2-4 助けを借りて
―あらすじ―
調べものをしていた僕は、二冊の本を借りて図書館を後にする。
そのままハク達のギルドを目指していたけど、その途中でただならない様子のシルクを目撃する。
その後を追っていたシリウスから手短に訳を聴き、でも訳が分からないまま、怪我をしているらしい彼の代わりに彼女を追いかける事になる。
長距離を走って追いかけたけど、僕は一分の差で彼女が乗った最終便に乗り遅れてしまう。
彼女の行き先は何となく予想はつくから、僕はある人に逢うためにワイワイタウンの船着き場を発った。
――――
[Side Ratwel]
「…ライルさん、急に無理を言って申し訳ないです」
「いえいえ、僕はこれぐらいの事しかお役に立てないですからね…。むしろ光栄ですよ」
…だけどこんなに遅い時間、それも結構遅い時間だから…。乗り遅れた船着き場から出た僕は、そのままの足で近くの波止場に向かった。そこにはベリーとソーフを乗せてきてくれているはずのライルさんがいる筈だから、その彼に逢うために…。僕の予想通りライルさんはいたけど、時間が時間だから水面に浮かんでうとうとしていた。…けど僕が来た事にすぐ気付いてくれて、寝ようとしていたのに快く引き受けてくれた。“星の停止事件”以来のつき合いだけど、流石にこんな時間だから、ね…。だけどそれでも嫌な顔一つせず引き受けてくれているから、凄くありがたい。もうワイワイタウンを出て三十分ぐらい経つけど、他のラプラスより速く泳げるみたいだから、本当に助かってる。
「…ですけどラツェルさん、こんな時間に大陸を渡るって…、珍しいですね。何かあったんですか? 」
「僕もいまいち分かってないんだけど…、シルクっていうエーフィ、覚えてますか? 」
「エーフィ…、言われてみればいた様な気がしますけど…、ごめんなさい、あまり覚えてないです」
一回しか会ってないし、もう何年も前だから、仕方ないですよね…。ライルさんがこう思うのも当然だから、僕はすぐに彼の質問に答えてあげる。僕自身もシリウスから、兎に角シルクを追ってほしい、それしか聴いていないから事情は分からない。だから僕が分かる事、それと予想の範囲内でしか話せていない。その中の一つ、僕が追っている彼女の事を話題に出して、要件の補足を入れる。けどライルさんは一回しか会った事が無いから、覚えていないみたいだった。
「そっか…。シリウスに頼まれたんだけど、そのエーフィを追っているんです」
「追っている…、お尋ね者か何か…」
「ううん。そうじゃなくて、何かあったみたいで、その事を訊くために追いかけているんです」
シルクって結構涙もろいけど、あんな泣き方してるの、見た事無いからなぁ…。暗い海原を泳ぎながら、ライルさんはううん、って首を横にふる。知っていたら暇つぶしに話していたところだけど、覚えていないみたいだから、そのまま話を続ける。追いかけている、それだけで判断したみたいで、ライルさんはこんな風に僕に問いかけてくる。だけどそうじゃないから、僕は彼の首元を見ながら簡単に答えた。
「そうなのですか…」
「はい。…だからそこに行ってるかは分からないけど、トレジャータウンの方に向かってくれますか? 」
「いつもの海岸ですね? 了解しました。…ラツェルさん、着いたらお知らせしますので、それまでゆっくり休んでいてください」
「じゃあお言葉に甘えて、そうさせてもらいます」
また走る事になると思うから、ありがたいよ。この流れで行き先を伝えたら、僕を乗せて泳いでくれているライルさんはすぐに返事してくれる。ワイワイタウンまで走ってきた疲れた抜けかけているけど、この気遣いは凄くありがたかった。僕はシルクがトレジャタウンに向かってるって思ってるけど、必ずしもそうとは限らない。そもそも草の大陸に行っている保証もないから、出直して夜通し走る事だって考えられる。
だから僕は、ライルさんの気遣いに甘える事にする。僕が休んでいる間ライルさんには泳ぎ続けてもらう事になるけど、彼曰く疲れない体だから問題無いらしい。ここまで前足を揃えて座ってたけど、ここで僕はその足も曲げて丸くなる。楽な体勢になって、僕はゆっくりと目を閉じて仮眠をとることにした。
――――
[Side Ratwel]
「…ェルさん、ラツェルさん」
「…ぅん…」
「トレジャータウンに着きましたよ」
「…うん、ありがとう」
…あっ、もう着いたの? 何分寝てたのかは分からないけど、僕はふとライルさんに声をかけられて目を覚ます。起きたばかりで頭がボーっとしてるけど、これは多分すぐに解消されると思う。ゆっくり目を開けてみると、泳いでいる先にはライルさんの言う通り、見慣れた海岸の洞窟前のビーチが見えてきている。月の位置からすると九時半ぐらいだと思うけど、トレジャータウンの夜は早い。ギルドに所属している時からそうだったけど、大体九時ぐらいには就寝していた。その分朝は早くて、六時半にはほとんどの店が開いている。
「ラツェルさん、エーフィさんが見つかるといいですね」
「はい…! …じゃあ…、あれ? 」
このくらいまで近づいてもらえれば、あとは泳いで行けるかな? 波打ち際がしっかりと見えてきたから、僕は優しく言ってくれたライルさんに答えてから腰を上げる。鞄から目覚まし代わりのイアの実を取り出し、二口ぐらいかぶりつく。すると柔らかい果肉から酸っぱい果汁が溢れ出し、僕の味覚をそれで占拠していく。けどそれで完全に目が覚めたから、残りも全部食べ切って鞄を背中の方に回した。
ここまで乗せてきてくれたライルさんにお礼を言って、僕は穏やかな海に飛び込もうとする。重心を前の方にして跳び出そうとしたけど、僕はふとあるものが目に入ってそれをやめた。
「こんな時間に誰かがいるなんて…、珍しいですね」
「うん。でもあれって…」
シルクがいるぐらいだから、間違いなさそうだね。水タイプのライルさんも気づいたらしく、浜辺の上の方を見上げながら声をあげる。確かにライルさんの言う通り、九時をとっくに過ぎているこの時間に人がいるのは凄く珍しい。だけど逆にそれ、そしてシルクが来ている、っていう事から、その人影が誰なのか気付くことができた。…というより僕はその種族には、今浜辺の上を飛んでいる彼女にしか会った事が無い。だから僕は、絶対の自信と共に…。
「…ライトさん? ライトさんですよね! 」
「えっ、らっ、ラテ君? アウトアタウンに行ったんじゃなかったの? 」
「そっ、そうだけど、何で知ってるの? 」
「今日ベリーちゃんと会って、その時に聴いたんだよ! 」
…ラティアスの彼女の名前を呼んだ。僕が急に大声で呼んだ、っていう事もあるかもしれないけど、ライトさんは声を荒らげて驚いてしまっていた。旋回するようにライルさんの方に降りてきたかと思うと、今度は僕が訊き返されてしまう。それも今日僕がハイドさんと先に訪れた、アクトアタウンの事。すぐにベリーから聴いた、って教えてくれたけど、僕自身もライトさんに驚かされてしまった。
「ラツェルさん、見かけない種族ですけど、あの方と知りあいなんですか? 」
「はい。…そうだ! ライトさん、この後大丈夫ですか? 」
「うっ、うん。朝までに戻れれば…」
「それならライトさん! 乗せてもらってもいいですか? 訳は飛びながら話しますから! 」
「えっ? いっ、いいけ…」
「じゃあお願いします! ライルさんもありがとうございました! 」
「えっ、あっ、ちょっ…」
ライトさんに乗せてもらえるなら、もし来てなくても追いつけそうだよね? ライルさんにライトさんの事を説明してから、僕はすぐに彼女にも本題を提起する。僕自身も分かりきってないけど、ひとまず僕は乗せてもらえるかだけど彼女に訊いてみる。いきなり訊いちゃったからビックリしていたけど、流石に朝までなら何とかなると思う。お互いに詳しい事は分かってない状態だけど、二つ返事で頷いてくれたから、海面スレスレまで降りてきているライトさんの背中に跳び乗る。そのまま僕はライルさんの方を見て、短くこう声をあげた。
「はっ、はい」
「だっ、だけどラテ君? どこに飛べ…」
「その前にライトさん、トレジャータウンにシルクさん、来てますか? 」
「しっ、シルク? 七千年代に来てから会えてないけど、アクトアタウンにいるんじゃなかっ…」
「僕もいまいち分かってないんですけど、それならカピンタウンまで急いで飛んでくれますか? 」
「いっ、いいけど、何…」
「すぐ話しますから! 」
トレジャータウンに来てないなら、カピンタウンに留まってるのかな? ライトさんは訳が分からない、っていう感じで取り乱しているけど、とりあえず、っていう感じで高度を上げてくれる。僕は僕で予想が外れて凄く焦ってるけど、最低でも行き先だけは伝えておかないといけない。四十メートルぐらいの高さまで浮上したところでこう言うと、ライトさんはその方向に頭を向けてくれる。頭の上に疑問符が沢山浮かんでいるけど、分からないなりにその町に向けて飛び始めてくれた。
「…ライトさん、さっきシルクの事を訊きましたよね? 」
「うっ、うん。ラテ君、トレジャータウンに来てるか聴いてたけど…」
「その事なんだけど、シルクがアクトアタウンのギルドを跳び出してこの大陸に来ているはずなんですよ。僕もシリウスに追いかけて、ってしか頼まれてないんだけど…」
「シリウスさんが? 」
「うん。チラッと見た時に蒼い光が見えたから、“チカラ”を発動させてると思う。…ほら、あそこに見える光みた…」
チラッと見ただけだから見間違いかもしれないけど、あの光はシルクの“チカラ”の特徴だからね、丁度暗かったし…。ライトさんが飛ぶスピードを安定させたタイミングで、僕は先延ばしにしていた説明を始める。焦ってるって事もあって早口になっちゃったけど、多分要点だけは伝わっていると思う。一瞬しか見てないから状況証拠しかないけど、暗い中で“チカラ”を発動させているシルクを見間違えるはずがない。丁度飛んでいる下の方に、アクトアタウンで見た様な青い光の線…。
「そっ、そうだよ! あれがそうだよ! 」
「うん、わたしにも見えたよ! あの光、“絆の加護”を発動させるシルクだよ! 」
「やっぱりライトさんもそう思いますよね? 」
「うん! …あっ、消えちゃったけど…。でもあの辺って確か…」
斜め前下の方に見える青い光に、ライトさんも気づいてくれた。だから僕はその光の正体を確信し、ライトさんに念のため確かめる。僕の一言でライトさんも同じように思ったのか、その彼女の名前を高らかに言い放った。
…だけどニ、三秒ぐらい経った後で、その光がぷつりと途切れてしまう。それもそこから先を何かで遮断されたような、そんな感じで…。だから僕は、ライトさんに跳んでもらった距離、そして地点特有の現象を経験から照らし合わせ、一つの結論を出す。それは…。
「“死相の原”…。僕達とライトさんが初めて一緒に潜入したダンジョンですよ」
「うん。その奥地の“黒の花園”でイベルダルを鎮めた場所だから、よく覚えてるよ」
一時的に立ち入りが制限されていた、ゴールドレベルのダンジョン。僕も凄く印象に残っている場所だから、その時のことをはっきり覚えている。大分後で分かった事だけど、あの時のイベルダル…、イグレクさんはダークライに悪夢を見させられている状態だった。ライトさんの“チカラ”で落ち着かせることができたけど、その直後に僕達も眠らされた。同行していたウォルタ君がシロさんを呼んで、シロさんがハク達を連れてきてくれたから助かったけど…。
「って事は、シルクは“死相の原”に潜入したんじゃないかな? 」
「そうだと思います。…ライトさん」
「うん、わかってるよ。わたし達も後を追いかけるんだよね? 」
「はい! 」
ダンジョンって分かったら、むしろ好都合だよ! 僕達は同じ結論に至り、すぐに行動に移る。…と言ってもライトさんが急降下を始めただけだけど、二人揃ってそのダンジョンへと突入する。ライトさんの左目に包帯が巻いてあるような気がするけど、そんな事は今は気にしている場合じゃない。早く追いついて連れ戻したいから、ライトさんの包帯は気にしないことにした。
つづく……