いちのよん 村の昔話
―あらすじ―
アリシアさんの診療所で話していた僕達、探検隊火花。
その最中、僕達とは別の客人が訪ねてきた。
化学者だというエーフィのリアンさんは、僕が見た感じではアリシアさんとそこそこ仲が良いらしい。
そんな彼は突然思い出したように、自作のハーブティーを試してほしい、と僕達に頼んでくる。
商人の気質なのか、売り込んできた彼は、そのハーブティーを作りはじめていた。
――――
[Side Ramver]
「サイコキネシス…。ふぅ、出来たで」
診療所の調理台を借りていたリアンさんは、作業を終えたらしく、ホッと一息つく。マグカップにまで注ぎ終わっていたらしく、彼はそれを見えない力で浮かせる。一般の人となると大体使えるのは中級技ぐらいだけど、稀に戦闘経験積んでいる人もいる。どこまでできるのかは分からないけど、多分リアンさんもその部類に入ると思う。今も使っているサイコキネシスが、その証拠かな。キュリアも何となく察しているらしく、意外そうに、ハーブティーの注がれたカップを浮かせているリアンさんを見ていた。
「ありがとう、ございます。…確かに、爽やかな香りがするわね」
「そうね。前にリアン君から聴いていたけど、やっぱり聴くのと見るのとでは、違うわね」
「そうやろ? 」
うん、確かに、何ともいえない香りだね。リアンさんが持ってきてくれたカップからは、確かに爽やかな香り…。言葉にすると難しいけど、スーッとするような、そんな感じ。中のハーブティーも、氷を思わせるような澄んだ水色をしていた。
「…美味しいです。ええっと、このハーブティーは…」
「氷華草って言う香草から抽出したんよ。ここの山、陸白の山麓って言うみたいなんやけど、ここでしか採れへんみたいなんよ。…あっ、そうや! 折角やし、行ってみません? 五合目から上はダンジョンなんやけど、どうやろう? 六合目なでなら、僕でも突破できるぐらい簡単な所やし」
「えっ、だっ、ダンジョン? 」
えっ、ダンジョン? 彼が作ったハーブティーは、確かに美味しかった。商人だから売り込みで鍛えられてるのかもしてないけど、まさに説明してくれたのと似たような感じだった。それに今まで味わった事が無い味だったから、新鮮な感覚だった。だから僕は、その何とか草、っていうものが気になり、訊いてみた。だけど返ってきたのは、思いがけない単語…。職業柄、僕、それからキュリアも、思わず反応してしまった。
「そうね。ついでにキュリアちゃんも、その姿を慣らせる丁度いい機会なんじゃないかしら? 」
「せやな。僕だけでも六合目までなら行けるんやけど、折角やし、火花の二人のバトルも見てみたいでな」
「確かにね。今まで偶々行かなかっただけで、これからもここみたいに、キュリアの見た目と属性が変わる場所もあるかもしれないしね」
「らっ、ランベルまで? 」
よく考えたら、アリシアさんの言う通りかもしれないね。ダンジョンって言う言葉に、意外にもアリシアさんは乗り気らしい。リアンさんお手製のハーブティーをすすりながら、キュウコンのキュリアを見、提案する。彼女もどこか楽しみ、といった感じらしく、六本の尻尾がせわしなく左右に揺れていた。
発案者のリアンさんも、ついでという感じで提案を重ねてくる。こうなるといつもの依頼と変わらないような気がするけど、キュリアのことを考えると、悪い事じゃないと思う。彼女はあまり乗り気じゃなさそうだけど、ウィルドビレッジみたいな環境がダンジョンにある事だって考えられる。キュリアの体質の事を思うと、できれば来てほしいけど…。
「うん」
「そうよね…、ただでさえ慣れないのに、不安よね。ごめんなさい、アタシ…」
「いいえ、行くわ。ここで退いたら、探検隊、火花としての名が廃るわ! それにランベル、折角炎タイプ以外の属性になれたんだから、それを使いこなせないといけないわね。だからランベル、私もいくわ! 」
良かった、そう言ってくれて。戸惑う姿が、アリシアさんには躊躇しているように見えてしまったらしい。申し訳なさそうに言う彼女の耳は、ペタンと下を向いてしまっていた。だけど謝ろうとしていた彼女の言葉を、キュリアが真っ直ぐな眼差しで遮っていた。そのまま彼女は、力強く主張を続ける。今は氷タイプだけど、元々が炎タイプだから、変わっても熱いものを持っているのは変わりないんだと思う。もちろん僕もだけど、キュリアはマスターランクの探検隊、っていう事に誇りを感じているから、その功績が、彼女を後押ししているんだと思う。炎を纏った蒼い眼差しで、僕に対しても力強く訴えてきた。
「そんじゃあ、決まりやな。表向きには案内の依頼になるけど、頼んだで! 」
「はい! 」
そうだね。商人のリアンさんでも突破できるぐらいなら、ほぼ手ぶらでも大丈夫そうだね。アリシアさんはちょっと驚いて取り乱しちゃってるけど、話がまとまったから、形式的には依頼主のリアンさんが音頭をとる。正式な依頼じゃないけど、こうなったら受けない訳にはいかないから、僕、それからキュリアも、快く大きく頷いた。
――――
[Side Ramver]
「…で、アリシアさん、アリシアさんは無理して来なくても良かったと思うんですけど…」
「無理なんかしてないわ。ウィルドビレッジでは、ダンジョンに潜るのは日課の様なものよ」
って事は、毎日ここに潜入してる、って事ですよね? あれからすぐに、僕達は例のダンジョンへ…。まだ潜ったばかりだから戦っては無いけど、雰囲気的には登山道と似たような感じだと思う。リアンさんが言うには、ここはいくつかある区画のうちの五合目、らしい。…ここまでは良かったんだけど、今ここに居るのは、僕とキュリア、依頼主のリアンさんだけじゃなくて、医者のアリシアさんもいる。氷タイプの彼女にとっては無害だけど、ダンジョンの気候で霰も降っている。何が起こるか分からないダンジョンだから心配だったけど、杞憂だったらしい。当然のように、半ば笑みを浮かべながら言い放っていた。
「そういえばそんな事、言っとったね。…そういゃあ村の人達って、六合目登った先の中間地点より先には行かんのやんね? 」
「ええ」
「初めて来た時にうっかり迷い込んでやられてまったんやけど、何でなん? そっからもの凄く強なっとったんやけど…」
「六合目より、上? 強いとなると、規制がかかるレベルかもしれないわね」
そういえば、診療所でもそんな事、言ってたよね? 小部屋の真ん中を陣取るリアンさんは、何かを思い出したようにアリシアさんに訊ねる。この事はさっき聴いたけど、確かに気になると言えば気になる…。彼女はひとまず頷き、続けて彼が質問する。これは実体験なのかもしれないけど、自分の事を例に出しながら、真相を尋ねる。それにキュリアは、右の方にある通路をチラッと見ながら、こう呟く。彼女の言う通り、急激に強くなるのなら、そうする必要があると思う。これまで何か所も未開のダンジョンの調査をしてきたけど、そういう所はいくつかあった。該当する場所は何故か、必ずと言っていいほど中継点があるから、間違いないと僕は思う。
「そういえばリアン君が倒れていたのも、六合目の先の中継点だったわね。流石にあの時は、村にいる種族じゃなかったから、アタシでも言い伝えを信じそうになったわね」
「言い伝え、ですか? 」
「ええ。…昔話、って言った方が良いかもしれないわね」
昔話? まさか、霧島大虐殺事件のことじゃないよね? ダンジョンで力尽きたとなると、集会所とかギルドの方に通達が言ってそうな気がしたけど、よく考えたら、無理な話だったかもしれない。村の人達は普段から潜ってたみたいだけど、それ以外の人にとっては、全くの未開の地。僕達が戻って報告するまではそうだけど、名前さえ知られていない場所…。だから、無理だったかな、僕は率直にそう思った。
だけどその後で、僕はふと聞こえてきた単語に、ヒヤリとしてしまう。ウィルドビレッジが村を閉じた原因がその事件らしいから、僕の脳裏に、三十数年前のあの事が過ってしまった。
僕の心配を余所に、アリシアさんは、順を追って例の昔話を語り始める。ダンジョンに住む野生が来なかったのが不幸中の幸いだけど、僕は思わず、その話を聴き入ってしまった。
――――
[Side Unknown]
それは千年ほど昔の話です。
ある雪深い山に、一つの村がありました。
そこの村は厳しい環境でしたが、村のみんなは支え、助け合いながら生活していました。
みんなが平和に暮らしていましたが、ある日、それは脅かされてしまいます。
雪が山の頂上に、突然、得体のしれない亀裂が現れたのです。
不思議に思った村長は、三人の村人を連れて、その亀裂を見に行きました。
しかし、一日経っても、一週間経っても、村長と村人は帰って来ないのです。
そこで心配になった村長の子供は、村で一番強い人を連れて、探しに行きました。
無事登りきった子供は、そこで恐ろしいものを見てしまうのです。
そこにあったのは、不気味なほどに大きな穴と、この世のものとは思えないような怪物。
怪物は子供ともう一人を見つけると、襲いかかってきました。
その怪物は強く、全く敵いません。
命かながら逃げましたが、大きな怪我を負ってしまい、一人は力尽きてしまいました。
それ以来、頂上に向かう途中は、怪物の手下たちに占領されてしまったのです。
怪物を恐れた村人たちは、何年も何年も耐え、弱まるのを待ち続けます。
そして子供がすっかりおじいさんになった頃、ようやく怪物達が弱くなってきました。
この間に村人たちは、頂上に行き、穴を封印します。
すると怪物たちは、最初からいなかったかのように、消えてしまったのです。
それ以来村人たちは、山の頂上に祭壇を作り、穴を封じ続けています。
しかし封印された今も、怪物たちは白の狭間からあなた達を狙っています。
雪が融け、乾くその日まで…。
――――
つづく