いちのさん もう一人の訪問者
ーあらすじー
無事ウィルドビレッジに辿りついた僕達、探検隊火花。
一時は歓迎を受けるも、反対派の村民達の襲撃を受けてしまう。
探検隊である手前、防戦となってしまったけど、村医者だというロコンのアリシアさんの一声に助けられた。
強くも暖かい氷タイプの彼女の事を、キュリアも気になり始めている様子だった。
――――
[Side Ramver]
「…ここなら、村のバカ共に邪魔されずに話せるわね」
…うん、確かに、そうかもしれないね。反対派の村民の騒動が一段落し、僕達はフロストさんとアリシアさんの案内で村長さんに挨拶に行った。一応これで使節としての仕事が済んだけれど、アリシアさんの誘いでもう少し村にいる事にした。元々今日と明日は休みをとってあるので、よっぽどの事件が起こらない限り、大丈夫だと思う。
そんな訳で今、僕達はアリシアさんの診療所にお邪魔している。ここに来るまでも結構話しかけられたので、あんなことがあったけど、元々はどの人も友好的なんだと思う。中でもアリシアさんは特にその傾向が強く、何となく村で慕われているのも分かる気がする。丸太を組んでこしらえた扉を右の前足で開け、僕達を招き入れてくれる。診療所だから薬品の臭いがするのかと思ったけど、中はオレンの実とかの木の実の香りで満たされていた。
「そうね。アリシアさんは医者…」
「おかあさんおかえりー! あっ、キュウコンのお姉ちゃん達もきてくれたんだね! 」
「あっ、うん。確かリア君だったね? お邪魔します」
医者として活動してるのよね、直接キュリアに訊かないと分からないけど、多分こうアリシアさんに訊こうとしていたんだと思う。だけどその途中で、建屋の奥の方から響いてきた元気な声に遮られてしまっていた。その声の主は、僕達が入ってきた方とは反対側…、多分居住スペースに繋がる扉だと思うけど、そこから跳び出すなり弾ける笑顔でこう言い放つ。ぴょんぴょんと跳ねる様に駆けてきたところを見ると、活発な子なんだろうなぁ、と率直に僕は思った。その子は客人である僕達にもすぐに気付き、嬉しそうに尋ねてきた。その彼に僕は、にっこりと笑みを浮かべながらこう答えた。
「お邪魔しますわね」
「うん! ねぇねぇ、キュウコンのお姉ちゃん達って、なにしてるひとなの? 」
「こら、リア。お兄さん達は山を登って疲れて…」
「ううん、僕達は大丈夫ですよ」
やっぱり子供は元気が一番だよね。キュリアも扉を尻尾で締めながら言う。そのままアリシアさんの案内で、中の椅子に腰かけさせてもらった。息子さんのリア君もぴょんと椅子に跳び乗り、興味津々、といった様子で僕達に問いかけてくる。いきなりの質問だったから少しビックリしたけど、それでもやっぱり、悪い気はしないなぁ…。だけどこの事が迷惑だって思われたらしく、アリシアさんはリア君を叱りつけようとする。だから僕は慌てて遮り、手を素早く、そして細かく左右に振りながらこう伝えた。…リア君は振ってた尻尾がしゅん、と下がってたけど…。
「私達は職業上、もっと過酷な環境で戦う事も多いから、殆ど疲れてはいないわ。…だけど、その気持ちは、受け取っておくわね」
「ぼっ、僕達、探検隊の職場はダンジョンって言っても…」
「すんませーん! 」
まぁ、ここの登山ぐらいなら、まだまだ楽な方かな。僕が続きを言おうとしたけど、キュリアに先を越されてしまった。…今気づいた事だけど、キュリアのたてがみ、普段よりも長くなってて、風も吹いてないのに靡いているような気がする。アリシアさんが言うにはフェアリータイプが入ってるみたいだから、もしかするとその影響かもしれない。ちょっとした発見で密かに湧き立っていると、キュリアはアリシアさんとリア君に、にっこりと明るい笑顔を見せていた。そんな彼女の表情に僕は、思わず顔を火照らせてしまう。少し鼓動が早くなってきたような気がしたから、こう説明を加える事で何とか気を紛らわせようとした。
だけどその途中で、診療所の入り口の方から、コンコン、とノックする音が聞こえてくる。直後に、訛りの利いた声が、中にいる僕達…、じゃなくて、アリシアさんを呼ぶためにこう声をあげていた。
「あっ、この声は…! 」
「はいはい、今いくわね」
「患者さん、ですか? 」
「いいえ、アタシの友人、かしらね」
アリシアさんの、お友達? って事は、本当にお邪魔しちゃったかな…。この声にすぐ反応したのは、叱られかけてしゅんとしているリア君。俯いている彼の耳が一瞬ピクッと動いたかと思うと、パッとその扉の方を向く。ついさっきまで落ち込んでいたのがうのみたいに明るい表情、そして期待に満ちた声で、彼は短くこう言う。アリシアさんも声の主が誰か分かったらしく、すぐに椅子から降りてそっちに向かっていった。
「リアン君、早かったわね。荷物の方は予定通り受け取ったわ」
「よかったー。直前で材料が足りんくなってね、間に合わんかったらどうしようかと思ったんやけど、そんなら安心したよ」
うーん、何か訛りがキツイね…。この方言だと、風の大陸の方かな…。アリシアさんが診療所の扉を開けると、その先に誰かがいたらしい。僕がいる位置からだと見えないけど、アリシアさんはその人とは、話し方的にかなり親しいんだと思う。内容的には商談かもしれないけど、僕はそう感じた。話し相手の方言と村の状況があわない気がするけど…。
「リアンお兄ちゃん、来てくれたんだね! お兄ちゃん、今日もとまっていくの? 」
「そう聴いてるわ。他のお客さんが来てるけど、上がって! キュリアちゃんにランベルさんも、いいかしら? 」
「僕は構わないですけど…、キュリアは? 」
「私も、問題ないわ」
へぇ、泊まりとなると、相当仲が良いみたいだね。嬉しそうにアリシアさんの周りを跳びまわるロコンの少年は、扉の向こうにいるらしい訪問客に、期待の眼差しを向ける。彼の母親に向けても訊いていたらしく、その彼女もにっこりと頷いていた。それから彼女は振り返る様に僕達の方を向き、こう尋ねてくる。こうなるとアリシアさんの旦那さんの事が気がかりだけど、僕、それからキュリアも、揃って首を縦にふる事にした。
「んじゃあ、お邪魔します。…デン…、あっ、そうやったね。この間村を開いたんやんね」
「そうよ。…でもまさか、もう水の大陸まで知られてるとは思わなかったわ。情報って、ここまで伝わるのが早いのね」
「あっ、アリシアさんの友人って…」
やっ、やっぱり、ここの村の状況を考えると、おかしいよね? アリシアさんに招かれるままに診療所に入ってきたのは、僕が夢にも思わなかった種族の彼。この村の環境のことを考えるといないはずの、エーフィ。防寒着にしては薄すぎる白い服に透明のゴーグルをかけた彼は、慣れた様子で木製の扉を閉める。予め雪を払っていたらしく、ほんの少し短毛が湿ってるような感じだったけど…。その彼はその途中で僕が目に入ったらしく、一瞬だけ驚いた表情を見せる。だけどすぐに何かを思い出したらしく、納得したようにこう呟いていた。
キュリアは僕と同じで頓狂な声をあげていたけど、アリシアさんは別の意味で呟いていた。かけていたゴーグルを右の前足で外すエーフィさんを見ながら、へぇー、と納得したような声をその後でもらしていた。
「そうよ。アタシにとっては、キュリアちゃんとランベルさん以外では、唯一の外の知り合いね。紹介するわ。彼は水の大陸で商売をしている、化学者…? のリアン君。そしてこの二人は、ジョンノエタウンからの使節のキュリアちゃんとランベルさん」
「そういう訳やから、よろしくお願いしますね。…んと、ジョンノエタウンから来たデンリュウとキュウコンって事は…、もしかして、探検隊、ですか? 」
「ええ。その街を拠点に、探検隊をさせてもらってるわ」
化学者…? 聞いた事無い職業だけど、何なんだろう…。エーフィさんが空いている横側の席に着くのを確認すると、アリシアさんも自分の席に座り直す。リア君はエーフィさんの横に移動してたけど、構わずに紹介してくれる。机についている右の前足で順に指しながら、僕達を含めて簡単に説明してくれた。
聞きなれない言葉もあったけど、紹介を受けたエーフィ…、リアンさんは、右の前足で軽く会釈しながら気さくに答えてくれる。とここでふと思い出したらしく、肩から掛けたままのショルダーバックを長椅子の端の方に下していた。下げていた視線を元に戻すと、気になっていた事があったらしく、彼から見て左に座っている僕達にこう訊ねてくる。それにキュリアは戸惑いながらも、そうよ、と答えていた。
「やっぱり! ウィルドビレッジであの有名な火花の二人に会えるなんて思わんかったよ! ワイワイタウンで商売やっとるけど、マスターランクのチームに会えるなんて、夢みたいやよ! 」
「えっ、リアンお兄ちゃん? キュウコンのお姉ちゃんたちって、そんなにすごいの? 」
「そうやよ。水の大陸だけやなくて、他の大陸にも知られとるんとちゃうかな? 水の大陸と言えば明星、霧の大陸といえば火花、って言われとるぐらいやからね」
そう言われると、ちょっと恥ずかしいけど…。べた褒めするリアンさんに照れながらチラッとキュリアの方を見ると、彼女ももの凄く恥ずかしがっていた。いつもと違って分かりにくかったけど、ほんの少し、顔が赤くなってるような気がする。九本ある尻尾も落ち着きが無くパタパタ揺れているから、たぶんそうだと思う。
「キュリアちゃん達、有名人だったのね? 」
「そっ、そんな…、ゆっ、有名人って言われるほどじゃ、ないわ。わっ、私達も一つ気になっているのだけれど、りっ、リアンさんは、アリシアさんとは、どういう関係で…」
「あっ、そういえば、言ってなかったわね」
言われてみれば、リアンさんとはどういう関係があるんだろう…。村を開いてから知り合ったにしては、親密すぎる気がするし、その前からなら、閉じていたから入ることさえできないはずだけど…。気恥ずかしさであたふたしているキュリアは、もの凄い速さで右の前足を小刻みにふる。いつも以上に早口になってるけど、それでも彼女は、気になる事を質問する。そんな彼女の様子に思わずキュンときたけど、その考えを慌てて頭の奥の方にしまい込む。その一言で僕も気になってきたので、彼女とその彼の返事に耳を傾ける事にした。
「うーんと、上手い言葉が見つからんのやけど…、この世界やと、薬剤師…? …いや、PPマックスみたいな薬を創る職人、って言った方がええんかな? それ以外にも、技とか属性そのものを専門に研究しとる、って感じやな。んで、空いた時間に商いやっとる友人の手伝いをしとるよ。…あっ、そうだ。アリシアさん、この間言っとったハーブティの試作品、持ってきたんやけど、試してみる? 」
「ハーブティ…、あぁ! 氷華草から作った紅茶の事ね! ええ、なら、試してみようかしら? 」
「良かったら、お二人もどうかな? 僕のお気に入りなんやけど、ハッカみたいな爽やかな風味と一緒に苦味が鼻を抜けて、後からほんのりとオレン系の酸味が広がるんよ! こうして会えたんも何かの縁やし」
はっ、はぁ…。商人だからかもしれないけど、リアンさんは矢継ぎ早に言葉を並べていく。そのお陰で彼の事は何となく分かった気がするけど、変わった人だな…、僕は率直にこう感じた。一通り話し終わった後、彼はふと何かを思い出したらしく、僕達の反対側に腰かけているアリシアさんに、こう提案する。二人の間だけに通っている話があるらしく、アリシアさんはこれだけで何となく分かったらしい。僕達のも同じような事を訊かれたけど、少なくとも僕は、成り行きに身を任せて頷いてしまっていた。
つづく