ごのご 籠城戦
―あらすじ―
七合目に突入した私達四人は、想定外の広さでかなりの時間を費やしてしまう。
野生のレベル自体はそれほど高くはないけれど、歩きっ放しという事でどうしても疲労の色が出てきてしまう。
特に医者のアリシアさんの消耗具合は酷く、口数もかなり減ってきていた。
そんな中何とか突破する事ができたから、偶然見つけた洞窟で一休みする事にした。
――――
[Side Kyulia]
「…キュリアさん、どうだった? 」
「崖が続いているだけで、それ以外何もなかったわね。ランベルの方は? 」
「どのぐらいの広さかは分からないけど、ダンジョンなのは間違いなさそうだよ」
「そうなると、やっぱり洞窟の奥に進むしかないのね…」
この洞窟以外道が無い以上、選択肢はないのかもしれないわね…。多分一時間ぐらい休んでから、私とランベルは軽く洞窟周辺の探索をしていた。属性的にも寒さに強い私が外を調べて、ランベルには風と雪を凌げる洞窟の中を調べてもらう事にしていた。外は相変わらず雪が降っていて見通しが悪かったけれど、出る前に焼炎の珠石を外して出たから大分マシだった。…確かに寒い事には変わりなかったけれど、特性が雪降らしだから割と見渡すことが出来た。そのお陰で崖がずっと続いていることが分かったのだけれど、それ以上に氷タイプとしての発見の方が大きかったのかもしれない。さっき洞窟に戻ってきたのだけれど、私の気分は心なしか湧き立っていた。
「だよね。…でもそれなら、普通の洞窟のダンジョン、って考えてもいいんじゃない? もし暗くても、私のフラッシュで何とかなるし」
「フラッシュ…、テトラちゃんが六合目で使ってた技よね? 」
「そうだよ。本当は光の玉があると良かったんだけど、まさか洞窟があるなんて思わなかったからね…」
それに関しては私もうっかりしてたね。それでランベル、待っててもらっていたテトラちゃんとアリシアさんと相談してから、私達はこんな風に結論を出す。テトラちゃんに点けてもらった焚火はまだ消してないから、洞窟の壁に私達の影がゆらゆらと揺れていた。…だけどずっとここにいる訳にも行かないから、私は一度下ろしていた腰を上げる。私の動きに合わせて三人も立ちあがり、そのうちのテトラちゃんはすぐに例の技を発動させる。そこへアリシアさんが訊ねると、ランベルが軽く手足を解しながらそれに応えていた。
「そうよね。…テトラちゃん? テトラちゃんのフラッシュって、爆ぜさせてから何分ぐらいもつのかしら? 」
「うーん、洞窟で使った事は無いんだけど、夜中に使ったら五十分ぐらいは明るかったと思うよ」
「五十分なら、サポートに回ってもらった方が良いかもしれないわね」
「そうだね。洞窟がどのぐらいの難易度かは予想できないけど、エネルギー切れを起して真っ暗になったところを襲われたら、元も子もないからね」
「うん。私達四人とも、悪タイプでもゴーストタイプでもないもんね」
病院にいたブラッキーのあの子達ならどうって事無いと思うけれど、それとこれでは話は別ね。荷物を纏めてから歩き始めた私は、テトラちゃんの光球で照らされた状態で尋ねてみる。ここまでの登山で弱体化用としては何度も見たけれど、光源として発動させているところはまだ見ていない。だからこれからの事を考えて聴いてみたのだけれど、私が思った以上の時間だったから少し驚いた。フラッシュっていう技が使われているところをあまり見た事が無い、っていうこともあるかもしれないけれど、私が今まで見てきた中では、長くても四十分が限度だったと思う。だから最初は光だけに専念してもらおうかと思っていたけれど、これなら後方支援にまわってもらう事も出来るかもしれない、私は率直にそう思った。そういう事もあって思った事を伝えると、テトラちゃん本人もどうやらそのつもりみたいだった。
「ゴーストタイプには会った事無いけど、そういうものなのね? 」
「うん。…とりあえずダンジョン地帯に入ったみた…」
「ガァァッ! 」
「ランベル、下がって! 吹雪! 」
「ァッ…? 」
いっ、いきなり? 休憩地点から五分ぐらい歩いた所で、私達を取り巻く空気に張りつめた空気が混ざり始める。この感覚は間違いなく潜入した、私はそう感じ始めたけれど、思う間もなく
原住民の手厚い歓迎を受けてしまう。視界の端の方から何かが急接近してくるのが見えたから、私は咄嗟にこう叫び、先行していたランベルを呼び止める。同時にエネルギーレベルを急激に高め、凍てつく風として辺りに解放する。すると屋内だからなのか、雪交じりの突風が余すことなくココロモリに命中していた。
「待ち伏せだなんて、野生なのに賢いんだね」
「偶然だと思うわ」
「…けれどアリシアさん、テトラちゃんも、高難度のダンジョンだと割とある事なのよ」
「えっ、そうなの? 」
「うん。一度に何体も襲いかかってくる事も頻繁にあるし、技がバラバラに発動されるからね、予想が難しいんだよ」
ゴールドレベル程度だとそれほどでもないけれど、ダイヤとかウルトラぐらいになると急にそうなるわね。吹雪一撃で倒せたらしく、ココロモリが再び飛びかかってくる事は無かった。この一部始終を一歩下がってみていたテトラちゃんは、意外そうにこう呟いていた。アリシアさんもマグレだ、って思ったらしく、若干棘のある言い方をしたテトラちゃんに続く。けれど偶然だと思っていたことが致命的なミスに繋がる事もあるから、私、多分ランベルも、警告する意味も込めて二人に対してこう話すことにした。
「そうね。まだ一体目だから何とも言えないけれど、あのスピードからすると最低でもシルバー以上、ってところかもしれないわ」
「うん。ダンジョンは中継点を越える前より難易度が下がる事は無い、っていう法則があるからね。…だからこの洞窟も、七合目ぐらいの広さがある、って覚悟しておいた方がい…」
「ガルルルゥッ…」
「グオォッ」
「ガアァッ! 」
「えっ…」
「また? 」
「秘密の力! 」
「雷パンチ! 」
こっ、今度は三体同時に? アリシアさんとテトラちゃんにダンジョンの事を詳しく話していたけれど、行きつく間もなくそれを中止せざるを得なくなってしまう。ランベルは覚悟しておいた方が良い、そう言おうとしていたんだと思うけれど、野生の唸り声、それも三つ同時に聞こえたから、私も咄嗟に身構える。職業病だけれど、私もランベルも急激に警戒のレベルを最大まで高め、同時にエネルギーの方も活性化させる。今いる小部屋の真ん中から見た感じでは、右の通路からクロバットが一体と、左からは別個体のココロモリ…。それから“陸白の山麓”に潜入した今まで一度も見なかった、岩タイプのメテノ…。雪山から山中の洞窟になったからだと思うけれど、急に種族の系統が変わったから一瞬どの技を発動させようか迷ってしまう。そのせいで右から距離を詰められてしまったから、私は一番出が早い尻尾にエネルギーを集中させる。一メートル半ぐらいの高さを飛んできたから、飛行タイプが宙返りをするように九本の尻尾を振り上げた。
「ァガッ? 」
「ッ…」
「ムーンフォース! 」
「マジカルシャイン」
前足から着地しながら横目で辺りを確認すると、丁度ランベルが電気を纏った拳を振り上げ、ココロモリに命中させたところだった。けれどまだもう一体残っているから、私は続けてエネルギーを口元に移す。まだ実戦で使った事は無いけれど、集めたエネルギーをフェアリータイプに変換する。その状態で球状に形成し、ここで私は目を閉じた状態で遠吠えするような体勢になる。こうしないと球体を爆ぜさせた時に私自身の眼がやられる、リアンさんから教わった時にこう言っていた。思い返せばテトラちゃんもフラッシュでそうしていた気がするから、本当なのかもしれない、多分辺りが閃光で満たされている間に、私はそう感じた。
「…キュリアちゃん? 潜入したばかりにしては多すぎないかしら? 」
「シグナルビーム! …確かに、言われてみれば」
「だよね? 」
「グルァァッ! 」
「くっ…」
「テトラちゃん! 」
「このくらい、痛くも痒くもないよ! 」
「ッ? 」
私もそう思っていたわ。ランベルとテトラちゃんと私、三人で撃退したのも束の間、間髪を入れず別の野生がこの小部屋に立ち入ってくる。私がいる側の通路から来た野生は七本分の通常攻撃を振りかざしたから何とかなっているけれど、部屋の真ん中にいるアリシアさんの言う通り、この数は多い気がする。心なしか敵の動きが統制されている気がするし、何より七合目までの野生とは比べものにならないぐらい強くなっている…。ランベルも普段は牽制用として使っているシグナルビームの出力を上げているから、ほぼ間違いないと思う。…けれど私が右に九本の尻尾を振り抜いたのも束の間、私達が立ち入った時に通ってきた通路から、それなりの大きさの岩塊が飛んでくる。それが向かう先は、部屋の中央にいる氷タイプのロコン…。無防備な状態だけれど、生憎この距離では私の技は間に合わないし、ランベルも咄嗟には動けそうにもない。
…アリシアさんがやられた、私の脳裏に一瞬こういう考えが過ったけれど、それはすぐにかき消させる。何故ならロコンの隣にいた青いニンフィア…、テトラちゃんが、彼女の前に跳び出し、重心を低くする。ロックブラストか何かだと思うけれど、テトラちゃんは最初の一発を何の構えも無しに食らってしまう。…けれど彼女は何事もなく耐え、寧ろ二発目以降を首元のヒラヒラで弾く。それだけでなくて、彼女は別の野生に向けて弾き、見事に撃ち落としていた。
「テトラちゃん、中々やるわね」
「当たり前でしょ! 幼い頃からの群れの迫害に耐えてきた私の丈夫さをナメないで欲しいよ」
「迫が…」
テトラちゃん、今、何て言った? 迫害、って聞こえたよ…。
「グアアァァッ! 」
「秘密の力! 」
とっ、兎に角今はこの数を何とかしないと…! 確かニンフィアは守りが堅い種族だったと思うけれど、それをふまえてもテトラちゃんは結構優秀な方だと思う。六本分の秘密の力を命中させて分かった事だけれど、ここの野生はプラチナレベルに匹敵する強さはあると思う。それを平然と耐え抜いていたから、テトラちゃんは一般的なチーム以上の実力を持っている、これはほぼ確実…。
「キュリア! 」
「…ええ、分かってるわ」
「テトラちゃん、アリシアさんを守るように集まって。そこで道具を使いながら迎撃する…。ひとまずこれでいくよ」
「防衛戦、って事だね? 分かったよ」
突入した最序盤からこの展開は厳しいけれど、この方法が一番消耗を抑えれるからね…。秘密の力を維持したまま二体倒したところで、反対側にいるランベルが短く声をあげる。こういう時はいつもランベルはこうするから、私は何をするつもりなのか、すぐに分かった。だから私は対峙している通路の方を向いたまま、バックステップでアリシアさんの傍まで跳び下がる。その間にテトラちゃんにも説明してくれていたから、すぐに動き出せると思う。そして…。
「じゃあ、いくよ」
「ええ! 」
「うん! 」
私達三人の、一般人のアリシアさんを守る籠城戦の烽火が上がった。
つづく