2-6 遭遇する双月
―あらすじ―
死相の原を突破した僕達は、黒の花園でイベルダルのイグレクさんと出逢う。
真夜中だから驚かれたけど、イグレクさんも僕達と同じ理由でこの花畑に来ていたらしい。
イグレクさんはシルクが落ちたらしいダンジョンの事を教えてくれたけど、それは探検隊連盟でさえ危険視しているものだった。
だけどそのままだとシルクの命が危ないから、僕は一人で突入すると心に決めた。
――――
[Side Ratwel]
「…ライトさん、起きてるか分からないけど、シリウスにここの事を伝えに行ってくれませんか? 」
「いっ、いいけど、トレジャータウンにはい…」
「水の大陸のアクトアタウンです。ワイワイタウンの北にあるから、すぐ分かると思います! 」
僕の全力で三十分ぐらいで着くから、ライトさんが飛ぶスピードなら二十分ぐらい、かな? ひとまずイグレクさんを説得できたから、今度はライトさんに頼み込む。本当は僕がしないといけないんだけど、それだとシルクの事を見捨てる事になってしまう。だからといってイグレクさんに頼む訳にもいかないから、怪我してるけど仕方なく…。だけどこの感じだと、ライトさんは戸惑いながらも僕の頼みに応じてくれるかもしれない。シリウス達がいる場所を知らないみたいだから、手短にその街の事を教える事にした。
「水の大陸だね? うん、じゃあ行ってくるよ! 」
「お願いします! 」
「だからラテ君、シルクの事は頼んだよ」
「任せて下さい! 」
ライトさん、助かります! ずっと走りながらだったけど、ライトさんは僕の頼みに頷いてくれる。アクトアタウンは知らなかったみたいだけど、この感じだとワイワイタウンは知っていたんだと思う。そこから二言ぐらい話してから、ライトさんは弧を描くようにUターンし、浮上しながらこう言い放つ。僕が答えるのを聴いてから、彼女は一気にスピードを上げて水の大陸に向かってくれた。
「アクトアタウンか。…確か新興のギルドがある街だったな」
「そこの親方のチームとは結構長い付き合いだから、よく知ってますよ」
「…そうだったな。…さぁついた。この辺りが、正規の突入口だ」
「この穴が…、ですね? 」
うーん、これは分かりにくいね…。ライトさんと別れて黒い花畑を駆け抜ける間に、話題がハク達の事になりかける。けど華が咲くよりも前に、目的の場所に着いたらしい。減速しながら辺りを見渡してみたけど、パッとみでは見つける事ができなかった。その間にイグレクさんも降りてきていて、そのまま畳みかけた左の翼で、僕から見て右斜め前の辺りを指してくれる。この時に初めて気づけたけど、部分的に黒い草花が生えていない場所がある。その代わりにあるのが、夜の暗闇と草花に同化するように開いた、大きさが四メートルぐらいの大穴…。昼間なら辛うじて見分けがつくかもしれないけど、陽が沈んだ後だと悪タイプでも気づかないかもしれない…、僕は率直にこう感じた。
「その通りだ。…だがラテ、本当に行くのだな? 」
「もちろんです! …よしっと」
捌白の丘陵の時の余りしかないけど、六つあれば十分もつかな、ダイモンドレベルだし…。僕の問いかけにイグレクさんは頷いてくれたから、僕はそれに大きな声で返事する。ベリーとソーフと一緒でもスーパーレベルには潜入した事無いけど、今回は例外。親友で会って師匠でもある彼女の命がかかってるから、ランク制限云々なんて言っていらてない。…もちろん不安はあるけど、それは自分に行ける、大丈夫だ、って言い聴かせて無理やり鎮める。そうしながら僕は鞄の中を漁り、薄水色の液体が入った小瓶を一つ手に取った。そして…。
「それじゃあ、
ひっへひはふ! 」
瓶を口に咥え直し、前足と後ろ足、同時に力を込める。ターンッ、と思いっきり地面を蹴って、僕は大口を開ける黒穴に飛び込んだ。
「…
はほる! 」
突入する時に落ちるのって、いつ以来だろう…? 五、六メートルぐらい
落ちたタイミングで、涼しかった空気が一気に変貌を遂げる。ダンジョン特有の張りつめた緊張が僕にふりかかり、そのお陰で眠気が一気に吹き飛ぶ。湿気があるから少し不快だけど、蒸し暑さは無いからまだマシだと思う。パッと見た感じではイグレクさんから聴いた通り、フロアの壁にびっしりと根が張り巡らされいる。今回は戦うつもりはないけど、もしそうするなら壁にも気をつけないといけない、僕は率直にそう感じた。
それで二十メートルぐらい落ちたタイミングで、僕の目でも地面を捉える事ができた。見た感じ土っぽい感じだけど、三十メートルぐらいある高さから落ちてるから、タダじゃ済まないと思う。だから僕は瓶を咥えたまま、エネルギーを活性化させてシールドを展開する。透明な緑色の壁が僕の周りに出現し、代わりに高所から落ちた衝撃をひき受けてくれた。
「…ふぅ。ええっと…」
ここは行き止まり、みたいだね。落下した衝撃を吸収してくれたシールドを解除してから、僕は咥えていた小瓶を地面に置く。体勢を起して前足を放した状態で座り、空いた前足て小瓶の蓋を開ける。普通のピーピーマックスとかなら口でこじ開けられるけど、開発者のシルクが言うには、この薬品は物質としての水に弱いらしい。だから密封している蓋を開けてからは、すぐに右の前足で持って薄水色の液体を飲み干した。
それから僕は、空になった瓶を仕舞いながら別の道具を探りだす。手探りで目当ての種を見つけ出し、一度目で確認してから口に放り込む。少し口の中が乾くけど、素早さを高めてくれる種、俊足の種の副作用だから仕方ない…。分かりきってる事だから、僕は気にせずに下ろしていた腰を上げ、部屋に唯一ある通路目指して走り始めた。
「何もせずにいたら五十分だから…、気付いてたらもう少し猶予はあるのかな? 」
だけど気付いてるとは限らないから、一刻も早く見つけないといけないよね? 幸い野生の人はいないみたいだから、その間に僕は四メートルぐらいの幅の通路を右に左にと駆け抜ける…。
「だけど余裕はないからいそ…」
「グルルルル…」
「…黒い眼差し! 」
「ッ? 」
「悪いけど、闘ってる暇なんて無いです! 」
走り抜けていたけど、三つ目の部屋に入ったところで、野生のモグリューと鉢合わせになってしまう。向こうは戦う気満々みたいだけど、一刻を争う僕にはそんな時間はない。両方の爪を硬質化させて向かってきたけど、僕は相手にせず真っ直ぐ突き進む。両目にエネルギーを流し込んで、モグリューと目が合った瞬間に解放…。そうする事で、迫っていた敵の身動きを執れなくする。その間に僕は、その横をスピードを緩めずに通り抜けた。
「…ガアァァッ! 」
「…、きゃぁっ…! 」
「ん? 」
あれ、この音って…。モグリューをやり過ごしてから二部屋突破したところで、僕の耳は初めて何かの物音を捉える。この感じだと多分、隣の部屋かその途中の通路だと思う。唸り声の様なものが聞こえ…、たと思った丁度その時、それに紛れて悲鳴のような声が聞こえた気がした。どのみち今いる部屋には他に一つしか通路が無いから、僕はそこの延長線上になる位置に進路を変える。
「えっ…? 」
するとそこで僕の目に移ったのは、前後をダグトリオとニダンギルに挟まれた黒い陰…。僕と同じ種族のブラッキーが、足元からの奇襲を食らった、まさにその瞬間だった。
「カァッ! 」
こっ、これって、マズくない? 足元からの穴を掘るをくらったブラッキーは、為す術無く空中に放り出されてしまう。おまけにその先には、挟み撃ちにしているニダンギル…。それも燕返しを構えているから、このブラッキーは連撃を受けてしまう。…それに今気づいたけど、このブラッキーは他とは違い、鞄を背負ってリストバンドみたいなものをしている…。誰かは分からないけど、このダンジョンに迷い込んだ人だ、僕はすぐにそうだと感じた。
「…っ! 」
少し時間がかかるけど、この人を助けないと…! 本当はそんな暇なんて無いけど、探検隊員としての僕がそれを許さない。気付いたら出せる限りの、倍速状態になったスピードで駆け抜け、同時にエネルギーレベルを高めていた。そして飛ばされるブラッキー、襲いかかるニダンギル、両者の間に滑り込む。そして…。
「守る! 」
「…ッ? 」
「へっ…? 」
二人を結ぶ直線と重なったところで、僕は溜めていたエネルギーを解放して薄緑色の壁を作り出した。丁度真ん中に滑り込んだから、僕のシールドに両者が同時にぶつかった。カキーン、っていう甲高い音が聞こえ、同時にぶつかった衝撃がエネルギー越しに伝わってきた。
「真空斬り! 」
「グワァッ…! 」
相手が怯んだ隙にシールドを解除し、倍速の効果が残っている間に右前足にエネルギーを集める。瞬時に活性化させ、ニダンギルをなぞるように振り上げる。すると僕が描いた通りに空気が圧縮され、ニダンギルに見えざる斬撃がヒット…。偶々そこに残ったダグトリオも回り込んできていたから、振り上げた前足を水平に振る事でもう一発命中させる。野生のレベルがシルバーって事もあって、この一撃ずつで力尽きたらしかった。
「ふぅ…。ブラッキーさん、大丈夫ですか? 」
「えっ…? はっはい。大丈夫…、です…」
「僕のスピードだと賭けでしたけど、何とかなって良かったです」
…何か自分の種族名で呼ぶのって、変な感じだよ…。同族には何回か会ったことあるけど、やっぱり慣れないな…。とりあえずブラッキーさんのピンチは救えたから、僕は一息ついてから彼女の方に振りかえる。彼女はびっくりして取り乱していたけど、僕の問いかけには何とか頷いてくれる。彼女は大丈夫、って言ってるけど、肩で息をしているから大分消耗していると思う。もちろんシルクもそうだけど、この人の身も危ない、僕はそう感じ始めていた。
「ですけど…、ブラッキーさん…? ブラッキーさんは…、大丈夫なのです…? 」
「僕は大丈夫です。…それよりも、まずはこれを飲んでください。この環境でも平気になりますから」
「これを…? 」
これで残り五つになるけど、背に腹は代えられないよね? ゼェゼェ言っている彼女に対して僕はピンピンしているから、ブラッキーさんは不思議そうに僕に訊いてくる。訊いてこなくてもそのつもりだったから、こくりと頷いてから鞄の中を探し始める。一番取り出しやすい場所にしまってあるから、すぐに取り出して彼女に手渡す。蓋を外して渡したから、少し不思議そうな表情をしたけどすぐに飲んでくれた。
「…おいしい」
「体力を回復するだけじゃなくて、自然回復力を高めてくれる効果があるんです。…ですけどブラッキーさん? 僕が人の事を言えませんけど、こんな時間に一人で何をしてたんですか? 」
「わっ私は、一緒に来ていたエーフィがここのダンジョンに落ちてしまって…、救出するために潜入していたんです。別の諸島ですけど、私はプラチナランク…」
「ぶっ、ブラッキーさんもですか? 」
えっ? そのエーフィって、絶対にシルクの事だよね? それに落ちた事まで知ってるってことは…、シルクと一緒にいた…?
「って事はもしかして…、そのエーフィさん、白い服を着て水色のスカーフを巻いていませんか? 」
「えっ? そそそっ、そうですっ! と言う事は、ブラッキーさんもです? 」
「そうなんです! 」
やっぱり…。
「…あっごめんなさい。びっくりし過ぎて遅くなっちゃいましたけど、助けてくれてありがとうございますっ! 別の諸島では救助隊をしているのですけど、ブラッキーさんもそうなのです? 戦闘慣れしているみたいでしたから」
「他の人よりも短いと思いますけど、僕も探検隊をしていますからね。…あっ、申し遅れましたけど、僕はチーム悠久の風のラツェル、って言います」
別の大陸の救助隊、なんだ…。だから不意の穴を掘るを食らっても受け身の体勢はとれていたんだね?
「悠久の風…? と言う事は、ミズゴロウのウォルタさんをご存知ですね? 」
「えっ? うっ、うん! ウォルタ君の事はよく知ってますけど…。って事は、ブラッキーさんは…」
もしかして、ウォルタ君が言ってた“導かれし者”…? だけどウォルタ君とシルクの本だと、元の世界に帰ったんじゃあ…。向こうの大陸で、急に実力をつけてきたソロのチームがいる、って噂で聞いた人の種族もブラッキーだった気がするけど…。
「はいっ! アーシア、て言いますっ。私は三年ぐらい前に、ウォルタさんとシルクさん…。そっそうだ。早くシルクさんを追いかけないと! 」
「でっ、ですよね? …アーシアさん、このダンジョンの事は走りながら説明します! 」
「それでおねがいします! 」
そっ、そうだよね? こうして話している今も、シルクは消耗しているはずだから、すぐにでも合流しないといけないよね? 僕は助けたブラッキー、シルクとウォルタ君とは知り合いらしいアーシアさんに驚いたけど、彼女の一言で最優先にすべきことを思い出す。アーシアさんもうっかりしていたのか、僕と同じように声を荒らげる。…兎に角シルクの事を考えるとすぐにでも捜しはじめないといけないから、僕は軽く跳び出してから振り返って視線で訴える。それにアーシアさんはもちろん、っていう感じで応じてくれたから、同じ目的を持つ僕達はほぼ同時に足に力を込め、走り始めた。
つづく……