転 解錠法
参幕




 「話によると…、この辺りですか」
 「そうだべ」
 ここまでに何回か戦闘をこなし、順調に歩を進めてこれた。そのうち何回かトラブルに見舞われたけど、とりあえずは…。あれから一回だけモンスターハウスに迷い込んでしまったけど、キュリアの熱風と痺れ玉、それからフラフラ玉を使い分ける事によって突破。ただ一つ問題だったのが、罠の多さ。レオンさんから預かった罠避けのお守りのお陰なのかは分からないけど、僕自身は踏むことは無かった。…そう、僕自身は。その代わりに、ダンジョンに突入するのは初めてだっていう依頼人のダースさんと、珍しくキュリアもほぼ連続でかかってしまっていた。中でも特に酷かったのが、爆発系統の罠。小部屋に入ってすぐにグルグルスイッチを踏んでしまい、右も左も分からない状態で別の罠…。その踏んだ罠が自爆スイッチで、危うく力尽きそうになってしまった。備えがあったから辛うじて何とかなったけど、十分に持ってきていた復活の種とオレンの実が底を尽きた。癒しの種を使おうとも考えたけど、そんな時に限ってベトベタフードになり果てていた。
 「おらの娘っ子が言っでだんだ、こごで間違いねぇべ」
 そうこうしているうちに、僕達は目的地に辿りついた。見た感じやや狭めの部屋の真ん中に、太めの柱が立っているような感じ…。いや、そもそも部屋じゃなくて、環状の空間、と言った方が良いかもしれない。くり抜けば通路一本分はできそうな太さの壁が、堂々と鎮座している。
 この部屋の形状を目にし、僕はある事にピンとくる。この部屋の形状は、今まで何度も目にしてきた。ダンジョンなので突入するたびに形が変わるけど、このタイプの依頼があると決まってこの形の部屋が現れる…。なので僕は、この部屋が目的の、鍵の間だとすぐに気付くことができた。
 「娘さんがいらっしゃるんですね。…ということはダースさん、ここは鍵の間と言うんですけど、鍵の開け方を知っているのかしら」
 「これは僕の勘なんですけど、ダースさんの目的地の抜け道が、この壁の先にあるような気がするんです」
 これも長年の勘、かな。このフロアが目的地なら、ほぼ確実に依頼主が鍵の開け方を知っている。だからここまで来たら、もう依頼が一つ解決したようなものかな。
 「娘っ子もそう言ってたべ。おらぁここの開け方知ってんだべ」
 そうでないと、逆に困るけど…。僕の予想通り、依頼人のダストダスさんは得意げにこう声をあげる。彼の娘さんの事も気になったけど、正直言うと、…職業病かな、この壁の先に何があるのか、そっちの方に今は心惹かれていた。キュリアは僕とは真逆で、ダースさんの娘さんの事が気になっているのだろう。昔の彼女のことを考えると、キュリアは大分変わったと思う。昔は僕と父さん達以外に全く話そうとはしなかった。…あの事を考えると、無理はないかもしれないけど。
 「んだけんど、おらじゃあ開けられないんだべ」
 「えっ、開けられないって…」
 「でも安心してほしいべ。嬢ちゃん達なら開けれるがら」
 「わっ、私と、ランベルが…? 」
 「んだべ」
 あっ、開けられないって、どういう事? それに、何で僕達に出来てダースさんには出来ないんだろう…。依頼人の老人から出た言葉に、探検隊の僕達はほぼ同時に言葉にならない声をあげてしまう。僕達の中での常識が覆されてしまい、思わず目が点になる。互いに目を合わせ、茫然と相手を見つめ合う事しか出来なかった。
 「おらじゃなくで、嬢ちゃんと兄ちゃんにしかできないんだべ」
 「キュリアと、僕が? 」
 「そうだべ。ここの鍵は二足の種族と四足の種族のペアにしが、出来ないんだべ」
 「…と言う事は、私達が適任ね。だから私達を指名したのね」
 なるほどね。いきなりすぎて戸惑っちゃったけど、要はそういう事か。相変わらず訛りがキツイけど、彼は何食わぬ顔で言う。言いながら彼は、キュリア、僕の順に視線を落とす。確かに彼の言う通り、デンリュウの僕は二足で、キュリアは四足…。彼の条件に、僕達がピッタリ当てはまる事になる。…本当に自分で言う事じゃないけど、ダースさんが僕達のチームに依頼してきた理由が分かった気がした。…あえて言わないけど。
 「そう言う事だべ。…嬢ちゃん達、やってくれるがい」
 「もちろんよ」
 「依頼者に満足してもらってこその、探検隊ですから。任せてください」
 でないと、ここまで来た意味が無いからね。彼が僕達に依頼した理由が分かり、その事を確認しようとした。だけどそれは、キュリアに先を越されてしまう。続けて僕が言う間もなく、ダースさんが大きく頷く。期待の眼差しを向け、僕達にこう頼み込んできた。
 そうと分かれば、僕達に断る理由なんてない。これでもし、ダースさんが方法を知らない、って言ったのなら、断念していた。なので僕達は、当然です、と首を大きく縦にふる。キュリアも僕と同じ気持ちらしく、応じる声に暖かな光が灯っていた。
 「んなら嬢ちゃん達二人で、踊ってくれるがい? 」
 「はい! …はいっ? 」
 「えっ、おっ、踊る? わわわっ、私達、が? 」
 「そう言う事だべさ」
 いっ、今、何て言った? 僕はてっきり、二人がかりで壁を破壊する、その類かと思っていた。だけどダースさんの口から出たのは、僕達がペアで踊る、という事。全く予想外の方法だったので、僕はその言葉の意味に気付くのが遅れてしまう。依頼人自身が舞って解錠するような場合いは見たことがあるけど、このパターンは初めて…。反射的に頷いてしまったけど、僕はすぐに疑問符を浮かべる。キュリア相変わらず顔が真っ赤になってるけど、僕達は事の発端である彼に、戸惑いながらもこう訊き返した。
 「おらが踊り方を教えるがら、嬢ちゃん達はその通りさすればいいんだべ」
 「でっ、でも私達、踊った事なんて、ほとんど無いわ」
 「学校に通ってた時に、授業で一回踊っただけ…」
 「踊り自体は簡単だがら、安心してけれ」
 いや、それ、大問題でしょ? 例の老人はさらっとこう答えたけど、僕達にとってはそうではない…。今度ばかりはキュリアだけでなく、僕も顔から火が出そうになる。彼女の特性でこの空間は暖かいけど、この火照りは絶対に恥ずかしさから来ている。炎タイプのキュリアが、そのあまり体毛を汗でびっしょりと濡らすほどだった。
 「らっ、ランベル…」
 「うっ、うん…」
 こっ、これは、やるしか、ない、よね…。急きょ踊り手に指名された僕とキュリアは、再び目を合わせあう。林檎色に色づく彼女は、いつも以上に取り乱している…。だけどここまで来たら、やるしかない。僕も凄く恥ずかしいけど、そうしないとここまで出向いた意味が無くなってしまう。やむなく僕達は意を決し、小さく頷く。こうなったら何としてでもやり遂げる、恥ずかしさの方が勝ってるけど、僕はこう、自分に強く言い聞かせた。




 「嬢ちゃん、兄ちゃんも、準備はいいがい? 」
 「えっ、ええ…」
 「一応は…」
 あれから三十分、僕達はダースさんから踊りの指導を受けていた。正直言って恥ずかしさでそれどころじゃなかったけど、確かに簡単といえば簡単だった。彼の指導のお陰、かもしれないけど、粗方その方法を身につけられたような気がする。途中で何回かバトルもしたけど、とりあえず何とかなるかもしれない…。そんな訳で、ダースさんは夕日色に色づく僕達に、こう問いかける。それに互いに向かい合っている僕達は、空返事でそれに応じる。キュリアはどうか分からないけど、少なくとも僕は、覚えた事を忘れない様に、必死になってる…、そんな感じ。見た感じ照れから赤くなっている顔に、必死さも見えている気がするから、ひょっとするとキュリアも似たような感じかもしれない。
 「じゃあ早速、始めるべ」
 「あっ、はい」
 できれば、そうして欲しいね。僕達がとりあえずこう頷くと、依頼人の彼は待ってました、と言わんばかりに声をあげる。部屋の壁を背にするような場所に移動し、僕達二人に目を向ける。その後彼は両手をパンパンパン…、と叩き、リズムを刻み始めた。
 「キュリア、いくよ」
 「えっ、ええ」
 確か、三拍子を刻めばいいんだっけ? 向かい合った僕達は互いに合図を送りあい、小さく頷く。それがきっかけになり、僕達は同時にリズムを刻み始めた。
 ダースさんが言うには、一、二、三、一、二、三…。三拍子がダンスの基本。そのテンポを刻みながら、僕は右斜め前、左、右斜め後ろにステップを踏む。キュリアも同じ…、だけど周期が異なるリズムで、後ろ、前、前の順に跳躍する。
 「確か次は…」
 これを一回繰り返した後、次の動きに移る。この時には僕と彼女の距離は、彼女の体半分ほどに詰まっていた。そこで彼女が、後ろ足だけで立った体勢になる。このままだとキュリアはバランスをとるのが難しいので、僕が右手で彼女の左前足を、左で右前足をとる。優しく触れた彼女の手は、心なしかいつも以上に暖かいような気がした。
 「こっ、こう、かしら…」
 この状態で、僕は右に、彼女は左に、握りあった手をスイングさせる。そこから三拍分の時間をかけて、勢いよく僕から見て左に振る。更に往復させる途中、ちょうど両手をとり合った位置で、僕は彼女の右前足を放す。振った勢いを利用して、彼女はぼくから見て反時計回りに、左の後ろ足と僕が添える左前足を軸に一回転した。
 「はっ…! 」
 「っ! 」
 …! 彼女が一回転し、再び空いた手を繋ぎ合った時、僕達の目線も重なり合う。気のせいかもしれないけど、この時、形容し難い緊張と、例える言葉が見つからない火照りが、ほぼ同時に襲いかかってきた。
 「…」
 そっ、そういえば、こんなに近くでキュリアの目を見たのって、子供の時以来だっけ…。何ともいえない胸の高鳴りと気恥ずかしさから、僕は思わず重なった目線を反らしてしまう。視界の端でしか見えなかったけど、彼女も多分、ほんの少しだけ俯いたと思う。その証拠に、彼女から伝わってくる温もりが、更に激しく伝わってきたような気がした。
 「きゅっ、キュリア…」
 「なっ、なに…? 」
 「こうして手をとり合ったのって、いつ以来だっけ」
 両手をとった勢いをそのままに、僕らはまた右に振りきる。そのまま左、右、と振り子の様にふる。同じ要領で、今度は逆回転で、彼女はくるりと一回転した。
 「学芸会の時…、じゃなかったかしら」
 「そうだったっけ」
 「うろ覚えだけど、確かそうだったと思うわ。…ん?」
 回転し終え、両手を繋ぎ直してからは、ほんの少し両手を下げる。そこからすぐに真上に振り上げ、頂点で彼女の両前足を放す。僕から勢いを貰った彼女は、同時に後ろ足で地面を蹴り、真上に大きく跳ぶ。結果的に僕の頭上を飛び越し、自由になった前足で着地した。
 「ラピス…? この部屋にあったっけ? 」
 「無かったと、思うわ。もしあったなら、もうとっくに弾けているはずだもの…」
 彼女が着地した瞬間、その場所が一瞬、キラッ、と光る。後ろ足が地面についた時は、パリンッ、とガラスが割れた様な音がした後、薄水色の光が弾けた。
 「そう、だよね」
 次に僕は、十五センチほど、小さく上に跳ぶ。その間にキュリアは、真ん中の五本のしっぽを間に滑り込ませる。そこへ僕がタイミングよく乗っかる。右足が彼女の真ん中に触れた瞬間、彼女は残った外側の四本でもそこを掴む。巻き付けるように掴んだ彼女は、伏せた体勢をとる。シーソーのような要領で僕を真上に飛ばし、離れる直前にフリーの最外部の四本で、僕に回転をかけた。
 「ん? またラピス? 」
 「おらの事ぁお気になさらず」
 回転した状態で辺りを見渡すと、部屋の隅で何かをしているダースさんが目に入った。何をしているんだろう、気になったけど、そんな暇は僕達には無かった。どこからか色とりどりの輝石が降り注ぎ、僕をとり囲む。緑、黄、水、赤、青、紫、虹の計七色。この配色を瞬時に把握し、最後のそれだけに手をのばす。勢いが乗り過ぎて一つしか取れなかったけど…。それ以外は僕が回転していたこともあり、幾つかが僕のしっぽに当たる。それらはキュリアの時と同じように、カラフルな光として弾け飛んだ。
 「ガァッ」
 「よりによってこんな時に…、雷パンチ」
 「踊りに夢中で気づかなかったわ。ソーラービーム」
 着地した隙を見計らってか、どこからかダンジョンに住むポケモンが攻撃を仕掛けてきた。種族までは確認してないけど、僕はタン、タン、タンと三歩で距離を詰める。二歩目で右手に電気を纏うと、三歩目でそれを振りかざす。踏み込んだ時の風圧で割れたラピスが舞い上がり、それが僕の雷光を乱反射させる。アッパーするように飛ばしたので、二歩跳び下がっていたキュリアが、三歩目を着地すると同時に光線を放つ。それは敵が飛ばされる軌跡と直行するように突き進み、三分の一拍後に命中した。
 「キュリア! 」
 「ランベル! 」
 戦闘の結果を見届ける事なく、僕達はタン、タン、ターン、とパートナーに向けて跳躍する。僕達は互いに合図を送り合い、僕は両手を、キュリアは両前足をのばす。空中で互いにとり合い、同時に着地する。すぐに左手だけを放し、彼女は時計回りに一回転。回った事により彼女の九本の尻尾が靡(なび)き、風が起こる。風で舞い上がった破片が、今度はキュリアの特性によって照りつける陽光を反射する。最後に、右手も放す。その結果、彼女は仰向けに倒れる。そこは僕が、右腕で支えてあげる。締めと言わんばかりに光の欠片が降り注ぎ、辺りを煌(きら)びやかなスポットライトが彩った。




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Lien ( 2016/08/01(月) 06:00 )