Final エピローグ
[Side Haku]
「……倒せた、みたいね」
「そうやな……。テフラさん……、無事やんな? 」
これで終わった……けど……。“ビースト”を倒せたウチは、ひとまず休ませていたテフラさんの元へと急ぐ。さっきよりも毒が回っとるらしく、表情が更に青ざめてき取るように見える。やから訊くまでもないんやけど、一応彼女に問いかけてみる。訊くのと同時に鞄に尻尾の先を突っ込み、あるものを探し始めた。
「無事……だけど、さっきから吐き気が……、するのよね……。頭痛もしてきたから……」
となると、思ったよりは軽いみたいやな……。今にも吐きそうな顔をしとるけど、これが毒状態の症状やから問題ないと思う。頭痛ぐらいならまだまだ軽い方やけど、重くなると倦怠感とか……、とてもやないけど立っとるのもしんどいぐらい酷くなる。そうこうしとる間に目的の物が見つかったで、ウチはその木の実を一つ取り出す。
「んならこの木の実……、食べてみて? 」
「これが……、果実……? 」
「凄く甘くて好みが分かれるけど……、解毒作用があるで」
この様子やと、“月の次元”の木の実は違うみたいやな? すぐに探り当てたウチは、解毒作用のある木の実、モモンの実を手渡す。不思議そうに首をかしげとるで、ウチは簡単に効能を説明してあげる。“月の次元”にないのにはびっくりしたけど、この説明だけで分かってくれるはず。ウチは甘すぎて、あまり好きやないんやけど……。
「解毒……? まさか私……、いつの間にか毒を……」
「技の追加効果……、みたいなものやからな……。まぁとりあえず、食べてみて……」
「そこまで言うなら……」
まだ半信半疑みたいやけど、根負けするような感じで一口囓ってくれる。よく考えたらテフラさんにとって、モモンの実は異世界の食べ物やから、ためらうのも無理はない気がする。
「柔らかいけど……、っ凄く甘いわね……。でも何だか、急に楽になってきたわ。ルーン様から聞いて知ってるつもりでいたけど、“太陽の次元”ってこんな変わった果実もあるのね……」
「ウチらにとっては……、これが普通やけどな」
そんでモモンの実が効いてきたのか、テフラさんの表情はすぐに良くなってくる。かと思うと甘さに苦戦するような表情に変わったで、もしかするとウチと同じであまり好きやないんかもしれへん。シリウスは逆に、辛いのとか酸っぱいのが苦手みたいやけど……。
「そういゃあテフラさん? 訊きたいことがあるんやけど、ええかな……? 」
すっかり忘れとったけど、よく考えたら……。テフラさんが興味深そうに訊いてきたけど、ウチはふとあることを思い出す。暴君との戦いに集中して忘れとったけど、確かミナヅキさんが言うには、ウチらはこことは別の世界に行くはずやったと思う。
「えっ、ええ。私に分かる範囲でなら」
突拍子のないウチの問いかけに驚いとるみたいやけど、テフラさんは二つ返事で応じてくれる。そもそもテフラさんが何者なんかも分からへんけど、少なくともここの遺跡? 神殿? の関係者なのは確か……。分からへんといえば、キノト君達の方におるあの大きい種族の人……達もそうやけど。……ん? あんな人、来たときにおったっけ?
「んならテフラさん……。ここって“星華の次元”やなくて、“月の次元”でええやんな? あのグソクム……シャ? が吹いた“笛”で、元々“星華の次元”に繋がっとったみたいなんやけど……」
……あれ? グソクムシャは? さっきまでキノト君達が戦っとったはずやんな?
「あぁそのことね? あなたに話してどこまで分かるかは分からないけど、ルーン様達……、“太陽”と“月”の“統治者”達がヤマを張って待ち伏せしていた、って感じね。“六二六”は消滅しているみたいだから、その近くの“六二七”か“六二五”。両方の次元の“統治者”に協力を仰いで、私達の“月の次元”に無理矢理ねじ曲げた、って感じかしらね。“笛”が盗まれる事自体初めてのことだから、関係した“次元”にどういう影響が出るかは分からないけど……」
「……」
何かよく分からんけど、ウチらが知らんところで凄いことがあったんやな……。“次元”とか何とか、って言っとったで、キノト君なら分かるかな? テフラさんはすぐに説明してくれたけど、知らないことが多すぎてウチにはさっぱり分からんかった。一応訊いたことのある言葉はいくつかあったけど、ウチは首をかしげることしか出来んかった。やけど分からへんなりに、ウチらとテフラさんの世界に限った話やない、って事だけは分かった気がする。
「――あっハクさん! そっちも終わったみたいですね? 」
「ハク、おまえの方は無事みたいだな? 」
とモヤモヤして気持ちが悪いけど、ここで離れた場所で戦っていたふたりのルガルガンが来てくれる。キノト君はパッと晴れた声で呼びかけてくれたで、ウチはそっちの方に振り返る。隣のミナヅキさんもどこか吹っ切れたような、明るい表情をしとる。今までこんな顔は見たことなかったで、ちょっと意外やったけど……。
「ちょっと苦戦はしたけど……、ひとまずはね」
「けどキノト君、その足……」
うん、ウチにも見えた。ウチは二人に対して笑みを浮かべて答えたけど、ふとキノト君の後ろ足が目に入ってしまう。多分戦闘中に何かあったんやと思うけど、左の後ろ足があり得んぐらい腫れあがっとる。彼はその足をかばうようにして、右の後ろ足でぴょんぴょんと跳ねるようにして、三足でこっちの方に歩いてきとる。ウチが見た限りでは、少なくとも粉砕骨折しとるような気がする……。
「ぼくの足ですか? 実は戦闘中に“術”を食らっちゃって……」
「“術”って……、あの大罪人の? けどキノト君、あんな“術”食らってよく無事でいられたわね? 」
「気づいていたとは思うが、ムナールは手負いの状態で戻ってきていたからな。……そうだ。ハク、お前には話すことがあるんだが……」
「ん? ウチに? 」
キノト君のことは分かったけど、何やろう?
「あぁそうだ。今“統治者”と話をつけてきたんだが、俺も“太陽の次元”に
戻る事になった」
「みっ、ミナヅキさんが? でも何で? 」
「ぼくもさっき知ったんですけど、シリウスさんに誘われてたみたいです」
「シリウスに? 」
「そうだ。元々俺は捕虜だったが、話すうちにシリウスに気に入られたらしくてな。当然俺もそうだが、楽しそうに話すシリウスに断りきれなくてな……」
「話は分かったけど、よくルーン様達が許してくれたわね」
「あぁ。俺もまさか許されるとは思わなかったな」
「ですよね。……だけど無条件じゃないみたいで、今回の件で迷惑をかけた罪滅ぼし、それから巻き込まれた街の人達のケアとか復興をすることが条件みたいです」
って事は、ウチらのギルドで復興支援するなら、ウチらの“太陽の次元”に来ることを許された、って訳やな?
「キノト殿、取り込み中すまないが、そろそろ構わないか? 」
「あっ、ソレイルさん。ごめんなさい! 今行きます! 」
いつの間にか話し込んでしまっとったけど、キノト君達とおった大きい種族のうち、四足の方が声をかけてくる。その彼の後ろには白い渦、“空現の穴”が出現しとるで、多分キノト君かミナヅキさん、どっちかが“笛”を吹いたんやと思う。やからウチらはそっちの方に目を向け、会釈して去ろうとしているミナヅキさんに続こうとする。
「ってことは、もう帰るんやな? 」
「キノト君の足を見た感じだと、その方が良さそうね? ……キノト君、毎回バタバタしてたけど、落ち着いてからまた来てちょうだいね。今度はウォルタさんとか、あのオオスバメの女の子も誘って、ゆっくりね。今度こそは、ちゃんとおもてなしさせてもらうわ」
「ありがとうございます! いつになるか分からないけど、ソレイルさんに頼んでまた来てみます! 」
「ハクさん、あなたとも、一度ゆっくり話してみたいものね」
「ウチもそうやな。今回は戦いだけで話す暇もなかったでな。やからテフラさん、テフラさんもいつかウチらの世界に来てな! その時は色んな場所、案内するで」
「ええ、楽しみにしてるわ」
これで一端お開きって事になったで、ウチらは一言ずつ言葉を交わし合う。キノト君はバランスを崩して倒れそうになっとるけど、彼は右の前足、ウチは尻尾を差し出して、テフラさんと固く握手を交わす。ミナヅキさんは何があったんかは知らへんけど、ウチらの後ろで気まずそうに見守っとる。結局テフラさんが何者かは分からんままやけど、これは今度会ったときにでも訊いてみるつもり。
そういうことでウチらは会釈してから彼女の元を離れ――
「では、参ろうか」
大きくて四足のこの人と四人で、ウチらの元の世界、“太陽の次元”へと続く渦へと飛び込んだ。
――――
――――
[Side Sillius]
あれから何時間かして、ハク達は全員……、ミナヅキさんも揃って戻ってきました。一人知らない方がいたのですが、キノト君によるとこの方が自分達の世界を統治している方の一人らしいです。全員欠ける事無く戻ってきていたのですが、聞いたところによるとキノト君だけは無傷では済まなかったらしいです。詳しい状態はまだ分からないのですが、確実に折れているかもしれませんね……。
そして全員揃ったということで、自分達は"エアリシア"を脱出ました。シルクは"チカラ"の"代償"で動けないので、サードさんに背負ってもらっていました。怪我をしたキノト君、それから病院を脱走しているシルクを送り届けてから、自分は"アクトアタウン"のギルドに戻りました。他の班でも怪我人が出ているので出席できる方だけでしたが、その他諸々、終息宣言などを行い、日が暮れはじめていたのでここでお開きとなりました。
解散になった翌日、自分達は今、シルクが入院している病室に来ています。本当は昨日すぐにでも来たかったのですが、仕事が山積みだったのでそうはいかなかったんですよね……。スパーダにも手伝ってもらって三人で行っていたのですが、終わったときには日付けがかわっていました。なので就寝して、夜が明けた今、シルクの様子を見に来たという感じですね。
「……やけど、シルク? 無茶するのはいつものことやけど、病院抜け出すのだけは勘弁してな」
『ええ。流石に懲りたから、もうしないと思うわ』
シルクが脱走しての作戦の成功ですけど……、もう絶対にしないでほしいですね。自分とハクはまだ来たばかりなのですが、ベッドのシルクを囲うようにして話し込んでいます。朝礼を済ませてからだったので遅くなったのですが、十分達が着いたときにはサンダースのコット君、それから無事でシルク達の方で作戦にも参加していたらしいリオリナが来ていました。自分は今知ったのですが、リオリナはあの日シルクに逃がして貰って以来、シルク達の方で行動していたらしいです。
「本当にそうよ。“泉”ではそんな様子はなかったけど昨日フラフラの状態だったのよね? 知ってたらアタイは止めてたわ」
「僕も止めてたと思いますね。……ですけどそれでもこなせちゃうのが、フィフさんの凄いところですよ」
「シルクの無茶は、今に始まったことではないですからね……」
結構な日数が経ってましたけど、自分たちの裏で“エアリシア”の調査もしていたみたいですからね……。シルクに向かい合うように椅子に座るリオリナは、相変わらずの口調で話します。“泉”とはどのような場所かは分からないですけど、もしかするとシルク達が拠点にしていた場所かもしれません。その彼女にコット君がうんうん、と頷き、一度シルクに視線を移す。自分は彼とはゆっくり話したことはないのですが、この様子だとシルクは元の時代でもそうなのかもしれませんね。
「昔からそうやったでなぁ……」
「っていうことはハクさん? フィフさんは――」
「シルク! 」
シルクの従弟らしい彼が何かを訊こうとしていましたが、それは別の誰かに遮られてしまう。個室だったので良かったのですが、自分とコット君は背を向けていたと言うこともあり、思わず驚きで声を荒らげてしまいました。ハッと部屋の入り口の方に振り返ると、そこには一人のグレイシア……。シルクを一目見てほっと表情を緩めた彼女は、シルクの正面の方に歩いてくる。その途中で自分たち四人に会釈をしてから――。
「よかったわ……、やっと……やっと話せたわ! 」
『フィリア……』
我慢できなかったらしく彼女の元に駆け寄る。ギアの会社の副責任者の彼女は相当心配していたらしく、駆け寄るとすぐにシルクの前足を握ります。それに対しシルクも、今にも泣き出しそうな顔で握り返していました。
「行方不明になってるし喋れなくなってるしで心配したのよ! 」
『そのことに関しては……、本当にごめんなさい……。でもフィリア……、ああするしか……』
「分かってる、分かってるわ……。だからシルク、顔を上げて? 」
『フィリア……』
そしてとうとう堪えきれなくなり、シルクは大粒の涙を流しはじめてしまいます。それをフィリアさんは、優しく背中をさすって宥めています。
「シルクさんもこう言っていますから……。……そうだ。フィリアさん、知り合いらしいオレンジ色のルガルガンさんなんですけど、今日昼に左後ろ足の手術をするらしいです」
「自分もそう聞いています。ここに来る前に会ってきたんですけど、かなり難しい手術になるらしいです」
「やから会いに行くなら、今のうちやとおもうで? 」
シルクはシルクで施術が長引いたらしいですけど、自業自得な部分がありますからね……。
「……そうさせてもらうわ」
自分はフィリアさんとキノト君が知り合いだと前に訊いていたので、彼の事を彼女に伝えます。自分もシルクの部屋に来る途中で寄った彼の元で聞いたのですが、ラスカでも指折りの名医が揃っている“ワイワイタウン”の総合病院でも、軽く四時間を超える大手術になる予定みたいです。よく考えたらキノト君は“術”を左後ろ足に受けたらしいので、これだけで済んで幸運だと思います。ミナヅキさんが言うには、キノト君が食らった“術”は“蹴術”といい、極めれば骨を跡形もなく粉砕……、受けた場所以外にも内部にヒビが入るほどの威力が出るらしいです。
『キノト君、無事に手術が成功するといいわね』
「ほんまにそうやな」
「そうですね」
自分たちに一度ぺこりと頭を下げてから、フィリアさんはこの部屋を後にします。この時間だと際どいかもしれませんが、あれだけ大きな事件だったので、怪我人が多く医師が足りないと聞いています。ですので予定から大幅に遅れて言う事も考えられるので、もしかすると間に合うかもしれません。そんな彼女の背中を自分はキノト君……今回の件で二番目に重傷を負った彼の無事を祈りながら、見送りました。
“風の大陸”一連の事件で、多くのモノが失われました。一夜明けたばかりの今ではなんとも言えませんが、主要な街が二つも壊滅した事件は、自分がこの時代に導かれた十年間の間、聞いた事がありません。ですのでまだまだ調査不足という事もあり、被害が拡大する事胃は間違いないでしょう。
……ですけど今は、誰一人欠けずにこの事件を乗り越えた事を、素直に喜ぶ事にしましょうか。死人も出て不謹慎だということは分かっていますが、これだけは言わせてください。
シルク、リオリナ、テトラさんも、全員無事で良かった、と……。
“たんけんのきろく〜七の色彩と九の厄災〜”
明星編 完