2-9 時間との闘い
―あらすじ―
シルクがいるらしい部屋に辿り着いたけど、そこはモンスターハウスだった。
大勢いる野生を倒しながら突き進み、僕達はようやくシルクを見つけ出すことができた。
だけど着くのが遅かったため、彼女は声をかけたのと同時に倒れてしまう。
それもダンジョンの環境のせいで弱っているから、一刻を争う状態いなってしまっていた。
――――
[Side Ratwel]
「…でっですけどラテさん、この状況、どうするのです? 」
そっ、そうだよね? 何とかシルクを見つける事は出来たけど、僕達が敵に囲まれてる事には変わりない。今は僕とアーシアさん、二人の守るで防げているけど、ヒビが入りはじめてるからあまりもたないと思う。直接見てる訳じゃないけど、送り込んでいるエネルギーを通して劣化してるのが伝わってきている。当然アーシアさんも同じ事を感じてるはずだから、半ば焦ったような感じで僕に訊いてきた。
「上手くいくか分からないけど、一気に駆け抜けましょう! 」
「はっ走るのですか? だっだけどシルクさんはどうするのです? 」
「僕が背負います! 」
体格的に考えても、僕がシルクを乗せるべきだよね? ほぼ思いつきだけど、僕はアーシアさんの問いかけにこう言い放つ。僕は四足で経験は無いけど、今はそうは言ってられない。詳しい身長は分からないけど、シルクはエーフィの中でも少し大きいぐらいで、対してアーシアさんは平均よりも小さい。そもそも種族自体の体格差はあるけど、この三人の中で一番大きいのは、四足で立った時の身長が百一センチの僕。だから僕がシルクを背負って走る、したことは無いけど、そうするしか助けられる道は無さそう。
「それとアーシアさん、まずは念のためこれを…っ! 飲んでおいてください」
「それってシルクさんの薬です? 」
「そうですよ! 」
そろそろ、マズいかも…。気を失ったシルクを助けるため、僕はまず二つの小瓶を取り出す。そのうちの片方をアーシアさんに手渡し、すぐに僕は中の薄水色の液体を飲み干す。まだ最初に飲んだ薬の効果は残ってるけど、時間的にそろそろ無くなる頃…。アーシアさんはまだ大丈夫だけど、これから立ち止まる事ができなくなる。薄々アーシアさんも気づいてくれているらしく、両手で開けて飲み干してくれた。
「それともう一つ、この種も食べてください」
「これは…、何なのです? 」
「食べたらすぐに分かると思います」
これは口で言うより、今は実際に食べてもらった方が良いかもしれないね。立て続けに僕は、薄い黄色の種を二つ取り出す。説明する時間も惜しいから省いたけど、この種もシルクが発明したもの。“音速の種”って言って、お腹が減りやすくなる代わりに、一気に三倍速の状態で行動する事ができる。
「はっはい…! …ラテさん! 」
「うん。じゃあ、せーのでいきますよ! 」
首を傾げながらも食べてくれたから、僕はすぐに同族の彼女に呼びかける。そして…。
「せー」
「のっ…! 」
かけ声を合図に、こわれかけたシールドを解除する。すぐに両足に力を込め、僕はシルクを背中に乗せた状態で、二人同時に駆けだした。
「らっラテさん? 」
「何ですか? 」
「さっき貰った種って、俊足の種と同じ効果なのです? 」
「効果の種類は同じだけど、その強化版、って感じですね」
ダンジョンに入る時に“時の御守り”を外しておいて正解だったよ…。三歩走ったところで気づいてくれたらしく、アーシアさんは驚きながらも僕に訊いてくる。こう訊かれるって分かりきってたから、僕はすぐに彼女の問いかけに大きく頷く。作り方を教わったから分かるけど、音速の種は俊足の種を元に創り出している。だから僕は、初めて使う彼女に対してこう言い切った。
「強化版…、スピードスターっ! 」
三倍速で駆け抜けているって事もあって、周りの景色は凄い速さで後ろへと流れていく。俊足の種は割と広く使われているけど、流石に二個同時に使う事は稀だと思う。慣れてないとスピード酔いすると思うけど、剣の舞の効果で慣れてるからなのか、アーシアさんは平気そう。特に顔色が悪くなることなく、僕に効果を確認しようとしていた。
だけどそれを言い切る前に、僕達の進路に三体の野生が立ちはだかる。向こうはまだ気づいてないみたいだけど、このままだとぶつかって時間を無駄にしてしまう。そう感じたらしく、アーシアさんは口元にエネルギーを溜め、距離が十メートルになったところで撃ちだす。二メートル進んだところでそれは弾け、正確に障壁の三体に命中した。
「黒い眼差し! …そうですね、強化版って言っていいかもしれないです。シャドーボール連射! 」
文字通りかなりの速さで走り抜けているから、その分野生と出くわす事も多くなる。だから今度は、僕の目で動きを封じ、その間に敵の間を通り抜ける。だけど連続で鉢合わせになってしまったから、即行で漆黒の球体を作り出して三発連続で狙撃した。
「アシストパワーっ! ラテさん! もうすぐ脱出できそうです! 」
「じゃあとりあえず、もう一息だね! 」
「はいっ! 」
三倍速だからかな、案外早いね…。どういう効果があるのかは覚えてないけど、アーシアさんはさっきの気柱で道を開いてくれる。野生がいる足元に出現させ、それで突き上げていたから、多分設置系の技だとは思う。だけどあまり見た事が無い技だから、僕は技の名前ぐらいしか分からない。モンスターハウスで見た時よりも太い気がするけど…。
走り抜けるのに邪魔な敵を一掃してくれてから、アーシアさんは右前足の端末にチラッと視線を落とす。ずっとマップ機能をつけっぱなしにしていたらしく、その画面から知った事を教えてくれる。おまけにそれは待ちに待った知らせだったから、思わず僕は高揚して声をあげてしまう。アーシアさんも予想外だったらしく、パッと明るい声で頷いてくれていた。
「グルルルッ…! 」
「この敵で最後ですっ! 」
「うん! 」
だけど当然、簡単には通らせてくれなさそう。僕達が進む先に、二体のクロバットが立ちはだかる。
「ガァッ! 」
「ガアァァッ! 」
四十メートルぐらい距離があったから、流石に僕達の接近に気付いたらしい。二体同時に同じ技、エアスラッシュを飛ばしてくる。
「守るっ! 」
それをアーシアさんがシールドで完全に防ぎ…。
「黒い眼差し! 」
「…ッ! 」
その間に僕が相手の動きを封じる。そして…。
「これで」
「最後です! 」
「
シャドーボール! 」
「
シャドーボールっ! 」
全く同じタイミングで、一発の漆黒の弾を解き放つ。
「ァッ…! 」
「グァッ…! 」
互いの正面の敵に命中し、一発で撃ち落とす事に成功した。
「…うん。この感じは、何とか突破できたみたいだね」
「みたいですね。ですけどここは…、祭壇? 」
殆ど突破した人はいない、って聴いてるけど、何のための祭壇なんだろう…。倒した二体の横を駆け抜けると、辺りの空気が急に軽くなる。ダンジョンとの境を通過したらしく、その中特有の重圧が一気に取り払われた。相変わらず周りは根が張った土壁ばかりだけど、中とは違う何かが僕達の目に入る。それは急ごしらえで建てたような、簡単な造りの祭壇。木で造られていて、何故か真っ黒に塗られている…。ダンジョンの環境が環境って事もあって、殆ど手入れがされていないらしく、所々で木が腐っている箇所があった。
「“
黒坤の祭壇”…? て地図には出てますけど…。…とっ兎に角、今はすぐに脱出しないと…」
「でっ、ですよね? 」
…危ない危ない! 今はシルクの事を優先しないと! 小さな祭壇の事が気になりはじめたけど、今はそんな時間は一秒も無い。アーシアさんの声で我に返った僕は、頷きながらすぐに鞄に付けているバッジを手に取る。その間にアーシアさんも駆け寄ってきてくれたから…。
「はいっ! 」
「…“脱出”! 」
シルクを背負ってるからバランスを崩しそうになったけど、右の前足で持っているバッジを高く掲げ、その機能を作動させる。ダンジョンを抜けたからちゃんと作動してくれたらしく、僕達は暖かな光に包まれる。かと思うと僕達は体の中から持ち上げられ、その瞬間には光と共に姿を消す。その空間には、黒く塗られた古い祭壇が、意味ありげに佇む静寂だけが残される事になった。
つづく……