Two-Fifth 雪上の死闘
―あらすじ―
無傷で未開の氷原を突破したウチら三人は、シリウス達からかなり遅れて最奥部に辿り着く。
そこでウチは何かの音を聞きとり、三人揃ってその場所へと足を向ける。
やけどその遺跡の前では、キュリアさんと得体のしれない何かが戦闘を繰り広げていた。
しかしキュリアさん、そしてシリウスまで倒されてしまっていて、ウチらは唖然としてしまう。
けどシルクだけは違い、ウチも彼女に加わってシリウス達の化け物と交戦する事にした。
――――
[Side Haku]
『…絆の名に賭けて、全力でお相手するわ! 』
「シルク、いくで! 」
『ええ! 』
シルク、援護は頼んだで! ウチのかけ声を合図に、筋肉体との戦闘が幕を開ける。これといって作戦は考えてへんけど、それは相手の様子を見ながら組み上げてくつもりでおるから問題無い。…そもそもウチとシルクが組むんやから、向こうがウチらに付け入る隙はほぼ無いはず。シルクにはいつも通り遠距離から狙撃してもらって、ウチが至近距離で相手と親友との距離を保たせる。もしウチが危なくなっても、シルクが何とかしてくれる。それにウチは、シルクほどサイコキネシスの使い方が上手い人を見た事が無い。“絆のチカラ”で強化されとるとはいえ、シルクは威力自体も伝説の種族のソレ並みにあるとウチは思っとる。…そもそもウチは、シルクがあっけなく負けとるのを見た事が無い。前に戦ったんはギルドマスターになる前やけど、ウチもシルクには勝てた事が無い。…そやからウチは、今回のバトルも負ける気がしてへん!
まずウチが先陣を切って、積った雪の上を滑空し始める。四メートルと六センチある長い体を撓らせて、三十メートルある距離を詰めていく。それと同時にウチは、体中の筋力を活性化させ、自身のパワーを強化していく…。これに合わせて筋肉体も動き始めたけど、ウチは構わず突っ切っていった。
『ハク! 』
「うん! アクアテール! 」
「――! 」
「―? キンニク、ドコ? 」
その合図、待っとったで! 小麦色の筋肉との距離が十メートルぐらいになったとこで、シルクはウチだけに言葉を伝えてくる。何をするつもりなんかは知らへんけど、シルクの事やから作戦の準備やと思う。そやからウチは、自分なりに親友が考えつきそうなことを予想しながら、尻尾に水のエネルギーを纏わせていく。更に二メートル風を切ったところで、ウチは頭を急に左に捻り、その位置で瞬時に折り返す。同時に尻尾に力を蓄え、折り返し地点を通過するかしないか際どいタイミングで、湿った雪に思いっきり叩きつける。体勢を起しながら向き直って確認すると、そこには弧状に斬り裂いたような跡が残り、その真上には大量の雪が舞い上がっている…。その空中に投げ出された雪を、シルクがサイコキネシスで壁状に固めていた。
「ウチはここやで! もう一発アクアテール! 」
この間合いなら、確実に当たったね! 多分筋肉体からするとウチは急に消えたで、白壁にぶつかる前に急ブレーキをかける。虫みたいに細長い口をブンブンを左右に振りながら、ウチの行方を探り始める…。やけどその頃には、ウチは標的を見失っとる敵の背後、三メートルぐらいの位置から急接近を始めていた。さっき発動させていた水の鞭を、下から上に打ちつける様に背中にヒットさ…
「シッポ、ツメタイ。シッポ、イタクナイ」
「嘘やろ? これで効いてへんの? 」
『分厚い筋肉で守られてる…、と言ったところかもしれないわね…』
「―――、――っ! “―――、――――”っ! 」
強化したはずやのに、効いてないん? ウチの尻尾は狙い通り、筋肉体の背中のど真ん中を捉える。それも尻尾の先の丸くて堅い部分を当てたで、ダメージ量は増えとると思う。…やけどウチの予想に反して、相手の反応は凄く薄い。当てた尻尾から伝わってくる感覚も、鉄板に思いっきり体をぶつけたような…、そんな感じやった。
水鞭を命中させたウチに対して、筋肉の巨体も反撃を仕掛けようとしてくる。ウチは打ちつけた反動を利用して退避したけど、相手は振り向きざまにガチガチの拳で殴りかかろうとしてくる。後ろ向きに体勢を起した状態で見た感じでは、多分爆裂パンチを当てようとしたんやと思う。拳の速さ、ウチの体の長さ、両方の考えると際どいところやったけど、ウチは退くスピードを速めず、別の技の準備段階に入った。
シルクはシルクで、この間に攻撃する準備を済ましとったらしい。雪の壁で造った死角から、薄緑色と赤色、二種類の種を咥えた状態でぴょんと飛び出す。予めサイコキネシスを維持しとるらしく、咥えとる口を開けて開放しても、二つの種は雪上に落ちへん。それどころか、跳び出して前足が雪につくまでの一瞬の間に、前者を先頭に筋肉体へと向かわせていた。更にシルクは、自由になった口元に二種類のエネルギーを蓄え始める。黒と紺、二色のエネルギー体を、渦を巻くように口元で混ぜ合わせる。ウチは割と見慣れとる光景やけど、シルクはウチと初めて出会う前から、技の同時出しをする事ができる。シルク以外に出来るんは他に一人しか知らへんけど、彼女は特殊技を混ぜ合わせて戦うのを得意としとる。それだけやなくて、サイコキネシスで特殊技の形状自体も変えたり、混ぜ合わせたりして色んな効果を付加して戦うのも得意。効果の数が多すぎて覚えきれへんけど、シルクが言うには、各属性そのものが持っとる性質を掛け合わせただけ、なんだとか…。
話を元に戻すと、シルクは口元でシャドーボールと目覚めるパワー、二つの技を口元で混ぜ合わせる。するとそれは、濃い藍色に変化する。多分咳をするように撃ちだして、先に飛ばしている二つの種の後を追わせていた。
「―っ? 」
『化学の力、存分に発揮させてもらうわ! 』
「ウチも、ここからが本番やで! …逆鱗! 」
シルクが発動してくれたで、ウチも一気に攻めるで! ウチが雪上に着地するまでの間に、シルクが仕掛けた罠が効果を発揮する。まず初めに、先発で緑色の種が筋肉体の左腕にヒットし、種の先が少しだけ欠ける。それが刺激になったらしく、そこを起点にして種が急激に成長し始める。シルクはこれを“群生の種”って名付けたらしいんやけど、種の部分から植物の蔓がスルスルと伸び始める。左腕全体に伸び切ったところで、今度は赤いソレが同じ場所に着弾する。すると粉々に砕けたソレ、焼炎の種が発火し、左上の蔓に燃え移る。湿気があるで炎の勢いは弱いけど、火傷状態に出来そうなくらいの火力はあるような気がする。更にそこへ、シルクが混ぜ合わせた暗藍色の球体が、膨張しながら迫っていく。筋肉体は慌てて腕をブンブン振って消そうとしていたで、それに気ぃとられて反応が遅れる。直径で二メートルぐらいまで膨れ上がったそれをまともに食らってしまっていた。
ウチも当然、この間に攻勢に移る。雪の上スレスレを滑空している時、ウチは一瞬薄い水色の光に包まれたで、シルクが“絆の加護”を発動させた、そう率直に感じる。そやからウチは、予め活性化させとったエネルギーを、全身の力に変えて筋肉体に急接近する。相手はシルクの連撃でそれどころやないから、その間にウチは低い位置から相手に攻撃を仕掛ける。爆発的に力を解放し、三本ある脚の付け根辺りに、まずは額の角から思いっきり突っ込んだ。
「二発目! 」
「―ッ、イタイ」
続けてウチは、手足がある種族で言うなら宙返りするように身を翻し、そのついでに長い体を相手の腰に打ちつける。
「三発目! 」
縦方向に一回転したウチは、尻尾の先、一メートルが地面につく前に右方向に振りかざし、大振りで筋肉体に打ちつける。
「これ最後…」
その勢いを利用して、ウチはもう一度尻尾の先を相手に…。
「キンニク、イタイ。キンニク、カワイソウ。オレ…、オコッタ! 」
「…っくぅっ! …えっ? 」
『うっ、嘘よね? 』
痛っ…。なっ、何でなん? ちゃんと発動しとるはずやんね? 最後に一発、振り返った腹の辺りに当てようとしたけど、流石にもう相手に対応されてまう。竜の舞で強化された最上級の連撃が煩わしくなたらしく、カタコトやけど荒々しい声で反撃を仕掛けてくる。今度は若干焦げ臭い左の拳で振りかぶり、ウチの尻尾に殴りかかてくる。ウチの想定では“加護”の効果で防がれるはずやったけど、そうならずに相討ち…。それどころかウチが力負けして、軽減出来たとはいえ吹き飛ばされてしまった。
『まっ、まさか…、“加護”が破られた? 』
「いやシルク、そんな筈は無いで! 破られたんなら、水色の光が弾けるはずやろ? そやけど、それが無かったんよ」
『…っていう事は、効いてな…』
「オレ、ハシル! 」
「…っと、十万ボルト! 」
「―――! 」
シルク? 今まででそんな事、あった? …ううん、ウチが知っとる限りやと、そんな事、無かったやんな? ウチは一瞬、護りが破られた、そう思ったけど、そんな感じは全く無かった。発動者のシルクも想定外やったらしく、信じられへん、って感じで荒らげた声を伝えてくる。そうなると考えられるんは、“加護”が効いてへん、って事。シルクもそう思って伝えようとしとったけど、それすら叶わん状況に追い込まれてしまった。
ウチは飛ばされたで距離があるで、筋肉塊はウチやなくてシルクに狙いを定める。一瞬全身に力を溜めたかと思うと、筋肉体は物凄い気迫でシルクに向かって駆け抜け始める。あの構えと雰囲気からすると、多分大技のギガインパクト…。守備力というもんが無いシルクやなくても、アレを食らったらタダじゃ済まへん、ウチは本能的にそう感じた。
そやからウチは、咄嗟にエネルギーをかき集め、電撃として強めに解き放つ。当然狙うんは、爆走する巨大な筋肉の塊…。ウチの電撃でひきつけて、少しでもシルクが回避する時間を稼ぐ、そういうつもりでこの技を発動させた。…けどそれは良い意味でシルク自身に阻まれ、ウチの意思とは無関係な動きをし始める。すぐにシルクが操っとるってわかったけど、彼女は回避行動を執る事無く、ウチの電気塊を正面に集める。それと同時に沢山の針を鞄から取り出し、同じ超能力で空中にまき散らす。一瞬のうちに針を選別しとるらしく、十五本ぐらいあるうちに半分ぐらいを電塊ん中に突っ込む。残りを迫る筋肉体に向けて飛ばし…。
「―っ! 」
『そっちがそのつもりなら、私達も容赦はしないわ! 』
「―――、―――っ! 」
腹、右肩、左肩に二本ずつ、深く刺してから、シルク自身も十万ボルトで応戦した。
「―グァッ! 」
二種類の針が揃っとるで、シルクのそれと同時に、膨大な量の電撃が迫る筋肉に襲いかかる。
「効いた? 」
『そうらしいわね! 』
ウチとシルク、二人の電撃が効いたらしく、相手は初めて悲鳴を上げた。
『…流石に十万ボルトを二重に発動させると、ちょっと痺れるわね…。けどこの感じだと、特殊技が弱点らしいわね』
「何かそうっぽいね。…十万ボルト! 」
「―――、――! 」
そうと分かったら、一気にいくで! 同じ技を重ねとったのにはビックリしたけど、それ以上に、鉄壁を誇っとった筋肉が崩れ去るイメージができた事に驚いた。ウチが殴ったり叩きつけたりしてもびくともせぇへんかったけど、さっきの電撃やと、今まで聴いた事無いくらいの唸り声をあげて筋肉が怯んだ。それも普通に効いたような感じやなくて、大ダメージが通ったような…、そんな感じ。膝をついてシルクの方を睨んどるで、確実やと思う。
やからウチらは、挟みこむ様に一気に攻める。ウチはありったけのエネルギーを電気の属性に変換し、小麦色の背中に向けて解き放つ。シルクはサイコキネシス、目覚めるパワー、十万ボルトの三つを同時に発動させ、一気にたたみかける。
「キンニク…、イタイ…。スゴイ…、イタイ…! デンキ…、ヨケ…」
『そうはさせないわ! 』
「ッ! 」
筋肉体は何とか立ち上がり、回避行動をとろうとする。やけど勝機を悟ったシルクが、そうはさせへんかった。相手の正面を龍の球弾で、残りを宙に浮かせている銀色の針を利用して包囲する。浮かせとるうちの一本でウチの電撃を回収し、残りの五本で自身のものを纏わせる。六本全部に電気が行き渡ったところで、シルクは六本の針で正六角形を描く。もちろんその中心は筋肉体で、頂点は針、線は黄色い電気にして…。
『これで最後よ! 』
筋肉の包囲網が完成したで、シルクはそれでトドメを刺す。周りの針の先端を中心に向け、一瞬のうちに電気の流れを変更する。すると六角形の頂点に電気が集まり、そこから中心に向けて黄色い線が引かれていく…。
「グアァァァッ…! 」
外側の六点と七つ目の橙点が、瞬きをするぐらいの短い間に黄色い直線で結ばれる。すると規格外の電気が筋肉体に流れ込み、針が深く刺さった内側から体力を削る…。
「…デンキ、ツヨイ…。オレ…、マケ…」
流石に耐え切れなかったらしく、筋肉の巨体は音をあげて崩れ落ちる。それ以降筋肉は、ウチら二人に襲いかかってくる事は無かった。
つづく……