Eight-Thirid-β 期待と裏切り
―あらすじ―
“エアリシア”に着いて早々ウチらは、まず始めにシリウス以外の自己紹介をする事にした。
そんで簡単に済ませた後は、潜入前から予定しとった“術”を教えてもらう。
やけどその最中、ウチはシルクらしきエーフィを見かけ、シリウス達の元を離れてその後を追う。
追った先は目的地の“リナリテア邸”やったから、ウチは十年ぶりに実家の門をくぐった。
――――
[Side Silius]
「…シリウス、ごめん! 悪いんやけど先行っとってくれへん? 」
「先にって…、ハク! 」
一体どういう事ですか? ミナヅキさんから“術”について教わっていたのですが、その途中何を思ったのかハクは急に声を荒らげ始める。自分はミナヅキさんの方に目を向けていたので分からないですが、ハクの目線から推測するとその先…、何区画か先でなにかを見つけたのかも知れません。それも相当な事だったのか、声にどこか焦りにも似た何かが含まれていたような気がします。そんな彼女を慌てて呼び止めたのですが、聞こえていないのか滑空する勢いも止めず一人先へと行ってしまいました。
「…シリウス、あいつ、あんなんで大丈夫か? 」
「偶にこういう事があるのですが…、多分大丈夫だと思います」
一方唖然としているミナヅキさんは、進行方向に目を向けながら自分に問いかけてきます。彼に彼女の事をあまり話せていないのですが、この作戦…、いえ今回の事件ではかなりの重要人物という事だけは分かっていただけているのでしょう。止まりかけていた足を再び動かしながら、そのことを確認してきたんだと思います。なので自分は、不安ですが彼女の事は信用しているので、こう返事します。
「…ですが万が一の事もありますので、追いかけましょう」
「だがいいのか? お前の目的はあくまで主犯の捕捉だよな? 私情に…」
「いえ…。ですがあの方向に“リナリテア邸”があるので、もしかするとハクはそこに向かったのかも知れません」
うろ覚えですが、確かそうだったような気がしますね…。すぐに自分も四肢に力を込め、石畳の地面を強く蹴る。横目でミナヅキさんの方をチラッと見てから走り始めたので、彼も後を追いかけ始めてくれました。
「…だといいがな」
「ですね。…そうだ。ミナヅキさん」
「ん? 」
あの道は…、やっぱりそのようですね。自分の見間違いでなければ、ハクはあの位置から二本目…、今いるこの角を左に曲がった。ですがこの交差点は、丁度今回の目的地でもある“リナリテア邸”に向かうために曲がる場所。何百メートルか離れたこの位置からでも見えるのですが、確かにここからでも大きな屋敷、それからそれを囲う塀も見る事が出来ます。…ですが自分はふと思う事があり、隣で足を止めたミナヅキさんにこう声をかけました。
「後になるとタイミングを逃すかも知れないので、今技を教えておきます」
「構わねぇが…、何故今なんだ? 」
「特に意味はないですけど…、強いて言うなら嫌な予感がするから、でしょうか…」
この感じ…、パラムの時でもありましたね…。質問されたのですぐ返事したのですが、確かに彼の言うとおり今でなくても良いような気がします。ですが上手く言葉に出来ないのですが、何か良くない事が起こる…、そんな気がしてならないです。この感覚は最近もあったのですが、自分の記憶が正しければ、確かアーシアさんと行方不明になっているテトラさんを連れてパラムに行った時…。あの時と同じかも知れません。曖昧な返事になってしまったので、意味が分からないといった感じでミナヅキさんは首を傾げてしまっていますが…。
「嫌な予感、か…。…で、俺はどうすればいい? 」
「教える前に訊いておきたいのですが、今の段階でミナヅキさんは技を使えますか? 」
ダメ元ですが、もし使えるなら大分説明が楽になりそうですね。
「一つだけな。確か岩落としと言ったか…」
「なら話が早いです。大まかな説明になって申し訳ないですが、ミナヅキさんの場合手元にエネルギーを集めてください」
“月の次元”のルガルガンがどんな技と相性が良いのかは分かりませんが、この技なら種族関係なく習得できますからね。かなり癖のある技ですけど、難易度自体もそれほど高くはないですし。ミナヅキさんは“月の次元”出身という事で期待はしていなかったのですが、それは良い意味で裏切られてしまう。誰に教わったのかは分かりませんが、今日までのどこかのタイミングで習ったのでしょう。彼は腕を組みながら語ってくれたので、自分は今内心ホッとしています。エネルギーの活性化の方法を知っているなら、それだけで説明は三分の一、教える技によってはそれ以上に時間を短縮する事が出来ます。そういう事もあって自分は、無数にある技のうち、親友が使っているものを選んで教える事にしました。
「手元…、こうか? 」
自分は他人にモノを教えるのはあまり得意ではありませんが、上手く伝わったらしく、彼は体の右側で両手を構えてくれる。多分手探り? …いえ勘でしてくださっていると思うのですが、彼は自分が思ったとおりの体勢になってくれます。
「はい。それからそこに、エネルギーを丸く形作るようなイメージを膨らませてください。そうすれば手元に丸いエネルギー体が出来るはずです」
「…随分と大雑把な説明だな」
「時間がないのでそれだけは勘弁してください。…難しいようでしたら、丸くする事だけを強くイメージしてみてください」
「…やはりイメージは大切なのか」
この感じなら…、何とか発動だけは出来そうですね。一言多いような気がしますが、端から見た限りでは形になってきているとは思います。これは職業病なのかも知れませんが、何年も探検隊として活動していると、技を発動させる時の兆候とか…、空気や雰囲気の変化で何となく分かります。それが今のミナヅキさんにも出ているので、この調子でいけば威力云々は別として発動自体はできるとは思います。
「そうです。…で、イメージ通りにエネルギーを活性化させてください。そうすれば発動させられます」
「こう…か? 」
「はい! 」
成功、ですね! 初めてなので少々時間がかかってしまいましたが、彼が構える手元に丸いエネルギー体が形成される。発動させる人によって変わるのですが、彼が創り出したソレの色は銀。自分の記憶が正しければ、彼の素のエネルギーの性質は鋼タイプになると思います。
「そして創り出したエネルギー体を前に押し出すように放てば、目覚めるパワーの完成です」
「目覚めるパワーか…。この技は岩落としよりも“魔術”に近そうだな」
その“魔術”というものがどういうモノなのかは見た事ないですけど…、、ミナヅキさんが言うならそうなのかもしれませんね。自分が説明したとおりの行動をしてくれたミナヅキさんは、初めてですが何とか特殊技…、発動者によって属性が変わる目覚めるパワーの発動に成功する。溜める場所も人によって変わりますが、それ故に自分は特殊技の入門編だと思っています。
「そうなのでしょうね。…さて、教えられた事ですし、ハクを追いかけましょうか」
「…あぁ、そうだな」
ひとまず教える事だけは出来たので、自分はこう締めくくって止めていた足を再び動かし始めました。
「…しかし凡人の俺が、まさか“魔術”を使えるようになるとはな…。成り行きに身を任せてきたが、捕虜とはいえ良い事もあるものだな」
「ミナヅキさん、こうして自分達に協力してくれていますから、成り行きという訳では無いと思いますよ? 」
ミナヅキさんは気づいてないと思いますけど、その行動力、羨ましいですよ…。進行方向に見えている邸宅を目指しながら、自分達はハクが向かったかもしれない目的地を目指す。いつの間にか雑談が始まってしまっていますが、気を張りっぱなしなのもあまり良くないと思うので、これも良いような気がします。それにこの数日間彼と過ごして思ったのですが、ミナヅキさんは自虐的になることが多いような気がします。彼は自信も持てていないように見えますが、本来は敵のはずの自分達、“太陽”側にも協力してくれていますからね。…多分これは、ミナヅキさんがパラムで話してくれた信念? によるものだと思いますけど…。
「ふっ、そうか…。…“太陽の次元”、事が済んだらココに住んでみるのも良いかもしれねぇな」
「可能かどうかは分かりませんが、その時は友人として各地を案内しますよ」
身柄を預かってる事になってますけど、試しにアルタイルさんに訊いてみるのもアリかもしれませんね。
「“月”の住民の俺に許されるのな…」
「ふん、さっきの奴等は逃がしたケド、あんた達はココを通す訳には…んっ? 」
「んなっ! 」
流石に戦闘無しで事が進む訳無いですよね…。
話している間に“リナリテア邸”…、ハクの実家の前に着いたのですが、その前には先客が待ち構えていました。種族は少し小さめのゴルダックなのですが、潜入しているチームの中にはいた覚えがありません。それどころか自分たちが門を通る妨げになるように立ちはだかっているので、敵の“ルノウィリア”の一派に間違いないと思います。…なので自分は戦闘を覚悟して身構えたの…。
「ミナヅキ! 何故お前がここにいるンダ! 」
「いっ、いわゆる交換条件というやつだ」
「…ミナヅキさん、知り合いですか? 」
「ああ。コイツの事はよく知っている。俺の同郷だが、君主の犬に成り果てた哀れな奴だ」
「君主の犬とは言葉が悪いぞミナヅキ。イトロシウス様の行方が分からなくなって以来、俺はムナール様に認められて隊長に任命されたンダ。寧ろ光栄な事だろウヨ」
…という事はもしかすると、その人は“ルノウィリア”の上層部、でしょうか…?
「光栄、か…。今は亡き国王が聞いたらどう思うか…」
「あんな弱者の事なンテ、とうの昔に忘れタネ」
「何の事か分かりませんが、ここを通してもらう訳にはいきませんよね? 」
「生憎だケド、それだけは出来なイネ。ましてこれ以上侵入を許しちゃあ、僕の首が飛…」
「岩落とし…! 」
「っ? ミナヅキ! お前は一体何を考えテ…。まさかお前…」
「お前なら分かってくれると思ったが…、無理なようだなぁ」
「嘘ダロ? 裏切りだなンテ、ムナール様が…」
「裏切るも何も、祖国を滅ぼされて以来、アイツの犬に成り果てた覚えはねぇ! …これは俺が決めた道だ。住む世界が違うが、俺達のような戦争孤児を出さないため…、
捕虜の俺を友と呼んでくれたシリウスのために、俺は“太陽”に加勢する! 」
「ミナヅキさん…」
「…ミナヅキ、お前だけは見逃したいと思ってたケド、こうなったら仕方ナイ…。僕も“ルノウィリア”幹部として、その下等種族諸共、お前の首を討ち取ってヤル! 」
「なっ…、まさかお前…“奴属の鎖”を…! 」
なっ、何なんですかこの数…! それにあの赤い鎖…、まさかパラムと“エアリシア”の…。ですけどこの状況…、流石に…。
つづく……