Seven-First 居ぬ間の惨事
[Side Haku]
「ちょっ…、何があったん? 」
うっ、嘘やろ? “玖紫の海溝”から脱出したウチは、帰還した先…、“リヴァナビレッジ”の景観に言葉を失ってしまう。水深が三十センチぐらいの浅い場所に出たんやけど、ここからでも分かるぐらい、出発する前とは様変わりしてしまっていた。脱出地点目の前のダンジョン用品店は無残に倒壊し、日用雑貨店に至っては建屋の形すら残ってない。桟橋と筏も傷だらけで、戦闘があったのか所々焦げたり凍ったりしてしまっている…。そして何より目に付くのが、乾いてはいるけどかなりの量の出血の跡。先に脱出させたハイドのか…、この村でのものかは分からへんけど、少なくともココで何かがあった、それだけは言えると思う。
「ハクちゃん! 良かった…、帰りが遅いから心配したよー」
「保安官のあの子から聞いたけど、そっちでも何かあったようね? 」
すぐ近くにおったらしく、ウチが帰還したのに気づいた誰かが声をかけてくれる。すぐに誰か分かったけど、最初に声をかけてくれたんは、水中からウチがおる場所に上がってきた、シャワーズのヒューさん。彼は心配そうに、けどホッとしたような表情をしていた。
その彼に続いて声をかけてくれたのは、この村を拠点に活動しとる探検隊のリーフィア。リフィナさんは足下を濡らしながら駆け寄ってきてくれて、ダンジョン帰りのウチのことを気遣ってくれる。彼女もウチらの修業時代の先輩で、当時はヒューさんとよく組んで依頼をこなしとった。…これはヒューさんが引退してから知った事やけど、ヒューさんとフィナさんは夫と婦の関係。四歳になる子供が一人おって、今はヒューさんが仕事場で面倒を見たり…、育児なんかをしとるんだとか。
「そうやな…。…そんな事よりフィナさん、ウチらがおらん間に何があったん? 」
見た感じ破壊し尽くされとるけど…、まさか…。水に浸かっとらへん筏に上がってから、ウチは先輩達に尋ねてみる。今は夕方やから、ウチら三人がダンジョンに潜入しとる何時間かの間に、村が破壊された事になる。破壊されると言えば、ついこの間起きたパラムの事件…。ウチの予想でしか無いんやけど、日数と立地的にも、同一人物の犯行なような気がする。
「…“ルノウィリア”って名乗ってたけど、デアナの殺し屋だよ…」
「“ルノウィリア”…」
“ルノウィリア”って…、シルクが言っとった“エアリシア”のテロリストの事やんな? ウチがこの村で起きた事を尋ねると、水面辺りを泳いどるヒューさんは一瞬表情を暗くする。少し考えた後、凄く言いづらそうにぽつりと呟く。彼が言った事はついさっき聞いたばかりやから、ウチは思わず、口からこう言葉を漏らしてしまう。多分気のせいやないと思うけど、これだけでウチの中で何かが繋がり始めたような気がした。
「アタシも一戦交えたけど、あの手口は間違いなかったわね。…だけどハクちゃんの機転のお陰かしらね? 襲ってきたのが避難させた後で、誰一人怪我人は出なかったわ」
「あれから会えてないけど、こうなったら村長もハクちゃんには頭が上がらないだろうね−」
「ウチの…。そっか…、そんなら安心やな…」
村がこんなんになってまったけど、誰も怪我してへんのなら、不幸中の幸い、って感じやな。ウチもまさかこうなるなんて思わんかったけど、村民、それから避難してきた人が無事って分かって、ウチはもの凄くホッとした。殺し屋なら無差別に殺戮を繰り返しそうなもんやけど、誰もおらんかったんなら不発、って事になる。村に残っとる形跡を見た限りでは、多分向こうは氷とか炎、電気タイプあたりの技を使っとったんやと思う。村全体の事を考えると相性は最悪やけど、もしかするとリルとフレイ、ウチらのギルドの弟子達、来とるらしいライトちゃんが応戦してくれたんやと思う。
「そやけどフィナさん? リシル君は良かったん? 」
「リシルなら問題ないわ。ライト、って子が面倒見てくれてるわ」
「ライトちゃんが? 」
「うん。…もしかしてハクちゃん、知り合いだったりする感じ? 」
「そうやな。何のチームにも所属してへんのやけど、友達って感じやな」
確か回復技使えたはずやから…、救護が終わった後に面倒見てくれとったんかもしれへんな。フィナさんに案内されるような感じになっとるけど、ウチらは多分、臨時便が就航しとったはずの桟橋の方に向かっとるんやと思う。もう日が沈んで暗くなっとるんやけど、ずっと光が届かへん海底におったせいなのか、目が慣れてある程度は見えとる。そんで村役場があった辺りまで来たところで、フィナさんはライトちゃんの名前を出す。ヒューさんも陸に上がってきとるんやけど、彼も左後ろ足を引きずりながら、ウチに問いかけてきていた。
「片目が見えてなくて無所属…、もし所属してたらアタシと同じぐらいのランクはあるかもしれないわね。…今戻ったわ」
…やっぱり、ここも破壊されとるんやな…。壊れかけた役場の入り口をくぐりながら、フィナさんは独り言のように呟く。ウチもライトちゃんの事は一目置いとるけど、少なくともそのぐらいの実力はあると思う。ライトちゃんがラティアスやから…、ってのもあるかもしれへんけど、表向きにはライトちゃんはシルクの弟子って事になっとる。実際に一対一では戦った事ないけど、もしかすると場合によっては五分の戦いになるような気がする。
「ハクさん…! 」
「はっ、ハイド! 腕は大丈…、夫じゃないやんな? 」
あんな大けがした割に元気そう、やけど…。フィナさんに続いて役場だった建屋に入ると、そこには種族がバラバラの五人…。そのうち真っ先に気づいた片腕のフローゼル、ハイドがウチを大きな声で呼ぶ。彼はあの場所で戦って大怪我を負ったはずやけど、患部以外はもの凄く元気そう…。尻尾の事は割愛するけど、肘の辺りまでは残っていた右腕が完全になくなってしまっている。応急措置をした後なんか、右肩から腕があった場所には包帯が巻かれていて、乾いてはいるけど患部の辺りが若干赤く染まっている…。やけど見た目に反して元気そうやから、ウチは思わず疑問形で訊き返してしまった。
「わたしはその場にいなかったんだけど、シャトレアさんが“チカラ”を使ってね」
「シャトレアさんの…? 」
「あれは本当にビックリしたわね。特別な能力、て聞いてるけど、現実にそんな事が出来る人がいるなんて思わなかったわね」
彼の代わりに応えたのが、側でふわふわと浮いているラティアスのライトちゃん。彼女も一応怪我人のはずやけど、この様子やと痛みは引いとるんやと思う。相変わらず左目の火傷の跡は痛々しいけど、右目でシャトレアさんの方を見下ろす。その彼女に続いて、ウチの目の前におるフィナさんが補足を加えてくれた。
「その代わりにわたしは…、暫く動けなく…、なるんだけどね…」
「“代償”、ってやつやな? 」
腕以外はピンピンしとるハイドとは違って、ライトちゃんの視線の先のエネコロロ…、シャトレアさんはぐったりしてしまっとる。意識はハッキリとしとるんやけど、喋る声は切れ切れになっとるで、相当な疲労が溜まっとるんやと思う。…やけど今のシャトレアさんの状態にピンときたウチは、思い浮かんだ単語を一つ、口に出してみる。
「ねぇおねーさん? だいしょー、ってなんなの? 」
「ええっとー…、何だったかしら? 」
「ギガインパクトを使った時の反動、みたいな感じかな? 」
ウチの問いかけに興味があったらしく、無邪気で小さな声…、ヒューさん達の一人息子でイーブイのリシル君が、隣にいる背の高い彼女に問いかける。視線の先の彼女、今日はリヴァナからアクトアにテレポートで運んでくれとったゴチルゼル…、チアゼナが、若干の上目遣いで何かを考える。多分“代償”をどんな風に説明しようか考えとるんやけど、ライトちゃんに先を越されてしまっていた。
「まぁそんな感じやな。…んでハイド? 右腕の方はどうなん? 」
「見ての通りですけど…、シャトレアさんのお陰で痛みも疲れも無くなりました。食い千切られて完全に無くなりましたけど、中途半端に残ってるよりはマシですね、はははは…」
いやハイド? そこは笑うところやないで? 自分をおろそかにするところ、ハイドらしいといえばハイドらしいけど…。
「そこ、笑う所じゃないと思うよ? …とりあえず、ハクちゃんも戻ってきた訳だし、僕達も村を出ようか」
「って事は…、もう全部済んどるん? 」
「ええ。襲撃されて何枚か行方知らずの資料はあるけど、それまでに搬出できたから問題ないわ」
「そうだね。ええっとチアゼナさん…、だったっけ? “アクトアタウン”までお願いしてもいいですか? 」
「街だけじゃなくて、ギルドまで送るわね。だから…、全員アタシの側に集まって。テレポート発動させるから」
「うん! 」
「…じゃあ始めるわね。…テレポート! 」
つづく……