Three-Fifth 想い
―あらすじ―
一夜明け、ウチは相変わらず喧嘩したシルクの事が頭から離れていない。
彼女の安否、罪悪感から、食事が全く通らなくなっていた。
気分も凄く落ち込んでいたけど、ニンフィアのテトラちゃんとハイドの気遣いで、ほんの少しだけ気が軽くなったような気がした。
やけどその最中、突然の来訪者にウチは驚愕してしまう。
家出して以来十年ぶりに会う実の弟が知らせてくれた事で、ウチはショックが大きすぎて気を失ってしまった。
――――
[Side Silius]
「…そうですか、そんな事があったんですか…」
「はい…。僕もまだ心の整理が出来てないから…」
…ハク、ここまで続くと、流石に…。自分は朝食に出掛けていて居合わせていなかったんですけど、ハクの身…、いやハクの身の回りで、また耐えられない事が起きてしまっていたらしい。自分は帰ってきてから知らされたのですけど、ハクは食欲が無くて留守番している間に、エアリシアから弟ともう一人が尋ねてきたらしい。訪ねてきたというよりは逃げてきた、と言った方が正しいですけど、その二人が言うには、エアリシアで大規模な殺人事件が発生してしまったらしい。それも特定の人物だけを狙った計画的なもので、ハクの弟リクさん、その彼と同僚でジヘッドのトレイさんも、その標的にされたらしい。…更に悪いことは重なり、リクさんは目の前で実の妹が殺害される場面に遭遇してしまった。それもその実行犯が、彼、そしてハクの父親…。偶然一緒にいたトレイさんの支えで辛うじて正気は保てていたらしいですけど、リクさん達は命かながら逃れてきていた。…そういう事をハク、テトラさん、エアリシア出身のハイドさんの前で話したら、ハクがショックのあまり気を失ってしまった。ただでだえシルクの事で堪えていたから、流石にハクでも耐えられなかったのかもしれない…。
それで自分が帰って来た時には、リクさんをはじめ、その場にいた四人でハクの部屋に運び終えたところだった。自分はソーフさんと出かけていたので、事情を聴いてから彼にハクを看てもらう事になった。本来なら自分が付き添わなければならないのですけど、ギルドの副親方としての仕事もしなければならない…。なので仕方なくソーフさんやリクさんに任せ、自分は毎朝の仕事を手早く済ませていた。ギルド全体の弟子達には非常事態という事を朝礼の時に伝えてあるので、その関係で依頼の窓口としての業務も今日は休止にしてある。…そして今は、気を失ったハクの様子を看ながら、昨日エアリシアで起きた事をリクさんとトレイさんから詳しく聴くことにしていた。
「私には経験ないけど、目の前で兄弟が殺されたら…、私なら耐えられないよ…。お姉ちゃんがトレーナー就きになっただけで、私は恨んだぐらいだから…」
「んだけど、目の前で殺られて気をしっかり持てたなんて…、流石リクだよな…。俺はゲールを殺されて、発狂したぐらいだからな…」
「ええっと確か、ベリーさんにどう猛な奴から助けられたんだっけ? 」
「そうなりましゅね。ミー達はハイドさんを助けるだけで精一杯、でしたけど…」
ベリー達はベリー達で、大変だったみたいですからね…。ここまで身近で不幸が続くと気が滅入りそうになりますけど、起きてしまった今はどうにもならない…。寧ろ間接的にしか起きていない自分は支えなければならない立場だから、彼ら以上に気を確かに持たなければならない。テトラさんはどうなのか分からないですけど、事情を全て知ってくれているので彼女も動いてくれるとは思う。部屋の雰囲気が完全に沈んでしまっていますけど、何とか明るい方へと持っていこうとしてくれていた。
自分は自分でリクさん、右腕と尻尾、パートナーを同時に失ったハイドさんを支えようとはしたけど、思うように上手い言葉が出てきそうにない。深刻な事が立て続けに起きているせいか、状況が整理しきれていない、という事もあるのかもしれない。ハクとシルクの喧嘩から始まり、ハクが度重なる精神的なショックでダウンした事。シルクが身の安全が保障できないダンジョンに落ち、もう戻ってこないかもしれないという事。ハク達の故郷で起きた連続殺人事件と、彼女達の妹もその被害に巻き込まれたという事。…そして、程度が薄まっている気がしますけど、同時に二か所で超強力な未確認生物が発生したという事。物事を整理する事は得意なつもりでしたけど、流石にここまで同時多発的に起こると収拾がつかない。自分自身も、このレベルの事は初めてですけど…。
「自分達の方も、手が出せませんでしたからね…」
「だよね…。…だけどシリウスさん、何か変じゃない? 」
「変? そもそもイレギュラーな事が多すぎて、理解が追いついてないって俺は思うけど…」
「俺もそう思うね。ニアレの土砂災害も、まだ終息してない訳だからなぁ…」
確かに、そうですよね…。自分が呟くように声に出すと、テトラさんも何となく共感してくれたらしい。今回この時代に来るのは初めてらしいですけど、この感じだと初めてなりに事態の異様さを感じてくれているのかもしれない。その中で何かを感じたのか、色違いの彼女はふとこう声をあげる。自分に目を向けて聴いてきましたけど、頭がパンクしそうでいまいちその実感が感じれそうにない。それはトレイさんとハイドさんも同じらしく、テトラさんの進言に異議を唱えていた。
「変、ですか…。テトラさん、どういうところが変なんですか? トレイ達もかもしれないですけど、僕はいまいちそう感じれていないので…」
「うーん、私も確信してる訳じゃないんだけど、これだけ大きい連続殺人事件が起きたら、すぐに知れ渡るのが普通じゃない? いくら地方とか大陸が違っても、そんな非社会的な奴らを野放しにする訳にもいかないから…。…元の時代で治安維持組織に所属してる身として言うけど、私が知らせる側の立場なら、すぐにでも全国に知らせて注意を促すと思う。…だけど、朝ご飯を食べに行ってた時、そんな事、一言も聴かなかったよ? …だから、変だなぁーって思って…」
「あっ…」
言われてみれば、知らなかったとはいえ自分も全く耳にしなかったような…。この様子だとおそらく、ハクリューのリクさんも実感がないのかもしれない。だけど市会議員という職業柄なのか、意見が違うテトラさんの主張も聴こうとしていた。そのテトラさん自身もモヤモヤした表情でしたけど、朝街に出て感じた事を自分の言葉で口にしてくれる。推測でしかないとは思いますけど、自分にも覚えがあったので、異様に強い説得力を感じた。そういう事もあって、自分は自分の中で何かが一つに繋がったような気がした。
「言われてみれば、自分もそんな気はします…。テトラさんの言う通り、今回の連続殺人事件は異様ですね。テトラさん以外は知っていると思いますが、“星の停止事件”の時、草の大陸が中心でしたけど風の大陸でも報じられていましたよね? 」
「四年前の事だよな? あの時は俺達が初めて議会に出席した年だから、よく覚えてるよ」
「エアリシアでも話題になってたからね。…んだけどシリウスさん? それと何の関係が? 」
「自分もまだ確証を持ててないんですけど、何者かによって情報規制がされている、のではないでしょうか? 」
「情報…、規制、って…」
まだそうと決まった訳じゃないですけど、街規模の事件となると、そう考えるのが自然ですよね…。自分の中で結論が出たので、自分はテトラさんを援護するように考えを言う。似たような大事件が以前にもあったので、自分はその時のことを例に主張する。流石にそれはハイドさん達も身に覚えがあったらしく、だよな、って感じで頷いてくれる。そこで自分は、決め手とでも言えそうな事を、自分でも驚くぐらいのハッキリとした口調で言い切った。
「…リクの親父さんなら、やりそうな気がするね。実際俺達も、急に襲撃された訳だからなぁ…」
「僕達反対派が知らない間に議会が開かれていたみたいだから…、無くはないかもしれな…」
エアリシア議会の二勢力の事はフレイから聴いてますけど、ハクの両親ならあり得なくない気がしますからね…。自分のトドメの一言で、トレイさんとリクさんは考えが揺らぎ始めたらしい。自分はハクのご両親に会った事は無いですけど、直属の弟子のフレイから聴いているので、言った今でもそんな気がしてきている。リクさん自身にも思い当たる部分があったのか、どこか納得したように首を縦…。
「…シリウス、入るわよ」
「あっ、はい」
けどその途中で、部屋の外からよく知った声が響いてきた。その声の主は、ロビーで火花の二人を見送ってくれているはずのフロリア…。彼女は一度扉をノックしてから、自分の返事を待たずにそれを開ける。いつもそうだから気にしなかったけど、その声にはどこか焦りが含まれていたような気がした。
「…あれ? 」
あっ、そういう事ですか! って事は、もしかして…。その彼女に続いて、もう一人がハクの部屋に入ってきた。これだけ人がいると窮屈ですけど、自分は昨日から彼の帰りを心待ちにしていた。何故なら…。
「ブラッキーって事は、きみがラテさん? 」
「うっ、うん」
前足を折った自分の代わりにシルクを追ってくれている、親友のブラッキー…。ラテ君が息を弾ませながら、この部屋に入ってきたから…。彼はあまりの人の多さに言葉を失っていましたけど、テトラさんの問いかけに辛うじて頷く。
「シリウスさんから話は聴いています、チーム悠久の風のラツェルさんですね? 」
「はっ、はぁ…、はい」
彼の事は前もって話してあるので、リクさんも続けて尋ねていた。
「…ラテ君、ありがとうございます」
ラテ君、本当に助かりました! 自分の代わりに追ってくれた、という事があるので、自分は唖然とする彼に対して、深々と頭を下げる。つい診てもらっていない右の前足にも体重をかけてしまったので、思わず表情を歪めてしまった。けど頭を下げていたという事もあって、ラテ君は自分の様子には気づいてなさそうだった。頭をあげた自分は、立て続けに…。
「…シルクは、大丈夫なんですか? 」
命の危機に晒されている親友の事を、頼った彼に尋ねてみる。けど彼は…。
「分からない…」
自分から目線を反らし、暗い表情で俯いてしまっていた。
「…けど、今ワイワイタウンの病院で診てもらってるから、大丈夫なはずだ…」
「ほっ、本当なんだよね? 」
それでもラテ君は、無理やり目線を上げ、自分に言い聞かせるようにこう言ってくれる。シルクの状態はまだ分かりませんけど、ワイワイタウンの病院なら、何とかなるかもしれない。彼に頼りきりの身ではありますけど、ラテ君の言葉にどこか気が救われたような気がする。そのままラテ君は大丈夫なはずだよ、そう言おうとしていたと思いますけど、それは鬼気迫る勢いのテトラさんに遮られてしまっていた。そのままテトラさんは、目に涙を浮かべながら…。
「シルクは…、
シルクは…、本当に無事なんだよね! 」
湧き出た感情をラテ君にぶつける。けどその彼は…。
「たっ、多分…。だけど、きみは…」
テトラさんとは初対面のはずなので、若干引きながらも首を傾げることしか出来ていなかった。そんなラテ君の様子でようやく我に返ったらしく、テトラさんは…。
「ニンフィアのテトラ。シルクと同じ時代から来てる、って言えば分かってくれるよね? 」
慌てて気持ちを落ち着かせ、手短に自己紹介をする。その甲斐あって…。
「シルクと…、はい! 」
ラテ君もテトラさんが何者なのか、すぐに察したらしい。テトラさんが二千年代から来てる、って分かると、ラテ君の表情は一気にパッと明るくなっていた。
「話は全部シリウスさんから聴いてるよ。シアちゃん…、アーシアちゃんと一緒に、シルクを助けてくれたんだよね? 」
「うっ、うん。そのアーシアさんが、今シルクに付き添ってくれてます」
そのままラテ君は、立て続けに飛んでくるテトラさんの問いかけに大きく頷く。自分もこの時初めて知りましたけど、別の諸島のプラチナランクの彼女がいるなら、会った事は無いですけど安心だと思う。自分の記憶が正しければ、ウォルタ君と関わりが深いはずなので、面識は無いですけどそう思えた気がした。
「ライトさんが言ってたブラッキーの事ですね? 」
「うん。さっきも言ったけど、ワイワイタウンの病院で今診てもらってるよ。ベリー達は先に行ったけど、ハクは…」
そうですか。ベリーが行ったなら、ひとまずは知らせてくれそうですね。それに“達”という事は、もしかすると火花のお二人も行ってるのかもしれませんね。それなら、自分は…。ラテ君はロビーで話していたのか、ベリー達が先に向かった事を教えてくれる。直接は言ってないですけど、この言い方だとランベルさんとキュリアさんも、ベリーと一緒に向かってくれたのだと思う。
「それがラテ君…、ハクの方もそうは言ってられない事態…」
それなら自分もシルクの無事を直接確かめたい、一瞬そう思いましたけど、思いきるより早くパートナーの事が頭を過り、素直に言い出すことが出来なかった。
シルクの事も大切ですけど、ハクも同じ…、いや、それ以上に自分にとっては欠かせない存在…。自分がこの時代に導かれた時、仲間を失ったショックで精神が崩壊していた自分を、ハクが献身的に看病してくれた。数年後に仲間のうちの一人のフロリアとは再開できましたけど、全てを失った自分の心の支えになってくれたのが、ハクという名前のハクリュー。当時のハクもそれどころじゃなかったはずなのに、自分の気を紛らわすため、敢えて探検隊を結成するっていう過酷な道を選んでくれた。今思うとハク自身の気を紛らわしていたのかもしれないですけど…。
…なので自分は、この場で結論を出せずにいた。何物にも代えられない大切なパートナーと、その彼女と同等の存在とも言える親友…。ハクは身近で耐えがたい事が起きて精神的に追い込まれ、シルクは命の瀬戸際に立たされている…。…だけど片方の傍にいると、もう片方を後回しにしてしまう事になる…。そんな事は、自分にはできな…。
「…シリウス、行ってあげて」
「ですけどフロリア、ハクが…」
彼女達の事を想う自分の様子を見たらしく、フロリアは意を決したように一言、自分に声をかける。フロリアは何を思ったのか全く見当がつかないですけど、彼女は彼女なりに考えた結果、こう言ってくれたのだと思う。
「ハクの事はアタイとソーフちゃんが看てるから。もしハクがアタイの立場でも、同じ事を言うと思うわ」
戸惑う自分に、フロリアは思った考えを説く。導かれた当時、フロリアとハクは仲が悪かったですけど、自分が知らない間に意気統合し、仲良くなってくれている。フロリアにとってもハクは欠かせない存在だと、自分は思っている…。だからなのかもしれないですけど、フロリアが気を失っているハクの考えを代弁? してくれているような気がした。なので、自分は…。
「…じゃあフロリア、ハクの事は頼みましたよ」
彼女の厚意に甘える事にした。
「…話は決まったね。私なんかが、って思うかもしれないけど、私も行くよ」
…いや、自分はそうは思っていないですよ。フロリアのお蔭で決心がついた自分に、この時を待っていたかのようにテトラさんが声をあげる。この言い方だと自分の事を卑下しているのかもしれないですけど、自分はそうとは思わない。どういう経緯があったのかはまだ訊けてないですけど、ラテ君がこの部屋に来た時の様子を見た限りでは、テトラさんにとっても、シルクはかけがえのない存在って事は前足で取るように伝わってきた。
「…うん! 」
ラテ君にも初対面なりに伝わっていたらしく、彼は彼女を見てから、大きく頭を縦にふっていた。
「…ですので、ソーフ、リクさん、ハイドさん、トレイさんも、ハクの事をよろしくお願いします」
「はいでしゅ! 」
そう決まったので、自分は下ろしていた腰を上げ、右の前足を引きずりながらもハクの居室を後にしようとする。直接見た訳ではないですけど、物音からすると、テトラさんも自分に続いてくれていると思う。ラテ君は入り口に一番近いところにいたので、既に部屋から出ている…。
「…だけどシリウスさん? ワイワイタウンまで結構距離があるけど、その足で大丈夫なの? 」
…そうですね、自分の前足を見て、そう思うのが普通ですよね。何とか部屋から抜け出せたところで、青いニンフィアのテトラさんが不思議そうに訊ねてきた。確かに彼女の言う通り、骨折した自分の足では、ワイワイタウンまでとはいえかなりの時間がかかってしまう。…だけど自分には、その問題を解消する方法がある。なので自分は…。
「はい。テトラさんはご存じで無いかもしれませんけど…、ラテ君、お願いします」
「いつものアレだよね? うん」
ロビーへの階段を下りきったところで、ラテ君にこう頼み込む。ハクがいない時はいつも彼なので、この一言だけでラテ君は分かってくれたらしい。二つ返事で頷くと、ラテ君も立ち止まり、目を瞑って意識を集中させ始める。
「この感じ、もしかして…」
自分も同じようにし、肌身離さず持ち歩いている“覚醒の原石”を強く意識する。すると自分の体の中から、体の皮を破りそうな規模の力が湧き出してくる。その力が光として具現化し、自分を包み込みながらその規模を大きくしていく…。やがてそれは黒い色を帯び、同時に自分の体つきをも変えていく…。ガラスが割れるような音と共に光が弾けると、そこには…。
「…メガ進化…? 」
「
…そうです。この姿なら飛べるので、走らなくても大丈夫なんです! 」
メガ進化し、翼を得た自分…。本来ならダンジョン内で“覚醒のラピス”を使わなければなれませんけど、“覚醒の原石”の効果でそれが可能になっている。シルクやウォルタ君みたいに伝説の当事者ではないですし、“覚醒の原石”自体も宝具の類ではない…。あるダンジョンの謎を解き、そこでの試練を越えて初めて、この“覚醒の原石”を手にする事ができる。
…兎に角、普段とは違う姿となった自分を先頭に、自分達三人はこのギルドを勢いよく飛び出した。
つづく……