Six-Fifth 毒素の海へ
―あらすじ―
“玖紫の海溝”に行く前に“リヴァナビレッジ”に寄ったウチらは、手分けして村での行動を開始する。
ウチは村民、避難民をアクトアに避難させるために村長に直談判しにきたけど、聞く耳を持ってもらえず難航してしまう。
終いには口論になってしまい、感情に身を任せてウチは村長室を飛び出す。
けどその先で先輩のヒューさんと会って、村長の代わりに彼に手配してもらえる事になった。
――――
[Side Quara]
「…ねぇケベッカ? 」
「ん? 」
「ダンジョンの割に野生の数、少なすぎない? 」
「言われてみれば…。そんな気がするわね。サードさんからウルトラレベル、って聞いているけれど…」
「誰かがここを通った可能性が高いわね」
「誰かって、まさか…」
「あのエーフィが言ってた事を考えるとその可能性は高いわね。痕跡もまだ新しいからそんなに時間は経ってないはず…」
「そう思うと…、急いだ方が良いわね。クアラ、ケベッカ…! 」
「うん! 」
「ええ」
――――
[Side Haku]
「…ごめんごめん、待たせちゃった? 」
「いえ、俺も少し前に着いたところですよ」
「ウチも三分ぐらい前やな」
村から少し離れとるし、まぁ仕方ないやんな。先輩のヒューさんに頼んだ後のウチは、一人で必要な物資の調達をしとった。…って言ってもちょっとした日用品なんやけど、殆ど時間もかからずに二人との合流場所に向かった。そんでその途中に船着き場の前通ったんやけど、予定より早かったみたいでリルとばったり会った。このときついでにお互いの情報交換したんやけど、先発隊で来たんは彼とフレイだけやなくて、ライトちゃんも含まれとるらしい。リヴァナではまだ会えとらへんのやけど、リルが言うには怪我人とかの応急処置とかに向かってくれとるらしい。一応ライトちゃんも怪我人って事に変わりないんやけど、普通に動けるみたいやから人手が足りへん今はほんまに助かっとる。そんでウチの方からも進捗を伝えてから、待ち合わせ場所に泳いで向かった。
リルと話した分少し遅れたけど、待ち合わせ場所の三角州にはハイドしかおらへんかった。シャトレアさんは陸路やから仕方ないんやけど、今丁度岸から跳んで渡ってきた。まだ三十メートル以上あるんやけどよく聞こえたで、ウチは尻尾を大きく振ってそれに答える。ハイドも左手で会釈して、彼女に丁寧に返事していた。
「よかったー。実は支所に同期がいてね、つい話し込んじゃって遅くなっちゃったんだよ」
「同期、ですか」
「うん! だからすんなりいったんだけど、上司に聞いたら何とか対応してくれる、って言ってたよ」
「ホンマに? んなら保安協会の方は何とかなりそうやな。ハイドはどうやった? 」
「俺は自分の事を話すので長引きましたけど、ハクさんの名前を出したら受理してもらえました。本部が壊滅してそれどころじゃないですけど、リヴァナはリヴァナで出来る事をする、って言ってました」
中枢がダメになってまったけど、そんなら問題なさそうやな。駆けてきてくれたシャトレアさんは言い訳みたいな事を言っとったけど、すぐに肝心な事を教えてくれる。彼女には保安協会への報告を頼んどったで、そっちの方はまぁ大丈夫やろう。ウチも立ち話しとったで大分多めに…、というか聞き流す事にしたけど、ハイドはこの感じやとそうじゃなさそう。一瞬怪訝そうな表情が出とったけど、すぐに戻して連盟の対応を伝えてくれた。
「…じゃあハクさん? ハクさんはどうだったの? 」
「ウチ? 村長がカタブツで断念したんやけど、秘書しとるギルドの先輩がおったで何とか通ったんよ」
「ギルドって…、“パラムタウン”のですか? 」
「そうやよ。三年前に怪我で引退したんやけど、段取り頼んできたですんなり行くと思うで! 」
「怪我でって事は、ハイドさんと同じなんだね? 」
「まぁそんな感じやな」
ハイドは多分接点無かったと思うけど…、もしかすると色々参考になる事もあるかもしれへんね、同じ水タイプやし。
「その人と一度話してみたいですね。…ハクさん、そろそろダンジョンに向かいませんか? 」
「ぅん、あぁ、そうやな」
予定より長引いたけど、九時ぐらいまでには戻れるやろう。ウチもヒューさんの事を交えて伝えると、ハイドが興味深そうに訊き返してくる。団体は違うけど怪我で引退したんは同じやから、ウチはこの二人は気が合うかもしれへん、って思っとる。ハイドは右腕でヒューさんは左後ろ足やけど、二人とも怪我が原因やから参考になる部分がある気がする。…んで適当なタイミングを見計らったっぽく、ハイドはそういえば、って感じでウチら二人にこう話題を持ちかけてきた。
「すぐに行きたいとこやけど、その前にこれ渡しとくわ」
「ええっと、タンブラーみたいだけど、何が入ってるの? 」
丁度良いタイミングやったから、ウチはこの流れであるものを取り出す。尻尾で鞄から取り出したんは、蓋付きでプラスチック製のタンブラー。透明のボトルやから、中の薄桃色の液体がはっきりと見る事が出来る。ストロー付きの蓋で密封も出来て、先を咥えた状態で先のキャップを舌で外せば飲めるで、水中でも薄まらずに飲める優れ物。ハイドには直接渡したけど、シャトレアさんには砂の上に置く。当然不思議そうに聞いてきたで、潜入するのに必須やからすぐに教えてることにした。
「アクトア出る前にも話したけど、これが防毒薬や。本当は解毒するための薬なんやけど、耐性も強化してくれるで潜入する前に半分飲んどいて」
「半分…、全部じゃなくてですか? 」
「そうやよ。普通のダンジョンやと一回、半分で十分なんやけど…、“玖紫の海溝”は特殊過ぎるでな。二回に分けて飲まんと効果が続かへんのよ」
開発者のシルクがおってくれたら何とかしてくれると思うけど…、喧嘩してまったでなぁ…。あれ以来会って謝れてへんし…。
「どのぐらい効き目が続くか分かりませんけど、その感じだとプラチナレベル以上にはなりそうですね」
「そうやな。そもそも水中で特殊な環境やから参考にならへんのやけど、一応広さはスーパーレベルになっとるね」
「すっ、スーパー? そんな鬼畜なダンジョンに行っちゃって、大丈夫なの? 」
「いくつか不安要素はあるんやけど…、ウチが何とかするで気にせんといて! 」
ハイドの事は気にしとらへんけど、問題はシャトレアさんやな…。大雑把な事はアクトアを出る前にも話したけど、ウチはもう一度“玖紫の海溝”の事について話し始める。今のハイドは引退してフリーになっとるけど、元はといえばプラチナランクの救助隊。多分ウチらの探検隊と同じ基準やとは思うけど、プラチナランクなら上位三割の中には入っとる事になる。…まぁ右腕を失っとるで、何とも言えへんのやけど…。
そんでウチがダンジョンの難易度を言ったで、当然二人はハッとウチの方に目を向ける。驚きすぎてシャトレアさんは両前足でタンブラーを落としそうになっとったけど、それでも持ちこたえてウチを問いただしてくる。確かに彼女の言う通り鬼畜といえば鬼畜やけど、そんでも大丈夫っていう根拠ももちろんある。そやからウチは、心配させんように表情を緩めて語る事にした。
「だっだけどハクさん? 私はまだ“伍黄の孤島”とシルバーレベルの“漆赤の砂丘”しか行った事ないんだけど」
「“伍黄の孤島”、てとこがどんなもんかは分からへんけど、心配することは無いと思うで? …確かに広さはスーパーレベルで環境もハイパーレベルやけど、それさえ何とかすれば野生の指標はプラチナレベルやから! 属性も水とか毒ぐらいしかおらへんし」
強いて言うなら暗さと水圧ぐらいやけど、水圧はどうにもならへんでなぁ…。シャトレアさんの事を考えると、ペースを遅くすれば慣らせると思うけど…。…そやけど野生の方に関しては、何の問題も無しやな! 確かハイドは野生だけならウルトラレベルを攻略しとる、ってリクが言っとったし、シャトレアさんの実力も、フィリアさんが保証してくれとるでな。
「…そやから、総合して難易度はウルトラレベル。ハイドも、このぐらいやないとリハビリの甲斐がないやろ? 」
「リハビリにって…、いくら何でもウルトラレベ…」
「あっ、そっか! ハイドさんって、プラチナランクだったもんね? マスターランクのハクさんもいるし、やっぱり面白くなりそうだね! 」
「面白いって…」
浮き足立っとるのも問題やけど、二等保安官やからそのぐらいは分かってくれとるやろう。細かい内訳まで話したで、この感じやエネコロロの彼女は納得してくれたんやと思う。遠足気分でおるのには少々問題があるけど、これはウチ一人で何とか出来ると思う。ウルトラランクの時に四人で挑戦して失敗したけど、あの後スーパーランクになってからシリウスと二人で踏破出来た。それに“玖紫の海溝”での依頼も何回かこなしとるし、何より案内の依頼だって二回ぐらい達成しとる。…その時と違う事と言えば、シャトレアさんが水中での行動に適さへん種族、ってこと。やけどそれは…。
「それに保安協会と救助隊、探検隊がチームで潜入するのって、初めてなんでしょ? 折角歴史に名前が残るんだから、楽しんだ方が得だよ! 」
「まぁ結果残さな意味ないけどな。…そやからシャトレアさん、シャトレアさんはウチに掴まって呼吸器使ってく…」
こうすればウチがどうにか出来る。やからウチはこう二人に話しながら、尻尾で鞄の中を漁り始める。探しとるのはもちろん、シャトレアさんとウチが使う呼吸器。いくらハクリューが水辺に適した種族やっていっても、水タイプやないから息が続かへん。リク以外の同族がどの位かは分からへんけど、ウチが三十分でリクは二十分が限界…。それでも他の水タイプ以外の種族よりは長…。
「ううん、水中でも普通に動けるから、私はいらないよ」
「ええっ? 今何て言った? 」
「水中でも息できるから、呼吸器はいらないよ、って」
しゃっ、シャトレアさん? 何考えとるん? 何を思ったんかは知らへんけど、シャトレアさんは鞄に突っ込んどるウチの尻尾の先を右前足で制止する。一瞬聞き間違えかと思ったけど、二回目に言った内容も全く同じやった。やから当然ウチとハイドは声を荒らげ、言い出した本人に迫る。経験が無いとは言え無知にも程がある、ううんって首を横に振りながら言う彼女に対してこう思いながら、訳の分からんことをいう彼女を問いただ…。
「ハイドさんに言っても分からないと思うけど、ウォルタ君と同じ、ってアクトアを出る前に言ったよね? 」
「あの時はほんまに驚いたでよう覚えとるよ。確か“志の賢者”なんやろ? 」
その“チカラ”の一つで読心術が使える、って言っとったな。
「そうそう! 読心術もそのうちの一つなんだけど、私は水タイプに姿を変えれるんだよ」
「すっ、姿を変える? メタモンでもないのに、そんな事が出来るんで…」
「そっか! そやからいらへんのやね? 」
どの種族なんかは分からへんけど、呼吸器いらへんのも納得やな。
「うん! ハイドさんはまだ信じれてないみたいだけど、すぐに変えるから潜って待ってて! 」
「はっ、はぁ…」
姿変えれる地位は少ない、ってウォルタ君が言っとったで、“英雄伝説”は多い方なんかもしれへんね。最初は訳が分からへんかったけど、ウォルタ君と同じ、そう聞いたらすぐその意味が分かった気がする。姿変えれるってきいてあり得へん、って思うんが普通やけど、ウォルタ君で慣れすぎとるせいかウチはそうは思わんかった。寧ろダンジョンでスムーズに探索できる、って思ったぐらいやから、端から見ると異様、って思われるかもしれへん。…まぁウチはこんな風に考えとったんやけど、シャトレアさんは心を読んだんか…、多分読んどらへんと思うけど、我先にと水しぶきを上げて川に飛び込む。
「シャトレアさんは何の種族に変えれるん? 」
「見てのお楽しみだよ。その方が楽しいでしょ? 」
「…そうやな! 」
「じゃあ…、見てて! 」
ウチらも彼女に続き、ウチは滑るように川の中に入っていく。河口やから流れは弱く、深さも三角州の近くならシャトレアさんの顔が出るぐらい。丁度水面から顔を出しとったでこう聞いてみたんやけど、返ってきたのは焦らすような答え。そやけどウチは、この後何が起こるんか知っとるであんま悪い気はせんかった。
そんで後ろからハイドが戸惑いながらも泳いでくる音が聞こえてきたで、ウチはエネコロロの彼女が言うままに潜水する。深さはまだ八十センチぐらいやから大したことないけど、二メートルぐらい海側におるシャトレアさんも俯くようにして顔を水につける。多分視界はぼやけとると思うけど、シルエット? で確認したらしくすぐに目を閉じる。ウォルタ君で知っとるでよく分かるけど、その状態で意識レベルを最大まで高める。すると…。
「なっ…、こっ、こんな事が本当に…」
「おっ、始まったな! 」
彼女は激しい光に包まれ、同時に形そのものも変化していく。五秒ぐらいで光が収まると…。
「本当に…」
「シャトレアさんはサクラビスなんやね? 」
「うん! ねっ、言ったでしょ? 」
少しくすんだ色のサクラビスが姿を現す。ぱっと見水中用の鞄を背鰭の辺りに着けとるで、それなりにサクラビスとして行動する事には慣れとるんやと思う。直接見てへんで分からんけど、声を聞いた感じやとハイドは開いた口が塞がって無いと思う。
「ほんまやな」
「折角だから…、“我が志に、光あれ”! …“加護”も発動しておくね」
そんなフローゼルの事はお構いなしに、シャトレアさんは目を閉じたまま呪文めいた台詞を唱え始める。シルクの“絆の加護”のとは大分違うけど、ウォルタ君のとは似とるでそっちの方が近いんやと思う。そもそもシルクは、二千年代の“絆の従者”やから分類も若干違うんやけど…。
「それは助かるよ! そんでシャトレアさん、どんな効果があるん? 」
「光とか音に敏感になるんだけど、その代わりに自然回復力を高めてくれるんだよ」
「んならこれからにピッタリやな! 」
彼女が唱えるとすぐに、ウチとハイドは淡い赤色の光に包まれる。二、三秒とせんうちにパンッ、と弾け、何事もなかったかのように消えていく。…これが発動成功の目印やから、ここでサクラビスの姿のシャトレアさんは目を開ける。“加護”を発動させた影響が出ているらしく、彼女の白い瞳にはうっすらと赤い光が灯っていた。
つづく……