ろくのに 負傷の考古学者
―あらすじ―
霧の大陸から戻った私達は、入院しているシルクさんの話をしながら“アクトアタウン”に到着する。
ハクさん達のギルドに入ると、丁度恒例らしい朝礼が終わったところだった。
シリウスさんがいち早く気付いてくれて、私達は簡単に“陸白の山麓”の話をする。
けれどこの後で予定があるらしく、ブラッキーのアーシアさんとテトラちゃんの三人でギルドを発っていた。
――――
[Side Kyulia]
「…それで、僕達は調査報告にいくつもりです」
「本当に? じゃあ私も一緒に行ってもいいですか? 私達も報告する事があるから」
「構わないですよ。…じゃあ行きましょうか」
「はい! 」
ランベル、頼んだわ。シリウスさん達が出発してから、私達は他で話していたらしい悠久の風の二人と合流した。その時に見覚えのない三人がいたのだけれど、そのうちの二人は演習所を借りたい、って言って地下の方に降りていった。残りの一人の事は何も聞いていないのだけれど、この時間からいるっていう事は、もしかすると昨日から泊まっているのかもしれない。なのでゼブライカの彼の事は何も訊けてないのだけれど…。
それで合流してから軽く話したのだけれど、悠久の風のベリーさんは、これから支所の方に昨日の事を報告しに行くつもりらしい。丁度ランベルが同じところに行ってくれることになっているから、それを知ってベリーさんが今丁度名乗り出た。ランベル自身も断る理由は無いみたいだから、二つ返事で了承する。その事がよっぽど嬉しかったらしく、ベリーさんは満面の笑顔で頷いていた。
「頼んだよ。…ええっとスパーダさん? スパーダさんはこれからどうするつもりですか? 」
「うーん、特に決めてないのだな。ハクとシリウスは席を外しているのだし…」
「ええっとラツェル君? さっきから訊きそびれてたのだけれど、この人は…」
ハクさん達の知り合いだとは思うけれど、誰なのかしらね…。同じ目的のランベルとベリーさんは二人で出ていったから、残された私、ラツェル君、それからゼブライカの彼はとりあえずって事で話し始める。この様子だと二人も知りあいらしく、少し距離はあるけれど普通に話している。ラツェル君はその彼の予定を知らなかったのか、この中で一番背の高い彼にこう問いかける。それに彼は一度考えたけれど、何をするつもりでもなかったみたいだから視線を下ろしてすぐ語っていた。
けれど私はどうしても彼の事が気になってしまい、話の途中だったけれど会話を遮ってしまう。ランベルと同じ電気タイプ、て事もあるのかもしれないけれど、ギルド云々って話しているのを聞いた気がするから、シリウスさん達に協力している関係で知っておきたい。
「あっ、すみません、うっかりしてました」
「俺も忘れてたから、同じなのだ。バッジで気づいてるかもしれないのだけど、見ての通りゼブライカのスパーダ。チームとかそういうのは無いのだけど、“パラムタウン”の親方をしているのだ」
「親方…? という事はギルドマスターね? 」
「そうなのだ」
“パラムタウン”と言ったら、ラスカでは一、二位を争うぐらいの老舗のギルドよね? 最近代が変わったって聞いていたけれど、見た感じ私より若いとは思わなかったわね。ラツェル君は私に言われてハッと声をあげていたのだけれど、ゼブライカの彼、スパーダさんも同じだったらしい。すぐに自己紹介してくれたのだけれど…、ゼブライカという種族に似合わない喋り方で少し驚いてしまった。どこかのんびりとした雰囲気があり、ランベルとはまた違った空気のある人、私は彼に対してそんな感想を心の中に抱く。背が高いのは種族上仕方ないことだけれど…。
「そうなのね。…もしかするとラツェル君とかハクさんから聞いているかもしれないけれど、私も名乗らせてもらうと、チーム火花のキュリア。ここのギルドには縁があって、最近よく出入りしているわ」
「火花…、あなたがあのチーム火花だったのだな。会議で聴いたのだけど、最近明星と“参碧の氷原”を調査したのだな? 」
「ええ、そうよ」
「…それにしても、まさかあのチーム火花と会えるなんて思わなかったのだな」
「キュリアさんのチームって、この諸島では知らない人がいないぐらい有名なチームですからね」
そう言われると恥ずかしいけれど、素直に嬉しいわね。スパーダさんが名乗ってくれたから、お返しにという感じで私も自己紹介をする。これといって有名な事は無いのだけれど、ひとまずという感じでチーム名までを伝えてみる。するとスパーダさんは一瞬間をおいてから、何か合点のいったような表情で喋りはじめる。見た目的にはハクさん達と同年代と思う彼は、言った通り昨日あったらしい親方会議で私達の事を聞いたのかもしれない。報告したのはハクさん達だとは思うのだけれど、この様子だと私の種族までは聞いていなかったらしい。だからだとは思うのだけれど、念願が叶った、そう言ってきそうな感じで、嬉しそうに声をあげてくれていた。
「そうなのだ。チーム火花といえば、何十年か前の難事件を解決したチーム、って地元の“ポートタウン”でも有名なのだ」
「“ポートタウン”…、確か“ルデラ諸島”の港町だったわね? 」
随分昔にランベルと行った事があるけれど、あの時は町の凄さに驚いたわね…。一通り名乗ったから、私達二人は軽く握手を交わし合う。私は腰を下ろしていたから一度立ち上がり、薄い金色の右前足を彼に差し出す。彼もこれに応じてくれて、リストバンド型の端末を着けた左の前足を重ねてくれる。彼は種族上蹄だから握れないのだけれど、彼の系統の種族では、これがあいさつのし方らしい。
「そうだったと思います。ルデラ…、…あっ、そうだ。本当は一人で行こうと思ってたんですけど、キュリアさん、スパーダさんも、ついてきてくれませんか? 会って欲しい人がいるんです」
「えっ、私も? 」
「会わせたいって…、どういうことなのだ? 」
「キュリアさん達にも少し関係があるんですけど…、多分スパーダさんにとってはあってみたい人だと思います」
報告はランベルに任せたから暇だけれど…、どういう事なのかしら? ラツェル君は私達の事をうんうん、って頷きながら聞いてくれていて、時々相づちを打ってくれていた。それでお互いの紹介も終わったから、彼は続けて何かを話そうとしてくれる。…けれどその途中で何かを思い出したのか、短く声をあげてからこう提案してくる。もちろん私、それから多分スパーダさんも意味が分からないから、彼の言葉に揃って首を傾げてしまう。そもそも会わせたい誰かにも心当たりが無いから、益々分からない。…この後予定が無いから、言われたままについていくことにしたのだけれど…。
――――
[Side Kyulia]
「…ラツェル君、どうして病院なのだ? 」
「“ワイワイタウン”なら分かるのだけれど…」
シルクちゃんじゃないのは間違いなさそうね。ラツェル君に連れられた私とスパーダさんは、彼に導かれるままに“ワイワイタウン”の総合病院へ…。…最初はそう思っていたのだけれど、私達が連れられたのはそこじゃなかった。病院というのはあっていたのだけれど、着いたのはこの間肋骨を診てもらったアクトアの方…。当然ギルドマスターのスパーダさんも、予想外過ぎる場所に連れてこられて沢山の疑問符を浮かべてしまっていた。
「僕も人伝に聞いただけなんですけど、昨日からここの病院に入院してるみたいなんです。…ウォルタ君、僕だけど入るよ」
「うん、いいよ」
タメ口だけれど、仲が良いのかしら? それで着いた病院の病棟まで上がったのだけれど、ラツェル君は三階にある扉うちの一つの前で立ち止まる。引き戸になっているから大きめの部屋だとは思うけれど、“ジョンノエタウン”の病院なら相部屋。けれど扉近くの立札は一つしかないから、個室なんだと思う。その扉の前で立つラツェル君は、一度私達の方に振りかえってからこう言ってくれる。それからすぐに向き直り、右の前足で引き戸をノックする。するとその扉の奥から、一つの声が叩いた音に返事していた。
「…ラテ君、久しぶりだね」
「ウォルタ君も。大怪我して入院した、って聴いたんだけど、大丈夫なの? 」
「うーん…」
ラツェル君に続いて個室に入ると、そこには一人のミズゴロウ…。首元に白いスカーフを巻いた彼は窓際に置かれたベッドの上で体勢を起していて、備えつけの机に紙を置いて何かを書いていたらしい。右の前足に厳重に包帯が巻かれているから、声的に彼は私と同じ骨折か何かをしたんだと思う。ラツェル君も彼に訊いているのだけれど、私は骨折にしては入院は大げさすぎるような気がした。
「僕は相部屋でもいいって言ったんだけど、院長が聞かなくてね…。翼…、じゃなくて前足と検査入院だけなのに、個室って大げさすぎない? 」
「あははは…、確かにね。でも今のウォルタ君なら、分からなくもないかな」
「ライトさんにもそう言われたよ」
やっぱり仲が良いらしく、二人は親し気に話しあっている。ミズゴロウの彼も持っていたペンを机に置いて、完全にリラックスした様子で笑いあっていた。ミズゴロウの彼は何か言い直していて、聞き覚えがある気がする名前を言っていたのだけれど…。
「…ええっとお話し中悪いのだけれど、ラツェル君、この子が…」
「あっ、はい! 」
「僕も二人の事は分からないですけど、来てもらったから名乗った方が良いですね。…考古学者のウォルタ、っていいます」
「考古学者…、珍しい職業ね? 」
「俺は今日一人会ってるのだけど、中々いないのだからな。どこかで聞いたような気がするのだけど…」
何も援助が無い厳しい職業だって聞くけれど…、こんなに小さいのによくなれたわね。
「確かにね。ウォルタ君は僕の一つ下の十七なんですけど、探検隊連盟から公認をもらえているんです。…最近だと、“ルデラ諸島”の事件の解決者で“導かれし者の軌跡”の筆者の一人、って言った方が良いかもしれませんね」
「るっ、ルデラの? …って事は本当に、あのウォルタなのだ? 」
「スパーダさん? この子の事を知って…」
「知ってるも何も、“ルデラ諸島”では知らない人はいないのだ! …だけど筆者は…、エーフィとウォーグルだったような気がするのだけど…」
まさかラツェル君、間違えた、って事はないよね…? 連盟から公認をもらえる事も、凄いことだけれど…。
「あぁそういえば、本の方はそっちで出してたね。…じゃあ少し待っててください。今変えますから」
「えっ、ウォルタ君? まだ紹介して…」
「ラテ君の知り合いなんでしょ? それにゼブライカさん、Mギア持ってるからギルドマスターなんだよね? だから…」
「えっ、なっ、何が…」
まっ、待って! 何が何だか全然わからないんだけれど! ラツェル君は自称考古学者の彼、ウォルタ君の事を順番に話してくれる。私は初めて聞く名前だったから知らなかったけれど、スパーダさんの反応を見た感じでは、知っている人は知っている、そういう事なのかもしれない。もの凄く驚いているから相当名前が売れているのだと思うけれど、いまいち私にはピンとこない…。本を出しているみたいだけれど、生憎私は本をほとんど読まないから、その書籍の事も知らない。…けれどルデラで最近大きな事件があった、これだけは知っていたから、この事件がきっかけで公認をもらえた、私は率直にそう感じた。
けれど私がそう思いきる間もなく、彼に信じられない事が起こる。ラツェル君は慌てているけれど、彼はお構いなしに目を閉じる。かと思うと彼は、急に光の玉ぐらいの激しい光に包まれ…。
「…あれから初めて変えるけど、こっちは大丈夫みたいだね」
「ええっ…、嘘…、そんな…、でも何で…? 」
「本にも書いてあったのだけど、本当だったのだな」
思わず目を瞑ったのだけれど、目を開けるとそこには、ミズゴロウじゃない別の種族…。少し大きめのウォーグルで、首元には同じ白いスカーフを身につけている…。けれど話し方は全く同じで、右の翼には同じように包帯が巻かれている…。この一瞬で違う種族の誰かに変わったから、私には全く信じられなかった。
「そうですよ。夢じゃなくて、本当の事なんです。ウォルタ君は“英雄伝説”、十七代目の“真実の英雄”…。当事者としての能力の一つで、ウォーグルに姿を変える事が出来るんです」
「姿を…? …でも“英雄伝説”って、シルクちゃんのと同じよね? 」
「そうですけど…、キュウコンさん? もしかしてシルクの事を…」
「ええ。この間一緒に調査に行ったから、知ってるわ」
シルクちゃんと同じなら…、そんな能力があるのも分かる気がするわね。目の前であり得ない事が起きて目を疑ったけれど、伝説の当事者って言っているから、何となく納得できた気がする。確かシルクちゃんも同じ伝説のはずだったから、時代は違うと思うけれど彼もそう…、なんだと思う。スパーダさんは知ってたのかは分からないけれど、ラツェル君の説明で、私はある程度は理解できた気がした。
つづく