Five-Second 予感
―あらすじ―
朝の朝礼を終えた自分は、いつも通り弟子達に声をかけてお開きにする。
朝礼が終わって一息ついたのも束の間、“陸白の山麓”の調査に行っていた火花のお二人とテトラさんが帰ってきた。
依頼掲示板の前でダンジョンの事を聞いていましたが、自分は船の時間が迫っている事を思い出し、アーシアさんと発とうとする。
ですが帰って来たばかりのテトラさんに呼び止められ、結果的に彼女も同行することになった。
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[Side Silius]
「…初めて来ましたけど、“パラムタウン”て“ルデラ諸島”には無い感じですね」
「そうなの? 私は懐かしいような…、そんな感じかな? 」
「という事は、過去の世界に似たような町があるんですね? 」
ルデラには行った事はありませんが、“アクトアタウン”や“オアセラ”以上に発展していると聞きますからね。ギルドを出発した自分、アーシアさん、テトラさんの三人は、歩いて街の船着き場に向かった。途中道が混んでいて裏道を使ったのですか、それでもついたのは出航の三分前…。ギリギリでしたが何とか間に合ったので、自分はホッと一安心しました。
それ後“ワイワイタウン”で船を乗り換えて、一時間後ぐらいに目的地、“パラムタウン”に到着。船はラッシュの時間帯という事で混んでいましたが、自由席でしたので文句は言えないでしょう。立ちっ放しという事は避ける事が出来たのが不幸中の幸いですが…。それでも何とか予定通りに着いたので、自分達…、特にアーシアさんとテトラさんが、思い思いに町の感想を呟いています。
「うん! シアちゃんはまだ行った事ないと思うけど、ホウエン地方に似たような町があるんだよ」
「そうなのです? 」
「うん! 」
「ホウエン地方…、二千年代でも同じ呼び名なんですね」
「あれ? という事はシリウスさん? 過去の世界の事を知って…」
「よく知っています。ハクとか一部の人にしか話していませんが、自分は三千百年代の出身ですので…」
随分昔ですが、懐かしいです。テトラさんが二千年代の事を話し始めたので、自分は聞き流す程度に耳を傾ける。ですが十数年…、という表現が正しいのか分かりませんが、もの凄く久しぶりに訊く言葉に懐かしさを感じる。この様子だとアーシアさんは例の地方を知らないのかもしれませんが、自分とフロリアにとっては割と馴染みがあります。自分達はアロー…。
「…? 」
「ん? シリウスさん、急に黙ってどうしたの? 」
「いえ、何でもありません。少し寒気がしたので…」
「調査とかで忙しかったみたいですし、風邪とかをひいたんじゃあ…」
…何でしょう、この感じ…? 何かゾッとするような…、この感じは…。アーシアさんに訊かれたので答えようとしたのですが、自分はふと言いようのない何かを感じ、思わず口を止めてしまう。初めての感覚で例えようのないのですが、寒気の様な吐き気のような…、テトラさんが言う風邪…、のようなそうで無いような…。ですが風と言われると、心当たりはない事は無い…。“参碧の氷原”で冷えたという事もそうですが、治療中の右前足を庇って慣れない三足で歩いているので、疲れが溜まっている、自分はそんなような気はしています。
「…多分そうでしょうね」
ですので自分は、無理をして体調を崩している、率直にそう感じました。
「それなら安心しました。…で、何の話しでしたっけ? 」
「ええっと、シリウスさんがホウエン地方を知ってる、って事じゃなかったっけ? 」
「…あぁ、その話でしたね」
きっと気のせいでしょうね。いまいち気分が晴れませんが、自分は無理やりその考えを鎮め、会話を再開する。アーシアさんが市場にさしかかった辺りで話題を引き戻してくれたので、自分とテトラさんもそれに便乗する。テトラさんは少しだけ視線を上に向け、思い出したのかすぐに自分達の方に下す。種族上自分の方が身長は高いですが、テトラさんは自分とアーシアさんの間ぐらいに高さを合わせていました。
「さっきも言いかけましたが、自分は三千百年代のアローラ地方の出身です。その時の事は必死過ぎて覚えていませんが、訳あってこの時代に導かれました」
今でもはっきりと覚えていますが、出来れば思い出したくはないですね…。
「訳…、という事はシリウスさんも、何か使命があって…」
「いえ、逃れてきた、と言った方が正しいかもしれませんね」
アーシアさんは世界を救う、という使命があったと聞いていますが、その点では自分とは違いますね。シルクはシルクで、初めて導かれた時は巻き込まれた、と言っていたような気がしますが…。
「逃げてきた…? 」
「はい。…話そうと思ったのですか、着きましたよ。ここが救助隊連盟のラスカ本部です」
苦し紛れになりますけど、話題を終わらせるには丁度いいですね。聞かれたくない話題だったので、自分は伏せたいところは伏せて二人に語る。ですが過去の世界出身という事はそうではないので、出身の地方と合わせてこう伝える。この様子だとアーシアさんはいまいちパッとしない表情ですが、テトラさんはそうでないので知っているのかもしれない。ですがそうこうしている間に目的の建物の前まで来れたので、無理やりですがこう言い、鎌状の角で例の建物を示しました。
「ここがそうなのですね? 」
「はい。自分もうろ覚えなんですが、確か一階の奥に窓口があったと思います」
「って事は、そこで書類を書いて出せばいいんだよね? 」
「そうですっ。ええとシリウスさん? シリウスさんはこれからお知り合いの所にいくのですよね」
「他にも予定はありますが、最初はそうなりますね」
本部からも近いですからね。三階建ての建物を見上げるようにして、アーシアさんは目を向ける。ルデラの方ではどうなのか分かりませんが、ここまで来れば自分がいなくても大丈夫だと思う。なのでテトラさんの事も彼女に任せる事にして、自分は訊かれたことにすぐ返事する。自分は急ぎの予定ではないのですが、その建物のある方向をチラッと見てからこくりと頷きました。
「そうだね。…じゃあシリウスさん、また後でね」
「船着き場の方で待っていますので」
「はい」
そして自分達は、待ち合わせ場所を再確認してから軽く声をかけあう。時間的にも自分の方が後になるので、こくりと頷いてから小走りでこの場を後にする。視界の端で見た限りでは、アーシアさんとテトラさんも、自分を見送ってから本部の方へと入っ…。
「…また…。やっぱり気のせいじゃない…」
次の目的地へと歩き始めてところで、また急にあの感覚に襲われる…。あの時は気のせいかと思ったのですが、二回も同じ事が起きるとなると、そうは思えなくなってしまう。それどころか市場の近くで感じた時よりもハッキリと感じたので、風邪じゃないのかもしれない、率直にこう感じる。言いようのない吐き気や寒気もそうなのですが、何か悪いことが起きるような…、何とも言えない不安も無いと言えば嘘になる。
「本当に…、何なのでしょうか…」
ですがその原因が全く分からないので、ダンジョンの時とは違う、得体のしれない緊張と恐怖の感情も湧き出てきたような気がしました。
「ですが…。…すみません」
考えても分からないものは…、分からないですよね? 分からない以上は仕方ないので、自分は気持ちを切り替えて前を向く。これから会う人の家は本部からあまり離れていないので、あれから三分ぐらいで着くことが出来た。二階建ての集合住宅の扉の一つの前に立ち、利き足が使い物にならないので角の真ん中あたりで軽くたたく。それから少し大きめの声で呼びかけ、部屋主が出てくるのを待つ事にしました。
「はいはいー。…シリウス、来ると思ってたわー。確か祖母の葬儀以来かしらねー」
「そのぐらいになりますね。という事は…、昨日ハクも来たんですね? 」
少しすると、部屋の奥の方から一つの声が響いてくる。外開きなので一歩後ろに下がると、見計らったようなタイミングで目の前の扉が開く。その扉の奥からは、一人のゴチルゼルがふんわりとした口調で迎え出てくれました。
「そうよー。…さぁ入ってー。丁度昼ご飯の肉じゃがを作ったところなのよー」
「肉じゃがですか。チアゼナの料理、久しぶりに食べたいと思っていたんですよ」
さっきからいい匂いがしてましたけど、肉じゃがだたんですね。自分を部屋に迎え入れてくれた彼女、チアゼナは、待ってましたと言わんばかりに香りの正体を明かしてくれる。彼女の…、正確には彼女のおばあさんの肉じゃがですが、自分とハクにとっては思い出の逸品…。自分がこの時代に導かれた時、ハクが一人で住んでいたのがこのアパートで、チアゼナのおばあさんが当時の大家さん。当然その時ハクは何もしていなかったのですが、港で気を失っていた自分を助けてくれたのがハクで、チアゼナとおばあさんが手伝ってくれた。当時の自分は心を閉ざしていたのですが、無口で得体のしれない自分にもハク達は優しく手を差し伸べてくれた。…その時おばあさんが作ってくれた料理が、肉じゃが。ハクもこの時初めてチアゼナと話したらしいのですが、この肉じゃがが自分の凍りきった心を少しだけ溶かしてくれたような気がします。以来ハクの部屋で居候させてもらう事になったのですが、“パラムタウン”のギルドに弟子入りするまで、ハクを含めて色々と気にかけてくれました。
「ハクも昨日同じ事言ってたわー。…それにシリウス、聞いたわ。怪我した前足、大丈夫なのー? 」
「はい。まだ少し痛みますけど、医者に診てもらったら一週間ぐらいで、四足で歩けるぐらいには回復するそうで…」
期間が短い分処方された薬は多いですけど、今は一日でも早く本調子に戻れるほうが良いですからね…。作った肉じゃがを小皿に取り分けてくれているチアゼナは、多分自分が来た時から気になっていたことを訊ねてくる。多分昨日ハクから聴いたんだと思いますが、背中越しに訊かれたので自分は腰を下ろしてから答える。詳しくはないので自分には分からないですが、四種類ぐらいの薬を服用しているので一昨日よりは痛みはひいています。それまでは利き足を使えない不便な生活が続くことになりますが、一週間で元に戻…。
「はゎっ…、なっ、何、今の? 地震?」
「わっ、分からないです! でっ、ですが地震にしては揺れが短…、また? 」
すっ、凄く近い! でっ、でも何なんですか、この揺れは…! 怪我の状態を話していたのですが、急に激しい揺れが起きたので思わず口を噤…、話せなくなってしまう。二秒ぐらいの短くて激しい揺れだったのですが、揺れというよりは騒音…、と言った方が良いかもしれません。今いるアパートからあまり離れていない近い場所で、何かが崩れたような…、そんな強い音と衝撃という表現の方が正しいのでしょう…。急な事で自分も取り乱してしまいましたが、落ち着く間もなく第二波、第三波が続く…。
「こっ、これって、絶対に地震じゃないわよねー? 」
「まっ、間違いないです! …チアゼナ、外を見てきます! なのでここにいて下さい! 」
「わっ、分かったわ」
“パラムタウン”に着いてからしていた嫌な気は…、もしかしてコレの事なのでは…。不自然な揺れと衝撃は二、三回どころでは収まらなかったので、何かが変、自分は率直にそう感じる。それと同時に何か尋常じゃない事が起きてる気がするとも思えてきてるので、響く騒音に顔を歪めながらも何とか立ち上がる。右前足を庇いながらですが玄関の方まで行き、自分は強めの口調でこう言い放つ。自分も同じですがただならない何かを感じているらしく、自分の訴えにチアゼナは戸惑いながらも同意してくれる。これを見届けた自分は、角で扉を開けてアパートの外へと跳びだす。ですが、その先で自分が見たのは…。
つづく……