2-7 対極の双月
―あらすじ―
イグレクさんの案内で、僕は弐黒の牙壌の突入口に辿り着く。
ライトさんにはここの事を伝えるよう頼んだから、僕一人で突入する事になる。
穴に飛び込んでから薄水色の薬を飲み干し、間髪を入れずに駆けだす。
その途中で同族のアーシアさんを救出し、目的が同じと言う事もあって一緒に行動する事になった。
――――
[Side Ratwel]
「…ラツェルさん、大体わかりました」
「それなら良かったです。…じゃあアーシアさんも、案内を
お願いします! 」
「はいですっ! 」
僕も分かりきってない部分もあるけど、これだけ伝えられたら十分かな? 同族のアーシアさんの身の安全を確保した僕は、彼女と一緒に根の張った土壁の間を駆け抜ける。走りながらだから切れ切れになってしまったけど、数分の間にお互いの事を簡単に共有し合えた。アーシアさんは僕と同じで元人間らしく、この世界に来たのも僕より少し後ぐらい…。同じ事が色々あるみたいだけど、僕と違ってアーシアさんは人間だった頃の記憶は戻っているらしい。…それからもう一つ、彼女は別の諸島の救助隊員で、こっちの基準だとランクはウルトラぐらい。…けど正式には連盟で止められているソロでの活動をしているみたいだから、もしかするとスーパーランクぐらいの実力はあるのかもしれない。
そして彼女は持っている端末? でダンジョンの地図を出せるからって事で、シルクがいる場所への案内を引き受けてくれることになった。詳しくはよく分からないけど、確かウォルタ君が持っているのを見た事があるような気がする。
「それからアーシアさん」
「はい何でしょう? 」
「僕の名前、発音が難しいんで“ラテ”、って呼んでください! 」
「ラテさん、ですね? 」
「は…」
「ガルルゥッ…」
「…っと、黒い眼差し! 」
「ッ? 」
敵はシルバーだけど、無駄に時間を使う訳にはいかない…。だから、大人しく止まってもらいますよ! アーシアさんが僕の名前を言いにくそうにしていたから、普段呼ばれているあだ名を彼女に教えてあげる。あだ名はよっぽどのことが無いと教えてないけど、…何というか…、親近感? 上手く言葉に出来ないけど、多分僕は似たような境遇のアーシアさんを自分と重ねているのかもしれない。アーシアさんがどう思ってるのかは分からないけど、走りながらとはいえ元気よく答えてくれる。そんな穏やかな彼女に内心ホッとしていたけど、仕切る事は叶わなかった。
僕達が駆ける二十メートル左斜め前の通路から、ゴルバットが勢いよく飛び出してきた。丁度僕達の進路と重なりそうだったから、咄嗟に両目にエネルギーを集中させ、目力で相手の身動きを執れなくする…。
「…ッカァッ! 」
けどこれは麻痺とかそういう効果とは違うから、当然縛られた相手は出来る限りの対策をしてくる。淡い光を纏わせた翼を前に打ちつける事で、空気の刃を僕達二人に向けて飛ばしてきた。
「シャ…」
「守る! …からのスピードスターっ! 」
「ァッ…! 」
「ラテさん、遠距離からの攻撃は任せてくださいっ! 」
「うん! 」
流石、経験を積んでるだけの事はあるね。ゴルバットが遠距離技で抗ってきたから、僕がそれをシャドーボールで相殺しようとする。口元にエネルギーを溜め、丸く形成しながら霊的な属性に変換していく…。けどその技の発動を終えるより早く、隣を走るアーシアさんが僕の一歩前に躍り出る。走る足を止めずにエネルギーレベルを高め、それを一気に放出する。すると僕達二人を囲うように薄緑色の壁が出現し、殆ど溜めてないはずなのに傷一つ付けることなく刃を防ぎきっていた。
二波を防ぎきったのを確認すると、アーシアさんはすぐに壁にエネルギーを送り込むのをやめる。かと思うと彼女は、一瞬力強く前に跳躍し、前足が地面から離れた一瞬の間に、そこにエネルギーを溜める。ほんの少しの時間、四歩分ぐらいを後ろ足だけで走り、自由になった前足を突き出すようにエネルギー体を解き放つ。すると放たれたそれは七つに分裂し、星型になって相手へと飛んでいった。
「グォォッ…! 」
「うっ上か…」
「守る! 」
「ガァッ? 」
「真空斬り! 」
「ッ…! 」
「アーシアさんが遠距離なら、僕は物理技を防ぎます! 」
アーシアさんがゴルバットを倒したのも束の間、今度は突入した部屋で別の一体と遭遇する。多分二十メートルぐらいはあると思うけど、待ちかまえていたドリュウズは僕達に気付くとすぐに技を発動させる。すると僕達の五メートル手前の天井に沢山の岩が出現し、その下を通り過ぎようとしている僕達めがけて雨の様に降ってくる…。アーシアさんは技を使ったばかりで硬直しているから、今度は僕が前に出て、同じ技で岩の雨を防ぐ。結構沢山の人が勘違いしてると思うけど、僕の経験上岩雪崩は特殊技じゃなくて、物理技。僕の守るは物理攻撃に対しては耐性が高くて、ダイヤモンドレベルで実際に受けた時もヒビが入らなかったから、ほぼ確実だと思う。
僕の予想通り岩の雨の下を無傷で通り抜けれたから、すぐに技を解除し、今度は右の前足にエネルギーを集中させる。十ニメートルの距離になったドリュウズをなぞるように振り上げ、減圧した空気の力で思いっきり斬り裂いた。
「はいっ! …と、ラテさん! 」
「なっ、何ですか? 」
「ここから右、左、直進、右に進んだ先に進んだ先にシルクさんがいます! 」
「右、左、真っすぐ、右だね? 」
って事は、もう目の前にいるんだね? さっきのドリュズを倒せたかは確認してないけど、僕達は構わずフロア内を疾走する。その途中でアーシアさんは、右の前足に着けている端末にチラチラ視線を落としながら、僕に対してこう声をあげる。その言葉を基に頭の中で地図を作り、その通りに道を辿っていく…。この経路だと直進した方が早い気がしたけど、回り込んでるって事は、行き止まりか遠回りになるか…、そういう事なんだと思う。だから僕はその確認を含めて、アーシアさんの言葉を繰り返した。
「はいですっ! …アイアンテール! 」
「これで仕留めます! 」
「ガァ…ッ! 」
「電光石火っ! 」
…気のせいかな? さっきより敵の数が増えてきてるような…。教えてもらった小部屋から二つ進んだところで、僕達はまた敵と鉢合わせになる。僕達が進む先の通路から出てきたアギルダーは瞬時に技を発動させ、瞬きするかしないかの短い間に一気に距離を詰めてくる。この速さからすると電光石火だと思うけど、距離があったからすぐに対応する事ができた。アーシアさんは相手に合わせて前に跳び出し、体勢を起した状態で横方向に体を捻る。予め尻尾を硬質化させていたらしく、ピッタリのタイミングで迫るアギルダーを弾き飛ばしていた。
その間に僕は、右の前足で鞄から一本の杖を引き抜く。それと同時に前に向けて振り、そこから放たれた光球、炸裂の枝での攻撃を相手に向かわせる。その後を加速したアーシアさんが追いかけ、連続での追撃を狙った。
「ァガッ…! 」
「ゥガァァッ! 」
「黒い眼差し! 」
「電光石火、…からの体当たり! 」
…やっぱり増えてきてるね。さっきの一一体は倒したけど、休む間もなくココロモリが迫ってきた。丁度通路だから戦いにくいけど、逆に向こうからしても逃げ場が無いから、ある意味戦いやすい。前傾姿勢になりながら目にエネルギーを集中させ、目が合ったらすぐにそれを解放する。先頭で相手から目を離さない僕の上をアーシアさんが跳び越え、そのままの勢いで急接近…。身動きが執れない相手の一メートル手前で技を切り換え、身を挺してココロモリに突っ込む。電光石火の勢いをつけていたからだと思うけど、僕にはその初級技が頭突きかそれ以上に相当する威力が出ていたように見えた気がした。
「…ラテさん? 気のせいかもですけど、敵が強くなってません? 」
「やっぱりそう思いますよね? 」
気のせいじゃ、なかったんだね…。ココロモリを突き飛ばしたアーシアさんは、そのまま僕の前を走ってくれる。敵の流れが止んでるから、アーシアさんは僕の方を横目で見ながら話しかけてくる。彼女も僕と同じ違和感を感じていたのか、まるで確かめるように僕に問いかけてくる。そのお陰で、僕の中でモヤモヤしていた何かが振り払えたような気がした。
「ここまで強いと、シルバ…、守るっ! 」
「えっ…、守る…! 」
この部屋にいる筈だけど、嘘だよね? そうこうしている間に、僕達は目的の部屋に辿り着く。着きはしたけど、辺りを確認する間もなく僕達は襲われてしまう。幸い一部の野生しか気づいてないみたいだけど、その全員が僕達に向けて攻撃を仕掛けてくる。その数は、物理技と特殊技、合わせて十以上…。部屋に立ち入った直後って事もあって、僕とアーシアさんは咄嗟にシールドを張る事しか出来ない。…これは偶々だけど、物理技に強い僕のシールドに対して、アーシアさんの守るは特殊技に対してはかなりの耐性を誇っていると思う。不意を突かれたけど、二人とも極端な耐性で補いあえているから、この猛攻は凌げるはず…。何とか防ぎきり、アーシアさんの隣に並んだけど、僕はその光景に唖然としてしまう。その光景とは…。
つづく……