肆幕
「こっ、これで、どうかしら」
「たっ、たぶん…」
途中で邪魔が入ったけど、テンポは崩さなかったから、何とかなったはず…。何とか即興のダンスを踊り終えた僕達は、息を切らせながらもこう言葉を交わし合う。キュリアは仰向けになり、それを僕が右腕で支える体勢になっているので、二つの視線は自ずと重なり合う。踊っている最中は凄く恥ずかしかったけど、今はそうではない。踊りきった達成感が恥ずかしさに勝り、後者の考えを忘れさせてくれていたからだと思う。
「ぃやあ嬢ちゃん達、ご苦労さんだべ」
ゴゴゴゴ…。三秒ぐらいの静寂の後、突然この空間に地響きのような音が轟く。何かが作動しているかのように、足元の地面が微かに揺れている…。何だろう…、彼女を起こしてあげながら轟音の方に目を向けると、その部分にある変化が起きていた。僕達がいる面の中央の壁が、ゆっくりと左の方にスライドしている。三十秒ぐらいかけてスライドしたそれは、直近のスペースを完全に塞ぎ、静止した。
一連の光景を傍観していたダストダスのダースさんは、満足そうにこう声をあげる。壁を背にする位置から、僕達の方に歩み寄ってきていた。
「はぁ、はぁ…、ダンスって、こんなに激しいものだったのね」
「まさかこんなに疲れるなんて、思いませんでしたよ」
何というか、慣れない事をしたから、なのかな、この疲れは…。体についたラピスの粉を払い落しながら、僕は歩いてきた彼にこう感想を言う。たぶんキュリアも、この感じだとバトルとはまた違った高揚感に満たされているのだと思う。彼女はこう言いながら、首から順に体を振るい、フサフサの体毛に絡みついた透明な粉を振り落としていた。
「おらもここまで凄いとは思わんかったんだべさ。だけんど、お蔭で通路の方さ行げそうだべ。あんがとぉ」
「喜んでいただけて、僕達も嬉しいです。…ダースさん、これで依頼は完了ですけど、大丈夫ですか」
「本当は最後まで見届けたいけれど、生憎私達、まだ依頼が残ってるのよ」
新たに現れた通路に向かおうとしているダースさんは、一度僕達の方に振りかえり、ぺこりと一礼。本当に嬉しかったらしく、子供の様な笑みを浮かべていた。そんな彼に暖かい気持ちにしてもらった僕は、こんな風に声をかける。そうしたい気持ちは山々だけど、そういう訳だからね…、ここで別れる事になる彼にこう言うと、キュリアが続けて聴いてくれた。
「こごまで来れば、もう大丈夫だべ。ごの先で娘っ子がおらを待ってぐれてんだべさ」
「それなら、安心ね」
「だけど、無理だけはしないで下さいね」
「あんがとぅ。じゃあおらぁ、もう行くべ」
娘さんが迎えに来てくれているなら、問題なさそうだね。彼は後ろの通路を目で指しながら、こう言う。彼を一人にするのは少し心配だったけど、それなら大丈夫かもしれない。この事を知った僕は、ようやくホッと一息つく事ができた。通路の方に再び歩き始めた彼にこう声をかけると、彼は暖かな声と共に、優しく手をふって応じてくれた。
「…ランベル、多分この辺りだと思うわ」
「ありがとう。数はどの位いるか分かる? 」
「この気配からすると…、五だと思うわ」
五人か、不安要素もあるけど、何とかなるかな。依頼人のダースさんと別れた僕達は、足早に最後の目的地へ…。準備段階では楽にこなせるはずだったけど、生憎の序盤でのトラップの嵐…。ベトベタスイッチの影響で、ありとあらゆる食料品がダメになっている。中腹で踊ったという事もあって、僕はもちろん、キュリアも空腹の状態。まだ少しはもつと思うけど、時間の問題だと思う。…唯一の救いが、くっつきスイッチが無かったっていう事。そのお陰で炸裂の枝を使えたので、エネルギーは温存する事ができている。
キュリアは特攻リングルにはめている地獄耳のラピスの効果で、敵の居場所を探ってくれたので、僕は続けてこう質問する。返ってきた答えを基に、僕はこう分析した。
「五人か…。どう、いけそう? 」
「うーん、さっきの踊りで、しっぽに疲れが溜まってるわね」
彼女が言うには、目標であるならず者の潜伏場所が近いらしいので、声を潜めてこう尋ねる。すると壁と密着して様子を伺っているキュリアが、少し苦い表情でこう答えてくれる。やっぱりキュリアも、相当疲れてるみたいだね、こう思った僕は、何かいい案は無いか…、考えるために自分のバッグの中に目を向けた。
「そっか…。なら、一気に決着を付ける事になりそうだね」
バッグの中を漁る僕は、ふとその中である物が目に入る。これを使えば、この状況でも何とかなりそう…。そう思った僕は、すぐに打開策を思いつく。これは僕さえ頑張れは何とかなるので、彼女には詳しい事はあえて言わなかった。
「空腹の度合いを考えると、そうなるかもしれないわね。…ランベル、この通路を抜けた先に潜伏しているわ」
「…ありがとう。…キュリア」
「ん? 」
「いや、何でも、ないよ…」
この依頼を達成したら…、いや、今はその事を考えるのを止めておこう。僕の脳裏にふと別の事が過ったけど、それをあたまの奥の方に押し込む。今はそんな場合じゃないから、無理やり思考を切り替えた。彼女はこの間もずと探ってくれていたみたいで、かなり緊迫した様子でこう教えてくれる。この瞬間から、この場には数十分前とまた違った空気が張りつめていた。
「…じゃあキュリア、いくよ」
「ええ」
忍び足でその通路を進むのと比例するように、僕達の警戒心は高まっていく…。角を曲がった先に開けた空間があるのを確認してから、僕はチラッと後ろに振り返る。短く彼女に合図を送ると、彼女も小さく頷いてくれた。
「…そこまでです」
「なっ、もうバレタか? 」
「あなた達の身元は分かってるわ。砂の大陸の…」
「ちっ…、デンリュウにキュウコン…、火花か。お前ら、俺達の恐ろしさを思い知らせてやれ! 」
えっ、なっ…、いきなり? 僕達が声をあげながら例の小部屋に突入すると、彼女が教えてくれた通り、五つの人影…。僕が見た感じでは、サニーゴとトリトドンとガラガラ…。相手の種族を確認していると、僕達の存在に気付いた、組員らしきサンドパンが、こう声をあげる。対して僕達は手配書で種族は知っていたので、キュリアが彼らの身元を読み上げ始める。だけどそれは、部屋の一番奥にいた、主犯格と思われるホルードによって遮られてしまう。舌打ちをし、ドスの利いた声をあげたかと思うと、僕達の事は関係なしにこう指示を飛ばす。お尋ね者達は大抵こう言う反応をするので、やっぱりか…、と僕は率直に思った。間髪を入れず、組員の四匹は戦闘態勢に入った。
「キュリア! 」
「ええ! 」
「何っ? 」
そっちが不意打ちを仕掛けるつもりなら、僕達だって、うつ手はある。僕がこう声をあげると、彼女はすぐに頷く。手下と思われる四人が接近してくる間に、僕達は同時に同じ行動をする。バッグの中から一本の杖…、炸裂の枝を取り出す。それを僕達は同時に振り上げ、空気をかき分ける光球を出現させた。二つの弾は真ん中の二人めがけて飛んでいき、寸分違わず対象に命中する。すると爆裂の種が破裂した時のような爆風が発生し、辺りの大気をかき乱した。
「ランベル、今のうちに! 熱風」
「うん、シグナルビーム」
相手が怯んだ隙に、キュリアは焼ける様な突風を、僕は七色の光線をそれぞれ放つ。彼女は相手との距離を保つために跳び下がり、僕は前へと駆けだす。同時に右手をバッグに滑り込ませ、手さぐりで目的の物品を探る。すぐに形でそのモノを判断し、掴む。そして…。
「生憎僕達も時間が無いんで…、一気にいきますよ! 」
手の中の輝石…、虹色のラピスを、左腕のリングルにはめ込む。するとどこからか、力が漲るような感覚が僕を支配する…。その間に僕は、瞬時に黄色と紺色の閃光に包まれる。かと思うと、バリンッ、とガラスが割れる様な音が辺りに響き、僕は、普段とは違う姿で、その光から解放された。
「らっ、ランベル、いつの間に覚醒のラピス…」
「後で話すから! 炎のパンチ」
「ぐぅっ…」
こっちは予定以上に疲れているんだ…、依頼を達成するためにも、始めから全力でいきますよ! 覚醒のラピスでメガ進化した僕は、左足で地面を強く蹴る。すぐに体勢を低くし、蹴った勢いに身を任せる。結果地面スレスレを滑空するような感じで、僕は相手との距離を詰める。右手に炎を纏わせ、急な事で戸惑っているガラガラの脇腹に振りかざした。
「まさか、一発で…。…お前ら、キュウコンの娘は相手にするな。デンリュウを狙え」
「了解だ。ブレイククロー」
「泥爆弾」
「秘密の力」
うん、確かに、この状況ならそれか正解かな。キュリアの特性で日差しが強くなっている事もあり、僕は手下のガラガラを一発で仕留める。この状況を見たホルードは、こんな風に指示を出す。その彼の指示で、狼狽えていた残りの手下は、何とか我に返る。各々に技を発動させ、僕を囲うように攻撃してきた。
「そっちがその気なら…、逆鱗を使わせてもらうよ」
このままだと袋叩きに遭うので、即座に別の技を発動させる。全身に力を溜め、容赦なく相手に襲いかかる。
「一」
「ぐぁっ」
「二」
「っく…」
まず初めに、一番近くにいたトリトドンを右手で攻撃。右上から左下に振りかざし、ダメージを与える。その勢いで身を翻し、今度は白いしっぽで相手の脳天を捉える。
「三」
天井を向いた僕は、地面に蹲(うずくま)り痛みを堪える相手に頭突きを食らわす。僕の連撃が功を制して、この三発目でトリトドンは意識を手放した。
「このアタイを忘れたとは…、きゃっ…」
「その言葉、そっくりそのままあなたに返すわ」
目の前の相手に集中していたために、僕はサニーゴの接近を許してしまう。このままでは彼女の近接攻撃を食らってしまうけど、ほぼ無双状態の僕は全く動じない。何かを言ってたけど、僕の目の前で、彼女はどこからか放たれた光線に弾き飛ばされる。この光線…、ソーラービームの発動元は確認してないけど、僕には分かる。サニーゴが壁に叩きつけられた直後、キュウコンの彼女がこう声をあげていた。
「くっ…、まさか俺の精鋭部隊があっさりやられるとは…。…地震」
「くぅっ…」
「キュリア! 」
流石に頭領となると、それ相応の技を持っているかぁ…。手下が全滅し、主犯格のホルードはチーゴの実を噛んだ時の様な顔をする。だけれど、そこは一組織のリーダー。すぐに思考を切り替え、反撃に移る。彼はおそらく右脚にありったけの力を蓄え、一気に踏み込む。すると部屋中にけたたましい揺れが発生し、地に立つ僕達に大ダメージを与えた。
「この程度の技…、どうって事ないわ。…熱風」
いやキュリア、どうって事ないって事は無いよ。相性の関係で致命的な一撃を食らったキュリアは、ふらつきながらも何とか立ち上がる。もしかすると、まもりアップのラピスを填めてなかったら、彼女は力尽きていたかもしれない…。彼女は歯を食いしばって立ち上がると、ありったけのエネルギーを費やして熱波を発生させる。それは味方である僕でさえ、純白の髪が燃えてしまうと錯覚するほどの温度だった。
「それなら、僕に合わせて! 」
「そう、させてもらうわ…」
「雷パンチ」
「ぐっ…」
彼女の渾身の熱波で怯んだ隙に、僕は一気にホルードとの距離を詰める。彼女との連携で大ダメージを与えるために、僕は彼の目の前で地面を蹴る。真上に跳躍し、彼の頭上を飛び越す。相手が壁を背にしていた事もあり、方向転換するのがかなり楽だった。宙返りするように身を翻し、地面と対面した瞬間、壁を思いっきり蹴る。右手に電気を纏わせ、相手の背に飛び込むと、それを思いっきり前に突き出す。するとその場所から雷光が駆け抜け、相手は正面に向けて吹っ飛んだ。
「秘密の…、力。ランベル、後は、任せたわ」
相手が飛ばされたその先では、力を蓄えたキュリアがスタンバイしていた。彼女は側転するように体を捻り、真横に前足をつく。しっぽを弧を描く様に靡かせると、そこへタイミングよくホルードが飛ばされて来る。その結果、相手の軌道は、真上へと切り替わる。技がヒットしたのを確認すると、彼女はぼくに向けてこう声をあげた。
「そのつもりだよ。トドメの逆鱗」
「ぐゎぁッ」
僕はキュリアが飛ばしてくれる位置を先読みし、斜め上向きに跳躍する。メガ進化した事でドラゴンタイプも加わっているから、この一歩で天井近くまで跳びあがる。飛んできた敵の真上をとり、僕は技を発動させる。頭から宙返りをし、しっぽで相手の背中を思いっきり叩きつけた。
「…っ、流石、名の知れた探検隊…。俺達では、手も足も、出なかった、か…」
地面に叩き付けられたホルードは、悔しそうにこう声を絞り出す。力を振り絞って立ち上がろうとしていたけど、それが叶わず、崩れ落ちてしまっていた。
「…倒せた、かしら…」
「この感じだと、多分ね。…それよりキュリア、大丈夫? 」
「正直言うと、大丈夫じゃないけど…、食らった直後よりは、マシになったわ」
そっか…、なら、よかった。少しの静寂の後、キュリアがこう声を絞り出す。意識が旅立たない様に注意しながら、彼女は倒れた相手の様子を伺う。それに僕は、彼女の元に駆け寄りながら、こう答える。そんな事よりも、僕にとっては彼女の身の方が、優先度が高い。ふらつく彼女を支えてあげながら、こう声をかける。すると彼女は、力ない笑みを浮かべながら、こう答えてくれた。
「そっか、なら良かった…。…キュリア、少しだけ、僕の話を聴いてくれるかな」
「街に戻ってからでは…、ダメかしら…」
「うん、今、どうしても伝えたいんだ」
…よし、伝えるなら、今かな…。彼女が平気だ、という事が分かり、僕はホッと肩を撫で下ろす。それなら…、っていう感じで、僕はある決心をする。メガ進化した状態のままの僕は、彼女を右手で支えた体勢のまま、こう話を提起する。彼女は不思議そうに首を傾げたけど、僕は構わずにこう続ける。空いた左手では、バッグの底の方に入れていた小箱を掴み、それを外に取り出した。
「キュリア、一日早いけど、お誕生日おめでとう」
「あっ、ありがとう…」
「それからもう一つ…。一度しか言わないから、よく聴いて…。…キュリア…、ぼっ…、僕は…、幼なじみとして…、だけじゃなくて、ちっ、違う意味でも…、きみの事が好きです…。こんな僕だけど…、僕と一緒に、いつまでも…、どんな時でも、寄り添っていてくてませんか」
「ランベル…」
意を決した僕は、思い切ってその言葉を解き放つ。緊張のあまり言葉が途切れ途切れになってしまったけど、何とかそれを言いきる。僕の心の底からの想いがこもったそれは、たぶん、彼女に届いたと思う。すると彼女は、ほんの少し考えた後、ある言葉を口にした。それは…。