7-3 阿吽の呼吸
―あらすじ―
夜が明けてアクトアのギルドを発った僕達は、港の近くでシャワーズとリーフィアと合流する。
二人はシリウス達の先輩で、夫婦の関係らしい。
シャワーズのヒュルシラさんは引退して二年になるけど、元々スーパーランクの探検隊だったらしい。
リーフィアのリフィナさんは現役で、僕達と同じランクって事が分った。
――――
[Side Ratwel]
「海が緑色になってきたし、そろそろダンジョンに入った頃なんじゃないかな? 」
「入ったって…、分かるものなんですか? 」
「慣れれば二年ぐらいで分かるようになると思うわ」
あまり気にした事無かったけど、僕は気づいたら分かるようになってたね。シャワーズのヒュルシラさんとリーフィアのリフィナさんと落ち合った僕達は、その足でライルさんとも合流する。それぞれの紹介は出発してから済ませて、その後はリフィナさん達と今までにあった事を話したりして過ごした。二人ともソロで活動していたみたいだけど、“パラムタウン”にいた頃からよく組んでいたらしい。僕達のチームはまだ経験した事がないけど、“ルデラ諸島”とか“デアナ諸島”にもよく行ってたんだとか。
それでアクトアを出発してから二時間ぐらい経ったぐらいから、海が緑色になり始めてきた。大分濃くなってきたから目的のエリアには着いたと思うけど、この色の海が今日潜入するダンジョン、“肆緑の海域”の特徴ってハクが言ってた。少し風が強い気がするけど、よく晴れていて波も荒れてない。ベリーは少し気づくのが遅い気がするけど、いまいちパッとしない様子で訊いてきたライルさんにリフィナさんが答えてあげていた。
「僕もそのぐらいでしたね」
「人によるけど、大体はそのぐらいだねー。…そういえばラツェル君、きみ達は“肆緑の海域”は初めてなんだよね? 」
「うん。本当はもっと早く来たかったんだけど、色々忙しくて来れなかった、って感じかな? 」
「そうだね。って事は、ヒュルシラさん達はあるんですか? 」
シリウス達のギルドの準備を手伝ってたら一年は過ぎてたからなぁ…。後ろ足を前に投げ出して座っているヒュルシラさんは、何かを思い出したかのように僕達に訊いてくる。ベリーの言うとおり初めてだけど、シリウス達から聞いてどんなダンジョンなのかだけは知ってるつもり。プラチナレベルでは知名度が高いダンジョンで、“ゼロの島”に挑戦するには必ず超えないといけない事でも有名。他にも環境が安定しないから、立ち入りが制限されている事でも知られてると思う。
「私も初めてだけど、シラは一回だけ突破した事がある、って言ってたわね」
「そうそう。“ゼロの島”に挑戦する時だったんだけど、肝心の島の方はダメだったなぁー」
「
経験ゼロになる島に潜入したからよ。しゃしゃり出ずに
道具ゼロの方にしておけば…」
経験の方って確か、二番目に難しいダンジョンだったよね? 何かを思い出すように話してくれているリフィナさんは、夫のヒュルシラさんに対して声をかける。今は引退してブランクがあるって言ってたけど、現役の時に“ゼロの島”に挑戦するぐらいだから相当の実力があった事になる。結局失敗したみたいで笑いながら答えていたけど、そもそもソロで潜入してる時点で難易度が跳ね上がってると思う。ハイパーランクの時のハク達でもギリギリだっ…。
「ゥガァァッ! 」
「リフィナさん、話しは後の方が良いと思うよ? 」
「初めて見ますけど、アレが噂に聞く野生ですか…」
リフィナさんは続けて何かを言おうとしていたけど、あまり離れていないどこかからの唸り声で遮られてしまう。僕が見た限りではまだ何もいないけど、気配だけはあるから警戒のレベルを高めておく。僕達を乗せて泳いでくれているライルさんは物珍しそうに声をあげてるけど、よく考えたら専属の航海士だから、彼にとってバトルは専門外。そもそも“代償”で技は使えないんだけど…。
「見た目はあまり変わらないけど、プラチナレベルだから油断しない方がいいと思うわ」
「そうだねー。…だけどここは僕がいくよ」
「ヒュルシラさんがですか? 」
後ろ足が不自由って言ってたけど、大丈夫なのかな? 僕達と同じランクのリフィナさんが言った通り、プラチナレベルでもそこそこの強さはあると思う。平均的なレベルがゴールドって言われてるから、平均以上の強さって事になる。本当は僕…達が戦おうと思っていたけど、僕が言うより早くヒュルシラさんが名乗りを上げる。立ち上がって海に飛び込みながら言ってたから、一歩遅れたって事もあって訊き返す事しか出来なかった。
「うん。プラチナレベルでやられる程錆び付いてはいないと思うけど、リフィナ、昔みたいにサポート頼んだよ」
「りょーかい! だけどシラ、野生相手は二年ぶりなんだから無理だけはしないでね」
「わかってるよ」
リフィナさんと二人かぁ…。どんな戦い方をするんだろう? ヒュルシラさんは海面から顔を出すと、張り切った様子で声をあげる。そこそこの速さで泳ぐライルさんにも着いてきてるから、とりあえず泳ぎの方は大丈夫そう。一方のリフィナさんも大きく頷き、ヒュルシラさんに負けないぐらい揚々とした声をあげる。いつの間にか二人の声の掛け合いみたいになってるけど、それはお互いを信頼してるような…、昔から続けているような雰囲気があるような気がする。
「だからリフィナ、いくよ」
「ええ! 」
これだけを言い放つと、ヒュルシラさんは緑色の海に潜り、リフィナさんも戦闘に備えて身構え始めた。
――――
[Side Hyulshira]
「だからリフィナ、いくよ」
「ええ! 」
野生相手の戦闘なんて、いつ以来だろう? ラプラスのライルさんの背中から飛び込んだ僕は、海面から顔を出してリフィナに呼びかける。僕は三年半ぐらい前に“肆緑の海域”に潜入した事があるけど、あの時は現役だったから楽に突破できた。…だけど引退した今は三年間のブランクがあるし、何より左後ろ足に重度の麻痺があって使い物にならない。水中では尻尾で泳いでるから関係ないけど、そういうこともあって地上では満足に行動する事が出来ない。
「えーっとサメハダーとハギギシリが一体ずつ…。なら何とかなるかなー」
野生相手は久しぶりだけど、この程度なら問題なさそうだね。頭から潜って前に目を向けると、目測で八メートルぐらい先に陰が二つ見える。ダンジョンの特徴で視界が緑がかってるけど、慣れてるからなんの問題も無い。口から取り込む水も割と澄んでいて綺麗な方だから、息継ぎ無しで四時間ぐらいは潜っていられると思う。
「さーて、まずは…」
「グルルルゥッ…」
十八番のあの技かな? 流石に相手の方も気づいたらしく、二匹揃って僕の方へと泳いでくる。目測での速さでは六秒後ぐらいには来ると思うから、その間に僕も戦闘に備え始める。まずは全身にエネルギーを行き渡らせ、同時に水に溶け込むようなイメージを膨らませる。その状態でエネルギーを解放し…。
「…溶ける」
緑色の海水と同化する。この技は地上では耐久を上げる事が出来るけど、水中では環境上大分効果が変わる。周りの水に同化するから狙われやすくなるけど、代わりに回避出来る確率が高くなる。だから現役の頃はこれとアクアリングを合わせて発動させていたから、水中での持久戦はかなり自信があったと思う。
「ガァッ? 」
「噛み砕くか何かをするつもりだったみたいだけど、そうはいかないよー? アイアンテール! 」
事務作業ばかりで鈍ってるけど、このぐらいなら問題なさそうだね。尻尾を右方向に打ち付けて、僕は左方向に回避する。少し余裕を見て回避行動をとったから、サメハダーの三メートル手前でかわす事が出来た。それで折角泳ぎに勢いがついたから、上半身を時計回りに捻って方向転換…。その状態で長い尻尾にエネルギーを送り込み、宙返りをするようにサメハダーの下顎に打ち付けた。
「ッ! 」
「これだけでは終わらせないよ、濁流! 」
「ァッ? 」
攻撃させなければあっさり倒せそうだね。縦回転して仰向けの状態になった僕は、立て続けに別の技を発動させる。周りの海水にエネルギーを干渉させ、細かい砂の粒子で濁らせる。ある程度濁らせてから流れを発生させ、硬直しているサメハダー、接近してきているハギギシリをまとめて水面に押し流す。浸透圧の関係で視界を奪うだけじゃなくて少しダメージも入るから、水中の戦闘では割と重宝してる。
更に僕は自分で起こした水流に乗り、流される野生二匹の後を追う。流れを海面に向けて起こしたから、普通に泳ぐよりも早く浮上する事が出来る。
「もう一発アイアンテール」
深さ二メートル辺りの所で逃れようとしているハギギシリに追いついたから、ダメ押しで海面の方へと弾き飛ばす。その後を追って海面から飛び出し…。
「リフィナ! 」
「ええ! リーフブレード! 」
会場で待ち構えていたリフィナが迎え撃ち、作り出した草の長刀で思いっきり切り裂く。ここまでの間に奮い立てるで強化しているはずだから、この一発だけで先に流されたサメハダーを一刀両断にしていた。
「シラ! 草結び! 」
「助かるよー」
更にリフィナは落ちていくサメハダーから太めのツタを生やし、僕のために足場を作ってくれる。丁度良いタイミングで生やしくれたから、右の後ろ足で思いっきり踏み込む事が出来た。片後ろ足、それからツタをバネ代わりにして大きく跳躍し…。
「カッ? 」
空中に投げ出されたハギギシリの背後をとる。そして…。
「アイアンテール! 」
腰に捻りを利かせ、ありったけの力でハギギシリをはたき落とす。斜め下、丁度四人がいる辺りを狙って叩きつけたから…。
「これでトドメよ、燕返し! 」
草結びで足場を作っていたリフィナが飛び出し、右の前足で思いっきり切り裂く。すれ違い様に切り裂いていたから、飛びだした勢い、それから落下する勢いも合わさって威力が上がってるはず…。
「ガアァァッ…! 」
僕達の連携に耐えられなかったのか、水面に叩きつけられたハギギシリ、サメハダーの二体はこれ以上襲いかかってくる事はなかった。
続く……