2-5 命蝕む土壌
―あらすじ―
ワイワイタウンからの最終便に乗り遅れた僕は、ライルさんに頼んでトレジャータウンまで乗せてもらう事になった。
陽が沈んで遅い時間になりかけてたけど、ライルさんは心よっく引き受けてくれた。
彼の背中で休ませてもらっている間に着き、僕は海岸で特訓中のライトさんと再会する。
また無理に頼んでしまったけど、今度はライトさんに協力してもらう事になる。
とりあえずカピンタウンに向かってもらってたけど、その途中でシルクを見つける。
その彼女を追って、僕達も死相の原に潜入した。
――――
[Side Ratwel]
「…とりあえず突破したけど、シルクは大丈夫かな…? 」
「シルクなら問題ないと思いますよ」
シルクに限ってやられるなんて事は無いと思うけど、それよりも僕はライトさんの方が心配だよ。そこそこの時間をかけて死相の原を突破した僕達は、何年かぶりの甘い香りを嗜みながら黒い花畑を突き進む。ダンジョンのレベルはゴールドだからどうって事なかったけど、突入早々にモンスターハウスに入ってしまったから時間をとられてしまった。それにその時に初めて知ったんだけど、ライトさんの左目、見えなくなっていたらしい。普通に生活する分には問題ないみたいだけど、やっぱりバトルでは結構響いてしまっているらしい。多分会った時にしてた特訓はソレだと思うけど、距離感が掴みにくくなっているんだとか。
それで話に戻ると、ダンジョン特有の空気が抜けたから、僕は緊張を解いて辺りを見渡す。ライトさんにはハッキリ見えてないかもしれないけど、黒い花が一面に咲き誇っている。ここの花は草の大陸では有名で、大陸内の各地で色んな製品が出回っているほど…。その中をライトさんも見渡し、見にくいなりに気配を探ってくれている。左目の視力を失ってるから苦労してるみたいだけど…。
「そうだよね。…だけどラテ君? 」
「ん、どうかしましたか? 」
「シルクは…、ん? ラテ君、あれって…」
「上…? 」
ライトさん、上なんか見上げてどうしたんだろう…? ライトさんは頷きながら何かを訊こうとしてたけど、何故か途中で止めてしまう。言いかけた言葉からするとシルクの事だとは思うけど、今はそれどころじゃなさそう…。少し浮上して右手をその方向お指しているから、僕もその方を見上げてみる。エスパータイプのライトさんでも見えるぐらいだから、彼女が何に気付いたのかすぐに分かった。
「うん、そのはずだよ。…ちょっと悪いんだけど、テレパシーで呼びかけてくれる? 」
「いいよ! 」
こんな時間に花畑に来る人なんていないし、あの人の種族はあの人しかいないからね。本当は僕が呼び止めるべきだけど、ライトさんよりも遙か上空を飛んでいるその人には届きそうにない。だから僕は、その人が通り過ぎてしまわないうちにライトさんにこう頼んでみる。例え声で届かなくても、テレパシー、それもラティアスのライトさんなら、普通よりもかなり遠くまで声を届ける事ができる。僕に頼まれて早速話しかけてくれたらしく、星が綺麗な空を飛ぶその人は旋回して降りてきてくれた。その人とは…。
「イグレクさん、お久しぶりです」
「ほぅ、誰かと思えばブラッキーのラテか。それとラティアスの貴女も、あの時は助かった」
「ううん、わたしはするべき事をしただけですから。イベルダルさんも、あれから大丈夫ですか? 」
「お陰様でな」
あの時ライトさんがいてくれなかったら、多分助けれてなかったかもしれないからなぁ…。満天の星空から降りてきてくれたのは、僕達がある事件で知り合った伝説の種族。イベルダルのイグレクさんが、少し驚きながらも懐かしそうに話しかけてくれた。確か僕は会うのは一年ぶりぐらいだけど、二千年代出身のライトさんはその時以来のはず。花畑に降り立ってから、その高さでフワフワと浮くシルクさんと握手を交わしていた。
「…だがすまない、こんな時間だが、俺は今手が離せ…」
「それなら一つだけ訊きたいんですけど、ここにエーフィが来ていませ…」
「そう、そのエーフィの件だ! 」
「いっ、イベルダルさんも? 」
まっ、まさかとは思ったけど、イグレクさんもシルクの事? 一旦翼を畳んでいたイグレクさんは、急用があるらしくすぐに大きく羽ばたく。それもかなり焦った様子で、今にも飛び立とうとしていた。だから僕はそれよりも早く、訊きたい事だけを訊いてみる。イグレクさんも同じ事で来ていたらしく、僕の質問を最後まで聴かずに声を荒らげて頷く。そのままイグレクさんは、大きな翼を広げて飛び立ち、僕達もそれに続いた。
「その通りだ! 単刀直入に言うと、そのエーフィが“弐黒の牙壌”に落ちた」
「にっ、弐黒の牙壌? 草の大陸にあるって聴いてたけど、こんな所にあったんですか? 」
「えっ、ラテ君? そこってそんなにマズイところなの? 」
「噂ではそうみたいなんだよ! 僕も詳しくは分からないけど…」
危険なダンジョンだ、って聴いた事があるけど、黒の花園にあるなんて知らなかったよ! イグレクさんは驚きながらも、全速力で走って追いかける僕、滑空するライトさんに手短に教えてくれる。ライトさんは仕方ないと思うけど、イグレクさんが教えてくれたダンジョン、“弐黒の牙壌”は名の知れた探検隊なら知らないチームは無いほどの知名度はある。…けどそのダンジョンは、あまりの危険度故に場所や難易度…、詳細な情報は一切公開されていない。唯一知られているのが、立ち入り禁止、という事。幻のダンジョンって言えそうな場所だから、僕も思わず声をあげてしまった。
「連盟と保安協会のアイツが公開を躊躇うぐらいだからな。…ラテの探検隊連盟の基準で言うならば、強さはシルバーだが広さはダイヤモンド。環境に至っては最高のハイパー…。総合でスーパーレベルだと俺は聴いている」
「すっ、スーパーレべル? そっ、それに環境が最高レベルって…、“光の雲海”と同じですよね? 」
そっ、そんな鬼畜な難易度のダンジョンにシルクが? イグレクさんが探検隊連盟の基準を知ってた事には驚いたけど、それ以上に僕は、例のダンジョンの情報に耳を疑ってしまった。野生の強さは一般的だけど、フロアの広さは僕のチームでも探索し応えがあるレベル。ここまでなら何とかいけそうな気がしたけど、残りの環境の指標が問題…。ハイパーレベルの環境って事は、マスターランクのハクとシリウスでも苦戦を強いられる程度…。何の対策も無しに潜入すれば、生きて出てこれる可能性はほぼゼロに等しい…。シルクはシロさん達と四年前に“光の雲海”を一日がかりで突破してるみたいだけど、その時は万全な体制で挑戦した、って言ってた。…だけど今回は、真夜中で寝てない上にダンジョンを突破した直後。道具も万全な状態じゃないから…。
「“光の雲海”…。見方によってはそうなるな。…“弐黒の牙壌”の環境はかなり特殊だ。伝説の繋がりで聴いた事しか俺は知らないが、突入するだけで体力が奪われ続け、何もしなければ一時間と経たないうちに息絶えてしまうそうだ」
「いっ、一時間で? たった一時間なら、バッジの脱出機能か穴抜けの玉で…」
「残念だがそれは無理だ。ダンジョン内は体力を奪われるだけでなく、その機能、更に不思議玉も使う事ができない。それ故に、一度足を踏み入れれば、文字通り二度と出てこられない…。この数百年で、このダンジョンで命を落とした者は大勢いる」
「えっ? 」
「これは余談だが、ここの“黒陽草”は知っているな? 」
「はい、僕はあの時よりも前の記憶が無いけど、それでも知ってます」
「なら話が早い。“黒陽草”はダンジョン内にも広く根を張り、ダンジョン内のあらゆる生物から吸い取った養分…、つまり体力で生育している」
「…ってことは、わたし達が栄養源って…」
「だが一つだけ、このダンジョンを誰でも突破する方法が存在する」
「そっ、そうなんですか? 」
「唯一突破したチームが、その方法を講じたそうだ。…物凄く容易な事だが、戦闘を一切せず、常に回復しながら走り続ける、それだけだ」
…兎に角突破する事だけを考える、ってことが攻略法なのかな…? 状況が状況だから、イグレクさんは早口でダンジョンの特徴を説明してくれる。パッと聴いた感じだと、一度足を踏み入れたら最後、“黒陽草”の養分になり果てる…、そんな風に聞こえた気がする。あんなに有名な“黒陽草”のこんな一面を聴いて背筋がゾッとしたけど、その反面突破する方法まで教えてくれたから、凄くありがたかった。
「回復しながら…、それなら、何とかなりそうです。イグレクさん、僕を“弐黒の牙壌”の入り口まで案内してください! 僕が代わりに、落ちたエーフィ…、シルクを救出してきます! 」
「だがしかし…」
スーパーランクだから、一つ下のウルトラランクの僕は潜入できない…。救援要請を出して助けを待つのが得策だけど、それだと“弐黒の牙壌”の事を何も知らないシルクが大変な事になる! シリウスから連れ戻して、って言われてる事もそうだけど、それ以上にシルクを失うなんて、僕には考えられない…。左目が見えなくなってるライトさんにこれ以上手伝ってもらう訳にもいかないから、僕だけで助けに行かないと! だから…。
「大丈夫です。回復し続けられる薬なら、いくつか持ってます。だから…お願いします! 」
僕は心に決め、声を大にしてこう言い放った。僕…、いや僕達にとっては欠かすことができない、化学者のエーフィを助け出すために…。
つづく……