Eight-Fifth 無くして気づいた確かなもの
―あらすじ―
見かけたシルクを追って十年ぶりに実家に戻ったウチは、帰って早々ダンジョンの野生と対峙する。
出現した種族に見覚えを感じながらも、ウチはギアの検索機能を頼りに親友を追いかける。
だけどその結果は、親友を含めた三人がモンスターハウスに立ち入ってしまっていたというものだった。
やからウチはすぐにそこに参戦し、苦戦しているルガルガンに似た彼の助太刀をすることにした。
――――
[Side Haku]
「……こんで一通り倒せたな? 」
「そのようだな」
ウチが入らなくても良かった気がするけど……、無事ならそれでええやんな? シルク達に追いついてから助っ人に入ったウチは、多分あれから二十分ぐらいは戦い続けとったと思う。シルクとサードさんのことはそんなに心配してへんかったけど、ある意味オレンジ色の彼に驚かされた。彼が何者なんかは分からへんけど、少なくともシルク達とか……、ウチらの敵やないって事は間違いないと思う。実力的にはウチらのギルドの弟子達よりはあると思うけど、見た感じ並…、シルバーとかゴールドランクぐらいやと思う。使っとった技はそれ以上で身のこなしも平均以上、…やけど経験が浅いのかまだまだ周りをしっかりと見通せてへんかった。……まぁその都度ウチが倒しとったで何とかなったんやけど。
『そうみたいね。……だけどハク、あなた……』
やっぱそれ訊きたいやんな……? そんで一通り倒せたでフロアの真ん中に集まっとるんやけど、一息ついとったらシルクが直接語りかけてきた。サードさんと彼も反応しとるって事は、ウチだけやなくてこの二人にも聞こえるようにしとるんやと思う。それにわざわざウチにこう訊いてきたってことは、シルクが知りたい事は多分アレ。やからウチは……。
「何で止めたのにここに来たのか、やろ? 」
シルクはウチには関わってほしくない、そうやって思ったから、ウチはシルクの言葉を遮って問いかけてみることにした。
「そんなの決まっとるやん。ここがウチの……」
『そうじゃなくて、ハク……。あなたが来てくれて本当に助かったわ』
ココがウチの実家やからやよ、そう言おうとしたんやけど、今度がウチが遮られてしまう。それもただ言うんやなくて、どこか気まずそうな、でも何かホッとしたような、なんとも言えない表情で……。多分シルクもそうやと思うけど、喧嘩中って事で話しかけ辛いのかもしれへんな。
「
助かったっ……」
「ええっと、シルクさん? もしかしてハクリューさんと知り合いなんですか? 」
……ん? こうして直接言われるとどう返したら良いか分からへんけど、ウチは何とか、良さそうな言葉を探し出す。気恥ずかしさと気まずさであんま声が出んかったけど、やっぱりシルクもウチと同じ気持ちなんやと思う。ウチの声と重なって聞き逃したけど、シルクもウチと同じで、凄く小さい声で言葉を伝えてきたから……。そんでシルクが何言おうとしたんかもう一度聞き直そうとしたんやけど、ここまで取り残してしまった彼に先を越されてしまった。
「俺も訊きたかったが……」
『知り合いなんて軽いものじゃないわ』
「そうやな」
「えっ? 」
「今は喧嘩中やけど……、シルクの事は親友やって思っとるでな」
『私もよ』
シルク……、やっぱりシルクも……。本人の前では凄く言いづらかったけど、何とか流れに身を任せて口に出してみる。シルクはシルクで言葉に詰まったような声を伝えてきとるで、似たようなことを思っとるのかもしれへん。相変わらず表情は暗いままやけど、ここで初めてウチと視線が合っ……、重なる。どう反応したらええのか分からなくて、ウチはつい目線をそらしてしまったけど……。
『……ハク、あなたが親御さんを嫌っている理由、今なら分かる気がするわ……』
「……それ、どういう事なん? 」
どういう事かさっぱり分からへんのやけど? しばらく誰も何も言わへん状態が続いたけど、そんな空気を親友の彼女が崩してくれる。ボソボソと呟くような自信無さそうな声やったけど、どこか意を決したような……、そんなニュアンスもあるような気もする。やから分からん事づくしの言葉ってこともあって、ウチはよそに向けていた目線を彼女になんとか戻す。
『結論から言うけど、敵とはいえあの人達とはそりが合わないと思った、って感じね』
「それって……」
何かあの暴君の事知っとるような感じやけど……。
『病院を抜け出してからのことだけど、何日間か“エアリシア”に潜入してたのよ』
あれ以来何もシルクの事聞かへんと思ったら、そんなところにおったん?
『その時にジク……、ハクの親御さんと面と向き合ったけど、人の上に立てるようなひとじゃない。自分の権力の事しか考えず、部下と他人も捨て駒のようにしか考えてないなんて……』
「あの暴君は昔からそうやったでなぁ……」
「保安協会としても噂では聞いていたが、そこまで酷いとは思わなかったな、うん」
『おまけにハクの弟さん……、ハクのことまでクズ呼ばわりするなんて……。両親のいない私でも、流石にそれはあり得ないって思ったわ。……だからハク、知らなかったとはいえあんな酷い事を言ってしまって……。ええっと……、その……、許してもらえるなんて、思ってないけど、……ごめんなさい』
シルク……。
「シルクは何も悪くない。悪いのはずっと隠しとって、心にも無い事言ったウチなんやから……。やからシルク? 顔上げて」
『ハク……』
「あの時のウチもどうかしとった。今思うと妹を親に殺められて、弟も市長に暗殺されかけた……。そのせいにしたくはないんやけど、そのせいで気が動転して感情的になってしまっとった……。シルクが入院して以来不自然なぐらい聞かへんくなったし、ウチ自身もシルクの事を考えんようにしとった、あんな酷い事したのに……。それなのにずっと心に穴が空いたみたいで…」
『やっぱりハクもそうだったのね……。私も自ら跳び出したのに……、頭に浮かぶのはいつも……、っハクの事ばかり。なのに……、っなのに! 会って出てきたのは、ハクを傷つける言葉ばかり……っ! “玖紫の海溝”の時だって、っ本当は嬉しかったのに……、嬉しかったのにっ! ハクに“針”を向けた……。そんな私なんて……、私なんて……! 』
って事はシルク、あのときはウチが嫌がるから敵になったんかと思っとったけど、本当は違ったんやな……。シルクが“誘雷針”向けてきた時は本当にビックリしたけど、もしかするとアレって、ウチがシルクの大切な人やってバレへんようにするための演技やったんかもしれへんな……。今もそうやけど、メガネで変装までして……。それなのに……、ウチは……。
「ウチの方こそ、本当はそんなこと思ってへんのに、シルクの事を……、っあの暴君の言いなりになったって、っ思い込んで……、本気で殺めようとしてしまった……。本当はウチの事、っ想ってくれとったのに……、ウチって最低やんな……。やからウチの方こそ、……ごめん」
『最低なのは、……っ私もよ。……ハク、もしも、もしもだけど……。こんな私だけど、今まで通りにはいかないかもしれないけど、親友でいても、いいかしら……? 」
「そんなの良いに決まっとるやん。寧ろウチの方がお願いしたいぐらいなんやから」
シルク……、本当に……。腹を割って本音をぶつけ合ったウチらは、気づくと互いに寄り添っていた。涙で霞んでよく見えへんけど、シルクも大粒の涙を流して、顔もくしゃくしゃになってしまっとると思う。テレパシーでも嗚咽混じりに言ってくれとるけど、ウチもシルクと気持ちは同じ。やからウチは今できる限りの、心の底からの笑顔で、和解の意味も込めて尻尾を差し出す。
『ハク……、本当に、本当に! ありが……』
シルクもこう言葉を繋ぎながら右の前足をウチのしっ……。
「ケホッ…っ! ぁっ…! 」
「しっ、シルク! 」
「シルクさん! 」
うっ、嘘やろ? ウチはシルクの右の前足を掴んで握手を交わそうとしたけど、尻尾の先がそこに触れた瞬間、急にシルクが咳き込んでしまう。それだけやったらここまで驚かへんのやけど、触れてる尻尾の先には何故か濡れたような感覚……。その瞬間そこに目を向けてみたんやけど、シルクのものなのか、赤いナニカで濡れてしまってる。そのモノの正体が、合流するまでに見かけたソレのせいで嫌でも分かってしまった。何故ならそれは……。
「話には聞いていたが、フィフ、血を吐くほど……」
通路の壁に付いていた血液、そのものだったから……。ウチはてっきり誰かが怪我をしたからやと思っとったけど、あれは彼やなくてシルクやった、って事になる。おまけに吐血した今もふらついとるで、ウチはいても立ってもいられなくなってしまう。
「シルク! そんな状態でよく……」
『ここまできたら、もう隠し通すのも無理かもしれないわね。ダンジョンに潜入した今だから言うけど、私は“弐黒の牙壌”で救出された、って事は知ってるわね? 』
「俺も後で知って驚いたが、確か二人のブラッキーだったな、うん」
『サードさんが言うなら、そうなのかもしれないわね。今はこうして動けてるけど、本当なら病院のベッドから一歩も起き上がれない状態なのよ。そのときにやられたのか、度のキツいメガネがないと殆ど前も見えてないわ……』
「じゃっ、じゃあ何で、今まで普通に動けてるんですか? 」
『それはもの凄く強力な……、薬とか外部効力が効きにくい私だからこそ使える劇薬を使ってるから、かしらね……。私だから理論上断裂した声帯が完全に反応して無くなるだけで済むけど、他の人なら少し体内に入っただけで、ものの二、三分であの世行きだと思うわ。……話を元に戻すけど、本当は一昨日から吐血してた。ろくに目がみえなくて分量を間違えたからだと思うけど、血を吐いてるのは薬の効果が切れかけてるせい……。今朝まではそんなことは無かったけど、潜入し始めた辺りから体も凄く怠くなってきてる。このままだと事件の黒幕を捕らえるのが先か、私が倒れるのが先か……、際どいところかもしれないわね』
「なっ、ならシルク! 今すぐにでも……」
『分かってる。分かってるけど……、お願いだから止めないで。じゃないと折角ここまで、体を犠牲にして、消息を絶って、……手段を選ばずにここまで準備してきた意味が無くなる。だから私は、今までのことを無駄にしたくない。無駄にしたら、迷惑をかけてきた皆に合わせる顔が無い。……もしもの時は、ハクを苦しめた根源を絶てるなら、最悪首謀者と差し違ても悔いは無い。だから……』
シルク……。いつものことやけど、そこまでして……。
つづく……