
「そうよ! アーシアちゃん、今のアーシアちゃんはどう見ても
グレイシアよ! 」
すぐに目に入る自分の前足を見て、アーシアちゃんは今までで一番驚いた声をあげる。水色と薄い紺色に変わっていて、種族もイーブイではなくなっている…。私は会った事はないけれど、“変色のブレスレット”を左前足に着けたアーシアちゃんは、グレイシアに姿を変えていた。
「うそ…、私が…、フィリアさんと同じ…、グレイシアに…? 」
「夢みたいやけど、本当なんよ! 鏡持ってきたで、見てみ? 」
「ほんとだ…、フィリアさん…、じゃなくて、私…、ほんとにグレイシアになってる…」
リアンさんが鏡を浮かせた状態で持ってきてくれて、それをアーシアちゃんが見える位置に移動させてくれる。この時ようやく実感が湧いてきたみたいで、アーシアちゃんは驚いたような嬉しいような…、そんな感じの声で鏡に映ったグレイシアとしての姿に見入っていた。
つづく