1-5 二つに一つの治療法
―あらすじ―
土砂崩れの被害が残る捌白の丘陵に突入した僕達は、違和感を感じつつも丘の頂上を目指す。
短時間で頂上に辿りつき、僕はそこで何かの物音を聞きとった。
そこでは白い祭壇が赤く染まり、二つの陰が戦闘を繰り広げていた。
大怪我を負ったフローゼルを保護し、何とか僕達はその場から脱出した。
――――
[Side Ratwel]
「ベリー、フローゼルさんの措置はどこまで終わってる? 」
「ひとまず止血だけは済んでるよ」
「それと斬られた尻尾も、見つけて回収はできているです」
しっ、止血だけ? 丘の頂上から帰還した僕達は、バッチの“帰還”機能を使って村に戻った。戻りはしたけど、すぐにでも医者に診てもらわないと大変なことになるかもしれない。だから僕達は、急いで村の仮設診療所へとフローゼルの彼を搬送する。体格上ベリーがフローゼルさんの左腕を自分の肩にかけ、左側から支えるようにして彼を誘導していた。
「…すみません…、っく…! 俺の…、尻尾まで…」
「もしかしたらって事がありますから。…とにかく、急ぎましょう! すぐですから! 」
「それは…、わかりますよ。ニアレビレッジは…、よく知ってますから…」
この感じだと、パニック状態から立ち直れた、のかな? ベリーに支えてもらっているフローゼルさんは、負傷した右腕をだらんとたらしながらこう呟く。ベリーの言う通り出血は止まってるけど、やっぱり患部とその周り、腕の先の方は真っ赤に染まってしまっている。僕は後ろから見てないから分からないけど、尻尾が斬られてできた傷口も治まってはいると思う。だけど傷が完全に塞がった訳じゃないから、まだまだ予断を許さない状態。ソーフが斬られた尻尾を抱えて飛んでくれているけど、それに関しても同じだと思うけど…。
「ハイドさん、エアリシアの出身だって言ってたからね。…リリーさん! 大至急診てください! 」
エアリシア? …って事は、ハクと同じ街の出身だよね? フローゼルの彼、ハイドさんのペースに合わせて急行する僕達は、あまり時間をかけずに目的の建屋に辿りつく。ソーフは体格上無理だけど、サイコキネシスか飛べる種族がいたらもっと速かったかもしれないけど、保護してから十分ぐらいでここまで連れてこれたとは思う。着くとすぐにベリーが声をあげ、診療所の奥にいる石の名前を呼ぶ。あまり大きくない仮設の建屋だから、すぐに小さな羽音が聞こえてきた。
「この声はベリーさんね? 大し…、はっ、ハイド君! その怪我、どうしたの! それにゲール君は? 」
「……っ、ゲールは…、ゲールが…」
「…ごめんなさい、僕達が、
もっと早く着いていたら…」
認めたくはないけど…。奥から飛んで来た彼女、アブリボンのリリーさんは、すぐに僕達だと分かってくれた。だけど彼女が僕達に目を向ける間もなく、血まみれのハイドさんに気付き、声を荒らげる。僕達…、特にソーフとベリーもハイドさんの血で赤く染まってる部分があるから、相当驚いたと思う。明らかに取り乱した様子で、ハイドさんに迫っていた。
僕達は僕達でどうしようもなかったけど、ハイドさんは涙、痛みを堪えながら声を絞り出す。そんなハイドさんを見、僕…、多分ベリーにソーフも、もの凄く心が痛んでくる…。もっと早く頂上に着いていれば、道中で戦わずに向かっていたら…、後悔と申し訳なさが同時に押し寄せてきて、あまり声を出すことができなかった。
「…ブラッキーさん達は…、何も悪くないです…。俺が…、注意していれば…、ゲールが…、…っく! 死ぬ事は…、なかったのに…」
「うそ…、プラチナランク…、でも…。…まさか、頂上でまた土砂崩れ…」
「…
殺された」
「えっ…」
「ゲールは、…化け物に…、…っ殺されたんだ…! 」
…うん、見るからに、そんな感じだった…。僕も信じたくはなかったけど、あの場に誰がいても、そういう判断に至ると思う。思い出しただけで吐き気がしてくるけど、もう一人いたはずの誰か…、その人がゲールって人だと思うけど、無差別に、執拗に…、何の種族だったか分からなくなるぐらい斬り刻まれていた…。
それに僕自身は相対したから分かるけど、ハイドさんの言う通り、化け物、っていう感じだった。僕は記憶を失った事があるけど、自分の事だけだったから、知ってる種族ならすぐに分かるはず。それも何年も探検隊として活動しているから、色んな種族の人にも会ってきた。…それでも、僕はその犯人の種族を知らないし、見た事も無かった。僕は人間だったけど、ポケモンにしては薄すぎたし、正直言って生物っていう事も危ういかもしれない…。…だけど、黒い眼差しで動きを封じれたから、少なくとも物質とか植物じゃないのは確か…。それにソレの一部も返り血を浴びて、真っ赤に染まっていたから、ソレの仕業で間違いないと僕は思う。
「こっ、殺された? 殺されたって、誰に…? 」
「それがミー達も分からないです。何というか、見た事の無い種族だったですし…。そっ、それよりも、先にハイドさんを…! 」
「えっ、そっ、そうね…! すぐ準備するわ! 」
「はっ、はい! お願いします! 」
…だっ、だよね? ハイドさんの叫びを耳にしたリリーさんは、唖然とした…、というより、それを通り越して凄い表情で問いただしてくる。知っていたらすぐにでも話して…、捕えて保安官に引き渡しているところだけど、そうしたくても出来なかった。僕の守るは物理攻撃に対して強いけど、それでもたった一撃で破壊されてしまった。それに何をしたのか分からないけど、黒い眼差しも一度は振り払われた。
直接交戦してないソーフは当然だけど、いまいちパッとしない表情でリリーさんに応じる。だけどここで大事な事を思い出したらしく、暗い声が一変…。斬られたハイドさんの尻尾を抱える両手にも力を込め、その彼女に強めに訴えていた。
忘れていたわけではないと思うけど、リリーさんは慌てて僕達を建屋の奥に手招きする。後ろ向きで羽ばたきながら、僕達を誘導してくれた。
――――
[Side Ratwel]
「…どうですか、リリーさん? 俺は…」
うーん…、どうなんだろう…。ハイドさんを奥に誘導してから、すぐに診察が始まった。診察というよりは簡易的な治療、って言った方が良いかもしれないけど、途中からソーフもアロマセラピーで手伝いながら、怪我の具合を見てもらっていた。ハイドさんは終始痛そうに顔を歪めていたけど、保護した当初よりは和らいでいると思う。そういう事もあって五分ぐらいで終わったらしく、一人分下がったリリーさんに、ハイドさんは心配そうにこう訊ねた。
「…薄々気づいてるかもしれないけど、結論から言うと、良くないわね…」
「そう、ですか…」
「ええ…」
素人の僕でも、そんな気はしてたかなぁ…。尋ねられたリリーさんは、その結果を表すように俯き、顔を左右に小さくふる。声も尻すぼみになってるから、その程度は相当なのかもしれない、僕は率直にそう感じた。
「まず尻尾の方は…、完全にアウトね。ここまで荒く斬られてると…、そもそも切断されてるからどうしょうもないけど、手の施しようが無いわ…」
「リリーさんでも、ですか…」
「…ごめんなさい…。…それから、右腕なんだけど…」
…ダメかぁ…。
「傷が…、骨までいっていたわね…。おまけに…、原因は大きな病院で診ないと分からないけど…、患部から壊死が始まっているわ…。…こうなると、もう…」
「……」
そんなに、酷かったなんて…。もの凄く言い辛そうにしてたけど、意を決したように、けど恐る恐る口を開く。尻尾の方は僕自身も覚悟は出来ていたけど、まさか腕もそこまで悪い状態だとは思わなかった。リリーさんは結構腕の立つ医者だって事は知ってるけど、その彼女でもお手上げだって事は、尚更…。彼女は直接は言って無かったけど、声のトーン、それから真っ暗な表情から、最悪の結果、そう察するのは難くない。あまりの事に、ハイドさんは何も返すことができなくなってしまっていた。
「…これはあくまでわたしの見解だけど、腕のことで、一つ、決めてもらわないといけない事があるわ…」
「決める…、こと? 」
「…そうよ。二つに一つだけど、一つは、このまま傷口を塞ぐ。少しの間は今まで通り生活できるかもしれないけど、壊死が全身にまで広がる可能性が高いわ…」
全身…。って事は、つまり…、そう言う事だよね?
「それからもう一つは…、壊死し始めている部分、肘から先を切断する。右腕は無くなるけど、壊死が全身にまわることは防げるわ。その分、救助隊としては絶望的だけど…」
「…要は、短い間だけ生きるか、右腕と救助隊としての人生を諦めるか…」
そうなる、よね…。医者のリリーさんは言いづらいけど、っていう感じで、患者のハイドさんにこう方針を伝える。治療となると、本人の意志が必要。…だけどその内容は、ほぼ空気になりかけている僕でも思わず声をあげそうになるほど、重いものだった。究極の選択、そう言っても良いかもしれない…。
「酷だけど…、腕の事もあるから…、すぐにでも決めてもらわないと…、対処できるものも出来なくなるわ…。だから…」
「…
はい。それなら…」
…うん、何というか…。もう僕達は何も言えなくなっちゃったけど、小さな彼女はこう念を押す。それにハイドさんは、消え入りそうな声で答える。すぐに人生を左右する決断をしないといけない、そうなると誰でもこうなると思うけど…。だけどハイドさんは、何とかその返事をする。その答えは…。
つづく……