4-5 再遭遇
―あらすじ―
“捌白の丘陵”に潜入した僕達は、報告にあった野生を探すためにもくまなくエリアを探索していた。
ブロンズレベルだから全く苦戦はしていないけど、全く出会えなくて捜索は難航していた。
そんな中僕達は、ようやく他とは違う、異様な素早さを持つルチャブルと遭遇する。
オレンジ色のオーラを身に纏ったその野生は、ティル君が言うには異世界の人かもしれない、とのことだった。
――――
[Side Ratwel]
「…ええっとラテ君? そろそろ頂上だよね? 」
「うん」
ダンジョンの空気も無くなったからね…。遭遇したルチャブルと交戦を始めた僕達は、始めは様子を見ながら戦う事にしていた。相手が凄く早い事は分かっているから、僕が前にでて起点を作る…。二つの補助技、黒い眼差しと守るを使い分けながら隙を作り、そこをベリーとティル君の火炎放射で攻めてもらう。それと合わせて向こうは格闘タイプだから、体力温存のためにもサイコキネシスを発動してもらっていた。
それで時間はかかったけど倒せたから、僕達三人は引き続き頂上への登山を再開した。手強い野生はあとどのくらいいるか分からないから、ひとまずは本来の目的、あの殺戮生物の討伐を優先する事にする。登山自体は問題なく進んだから、僕達はダンジョンだけは抜ける事ができた。
「土砂災害が無かったら観光客で一杯なんだけど、今はあんな状態だからね…」
「だよね…。風蓮茶の出荷も止まってるから…」
「風蓮茶? 」
「僕はちょっと苦手なんだけど、ベリーが気に入ってるからね。ニアレの特産品なんだけど…」
ここでしか採れないからね、高いのが難点かな…。話を今の事に変えると、頂上まではあと少しあるから、僕達は息を整えながら雑談を楽しむ。楽しむ、っていうと少し違う気もするけど、これからする戦闘のためにも心の緊張を和らげる、って言った方が正しいのかもしれない。その中で僕達は、この丘とニアレの名産品のことを話始める。僕はあまり好みじゃないけど、高級品として出回っているその物の話しで盛り上がりはじめていた。
「風蓮茶は好みが分かれるからね」
「へぇー。って事は、独特の味だったりするんだね? 」
「うん! あの渋さが癖になるんだよねー。…うん、そろそろだね」
坂も緩くなってきたから、間違いないね。話しているうちに頂上が見えてきたから、その事をベリーが教えてくれる。僕達はこれで二回目だけど、頂上は観光地としても有名らしい。ハイドさんを保護した時はそれどころじゃなかったけど、頂上は白い草原になっていて、景色も結構いい。麓の村だけじゃなくて、天気が良ければパラムタウンの方まで見えるらしい。…それからこの場所には、何かが祀られている白い祠がある。村人の話によると“
白艮の祭壇”って呼ばれてるみたいだけど、実はあまり調べられてないらしい。諸説あるみたいだけど、千年ぐらい前にはこの場所に建てられていたんだとか…。
「ここが…、言ってた頂上だね? 」
「うん。ここで襲われてるところを保護したんだけど…」
「やっぱり、まだ跡は残ってるね」
あれから雨は降ってないみたいだからね、流石に流されないよね…。坂を登りきったところで、ティル君が白い草原をキョロキョロ見渡す。僕もティル君に説明しながら目を通してみたけど、やっぱりあの時の後は残ってるけど、それ以外は前来た時とあまり変わらない…。風蓮草独特の香りが漂っていて、心なしか湧き立った気持ちが抑えられているような気がする。僕達から見て反対側に木造の祠があって、それも同じ白色で塗られている…。それからこれは前には無かった…、気付かなかっただけかもしれないけど、祠の真上ぐらいには、白い渦みたいなものが浮かんでいる。…そして何より、ハイドさん達が戦っていた時の跡が未だに残っている。所々の草がくすんだ赤色に染まっていて、嫌と言うほどここで何があったのかを物語ってくる…。ハイドさんの相方の遺体は回収されているけど、その部分は特に赤…、というよりはどす黒い色に染め上げられていた。
「凄い血の量…。これって…」
「うん。ここで一人、プラチナランクの救助隊員が亡くなってて、その相方も尻尾と右腕を斬り落とされる大怪我を負ってる…。それだけあの生き物は危険だか…」
「だから接近戦は避けた方がいいかもしれな…」
僕の守るでも際どいレベルだったからね…。この光景を見たティル君も、思わず言葉を失ってしまう。最近は任務で忙しかったって言ってたけど、この様子だと全く見慣れてないんだと思う。もちろん僕達もここまでのレベルはそうだけど、血がべったりついた場所を見るのは凄く気が重くなる…。ここで大怪我をしたハイドさんの事を話したけど、あの時の光景がフラッシュバッ…。
「―――! 」
「…っ守る! 」
「オウム返し…、辻斬り! 」
前もそうだったけど、今回も奇襲を…? 僕の言葉を遮ってベリーが話していたけど、そこへ第三者が襲いかかってくる。ハイドさんの時もそうだったからそんな気はしてたけど、僕は相手が技を発動させるまで気付けなかった。二人はどうかは分からないけど、僕は咄嗟にエネルギーを活性化させ、緑のシールドを周りにはる。ベリーをティル君も入るように作り出したから、一気に亀裂が入ったけど守りきる事は出来た。
この頃には二人も気付けたらしく、ベリーは僕のシールドの中で相手に意識を向ける。振り向き様に相手の動きを観察し、直前に発動させた技をコピーする。僕は向き直ってる途中だから見てないけど、多分ベリーは流れ込んできたイメージ通りに技を発動させる。視界の端で見ると、ベリーは構えた爪で平行に斬り裂いていた。
「――…」
「あれが…? 」
「うん! 改めて見ると凄く薄…」
「―! 」
「黒い眼差し! 」
「――ッ? 」
ベリーの迎撃は外れていたけど、そこには予想通りの小さな敵…。三十センチぐらいで薄い生物が、ヒラヒラと僕達から五メートルぐらい距離をとっていた。この間にティル君は初めて見るはずのソレをハッと見、そのままベリーに問いかける。けど答える間もなく急接近してきたから、僕が睨みを利かせて動きを封じ…。
「ラテ君ありがとう」
「どういたしまして。…ティル君、改めて訊くけど、どんな技が使える? 」
どのくらい強いか分からないから、少なくとも技ぐらいは聞いておかないと…。相手から一切目を離さずに、僕は背中でティル君に問いかける。一応ここまでの登山で見てきたけど、ティル君は火炎放射ぐらいしか発動させてなかった。…だから作戦を考えるため、ティル君の本当の実力を視るためにも、ベリーと同い年の彼に問いかけた。
「俺は火炎放射以外にサイコキネシスと未来予知、それと牽制用にマジカルシャインの四つだよ」
「って事はやっぱり、遠距離で攻め…」
「ううん、俺の基本は接近戦。ラテ君達に合わせるから、いつも通り戦って」
せっ、接近戦って…、この技で? ティル君はすぐに教えてくれたけど、これのどこが接近戦向きなのか全くわからない。教えてくれた四つは近接技はおろか、物理技ですらない…。未来予知は隙を見て発動するつもりなんだと思うけど、シルクとベリーをよく知ってるせいか、全く見当がつかない。ティル君は任せて、って言ってるけど…。
「うん! じゃあ…、私はいつも通り接近せ…」
「いや、ベリーは中距離で戦って。僕が前に出るから」
いつもなら前衛は任せてるけど、相手が相手だからなぁ…。多分この方が…。僕はいまいち理解できなかったけど、ベリーは何となくティル君の考えを悟ったのかもしれない。拘束してる僕の後ろで大きく頷き、僕の前に走りだそうとする。だけど僕がそれを制止し、手短に作戦を伝える。本当はベリーが前衛で戦うのが良いんだけど、相手は腕の一本や二本を簡単に斬り落としてくるような化け物…。だから至近距離で戦うベリーより、攻撃を防ぐ手段が多い僕が前に出た方がより安全になる…。それならティル君の事も護れるから…。
「ラテ君が前衛だね? 」
「うん。それじゃあ、解除するよ」
「俺はいつでもいいよ」
「えっ…、うん」
ベリーならちゃんと動いてくれるはずだからね。背の高い彼の問いかけに大きく頷き、僕は二人に訊き返す。黒い眼差しでずっと縛っていたけど、この様子だと向こうは僕達の様子を見ていたか…、それとも本当に動けなかったのか、そのどっちかだと思う。振り解かれなかったからどっちでもいいけど、作戦会議が出来たから凄く助かった。ベリーはまだ納得できてないみたいだけど、一段落したから、僕は眼に集中させていたエネルギーを少しずつ緩める。そして…。
「………」
「シャドーボール! 」
「火炎放射! 」
「――ッ! 」
ティル君は精神を研ぎ澄ませているけど、僕達二人は赤と黒の特殊技を同時に発動させる。それが合図となり、白い祠前の激戦が幕を開ける事になった。
つづく……