2-8 双月の猛攻
―あらすじ―
手短に情報交換を済ませた僕達は、戦闘を最小限に抑えながら突き進む。
お互いの守るの性質を上手く使いながら進んでいたけど、ある時から急に野生のレベルが上がり始める。
連携して退けているうちに、僕達はシルクがいるらしい部屋に立ち入る。
けどそこには、目を疑う様な光景が広がっていた。
――――
[Side Ratwel]
「らっラテさん、これって…」
「うん、そのまさか、だと思います」
シルクの事を考えると避けたかったけど、やるしか…、ないよね? 目的の地点に辿り着いた僕達は、そこで手痛い歓迎を受けてしまう。物理に強い僕、特殊に強いアーシアさん、両極の耐性がある守るを組み合わせて防げたけど、僕はこの状況に言葉を失ってしまう。一歩先に突入したアーシアさんも、信じたくない、っていう感じで佇んでしまっている。僕も信じたくはなかったけど、敵の数からして信じずにはいられなくなってしまう。何故なら…。
「モンスターハウス…、ですよね」
「うん。…アーシアさん、シルクの反応は? 」
「この部屋で間違いないです」
そう考えるしか、ないよね? 僕達…、いや、シルクがいる部屋は、何十体もの野生が待ち構えるモンスターハウス。そこそこ広い部屋だとは思うけど、それでも理性の無い野生で溢れてしまっている。おまけにアーシアさんが言うには、この部屋のどこかにシルクが一人でいる…。時間的に考えるとそろそろ危ないけど、戦わざるを得ない…。だから…。
「…ならアーシアさん、一気に行きましょう! 」
「はいですっ! じゃないとシルクさんが…。…シャドーボール! 」
「シャドーボール! 」
溢れる野生を蹴散らして、一刻も早くシルクを助け出す、そう自分に言い聞かせ、アーシアさんにも強く呼びかけた。
それにアーシアさんも、当然です、っていう感じで大きく頷いてくれる。彼女はすぐに何かを言おうとしていたけど、言い切らずに語尾を濁す。一瞬暗い表情をしたけど、僕はそうじゃなくても何を言おうとしたのか分かった気がする。多分アーシアさんは、僕もそうだけど、行ってしまうとその通りになってしまう…、最悪の事が浮かんだから、言わなかったんだと思う。
だけど倒さないと事は始まらないから、僕達は同時に目の前の軍団に向けて走り出す。本音を言うと縛り玉を使いたかったけど、イグレクさんが言うにはそれは叶わない…。だから僕、多分アーシアさんも、使い慣れてる特殊技、漆黒の球体を連続で撃ちだす。僕は口元から解き放ち、アーシアさんは二足で立って両手で撃ちだす…。倒せたか確認する時間も惜しいから、僕達は立ち止まらずに駆け抜けていく…。
「ガァッ! 」
「守る! 」
「剣の舞っ! 」
「真空斬り! 」
「アシストパワー! 」
…アーシアさん、本で読んだ通り制限が無いんだね? 二回ぐらい連続で発動させている間に、右の方からギルガルドが割り込んできた。影撃ちか何かを仕掛けてきたから、物理攻撃に強い僕がシールドで防ぐ。その間にアーシアさんは、走りながらステップを踏んで自信を強化する。十歩ぐらい走ってからシールドを解除し、僕は地面と水平に放った斬撃で、アーシアさんは柱常の気塊で、正面の敵五体ぐらいに同時にダメージを与えた。
それに今気づいたけど、アーシアさんは四つより多くの技を使っている。シルクは“チカラ”で六つ使えるけど、僕の数え間違えがなければ、アーシアさんはそれ以上…。シルクとウォルタ君の本によると、アーシアさんは使える技の数に制限が無いらしい。本当にそうみたいで、逢ってから彼女が使った技は、守る、スピードスター、電光石火、アイアンテール、シャドーボール、体当たり、剣の舞、アシストパワーの八つ。他にも使えるかもしれないけど…。
「剣の舞…」
「黒い眼差し」
「…からのアイアンテールっ! 」
ここで僕達は、陣形を横一列から縦に変え、立て続けに攻撃を加えていく。アーシアさんはもう一度踊るように左右に跳び、その後ろを僕が駆け抜ける。僕達を囲おうとしている軍団の動きを僕が封じ、二足で駆けるアーシアさんが進路上にいる敵を尻尾で弾き飛ばしていく…。剣の舞で強化しているから、右向きと左向き、二発一セットで黒い尻尾を振り抜いていた。
「真空斬り! 」
「ヵァッ…ッ! 」
「グオオォォッ…! 」
「…―……、―っ! 」
「シルク! 」
「シルクさん! 」
見つけた! だっ、だけどシルク…! もう何体倒したか分からないけど、僕達は遂に目的の人物を見つける事ができた。…だけどその彼女、エーフィのシルクは、見た感じフラフラで足元がしっかりしていない…。シルクさんも交戦してはいるけど、溜めたエネルギーに全然力が籠っていない。目覚めるパワーで迎撃しようとしていたけど、集中力が切れてしまっているのか、黒陽草の根っこに体力を吸い取られていたからなのか…、どっちかは分からないけど、彼女から見て左斜め後ろからの泥爆弾を食らってしまっていた。
シルクの事をよく知っている僕達は、そんな光景に思わず声をあげてしまう。シルクは特殊技が種族の限界を超えて強化されている代わりに、守備力はほぼゼロに等しい。天候とか地形に対しては大丈夫だけど、シルクにとっては幼い子供の体当たりでも致命傷になる。おまけに道具を使っての回復も出来ないから、尚更…。
「…―」
『その…、声は…、ラテ…、君…、…と、アーシア…、ちゃ…』
「…っ! 」
「しっシルクさん! 」
「ガアアァァッ! 」
「まっ守る! …っく」
「守る! …シルク! しっかりして! 」
うっ、嘘でしょ? 見つける事は出来たけど、ここまでに時間をかけすぎてしまったのかもしれない。一応気付いて答えてくれはしたけど、頭の中に響くシルクの声は、今にも途切れそうなくらい弱々しい…。それでも辛うじて伝えてくれていたけど、敵を蹴散らす僕達が着く寸前に崩れ落ちてしまう。おまけに横向きに倒れたシルクを狙って、四方からあらゆる技が放たれてしまっていた。
このままだとシルクが逝ってしまう、それだけは絶対に避けたい…。相手が誰でもそうだけど、僕は助け出すために即行でシルクさんの元に滑り込む。アーシアさんも大急ぎでエネルギーレベルを高めながら、シルクの傍に駆け寄る…。何も強化してない僕は一歩遅れたけど、特殊技が届く間一髪のところで薄緑色の壁が展開される。けど一発だけ防ぎ逃してしまい、アーシアさんのお腹の辺りが泥で汚れてしまった。
僕もギリギリアーシアさんのシールドの中に入り、慌てて同じ技を発動させる。アーシアさんのと同じ長さの半径で展開したから、壁の色が濃い緑色になる。攻撃技に強い結界を作り出すことができたから、その間に僕は倒れたエーフィに必死に呼びかけた。でも…。
「………」
「ラテさん! シルクさんはどうです? 」
意識を手放しているらしく、返事が無い…。二足で踏ん張ってシールドを維持してくれているアーシアさんが問いかけてきたけど、僕は返事を後回しにしてシルクの状態を確かめる。守るが解かれないように注意しながら、彼女の口元に僕の前足を近づけてみたり、右の前足をシルクの手首の辺りにかざしててみたりする。だけど…。
「……」
「うそ…」
「一応脈と呼吸はしてるけど…、凄く弱くなってるよ…」
虫の息…。そのぐらい弱々しく、いつ途絶えてもおかしくない状態だった。信じたくはないけど、僕は彼女の問いかけに首を横にふる事しか出来なかった。…だけど亡くなった訳じゃないから、僕はすぐにシルクの状態を付け足す。僕は医者じゃないから詳しい事は分からないけど、この何年かで沢山の人をダンジョンで救出してきた経験はある。残念ながら間に合わなかった事もあったけど、その分遭難した人の容態を診る眼は養えたつもりでいる。その道の専門家じゃないけど、経験を積んだなりに今のシルクは物凄く危険な状態ってことは分かる。だから…。
「だからアーシアさん、すぐに診てもらわないと大変な事になるかもしれません! 」
「だっだったら、すぐにでも脱出しないと、シルクさんが…! 」
「うん…! 」
一刻も早くダンジョンを突破して、病院で処置してもらわなければならない。そうしないと、弱くなってるシルクの灯火が完全に消えてしまう…。正直言って、間に合うかどうかは五分五分だと思う。普通のダンジョンなら間に合うかもしれないけど、今いる弐黒の牙壌はそうはいかない…。フロア内の野生は飾りみたいなもので、本当の敵はダンジョンそのもの。この空間にいるだけで、人の命を蝕んでくる…。これは僕の想像でしかないけど、ダンジョン内の野生の数が少ないのは、野生自体も体力を吸い取られ続けているからだと思う。それは多分、自我の有無、意識の有り無しに関係なく、“生き物”という括りの全てに対して、無差別に向けられている。僕達はシルクの薬で自然回復力を高めているけど、シルクはそうじゃない。ここまでシルクが耐えていたのは、使える技のうちの一つの“朝の日差し”があったから…。だけど気を失ってる今、シルクを回復させる手段は一切ない。
「アーシアさん、行きましょう! 」
「はいっ! 」
僕達は
大切な人を救うため、一秒でも早く突破しなければならない、
特殊過ぎる環境と戦いながら…。
つづく……