3-1 瀬戸際
[Side Ratwel]
「シルクさん…、シルクさん! 」
「……」
何とか救出できたけど…。シルクを救出した僕達は、“弐黒の牙壌”の奥地に着いてからすぐに脱出した。奥地に何か祠みたいなものがあったけど、いまはシルクの事を最優先にしないといけない。スーパーランクのダンジョンを突破したことになってるけど、その余韻に浸る余裕も全く無い…。だけどひとまず僕は、シルクの状態を診るために背中から降ろす。屈むような感じで体勢を低くし、同族のアーシアさんが前足で圧せてくれている間に僕がそこから抜け出す…。場所を選ばなかったから黒陽草の花の上に寝かせる事になったけど、気にせず僕は気を失った彼女の方に向き直る。アーシアさんが目に涙を浮かべて呼びかけている間に、僕はもう一度シルクの脈と呼吸を確かめる事にした。だけど…。
「…さっきより、弱くなってる…」
「うそ…、ですよね…? 」
「…ううん、本当です。脱出して命を吸い取られ続ける事は無くなったけど…、昏睡状態、だと…」
ダンジョン内で診た時よりも、状況はかなり悪化していた。中ではとりあえず脈は確認できたけど、今は添えてる右前足に意識を集中させないと分からないぐらい弱くなっている…。息ももの凄く弱く…、息をしていない、って言ってもいいぐらいに弱りきっている。詳しくは判断でいないけど、衰弱して昏睡している、経験だけで言う事になるけどそう判断せざるを得ないと思う…。思わず俯いて首を横にふってしまったから、余計にアーシアさんを不安にさせてしまっ…。
「…ラテ、無事か? 」
「だっ誰…」
昏睡状態だと思う、そう言おうとしたけど、空から響いてきた声に遮られてしまう。切羽詰まった声が誰なのかはすぐに分かったけど、面識が無いはずのアーシア驚きでとび上がってしまっていた。彼女は声を荒らげながらも辺りを見渡し、その声の主を探そうとしている…。だけど両手だけは、シルクの前足をしっかりと握ったままの状態だった。
「イグレクさん、僕…、達は無事ですけど、シルク…、エーフィが…! 」
イグレクさん、僕達は何ともないけど、シルクが大変なんです! 僕は声がした方向、若干白みががり始めた空を見上げ、声の主にこう答える。見上げた先のイベルダル…、イグレクさんは一瞬驚いたような表情をしてたけど、すぐに二人のブラッキーが別人だって分かったらしい。僕はそんなイグレクさんに対し、自分達の状況を一言で伝える。だけど僕も我慢できず、叫ぶ声に少しだけ嗚咽が混ざり込んでしまった。
「助け出せたようだが…、虫の息、と言ったところか…」
「私達が見つけた時に、シルクさんが倒れたところで…」
「僕が見た感じ…、だと、凄く危ない状態です…。ですけど、…ですけど! イグレクさん、エーフィは…、
シルクは…、助かりますよね? 」
「……」
久しぶりに会えたのに…、何とか救出できたのに、シルクが死ぬなんて、絶対に嫌だよ! 空から降りてきたイグレクさんは、翼をたたみながら白衣を羽織ったエーフィに視線を落とす。アーシアさんはこの時には落着けて…、シルクがこんな状態だから落ち着いてないと思うけど、それでも何とか、イグレクさんを見上げて救出した時の状況を話し始める。僕もその彼女に続き、親友がおかれている状況を短い言葉で伝える。…けどやっぱり、シルクを失うかもしれない、思いたくはないけどそんな気がしてきて、すがる思いでイグレクさんに迫った。
「俺が見る限りでは、今は“寿命”は途切れていないが、辛うじて生きている、という状態だ。…しかし、分岐した先の片方で、貴女の“死”が見えるな…」
「死…。…て事は、シルクさんは…」
「五分五分…、ですか…」
イグレクさんが言うなら、間違いないんだよね…、信じたくないけど…。伝説としての“チカラ”で人の“寿命”が視えるイグレクさんは、その“チカラ”で瀕死の彼女の状態を診る。生きている、そう聴いて一瞬期待したけど、それがすぐに潰えてしまう。イグレクさんも視る前よりも暗い声になってるから、生きてるとはいえほぼ絶望的なんだと思う。陽が昇り始めて明るくなってきたけど、僕の中ではそれとは反比例してしまってい…。
「…て事は、まだ助かるのですよね? 」
「…えっ? 」
「ならすぐにシルクさんを病院で診てもらわないと! だっだから、病院まで乗せてもらえません? 」
「エーフィを、か」
「シルクさんには沢山お世話になったんです。…なのに恩返しも出来てないのにお別れなんて…、私には耐えられない…。…だから、
だから…! シルクさんを…、エーフィさんを、助けてください! 」
「アーシアさん…」
僕は絶望で沈んでしまったけど、アーシアさんはそうじゃなかったらしい。イグレクさんの言葉を良い方向に認識したらしく、困惑する僕の隣でイグレクさんに頼み込む。心から訴えるように言い放ち、深々と頭を下げる。
イグレクさんの様子を感じだと、イグレクさん自身も助かる可能性は低い、って思ってたのかもしれない。だけど必死に訴えるアーシアさんに、少なからず心を動かされているように見えた気がした。…僕が、そう気付かされたから…。
「そう、ですよね…。そうですよね! …シルクは僕にとっても大切な人なんです! だからイグレクさん、僕からもお願いします! 」
アーシアさん、お蔭で目が覚めたよ。アーシアさんに結果的に諭された僕は、イグレクさんの話しで僕が思った事、その裏側の意味にようやく気付く。それが僕の心の中を照らし、それがきっかけで彼女への想い溢れ出してくる。僕の中では収まりきらず、気付いたら声をあげてイグレクさんの所にまで飛び出していた。
「…どう転ぶかは貴女の心の持ち方次第だが、ラテの頼みだ…。貴女の想いも、しっかり伝わった。俺自身もラテに救われた身だ。…性に合わんが、俺で良ければ手を貸そう」
「ありがとうございます! 」
「助かります! 」
また僕が乗せて走るつもりだったけど、イグレクさんが協力してくれるなら、もっと早く着けるかも…! イグレクさんも想う事があったらしく、時間差はあったけど頷いてくれる。諭されてからはダメ元で頼んでいたけど、そういう事なら凄く助かる。全力で走ればカピンタウンまで三時間ぐらいで着くと思うけど、それだとシルクが間に合わないかもしれなかった。…でもイグレクさんが乗せてくれるなら、カピンタウンまで数分。あわよくば、大きな病院があるワイワイタウンまで行けるかもしれない…。だから僕は、心からの言葉をイグレクさんに思いっきりぶつけた。親友の命が助かる、その可能性が少し高くなったから…。
つづく……