Five-Ninth 二人の考古学者
―あらすじ―
異世界からの二人組を退けた後、自分とアルタイルさんは、その場でもう一人の聴取を始める。
初めは逃れるための嘘かと思っていましたが、彼の一言で自分達、特にアルタイルさんの考え方が変わる。
アルタイルさんは興ざめという感じで彼の事を託してきましたが、自分は彼の平和に対する想いだけは本当だと感じる。
結果的にミナヅキという彼の身柄は自分が預かる事になり、テトラさんの事はアルタイルさんに任せる事になった。
――――
[Side Spada]
…だめだ、やっぱり応答がない…。
…リオリナ、リオリナに限ってそういう事はないと思うのだけど、ここまで応答が無いと…。
「…ダさん、…スパーダさん? 」
「ぅん、あぁ、何なのだ? 」
「ギルドの親方なんですから、きっとその人も無事のはずですよ」
「だと…、いいのだけど…」
「年下の僕が言っても何の慰めにもならないと思いますけど、その人から連絡が無いのは、住民の人達を助けたり誘導したりしているから、じゃないでしょうか? 」
「誘導を? 」
「はい。僕もこの時代に来る前、隣町の災害の支援活動を手伝った事があるんですけど、活動している時は忙しすぎてそれ以外の事に気が回りませんでした」
支援活動を…。まだブロンズランクぐらいの歳なのに、そんな経験もしているのだな、この子は…。
「俺はそういう経験はあまり無いのだけど、支援活動って、そういうものなのだ? 」
「そうなんです。…ですから、“パラムタウン”の事も心配ですけど、今は信じて待ちましょう」
「そう…、なのだな…」
――――
[Side Silius]
「…シリウス、本当に会わせるのねー? 」
「はい。…万が一怪しい行動をするようであれば、自分が責任をもって止めますから」
アルタイルさんから預かっている身ですからね、最悪の場合、何としてでも…。イアゼナのテレポートで移動した自分達は、気候的に水の大陸に姿を現す。今回は二回目だからかもしれないですが、チアゼナは“アクトアタウン”の座標を正確につかむことが出来たらしい。流石にギルドや病院ではありませんでしたが、水中区画への侵入口の近くでしたので、十分でしょう。…ですが捕虜として捕えているミナヅキという彼の頼みを聴き入れているので、チアゼナはいまいちパッとしない表情で自分に尋ねてきていました。
ですので自分は、チアゼナが自分の頭から手を離してから、彼女の方を見上げて答える。テトラさんを捜してもらうという交換条件で預かっているので、捕虜の彼を逃がすなんて事は何としてでも避けたい…。ですので自分はチアゼナにこう答えてから、自身の鎌状の角を自称ルガルガンの彼の首元に添える。
「…信用されてねぇーのも、当然か」
ですが当の本人は、完全に諦めているらしくボソッと呟く事しかしませんでした。
「…だが囚われの俺の頼みなんか聞いて、お前は本当にいいのかよ」
「考古学者の彼には、自分も用事がありますからね、そのついでです」
「そうか…」
彼の言う事も尤もですけど、自分にも事情というものがありますからね。ここで立ち止まって話す訳には行かないので、自分は彼を誘導しながら、目的の病院に向けて歩き始める。この位置からなら水中区画を通った方が早いのですが、もし彼が本当にルガルガンなら、彼の身の安全は水中では保証できない。一瞬チアゼナに病院までテレポートしてもらう事も考えましたが、流石に申し訳ないので頼んでいません。それどころか彼の右側を歩いてくれていますので、自分にはそれ以上頼めなかった、というのが正しいです。
「…しかし街に来るたびに思うが、“太陽の次元”というのは本当に平和なんだな」
「何の話ですか」
「俺が元いた世界での話だ。“月の次元”はココとは違い、平和なんて一切ない、戦乱の世だ」
戦乱…、おとぎ話でしか聞いた事がありませんね。何を思ったのか、ミナヅキという彼は街の様子をキョロキョロ見渡しながら、独り囁くように何かを語り始める。唐突に話始めたのでつい尋ねてしまいましたが、彼は今度は軽く俯き、自分の質問に答えてくれる。その表情は物凄く暗く、憂いの様なものも含んでいるような感じでした。
「この世界ではそんな様子は無さそうだが、向こうでは無数の国が国土を奪い、争っている。君主達は市民の事なんて考えてはいねぇーだろうが、国を率いるような奴は自分の事しか考えない奴が殆どだ。…だからいつも苦労し翻弄されるのは、俺みたいな弱い市民ばかりだ…。戦勝国が驕り高ぶり、敗者は勝者にひれ伏す…。酷いと敗者は奴隷のように扱われる…。実際俺も、元はと言えば敗戦国側の市民だ。親兄弟とも生き別れ、家なんてものも失った。…幼い俺は史学者に拾われたが…。…まぁこれを話してどうにもならねぇがな…」
生き別れてる、ですか…。頼んだわけではありませんが、彼はそのままの流れで自分の世界の事を話し始める。聴いただけでは嘘かどうかは分かりませんが、声のトーンからすると、真実味を帯びているような気がします。それに生き別れたとなるど、何故か他人ごとではないような気がしてきます。最後に彼自身はどうしようもないがな、という感じで諦めにも似た笑みを浮かべていましたが…。
「過去は変えられないですからね…。…着きました。この病院がそうです」
話によるとそうらしいですけど…。彼の一人語りに耳を傾けている間に、自分達は目的の病院に到着する。この病院は数時間前に発ったばかりですが、今日は色んなことが同時に起きすぎて随分昔なような気がしています。結局アーシアさんやキュリアさん、スパーダに何も言わず抜け出すことになってしまいましたが、マスターランクの彼らなら何とかしてくれている事でしょう。今頃は自分達のギルドに戻っているはずですので、自分は捕虜とチアゼナの二人には公言せずに、まっすぐ受付の方へと率いて歩いていった。
「ここがそうなのか…。噂では聴いちゃいたが、相当規模の大きな病棟だな」
「ですがこれでも、水の大陸では二番目の規模になります。…すみません、ウォルタというミズゴロウに面会したいのですけど…」
「ミズゴロウのウォルタね。…三階の二号室になります」
「二号室ですね? ありがとうございます」
ん? 早かったですけど、やっぱりキュリアさん達が…。適当に話を切り上げて、自分は感想を呟いている彼に返事してから、受付のタブンネに例の彼の事を尋ねてみる。提携しているので顔なじみといえば顔なじみですが、彼女は自分が尋ねると視線を落とさずに部屋の場所を教えてくれる。いつもなら入院者名簿と部屋割り表を見ながら教えてくれるはずですが、今日はそれが無かった。という事は少し前に確認していた、自分は彼女の仕草を見て率直にそう感じました。
そして受付の彼女にぺこりと頭を下げてから、自分はチアゼナとミナヅキという彼を連れて病院のロビーを横切る。数時間前ここでスパーダ達と話したばかりですが、自分は気にせず階段へと真っ直ぐ足を向ける。一段飛ばしで三階まで登っていき…。
「…ウォルタ君、シリウスです。入りますよ」
「えっ、うん」
階段から一番近い部屋の引き戸を、二、三回、折れている右の前足で軽くノックする。すると若干驚きながらも、よく知った彼の声が返ってきました。返事があったので自分は引き戸を開け、彼のいる個室へと入室する。
「三十分ぐらい前にラテ君が出てったばかりなんだけど…」
「ラテ君が? という事は入れ違いになってしまいましたね」
「そうだね。…だけどシリウス、その二人は? 知りあいみたいだけど…」
ラテ君が来ていたんですか…。という事はもしかすると、ベリーちゃんも一緒だったかもしれませんね。窓際のベッドでミズゴロウの姿で体勢を起していたウォオルタ君は、一度時計の方をチラッと見てから自分に教えてくれる。三十分前となると自分はまだパラムにいましたが、その時間ならラテ君はもうギルドの方に戻っている頃だと思う。そして彼と何か月かぶりに話すことになるのですが、ウォルタ君はふと自分の後ろの人影に気付き、すぐに訊ねてくる。ミナヅキという彼の事を言うべきかどうか迷いますが…。
「知りあいと言えるのか分かりませんけど…、ゴチルゼルの彼女はパラムで大家をしてい…、していたチアゼナです」
「…そうなるのねー。ええ、大家をしていたチアゼナと言うわ。シリウスとはー、昔馴染みと言ったところねー」
「“パラムタウン”かぁ…」
「そうよ。聞いたところによると、あなたは有名な考古学者らしいわねー」
チアゼナには話した事はありませんけど、ウォルタ君はラスカではかなり名が知られていますからね。自分は一瞬言葉に詰まってしまいましたが、ひとまずチアゼナの紹介から済ませる事にする。彼女自身も辛い経験をしたばかりですが、ウォルタ君とは初対面という事もあり、何事も無かったかのように気丈に振る舞っている。ウォルタ君は廃墟と化した町の名前を聞いて何かを思ってるみたいだけど、彼女の方を真っ直ぐ見ながら軽く握手を交わしていた。
「そうですね。“幻の大地”の話しも有名ですけど、今は“ルデラ諸島”の件での知名度が高いですからね」
「まぁね。でも最近は、対になる世界とか…、異世界の事を中心に調べてるよ。…それで、この辺では見かけない種族のきみは…」
異世界…、もしかすると、アルタイルさんが言ってた“月の次元”の事でしょうか…。
「俺の事か。…今の立場上何とも言えねぇが、史…、考古学者のミナヅキ。同業者のお前なら、“月の次元”のルガルガンと言えば、俺が何者か分かるな? 」
「るっ、ルガルガン? 」
自分もいまいち分かっていませんけど、やっぱりそうなりますよね? ウォルタ君は自然な流れでミナヅキという彼にも聞いていましたが、彼は当然声を荒らげてしまう。ルガルガンという種族は四足のはずですが、同じ種族と名乗っている彼は二足…。それに見た目も雰囲気も違っているので、ウォルタ君も彼のいう事は信じられないのでしょう。ウォルタ君は思わずベッドから跳び起き、名乗ったか…。
「じゃっ、じゃあ、単刀直入に訊くけど、“月の笛”は今どこにあるの? 」
「つっ、“月の笛”? “月の笛”なら“エアリシア”にあるはずだ。…だが何でお前が、“月の笛”の事を知って…」
「“月界の統治者”に“笛”を取り戻す事と、“月の次元”からの侵入者を連れ戻すよう頼まれ…」
「という事は、俺はお前の捕獲対象っつぅ訳か」
「そういう事になるね。何でシリウスといるのか分からないけ…」
「“パラムタウン”でエムリットに首を差し出したからな。君主の下から逃れられた身だが、今の俺はただの捕虜。アブソルのコイツに身柄を拘束されている身だ」
「しっ、シリウスに? 」
「はい。話し始めると長くなるんですけど…」
という事はもしかして、ウォルタ君は“月の次元”の人達と戦った事が原因で入院を? ですけどそれだと、時間が矛盾しますよね? ミナヅキという彼が言った事に心当たりがあったらしく、ウォルタ君は思わず声を荒らげてしまう。自分もまさかアルタイルさんが言っていた事と同じとは思いませんでしたが、多分本人たちが一番驚いているのでしょう。いくつか自分が知らない単語も出てきましたが、二人の間で話が通っているので、事実で間違いないのでしょう。口々に言いあうようなかたちにないっていましたが、自称ルガルガンの彼に自分を指さされたので、状況を整理するためにも、自分がこの病院に来るまでの経緯を順番に話しはじめました。
つづく……