ごのよん 生活の知恵
―あらすじ―
“陸白の山麓”の五合目に潜入した私達は、雪をかき分けながら突き進んでいく
ランベルのコートを羽織っても寒そうにしているテトラちゃんに、私とアリシアさんはいつでも頼っていいよ、と声をかけてあげる。
けれどその途中で、雪に紛れて野生の襲撃をうけてしまう。
それにいち早く気付いたテトラちゃんが、準備運動といいたそうな感じで、簡単に撃退していた。
――――
[Side Cot]
「…ええっとフライさん? この町がそうなんですか? 」
「ううん。トレジャータウンとは違うけど、カピンタウンっていう港町だよ」
「港町…、っていう事は、シードさんが待ち合わせしてる人は…」
「いいえ、チェリーは僕の同族なので、船は使わないですね。前まではトレジャータウンで待ち合わせしていたんですけど、この町の方が飛んでくるのが楽なので、そうしているんです」
「そうなんですか。そうなると、フライさんもよく…」
「シード! やっと会えたわ! 二日も遅れてるから、凄く心配したのよ! 」
「ごめんチェリー、心配かけて…。ツェトさんの“チカラ”を借りても、二日もずれるなんで…」
「ディアルガの“チカラ”でも? って事はやっぱり、シードさんが言ってた“空現の穴”が原因、だったり…」
「まだそうと決まった訳ではないですけど、その可能性が高いみたいですからね」
「確かディアルガは“時間”を司ってる、って・ィ・さんが言ってたから…、そっ、それって、凄く大変な事ですよね? 」
「えっ、ええ。…話変わるけど、サンダースのあなたは…」
「あぁごめんごめん、チェリーへの紹介がまだだったね。彼はコットって言って、シルクの従兄弟だよ」
「しっ、シルクの? 」
「そう、みたいなんだよ」
――――
[Side Kyulia]
「…シグナルビーム。これでこの辺りの野生は倒せたかな」
「そうみたいね」
「うん。パッと見何もいないみたいだし…、少しは休めそうだね」
ええ。そろそろ抜けても良さそうな気がするけれど、これだけ気配が無いなら小休止をとっても良いかもしれないわね。あの後の私達は、何事もなくに雪山を進むことが出来た。最初からいた五合目は通常攻撃でも余裕だったけれど、六合目ではアリシアさんだけはそうではなさそうだった。私が率直に感じた感想は、多少経験を積んだ一般の大人が何とか突破する事が出来るレベル、だと思う。環境の指標は相応のブロンズレベルで、広さは五合目と同じぐらいだったからノーマル。…けれど野生の強さはアリシアさんが苦戦していたから、一般的なチームで何とかなるシルバー、だと思う。だから六合目は総合するとブロンズレベル、中継地点でランベルと相談した結果、このレベルで連盟の方に報告しよう、て事になった。
…ここまでは良かったのだけれど、次…、今いる七合目が問題だった。ここまでは気軽に突破できたのだけれど、七合目に突入した瞬間急に難易度が上がったような気がしている。野生との戦闘の合間に話し合っただけだけれど、環境の指標は変わらずブロンズ。乾いた雪が木に積もって雪がちらつく程度だから、このレベルが妥当だとは思う。野生の強さは、尻尾二本分の秘密の力を命中させただけで倒せたからシルバーレベル。…けれど広さは、結構な時間が経った今でも突破出来ていない。ダンジョン特有の空気は薄くなりはじめているけれど、少なくともプラチナレベルはあると思う。
「そうだね。アリシアさんの事もあるし、開けた場所に出たらそうしようか」
「そうしてもらえると助かるわ」
「…だけどランベルさん? 見通しが悪いからだと思うんだけど、何でここだとダメなの? 」
「もう少しで抜けられそうな気がするから…、かしら? 」
「それと長年の勘、かな」
根拠は無いけれど、そんなところかしらね。話を今の事に戻すと、何時間も雪道を登る私達は、取り囲んでいた野生を殲滅し、一息つく。十五センチぐらい積もった雪を踏みしめて登っているから、他の山の登山よりは過酷なような気がする。…けれど私が見た感じでは、長時間の探索に慣れているランベルはもちろん、経験を積んでいるテトラちゃんの息は全然きれていない。…けれどいわゆる一般人のアリシアさんだけは、地元出身でも肩で息をしている。チームリーダーのランベルに気遣ってもらっていて、それにうっすらと安心したような笑みを浮かべながら答えていた。
「勘、ねぇ…。症状と毛並みの艶でどんな病気かわかるようなもの、かしら? 」
「うーん、医療とかは私には分からないけど、経験っていう意味ではあってるんじゃないかな? 」
「かもしれないわね。…そう言ってる間に、突破できたみたいね」
完全に空気が変わったから、間違いないわね。経験がものを言う、という事は医療の場でもあるらしく、アリシアさんは自分の事に置き換えて納得したらしい。この例えは少し分かりづらかったけれど、アリシアさんが分かってくれたのならそれでいいとは思う。…そんな事を話している間に、私は粉雪に混ざっていた空気の変化に気付く。この変化にランベルも気づいているはずだから、私はテトラちゃんとアリシアさん、この二人にこう知らせてあげる事にした。
「そうかしら…? ここまで登るのは初めてだけど、今までと大して変わらな…」
「本当にそうかもしれないよ? ほら、向こうに何か見えてきたし」
「テトラちゃん、よく気付いたわね」
言われてみれば、そんな気がしてきたわね。アリシアさんはいまいちピンときていないらしく、浮かない表情で首を傾げる。ダンジョンの空気は独特だけれど、それが分かるのは頻繁にダンジョンに潜入するような人ぐらい、らしい。上手く言葉にはできないけれど、ピリッと張りつめた緊張感とか、常に誰かに見られているような…、そんな感じ。
テトラちゃんはどうかは分からないけれど、この感じだと分かってくれているのかもしれない。空気に関しては違うとは思うけれど、多分彼女はダンジョンには無かった何かを見つけた、そういう事なんだと思う。彼女は首元のヒラヒラで歩く先を指し、その何かがある方を教えてくれる。…確かに彼女の言う通り、二百メートルぐらい先に何か高くそびえ立つものが見えてきた気がする。相性の関係で普段の姿でいるからかもしれないけれど、雪の中フェアリータイプなのに見つけられたのは大使や事だと思う。
「本当だ。崖の麓…、なのかな? 雪も少しは凌げそうだし、あの辺で休もうか」
「そうね」
「うん! ならそこの洞窟とかが良さそうじゃない? 」
「洞窟? 」
洞窟があるなら、凄くありがたいわ。ランベルの言う通り、進む先に土壁の様なものが見えてきた。見上げた感じでは、この壁は何十メートルもそびえ立っていそうな…、そんな感じがする。横方向にも結構な広さで広がっているから、“オアセラ”の城壁を思い出したのはココだけの話しだけれど…。
それでその崖の方に向けて歩き続けていると、周りの事に敏感なテトラちゃんは、また何かに気付いたらしい。流石に今度は私もすぐに見つけれられたけれど、そびえ立つ崖の一か所だけ、ぽかりと黒い穴が開いている…。百メートルは離れたここからではどのぐらいの広さがあるのか分からないけれど、入り口は私達四人が並んで通っても余裕がありそうな広さかもしれない。
「洞窟なら私の熱風でも暖められそうね」
「私は寒いのには慣れてるけど、雪に降られないのはありがたいわ」
「そうだね。…じゃあ、ここまで歩きっ放しだし、食事ついでに休もうか」
「そうしよ! 」
…よく考えたら、ウィルドビレッジを出てから林檎をかじるぐらいでまともに食べれてなかったわね。見つけた洞窟に入れたという事で、私達は体に付いた雪を払い落しながら話始める。私の目算では、この洞窟の高さは三メートルぐらいで、粘土質の岩盤だと思う。広さも四人全員が横になっても十分余るぐらいだから、仮にここで一晩を明かすことになっても大丈夫。…それからこれは気のせいかもしれないけれど、洞窟の奥の方から微かに風が吹いてきているような気がする。
「言われてみれば、村を出てから何も食べてなかったわね。…でも山で何か食べるとなると、そこまぜ贅沢は出来ないと思うわ。調理するための火も…」
「それなら私に任せて」
「えっ、テトラちゃんが? 」
任せてって言われても…、テトラちゃん、炎タイプの技は使えないはずよね? 調査の場で贅沢できない事は分かりきっているけれど、それでも炎の有無で調理の幅が大分変わる。昔は私も火炎放射とか、炎を起こす技を使っていたけれど、今は熱風にしてるからそれは出来ない。…だから私達はいつも爆裂の種とか、そういう類の道具で補っているけれど、生憎今回はそれを持ってきていない。道中でも拾えなかったから、補充も出来なかった。…だけどそんな中、テトラちゃんが任せてと言わんばかりに名乗り出る。アリシアさんなら出来なくはないと思うけれど、それがテトラちゃんだったから私は思わず声を荒らげてしまった。
「うん。野良暮らししてた時お兄ちゃんに仕込まれたから」
「けれどテトラちゃん、爆裂の種も無いのに…」
「大丈夫、木の枝が二本と紙があれば大丈夫だから」
「木の枝って…、飛び道具の木の枝だよね? 」
シルクさんの焼炎の種なら分からなくもないけれど…。テトラちゃんは森で育ったって言っていたけれど、私にはいまいちそれと火起こしの関係が分からなかった。腰を下ろして横目でチラッと見てみると、座っているランベル、前足をそろえているアリシアさんも、揃って首を傾げていた。
そんな私達とは対照的に、言い出しっぺのテトラちゃんは相当自信があるらしい。私達にこう言いながら背負っている鞄を下ろし、その言葉通り木の枝を二本取り出す。ランベルが彼女に問いかけていたけれど、彼女は目を離さず、慣れた手つきで作業をしながら答えてくれていた。
「うん。いつもは炎タイプの仲間がいるから任せてるんだけど、別行動してていない時もあるから。…とりえず、二、三分あれば起こせるから、見てて」
三分…、そんなにかかるのね?
「えっ、ええ…」
彼女は取り出した二本の木の枝のうち、一本を足元に置く。前足を揃えて座った状態から二足の種族が座るような体勢になり、自由になった前足にもう一本を持ちかえる。
「最近シルクに訊いたんだけど、摩擦熱って言ったかな、それで火を起せるんだよ」
前足で掴んでいる枝の鋭利な方な先端を、置いている方の一本に軽く刺す。その状態で彼女は、錐で穴をあけるような感じで高速で両方の前足を左右に擦らせる。そうする事で、両前足で挟んでいた枝が絶え間なく方向を変えながら高速回転する…。
「…ん? 煙? 」
すると刺している枝の先端から、ほんの少しだけ白煙が立ち昇りはじめる。まさか木の枝から煙が出始めるなんて夢にも思わなかったけれど、彼女は時々軽く息を吹きかけながら続ける。そして…。
「本当だ…」
「ねっ、だから言ったでしょ? あとは紙に引火させて、枝を組んだら…、これでしばらくは大丈夫なはずだよ」
どこかの旅館で予約した時の控えを出来たばかりの種火に近づけ、前者に燃え移らせる。するとクシャクシャに丸めた紙が一気に燃え始め、洞窟の中を少しだけ赤く照らし始める。その間にテトラちゃんは五本ぐらい枝を準備し、燃える炎を囲うように立てかけていく。幸い洞窟と枝も乾いているみたいだから、弱まる事なく燃え続けていた。
つづく