承 狐火の想い
弐幕



 「ダースさん、このぐらいのペースならついて来れますか」
 「もし早ければ私たちがあわせるので、いつでも言ってくださいね」
 場所は移り、今私たちがいるここは、とあるダンジョンの中…。ゴードの谷という場所で、私たちが拠点にしている場所からあまり離れていない、山岳地帯に位置する。谷というだけあって、十五メートル先が見えなくなるぐらい薄暗い。足場はしっかりとしているけど、駆け出しのチームや経験のない人にとっては、踏破するのにかなり苦戦するかもしれない。だけども今はこの場所に似使わないほどの、暖かい日差しが差し込んでいる。そのお陰で視界は良好。私にはあまり関係ないけれど、体温の低下を抑えられている。小部屋と小部屋の間の通路を進んでいるので、今はいわば一列縦態。先頭がランベルで、最後尾が私。間に依頼主を挟む並びで、突入したばかりの通路を突き進んでいる。
 そんな中先頭を進むランベルが、徐(おもむろ)にこう尋ねてくる。背丈の関係で依頼主の背中しか見えないけど、もしかすると彼は、私たちの方に振り返って話しかけてくれているのかもしれない。なので私は、同じく彼からも見えないけど、真ん中の依頼主に対してこう付け加えた。
 「おらの人生、六十二年でダンジョンさ入るの初めてだけんど、安心してけれ。おらぁ田舎で畑さやってんだべ。んじゃから心配せんでけれ」
 まさか入ったことが無いとは思わなかったけど、畑仕事しているなら、何とかなるかもしれないわね。私たちの気遣いに、依頼人の老人はこう答える。田舎から出てきたせいか、訛りがきつかったけれど、彼は彼なりに配慮してくれているのかもしれない。聞いた感じでは喋るセリフに方言は無く、共通語に変換する必要はなさそう。種族のためかもしれないけれど、彼の言うとおり、心なしか年齢の割には体つきがいいような気がした。
 「それなら、大丈夫そうですね。でももし疲れてきたら、いつでも言ってください。すぐに休憩をとりますから」
 私たちは慣れてるけど、初めてならそうもいってられないからね。相変わらず依頼人のダースさんの背中で見えないけれど、たぶんランベルは、後ろ歩きをしながらこういってると思う。年齢を重ねている上に、突入するのは初めてらしいので、彼はいつも以上に気を使っている様子…。こういった場所でも自分以外に気を使えるところが、彼の長所だと私は思っている。それと合わせて、誰にでも分け隔てなく接することができるのも、利点の一つかもしれない。
 「それはありがたいわい。…そういえば一つ気になっているんじゃが、嬢ちゃんの特性はひでりがい? 」
 「えっ、ええ…、そうです、けど」
 「やっぱそうがい。おらの田舎は雨さ多いけんど、農業にはお日さんの光も必要なんだべ」
 「はっ、はぁ…」
 そうこうしている内に、私たちは細い通路を抜け、やや広めの小部屋に抜けてきていた。私たちが通ってきた道も含めて四つの通路があるけど、見通しはいい。この広さならすぐに対応ができるので、私は少しだけ、辺りへの緊張を緩める。それを知ってか知らずか、どちらかは分からないけれど、まるで見計らったようなタイミングで彼は問いかける…。ランベルは部屋の安全を確認するために少し離れた場所にいるので、この問いかけの対象は、私…。できれば触れられたくなかったので、私は空返事しかできなかった。
 さっきも言ったとおり、私の特性はひでり。何故かは分からないけど、私の亡くなった両親も、そうだった。昔聴いた話では、私は二千年ぐらい前から続く、歴史の長い家系らしい。そのためかどうかは定かではないけれど、私の一家は幼いころから、地元ではあまり良い扱いをされなかった。これは仲良くなり始めたころ、早生まれのランベルから聴いた話だけど、私の一家には良からぬ噂がでっち上げられていたらしい。三十五年…、私が生まれる三十一年…、いや、明日で丁度三十二だから、生まれる三年前ね。その時に、霧の大陸全体で大量虐殺事件が起きていたらしい。しばらくは難事件として扱われていたけど、発生から七年が経った頃、急展開を迎えたのだとか。ありもしない証拠を基に、何の罪も無い一般人が拘束された。その拘束された人物が、私の父親。濡れ衣を着せられた挙句、度重なる拷問の為に命を落とした。残された私たちにも、当然白い目が向けられた。今思うと、一家全員が貰い火じゃなく、他人とは違う特性だった、っていう事もあるかもしれない。集落の殆どがそうだったけど、逆に支えてくれていた人たちも、少なかったけどいた。その中の一組が、デンリュウの一家。…ランベルの家族。特に彼は、周りの反応なんか全く気にせず、ごく普通に接してくれた。私の母親は私が十歳の時に、病で亡くなってしまった。…もしかすると彼がいなければ、私は…。
 「ん、何が踏んだ気がしたけんど、気のせいだべか」
 カチッ…、辺りへと意識を巡らす私の背後で、何か軽い音が響く…。もしかして、何か踏んだ? そう思いながら後ろに振り返ると、悪い意味で私の予想は当たってしまう…。視線の先には、依頼主であるダストダスのダースさん。背が高いせいで気づくのが遅れたけど、彼の足元には機械的な何か…。その音からすると、例のソレが発動したのは明らか…。罠が発動したために、辺りに形容し難い霧が立ち込める。かと思うとすぐに雲散し、代わりに甘ったるい匂いが漂い始めた。
 「ランベル! 罠が発動されてしまったわ。注意して」
 この感じ、間違いないわ。部屋に漂い始めた匂いに、私はすぐに反応する。経験と嗅覚を照らし合わせ、脳内で罠の種類を検索する。まばたきするかしないかぐらいの短い時間でヒットし、同時に警戒レベルが引き上げられる。こう言う結論に至った私は、部屋の反対側にいるパートナに向けて、その事を大声で知らせた。
 「どうりで、急に敵の気配が増えた訳だ。…キュリア、闘う準備はできてるよね」
 「当たり前じゃない。ダースさん、今から戦闘になるので、私から離れないでください」
 発動させてしまったのはダースさんだけど、こうなってしまったら、もうどうしようもないわね。十メートルほど離れた場所にいるランベルは、納得だよ、という感じでこう呟く。かと思うとすぐに気持ちをバトルに切り替え、私にこう呼びかける。もちろん私は、既にそのつもりでいる。なので私は、背にしている依頼主の方に振りかえり、警告する。ダンジョンにおいて最優先なのは、自分の身ではなく依頼主の安全。離れた場所にいるデンリュウの元ではなく、ダストダスの老人の元に駆け寄った。
 「罠…、おらが何がしたんだべかね」
 「過ぎた事です。…ええっと一、二、三…。私の方には五で、ランベルは四、かしら」
 この数とこの距離なら、問題ないわね。依頼主の彼は何かを言っていたけど、私はそれをほとんど聴いていなかった。その代わりに、匂いにつられて接近してきたダンジョンのポケモンを数える。私が見た限りでは、通ってきた通路から反時計回りに、ココロモリが二匹と、ウデッポウとゴーゴートが一匹ずつ、そしてゴローニャも一匹…。属性にばらつきがあるけど、そこは問題ない。
 「本当は序盤から使いたくなかったけど、仕方ないわね」
 少なくとも部屋に九匹いるなら、あの技を使うべきね。こう思った私は即座に技の準備に入る。まず初めに、燃え盛る炎をイメージする。それを身体全体に行き渡らせ、エネルギーを添えていく。吹き荒れる風も同時にイメージし、エネルギー量を高めていく。そして…。
 「熱風」
 蓄えたエネルギーを一気に解き放ち、部屋内の空気に干渉する。するとどこから、暖かなそよ風が吹き始める。かと思うと、それは瞬時に勢いを増し、焼け付くような突風が辺りを駆け抜けていった。それに加えて、私の特性は日照り。探検隊である今では、光源だけでなくて威力の増強にも役立つ。ただでさえ属性が一致して威力があがっているところに、天気の効果が重なる。案の定、一番離れた場所にいたゴーゴートが、私の熱風に耐えられずに崩れ落ちていた。
 「ガあアァァッ」
 「そんな攻撃、通用しないわ! ソーラービーム」
 私の先制攻撃に耐えた四匹のうち、相性的にも有利なウデッポウが反撃をしてきた。熱波を気にせず私に迫り、クラブハンマーを発動。私を倒すことしか考えていないらしく、力任せに鋏を振り上げてきた。
 なので私は、即行で照りつける陽光を身体に取り込む。すぐにそれをエネルギーに変換し、口元に凝縮させる。相手の鋏が私の肩に触れるギリギリのタイミングで、それを一気に放出した。
 「グゥッ…」
 「まだまだ! 」
 ブレスとしてはき出したまま、私は左を向き、すぐに右を見る。そうすることで部屋の地面を薙ぎ払い、接近しようとしていたゴローニャとココロモリを、まとめて撃ち抜いた。
 「ガッ」
 「どうやら私が遠距離攻撃しか出来ないと思ってるみたいだけど、ハズレね。秘密の力」
 それでも私の熱線は全てを一掃するには至らず、一匹だけ残ってしまう。その一匹は電光石火で間合いを詰め、そのまま頭から突っ込んでくる。構えが若干変わったので、おそらく別の技に切り替えたのだろう。ハートスタンプで、大ダメージを狙っているようだ。
 それなら私も、同じ物理技で対抗しよう。技のイメージを基に後ろ足と腰に力を蓄える。瞬時に前に重心を移動させながら、後ろ足で左に地面を押し込む。腰で捻りも加える事で、私は右前足を軸に反時計回りに回転する。真正面でヒットするようにタイミングを合わせて、九本のしっぽを思いっきり叩きつけた。
 「グッ…」
 「トドメの神通力」
 発動させた場所の効果で、私の重撃を受けた相手に大きな隙が出来る。二メートル前にいる相手に強い念を送り、間接的に相手にダメージを与えた。
 「ふぅ。…ダースさん、怪我はないかしら? 」
 「嬢ちゃん、強いんだねぇ。おらぁ、ごんなすんごいバトル見るの、初めでだべさ。感動したべ」
 この感じだと、ダースさんに怪我は無さそうね。一通り敵を倒し終え、私はホッと一息つく。そのまま私は、守っていた依頼人の様子を伺うため、こう話しかける。だけど私が心配するまでもなく、彼はピンピンしていた。それどころかテンションが上がっているらしく、答えてくれた声が弾け飛んでいた。
 「一応これでも、探検隊歴十年以上ですから。…さぁ、見たところランベルも倒せたみたいなので、合流しましょうか」
 あの様子だと、私よりも早く倒したって感じかしら。何故か感動している依頼人の言葉に耳を傾けながら、私は横目でパートナーの様子を伺う。その先には、平然と佇むデンリュウと、力なく転がるポケモン達…。どうやらランベルは一気に決着を着けたらしく、柔軟体操と言わんばかりに手足を解していた。…ともあれ、罠によってもたらされた脅威は、苦戦する事なく取り払われた。その後私達は合流し、ダンジョンの奥へと歩みを進めた。




■筆者メッセージ
4509文字
Lien ( 2016/08/01(月) 05:58 )