Three-Fourth 故郷の惨状
―あらすじ―
ライトちゃんからシルクの事を聴いたウチは、その内容に絶望してしまう。
シルクが落ちたっていう“弐黒の牙壌”は、ただでさえ幻に等しい存在な上に生きて生還するのがほぼ不可能なダンジョン…。
知らなかったとはいえそんなダンジョンに親友を追い込む事になってしまい、ウチは自責の念に囚われてしまう。
けどそれは、知らせてくれたライトちゃんの手によって払拭される事になる。
別の親友の身も危険に晒してしまう事になったけど、ウチらはその彼に頼る事しか出来なかった。
――――
[Side Haku]
「…シルク…」
何でウチ、あんな事言ってまったんやろう…。ライトちゃんのお蔭で何とか気を持ち直せたけど、やっぱりシルクの事が頭の事が離れへん…。話してくれてからライトちゃんはすぐトレジャータウンに戻ってったから、一旦ウチらは解散する事にした。ネオンも皆も自分の部屋に戻ってったんやけど、ウチは一睡も出来んかった。“弐黒の牙壌”の対処法は教えてくれたけど、喧嘩してまったシルクはその事を知らへん。ラテ君ともう一人が助けに行ってくれとるけど、それでも安全やとは限らへん…。ラテ君自身はウルトラランクの探検隊員やけど、ダンジョン自体はそれ以上のスーパーレベル…。環境に至ってはウチらでも苦戦するハイパーレベルやから、攻略法を知っとっても、間に合わへん事も考えられる。もしそうなったら、ウチは…。
「…クさん? ハクさん! 」
「なっ、何? 」
「もしかして…、シルクの事? 」
「…そう、やな…」
「私も心配だけど…、シルクならきっと大丈夫だよ」
そうやんな…。シルクに限って、あのシルクに限って、死ぬなんて絶対に無いやんな? やけど…。シルクの事を考えとったウチは、朝食から返ってきた青いニンフィア、シルクと同じ二千年代から来とるテトラちゃんの呼びかけにすぐ気付けへんかった。どんな表情やったんかは分からへんけど、多分テトラちゃんは、パッとしないウチを心配して話しかけてくれたんやと思う。シルクの事は昨日直接シリウスから聴いとるで、テトラちゃんも当然知ってくれとる。やけど普通なら原因を作ったウチを責めるはずやのに、彼女、それとウチの事をよく知っとる皆は、逆に気にかけてくれとる。参碧の氷原の調査に強力してくれた火花の二人は、どう思っとるんかは分からへんけど…。
「どんな人かは知らないけど、ハクさ…んのお友だちなら、問題ないと思いますよ」
「そう…、やといいんやけど…」
「んだけどハクさん、俺はハクさんの方が心配です。何か凄く
窶れてますけど、ちゃんと食べました? 」
「…ううん、食欲、無くて…」
確かに腹は減っとるけど、あんま食べる気にはなれへんのやんな…。それにウチ、そんな酷い顔なん…? そんなウチを気遣ってか、同郷のフローゼル、尻尾と右腕が欠損しとるハイド。彼は彼で傷が痛々しいけど、ウチが知っとる十年以上前から自分の事をそっちのけにする傾向にある。二つ離れた弟から聴いた話やけど、学校の宿題そっちのけで遊び歩く事が殆どやったらしい。その分ハイドは、自分以外の事を第一に考える、っていう良い部分もある。そんな彼は途中までしか無い右腕を、ウチの首筋あたりに添えながら話しかけてくれる。朝食時って事でギルドのロビーには殆ど人影はあらへんって事もあって、異様に彼の言葉が響いたような気がする。いつもならウチはシリウスと食べに行くところやけど、今日は食欲が湧かへん。後ろから話しかけられたで見てへんけど、沈み込むウチとは違って、弟の同級生は暖かな表情をしとるような気がした。
「だけどハクさん、ちょっとでもご飯は食べておいた方が良いと思うよ? じゃないと、万が一の時に倒れて動けなくなる、って事もあるから」
「ウチもそう思っとるけど…、
やっぱり…」
「ハクさ…」
ウチもその事は分かっとるよ! 分かっとるけど、食べれへんのは食べれへん! テトラさんもウチの事を心配してくれとるで、すごく嬉しい。嬉しいんやけど、無理なものは無理。彼女の言う通りやけど、そんな気になれない。出来へんのはしゃぁないで、ウチは声を大にして言いたかった。…けど精神的に弱ったウチには、それは出来へんかった。実質昨日参碧の氷原で繋ぎに食べた林檎以来、ウチは何も口にしてへん。空腹で力が入らんってのもあるけど、自分のせいで親友の命に危険が迫っとる、そういう事実に追い詰められとる…。疲労が溜まっとるのもそうやけど、精神的に怠くて大声をあげる気にもなれへん。やからウチは、消えそうな声でボソッと呟…。
「ハァ…、ハァ…」
「えっ、なっ、何? 」
「こっ…、ここは…、アクトアタウンの…、ギルドで…、ハァ…、あって…、ますよね…? 」
「そっ、そうやけ…、えっ? うっ、嘘やろ? 」
なっ、何でここにおるん? たっ、確か今日って、アレのはずやろ? ウダウダしとるウチに対して、テトラちゃんは何かを言ってくれようとする。やけどそれは、半開きにしたギルドの扉を開け放つ大きな音で遮られてまう…。あまりに急な事やったから、背を向けとるテトラちゃん、水路を挟んだ反対側におるウチ、ハイドも、驚きでとび上がってしまう。慌ててそっちの方に目を向けてみると、そこには息を切らせた二つの陰…。そのうちの一人は、切れ切れにやけどここの事を尋ねてくる。やけどウチは、もう一人の方にまた驚かされてしまった。何故なら…。
「リク、確か今日って定例会議のはずやんな? 」
「トレイも、何でアクトアタウンに? 」
「はっ、ハイド? ハイドこそ、ウィルドビレッジの救援に行ったんじゃなかったのかよ! 」
ウチの同族…、いや、実の弟のリクやったから…。一緒におるジヘッドは知らへんけど、ハイドを見た感じやと、彼も多分エアリシアから来とるんやと思う。少なくともリクは市会議員、それも予定通りなら、今の時期は議会で忙しい頃。やから何でここに来とるんか訳が分からへんかったで、思わずウチはなけなしの体力で声を荒らげる。ハイドも…、いや寧ろハイドの方がエアリシアの事はよく知っとるで、ウチと同じように驚きを顕わにしとる。彼はジヘッドの方をハッと見、ウチ以上の勢いでこう問いただす。けど問われたジヘッドの方も、負けじと質問で対抗してきていた。
「姉さ…ん! そ…」
「それにハイド、その右腕…。それとゲールは、ゲールは一緒じゃないのかよ」
「尻尾もだけど、救助中に化け物に襲撃されて…。俺は間一髪救助されたけど、ゲールは…」
「嘘でしょ…。って事は、ゲールも…」
「…も? 」
「…何が何だか全然状況が掴めないんだけど…」
そうやんな。ウチもリクの方は全く訳が分からんで…。ウチの事が目に入った瞬間、リクは疲れながらもホッとした表情を浮かべる。そのまま何かを言おうとしとったけど、その前にトレイっていうジヘッドに先を越されてしまう。彼は彼で大怪我を負ったハイドが気に留まったらしく、両方の頭で揃って声を荒らげる。立て続けに質問攻めにしとったで、横目で見るとハイドは少し困ったような顔をしていた。
けどハイドは慣れているのか、戸惑いながらも自分の事を話し始める。どれも最後まで言い切ってへんかったけど、その度に表情を曇らせとるで、ニュアンスでリク達二人に伝わっとると思う。本当に伝わっとりらしく、引っ込み思案なリクも、信じられない、って感じでぽつりとつぶやく。テトラちゃんは首を傾げとるけど、その言い方がウチには何か含みがあるような気がした。
「ウチもやな…。何でリクがここにおるのかも分からへんし…。今日って、確か定例議会のはずやろ? やのにリク、出席せんでも…」
「それが姉さん、そうも言ってられない事態になって…」
「ん? リク、どういうことなん? 」
「そうだよな…。あの状況では、そうも言ってられないよな…」
「もしかして、この間あった信任投票の事? 」
信任投票? 確か二週間前にあった、ってリクからの手紙に書いてあったような…。ウチはウチで思う事があったで、その事を二つ年下のリクに問いかける。本来ならウチがなるはずやったけど、ウチの弟はエアリシアの市会議員、それも、家督で次の市長になる事が決まっとる身…。そんな重大な役目があるリクが欠席となると、議会的にもあまり良くはない。やけどリクは、意味ありげに言葉を濁し、俯いて、何かを堪えるようにウチらに話してくれる。家出して十年行ってないエアリシアの事はリクの手紙、それと届けてくれとるフレイ伝いにしか知らへんから、これだけではウチには分からなかった。けどエアリシアを拠点に活動しとったらしいハイドは、それだけで何となく察したらしかった。
「そうだよ。ハイドは気付いてるかもしれないけど、あの時、初めて記名投票がされたよな? 」
「うん。初めての事だったから、よく覚えてるけど…。んだけどトレイ? それとトレイ達に何の関係が? 」
「政治の事は私には分からないけど、何かあるんだよね? 」
「うん。憶測の範囲を超えてないけど、多分…」
記名投票? 確か投票とかそういう類って、無記名が原則のはずやけど…。ハイドの問いかけに、トレイって呼ばれとるジヘッドの、左側の頭がこくりと頷く。その間にもう一方が、神妙な様子で単尾のフローゼルの問いかけに答える。ハイド自身も何か引っかかるこちがあったのか、何かモヤモヤしたような表情で呟く。彼の言う通り、ウチもリクと投票の関係性がさっぱり分からなかった。
テトラちゃんは多分話について来れてないと思うけど、それでも何とかついていこうとしてくれとるっぽい。ウチが見た感じやと、出来る範囲で会話に参加してくれとるような気がする。そんな彼女にリクは頷き、自信は無さそうやけど囁くように話しはじめてくれた。
「だよな…。俺も何とも言えないけど、結論から言うと、反対派が市長…、リクの親父さんの決定で一斉摘発…、弾圧された…」
「だっ、弾圧? 」
「りっ、リク! どういう事? 」
「僕も目を疑った…、今も信じられないけど…」
「ハイド、ハイドは昨日エアリシアに居なくて正解だったと思うよ、命が助かったんだから…」
命…? 何が何だかさっぱり分からんのやけど…。
「命…? 」
「そう…。言いそびれたけど、エアリシアが血で染まった…」
「ちっ…、血で? なっ、何で選挙なんかで血が流れるの? ダンジョンでもないのに…」
「単刀直入に言うと、反対派の議員、反対派の市民も、年齢性別問わず一斉に虐殺された…。それも、一人に対して、複数人、弱点属性で…」
「嘘…、やろ…。それも、あの暴君の指示で…? 」
「そうだよ…。…僕達も別々に襲撃されて、一緒に命かながら逃げ…、亡命してきたんだよ…。…だけど姉さん、僕もまだ気持ちの整理が出来てないんだけど…、ソクが…、
ソクが…! 父上の手で…、殺された…」
「…っ! そっ、ソクが…! そんな…、ソク…、が…? ソク…、ま…」
「えっ…。…ハクさん? ハクさん…! 大丈
じょ…」
つづ…
…