1-4 災害の爪痕
―あらすじ―
トレジャータウンを再出発した僕達、悠久の風は、一晩だけ休んですぐにニアレビレッジへと向かった。
半日かけてその村に赴いた僕達は、改めて目の当りにする村の惨状に息を呑んでしまう。
そんな僕達は、村の避難所で総括するリオナさんと合流する。
その彼女からの依頼で、僕達は捌白の丘陵というダンジョンに向かうことになった。
――――
[Side Ratwel]
「もしかして、今回の土砂崩れってここで起きたんじゃないかな? 」
「そうとは言い切れないけど、こう、荒れてるのを見ると…」
「その可能性も、あるかもしれないでしゅね」
だよね…。リオナさんからの依頼で、僕達は村の南西部のダンジョン、捌白の丘陵へと突入した。村長さんとリオナさんの話によると、捌白の丘陵は一部の村民なら普通に突破できるぐらいの難易度らしい。観光局の人だと思うけど、丘の頂上は観光地としても有名だから、その案内の為に潜入しているんだと思う。
だけど今は状況が違う。白い植物が綺麗な丘だって聴いてるけど、その
長閑な景色が全く見られない…。白い草原が広がっていた丘は、山の上の方からの土砂で埋め尽くされている。穏やかな風が頂上から吹き下ろしているはずだけど、天候のせいなのか若干強くなっている。足元もあまりしっかりしていなくて、気を抜くと足がはまって動けなくなってしまうかもしれない。ドロドロでぬかるんでるから、ベリーは凄く煩わしそうにしてるけど…。
「うん。…みたいだね」
「だから、気を引き締めないと…、いけないですね! 」
こう荒れてると、何が起こるか分からないからね。ベリーは不快そうに顔を歪めてる
けど、それでも何とか僕達に対して頷く。ソーフもいまいちパッとしない表情をしていたけど、彼は彼で何とか気持ちを切り替えようとしているらしい。本当にそうらしく、彼は目を閉じて意識を集中させる。すると首元にかけている白い結晶が淡い光を帯び、かと思うとソーフ自身も激しい光に包まれる。すぐに雲散すると、そこには翼を得たシェイミ、スカイフォルムのソーフが姿を現した。彼は自由になった両前足で顔をパンッパンッ、って叩いて自分を奮い立たせていた。
「そう、だよね。うん! 」
「先に潜入しているチームもいるみたいだけど、一刻も早く調査しないといけないしね! 」
調べる側の僕達がこんな状態だと、もし逃げ遅れた人を見つけても余計に心配させてしまうしね。フワフワと浮かぶ彼のお蔭で、僕も何とか気を持ち直せたと思う。探検隊の僕達が落ち込んでたら話にならない、自分にこう言い聞かせて、無理やりにでも明るめの声で言い放った。
「ですよね! …っと、エアスラッシュ! 」
「…ッ! 」
「オウム返し…、シグナルビーム! …えっ…? 」
「真空斬り! 」
これだけ荒れてても、野生の方は何ともなさそうだね。ここで何かにくづいたのか、一メートルぐらいの高さにいるソーフは一気に警戒のレベルを高める。空気が急に張りつめ、彼は即行で空気の刃を解き放つ。それはクルマユを正確に捉え、一発で気絶させる。ほぼ同じタイミングでベリーも反応し、彼女は直前に発動されたモルフォンの技をコピーする。彼女に達する直前に放出し、送り込むエネルギーを増やして圧し返す。僕も一番遠くにいるアリアドスに狙いを定め、右の足元にエネルギーを集中させる。その状態でアリアドスをなぞるように振り払うと、その通りに対象に見えない斬撃がふりかかっていた。
「ガアァッ…! 」
「守る! 」
「スカイアッパー! ソーフ! 」
「はいです、シードフレア! 」
エネルギー量を少なめにしたから、この一発では倒しきるまでには至らなかった。むしろ僕に対する敵対心を煽る結果になり、血走った目で僕を睨みつけてくる。そのアリアドスは僕だけを狙い、一気に距離を詰めてくる。虫喰いか何かだと思うけど、僕に噛みつこうと跳びかかってきた。
だけどこうなる事は、想定済み。僕は冷静にタイミングを見極め、緑のシールドを展開する。カンッ、と軽い音がし、このシールドに阻まれてアリアドスは大きくのけ反る。そこへモルフォンを倒したばかりのベリーが茜色の帯を靡かせて駆け込んできて、右の拳を大きくふり上げる。加減して攻撃しているけど、それでもアリアドスは宙に投げ出される。そこへソーフの衝撃波が達し、かわしきれずまともに命中する。ぬかるんだ地面に叩きつけられていたけど、それ以上アリアドスが襲いかかってくる事は無かった。
「ふぅ」
「ひとまず倒したけど…、ラテ? 何か変じゃなかった? 」
「変? ミーは特に何も感じなかったですけど…」
「うーん、ブロンズレベルにしては、少し守りが硬かったような気がするけど、それ以外は…」
僕もこれと言って無いけど、強いて言うならこれかな…? 今回一発目の戦闘を終えて一息ついていると、ベリーが首を傾げながら僕達にこう訊ねてきた。彼女は戦闘中に何かを感じたみたいだけど、僕はそうじゃなかったから首を横に振る。ソーフもいまいちピンときてないらしく、うーん、って考えてからベリーの質問に答える。言われてみれば、気になる事は無い事は無いけど…。
「そう、なのかな…? 私の気のせいかもしれないけど、ブロンズレベルの野生って、シグナルビーム、使ってきたかな…、って思って」
「シグナルビームを? 」
「うん。それにさっきのアリアドスも、虫喰いを発動させてたでしょ? …だから変だと思うんだけどなぁ…」
「リオナさんがレベルを伝え間違えただけ、とか…」
「流石にそれは無いと思うよ。それなら、案内は自分達じゃなくてどこかのチームに依頼するはずだから」
まして観光協会の代表だから、そんな筈はないと思うけど? ちゃんとした強さを見極めてないから分からないけど、話を聞いた感じだとブロンズレベルにしては技のレベルは高いとは思う。だけどその反面、野生自体の戦い方は大して気にならなかった。流石にソーフの考えはあり得ないと思うけど、ベリーの主張には何か筋が通っていたような気がする。だから僕は、彼女の意見には納得できないけど、すぐに首を横にふる事はできなかった。
「だけど…、考えられるとしたら、土砂災害で環境が変わった、って事も…」
「――ッ! 」
「っと、今はこの状況を何とかしないとね! 火炎放射! 」
おおっと…! ちょっとした会議が始まってたけど、この感じだとそれさえさせてもらえる時間は無さそう。僕達がいるエリアに、新たな敵が徐に姿を現す。種族までは確認してないけど、背を向けている僕に向けて粘着質の糸が放たれる。背を向けていたから、僕にベトベトの糸が絡みつく。普通なら身動きが執りにくくなるけど、その代わりに左前足に身につけているブレスレットが淡い青色の光を放つ。その効果で僕は何事も無く跳び下がり、口元にシャドーボールを準備する。その間にベリーが、僕に向けて糸を放ったコロトックを狙って炎を放出してくれていた。
――――
[Side Ratwel]
「一応ダンジョンは抜けたけど…」
うーん、土砂以外は、特に変わったところは無かったかなぁ…。あれから何十分かかけて、僕達はダンジョン内をくまなく調査した。あまり広くない丘だからすぐに終わったけど、大量の土砂が流れ込んでいる以外は何事も無かった。僕達の前に潜入している救助隊のチームがいるからかもしれないけど、逃げ遅れたりした人は誰一人いなかった。だから僕達は、もう一つの目的を達するために丘の頂上へ…。今ダンジョンを抜けたばかりだけど、ここも例の点以外は変化はない、…というよりむしろ、下よりも荒れが少なくて歩きやすい。泥まみれになった足で、最後の坂を登り始めていた。
「ここの方が被害は少ないみたいですね」
「みたいだ…、ん? 」
「ラテ? 何かあった? 」
パッと見た感じはそうみたいだけど…。僕は先頭を歩きながら、そうみたいだね、って言おうとした。土砂があるとはいえ白い草も少し見えるから、村ほどの被害は出てないのは分かった。これなら観光業を中心に復興すれば何とかなるかもしれない、そう思いはじめたその時、僕は何か、そう離れていないどこかからの物音を聞きとったような気がした。言おうとした途中で止めたから、ベリーが不思議そうに首を傾げていた。
「何か聞こえた様な気がしたんだけど…」
「それなら先に潜入してたチームじゃないですか? いつ潜入したかは分からないですけど、ミー達が着いたぐらいだから、先に救助活動をしてるのかも…」
「あっ、私も聞こえたよ! …でも救助するのに、ここまで大きい音、出るっけ…? 」
だよね? 丘の頂上の方からだと思うけど、何か激しい音が確かに聞こえた。最初は気のせいかとも思ったけど、ベリーにも聞こえたのなら、ほぼ間違いないと思う。ソーフが思った事も間違いではないと思うから、技とかで土砂を除去している、僕は率直にそう感じた。だから僕は、ベリー達の方に振りかえり…。
「分からないけど、それなら早く手伝いに行ったほうが良いかもしれないね」
「うん! まだ時間はあるし、報告はそれからでも遅くないかもしれないね 」
「ですね! 二人チームみたいだから、手間取ってるかもしれないですしね」
そうだね。種族までは聴いてないけど、もしかすると出来ない作業もあるかもしれないからね。ベリーの言う通り、陽の傾き方からするとまだ四時とかそのくらいだとは思う。この時間は正直言って、村に帰っても中途半端なタイミングになると思う。それなら先に着いてるはずの救助隊の人達と合流して、その手伝いをした方が有効的に時間を使う事が出来る。ベリーとソーフも同じ様な結論に至ったらしく、僕の提案に大きく頷いてくれた。
そうと決まったら、僕達はすぐに歩調を早める。足場がしっかりしてきたって事もあって、走る足に力も込めやすくなってきた。そもそもソーフは浮いてるから関係ないけど、風の強さが弱まってきてるのか、ダンジョン内よりも滑空するスピードが上がってると思う。ベリーも全速力で走っ…。
「えっ、なっ、何? 何があったの? 」
「どっ…、どういう事なのですか、これって…! 」
えっ、なっ、何が…、何がどうなってるの? 全力で駆け抜けた事もあって、僕達はすぐに頂上まで登りきることができた。…だけどそこで目の当たりにした光景に、僕、ベリー、ソーフも、あまりの事に言葉を失ってしまった。
頂上は白い木材で組まれた祭壇があるって聴いていたけど、パッと見土砂の被害を免れて何ともなさそう。周りの景色も、噂通りの白い草原。ここまでは、何の異常もない…。だけど目線を祭壇から広間に向けると、そこは全く違う色に支配されてしまっていた。
真っ先に目に入るのは、深紅。辺りが白い草原って事もあって、嫌でも目に入ってくる。香草でも有名だって聴いてるけど、そんな爽やかな香りは全く無い。白原の赤滴と同じように僕の嗅覚を支配しているのは、上手く言葉に出来ないけど、鉄のような生臭いような…、そんな感じ。独特な匂いと色のせいで、僕はここで何があったのか、すぐに分かってしまう。その証拠が、辺りを探る時に目に入った二つの陰…。一つは…、出来れば言葉にしたくない、認めたくないけど…、元々がどの種族だったのか分からない、誰か…。もう一回見ようと思っただけでも吐き気がするけど…、無残な状態の誰か…。そしてもう一つは…、一応生きてはいるらしい…。
「ふっ、フローゼルさん! ここで何が…」
「くっ…、来るな…! やつが…、奴が…! 」
「フローゼルさん? その腕…、尻尾も…」
生きてはいるけど、風前の灯火、っていう感じ…。意識はしっかりしているけど…、体がそうではない。まず目に入るのが、彼の右腕。肘から先は白い毛並みのはずだけど、自分の内側の赤で染まってしまっている。そこに怪我を負っているのか、力なくだらんと垂らせている右腕を押さえている左手も、その色で染め上げられている。そしてその腕よりも酷いのが、彼の尻尾。種族上二本あるはずの尻尾が、一本しか見られない。その残りの一本があったはずの場所は、周りを染めているソレが滴り落ちてしまっている。ということは…。
「まさか斬…」
「バケモノが…、いる! あのバケモノが…、ゲールを…! 」
「バケモノ、ですか? 」
「とっ、兎に角、フローゼルさん、今は詳しい状き…」
「ブラッキーさん! 後ろ…! 」
「―――ッ! 」
「ラテ! 」
「…! 守る! …っく! 」
えっ…? 致命的な怪我を負ったフローゼルさんに、僕はここで何があったのかを訊こうとした。だけど彼はパニックに陥ってしまっていて、それどころじゃなさそう…。右腕に大きな傷を負ってるし、尻尾も一本斬り落とされてしまっている…。だけど酷だとは分かっているけど、ここで何があったのか知らないと、僕達も動くに動けない…。ベリーがいち早く訊いてくれようとしてたけど、その彼が荒らげる声に遮られてしまっていた。
その彼に言われた僕は、諭されるままにハッと後ろを振り向く。するとそこには、凄い勢いで迫る
何か…。三十センチぐらいの何かが、僕を攻撃しようと五十センチの距離まで迫っていた。そこで僕は咄嗟に、緑色のシールドを展開してソレを圧し返そうとする。…だけどその攻撃の威力が許容範囲を超えていたのか、シールドに一気に亀裂が入ってしまった。一秒としないうちに弾け飛び、僕はその反動でのけ反ってしまった。
「――! 」
「黒い眼差し! 」
「―ッ? 」
「ベリー、ソーフ! 今のうちにこれでフローゼルさんを! 」
「うっ、うん! 」
なっ、何なの、この種族? 僕が怯んだ隙に、ソレは僕を仕留めようと襲いかかってくる。このままだと殺られる、本能的にそう感じた僕は、ある技を発動させるため、咄嗟にエネルギーを両目に集中させる。すぐにそれを解放し、その状態でソレを視界の真ん中に捉える。するとソレは何かに縛られたように、ピタリと動きを止めた。僕はその間に、ソレから一切目を離さず、手探りで鞄の中を漁る。すぐに前足の感覚だけでそれを探り当て、後ろにいるベリーの方にふわりと投げる。
「治癒の種…、これなら…、うん! 」
「頼んだよ! 真空斬り! 」
その青い種、それならフローゼルさんの応急措置ぐらいならできるはず…。既製品でもダンジョンで拾える物でもないけど、効果は師匠…、いや、親友のお墨付き。それをパートナーに託した僕は、一切目線を逸らさずに右前足にエネルギーを送り、空気の力で種族名の分からない、ペラペラなソレを切り裂いた。
「――ッ…! 」
「何者か分からないけど、あなたは重大な犯罪を犯しました。…だから、悠久の風リーダ、ラツェルが、あなたを拘…」
「―ッ! 」
「…! 守る、黒い眼差し! …手荒な真似はしたくなかったけど、抵抗するなら…、シャドーボ…」
くっ…、ぼっ、僕の拘束が、解かれた? 僕が目を離さない限りは身動きが執れないはずだけど、それは僕の拘束を振り解く。何かの力を解放したのか、膨大なエネルギーが辺りに拡散する。その効力? で自由になったソレは、目の前にいる敵、僕に再度斬りかかってきた。
咄嗟に僕はシールドを張り、今度は辛うじてその斬撃を受けとめてから目を光らせる。今度はちゃんと発動してくれたらしく、完全に動きが止まった。向こうは抵抗する
気満々みたいだから、僕は口元に漆黒…。
「ラテ! ハイドさん…、フローゼルさんの措置は終わったよ!」
「ですから、ここは一旦退きましょう! 」
「…うん! 」
ベリー、ソーフ! その方がフローゼルさんの為にもいいよね! 口元にシャドーボールを準備しようとしたその時、後ろから二人の声が響いてきた。この感じだと応急措置は済ませて、彼の様子からこう判断したんだと思う。それに僕自身にとっても、いい判断になったのかもしれない。攻撃を防いだだけで一戦を交えてないから分からないけど、フローゼルさんにあれだけの怪我を負わせたんだから、何の対策もなしに戦うのは得策じゃない。現に今回は、僕達が着く前に一人、多分ソレの攻撃で命を落としてしまっている…。だから、ソレから目を離さないように中止ながら、僕はバックステップでベリー達の元まで
下がり…。
「…“脱出”! 」
ベリーが探検隊バッジを高く掲げ、その場にいる四人は光に包まれる。体の中から強く引っ張られるような感覚が襲ってきたかと思うと、僕達は光の雲散共にその場から消…、赤く染まった白い祭壇から撤退した。
つづく……