ろくのさん パラムの惨事
―あらすじ―
悠久の風のラツェル君の紹介で、私は“パラムタウン”のギルドマスターのスパーダさんと知りあいになる。
簡単な自己紹介をした後、ラツェル君の提案で、私達三人は彼の知り合いだという考古学者に会いに行くことになる。
ラツェル君とは仲が良さそうな彼は、探検隊連盟公認の考古学者らしく、ラスカだけでなくルデラでも名が知れ渡っている有名人らしい。
おまけにウォルタという彼はシルクちゃんと同じ伝説の関係者でもあり、能力の一つとして別の種族に変身する事が出来ていた。
――――
[Side Kyulia]
「…そういう事なら、私も合わせて調べてみるわ」
「うん、お願いします」
「…じゃあ、俺達はそろそろ行くのだ」
一度乗った船だから、このまま調査を続けるのも悪くないかもしれないわね。あの後私達は、まず初めに“ワイワイタウン”で入院しているシルクちゃんの話になった。彼女とウォルタさんは師弟関係らしく、伝説の関係者としては同じ時期に能力が使えるようになったらしい。それでシルクちゃんはその時の事件、“星の停止事件”が解決した少し後に元の時代に帰ったのだけれど、縁があって何度もこの時代に来ていたらいい。そのうちの一回が今回で、初めて会った時に聞いた事だけれど、本当は親友の患部の経過観察と、自分を含めたリハビリで来ていた。…けれど私の知っている事があって、本来なら今も病院に入院しているはず。…けれど一昨日に突然いなくなってしまっていて、捜索願いがでているはずなのにパラムにはその通達が来ていなかったらしい。
それで私、ラツェル君、スパーダさん、ウォルタ君の四人と相談した結果、通達が上手く行ってないんじゃないか、そういう事情があるっていう結論になった。スパーダさんが言うには、今保安協会では沢山の捜索願の処理に追われて手が離せない状態らしい。その殆どが“エアリシア”の住民のものらしいのだけれど、この関係で後回しにされている。“エアリシア”の殺事件の事を含めて事件が続いているから仕方ないのだけれど…。
それで話を今の事に変えると、話がまとまったから、私とスパーダさんは立ち上がって病室を出ようとしているところ…。私はシルクさんの捜索、それからもう一つの事を同時に調べる事になって、スパーダさんは親方会議で決まった事を調べる事になった。それで気付いたらお昼になっていたから、これから私はスパーダさんと二人で昼食に行くつもり。右の前足で開けた引き戸から出て、私は一度振り返ってからこう言った。
「…ええっとスパーダさん? スパーダさんは昼を食べたらパラムに戻るのよね? 」
「そのつもりなのだ。一晩ギルドを空けてるのだからな、そろそろ戻った方がいいと思ってるのだ」
「それなら、少し急いだほうが良いわね」
混雑する時間からはズレてると思うけれど、どれだけ待つか分からないからね…。ラツェル君はもう少し話していくつもりみたいだから、私はスパーダさんと二人で階段を降りていく。彼はギルド間での顔合わせでアクトアに来ていたみたいなんだけれど、その間自分のギルドは副親方に任せっぱなしだったらしい。お互いの連絡自体はZギア…? ていう通信機でしていたみたいなのだけれど、向こうは既に動き始めているらしい。そうなると親方としてものんびりしてられないから、早めに戻ってすぐにでも着手したいんだとか…。
なので私達の足取りは、自然と早くなる。数少ないマスターランクとしても話したいところだけど、予定があるのなら仕方のない事なのかもしれない。丁度今一階まで降りたところなのだけれど、心なしかスパーダさんは早歩き気味だと思う。
「そうしてもらえるとありがたいのだ」
「分かったわ。私もまだ全部を知ってるわけではないけれど…」
「そんなはずはないと思うのですけど…」
「ですよね」
「ぅん、あれは…」
あら、何で病院に? パラムに行ってるはずだけれど…。スパーダさんと話しながらロビーを横切っていたのだけれど、私は丁度反対側の通路から出てきた人影がふと目に入る。その人は私、それからスパーダさんもよく知ってるらしい人なのだけれど、本来ならこの街にはいないはずだから、私はつい、その三人組を二度見してしまう。もちろんスパーダさんも予想外だったらしく、彼らを目にした途端、小さく言葉にならない声をあげてしまっていた。その彼というのは…。
「シリウス、チアゼナも、どうしてここにいるのだ? 」
「救助隊連盟の本部とギルドに行ってる、て聞いてるんだけれど…」
入れ違いで“パラムタウン”に向けて発ったはずのアブソルと、彼についてきているゴチルゼルとイーブイ…。向こうも気づいたらしく、私達が訊いている間に、出入り口に近い私達の方に歩いてくる…。けれどその表情は、何故か不安そうな感じだった。
「スパーダ…。よかった、あなたは無事だったのねー」
「無事…? 無事って、どういう事なのだ? 」
「ええと何から言ったらいいのか分からないのですけど…」
「…何かあったのね? テトラちゃん達も見当たらないけれど…」
シリウスさんは三人でパラムに行ったはずよね? 私達の方に来ると、一緒にいるゴチルゼルの彼女は何故かホッとしたように呟く。スパーダさんを見て言っているから、彼女は多分、“パラムタウン”から来ているんだと思う。けれど分かったのはそれだけで、何で無事、ていう言葉が出てきたのかさっぱり分からない…。この感じだと何かがあったのは確かだと思うけれど、イーブイの彼女を見た限りでは、起きた事が多すぎてよく分かってない、そういう事なのかもしれない。今気づいた事だけれど、シリウスさんと一緒にいたはずのテトラちゃん、それからシルクちゃんを助けてくれたブラッキーのアーシアさんの姿が無い。イーブイのこの子は、どこかアーシアさんと雰囲気が似てる気がするけれど…。
「…はいです。テトちゃんもまだパ…」
「その紋章…、もっ、もしかしてイーブイのきみ、“導かれし者”なのだ? 」
「えっ? スパーダさん、その“導かれし者”って、さっきウォルタさんが言ってた、あの“導かれし者”の事よね? 」
聞き間違いかもしれないけれど、確かにそう言ったよね? イーブイの彼女は何かを言おうとしてくれていたけれど、それはスパーダさんの頓狂な声に遮られてしまう。紋章って言われても何のことか分からないけれど、スパーダさんは多分、そのモノを見て判断したんだと思う。私にはいまいち凄さが分からないけれど、スパーダさんの慌てようからすると相当なんだと思う。けれど流石にその後で言った“導かれし者”、っていう言葉には聞き覚えがあったから、私もイーブイの彼女に尋ねてみる事にした。
「はいです…。今はイーブイになっちゃってますけど、元ブラッキーのアーシアです。信じてもらえない…、かもしれないのですけど…」
うーん…、雰囲気はそうみたいだけれど…、どうなのかしら…?
「俺は信じるのだ」
「本当…、です? 」
「本当なのだ。特別仕様のZギアをしてるし、前足の紋章が何よりの証拠なのだ。…まさかこんな所で会えるなんて思ってなかったのだけど、イーブイだから間違いないのだ! 」
「て事は…本当に…私を…ぐずっ、…信じてくれるのですね! 」
「当然なのだ! 故郷を救ってくれたアーシアさんを、俺も信じたいのだ! 」
「ありがとうございますですっ! 」
「…アーシアちゃん、頭を上げて」
話し方と仕草も似てるから…、本当なのかもしれないわね。彼女は姿が変わって自信を無くしていたのか、話す声がだんだん尻すぼみになってしまう。彼女自身もいまいち実感が無いのかもしれないけれど、不安に押しつぶされているような…、そんな風に私には見えた。けれど“ルデラ諸島”出身のスパーダさんの一言で、どんよりと曇っていた表情に一瞬光が差す。スパーダさんが蹄で彼女の足元を指しながら断言すると、彼女は堪えていたものが溢れてきたらしく、嗚咽と一緒にホッとしたような笑顔を見せてくれる。本当に嬉しかったらしく、涙で濡れた目元を右の前足で拭いながら、深々と頭を下げていた。
「…ぐずっ…、はいです…」
「…けれどアーシアちゃん? どうしてイーブイに? シリウスさん…、シリウスさんは? 」
ひとまず私もイーブイのこの子がブラッキーの彼女、て信じる事にしたのだけれど、ここで私はある事に気付く。病院に来ている事と関係あるのかもしれないけれど、ブラッキーからイーブイになったという事は、普通ならあり得ない退化をした事になる。それなら何でアーシアちゃんが退化してしまったのか…、この事を知るために、私はシリウスさんに訊いてみようとする。けれど周りを一通り探しても、いつの間にかシリウスさん、それと一緒にいたゴチルゼルもいなくなってしまっていた。
「俺も分からないのだけど…」
「もっ、もしかして…、“パラムタウン”に戻っちゃったんじゃあ…」
「パラムに? 」
「そうですっ! …て事はテトちゃんを助けに…」
「助けに? …って事は、パラムで何かあったのだ? 」
…よく考えたら、パラムからだと戻ってくるのは速すぎるわね。アーシアちゃんもイーブイに戻ってるし…、何かあったのは間違いなさそうね。
「私もよく分からないのですけど、救助隊連盟の本部にいる時に急に襲われて…。テトちゃんと何とか倒せたのですけど、別の人に襲われて…。それで私が毒をうけてしまって、テトちゃんに逃がしてもらったのです…」
「テトちゃん…、テトラちゃんね? 」
テトラちゃん優しいいい子だったから、もしかすると自分が身代わりになって時間を稼いだのかもしれないわね…。アーシアちゃんもシリウスさん達がいない事に気付かなかったらしく、ハッと声をあげてからキョロキョロと見渡す。その瞬間また不安そうに表情を曇らせちゃったけれど、彼女はいなくなった理由に心当たりがあるのかもしれない。私が言葉を繰り返すと、大きな声で頷き、今度は若干慌てたような感じで、ひとり呟き始める…。かと思うと彼女は、スパーダさんに訊かれたって事もあって、“パラムタウン”で起きた事を順を追って話し始めてくれた。
「そうです。逃がしてもらったのですけど、建物も外も破壊されていまして…。ですけど途中で毒で倒れてしまって、気付いたらイーブイになっていて、シリウスさんに助けられていたのです」
「……」
「パラム…、が…? 」
「はい…。…その後お医者さまに診てもらって今終わったところなのですけど…、イーブイになった以外は異常が無い、て言われまして…」
いっ、異常が無い? ブラッキーからイーブイに退化したのに? 話してくれたから、何となくだけれど状況は分かった気がする。多分アーシアちゃんが言うには、救助隊連盟の本部にいる時に誰かに襲われて、応戦したけど新手の攻撃を受けた。毒状態になったからテトラちゃんが時間を稼いでいる間に、アーシアちゃんは敵のいない外に脱出した。けれど外も同じよな状態で、逃げはなかった。そうこうしているうちに毒が体中に回って、耐えられずに気絶。そこにシリウスさんが来て助けてもらって、何らかの方法で“アクトア”タウンに逃れてきた…。私の想像も入ってるけれど、纏めるとこういう事だと思う。最後に言った、診断結果には驚いたのだけれど…。
つづく