フラッシュモブ - 起 二つの依頼
壱幕



 「ええっと確か、今日の依頼は…」
 霧の島にある大都会、ジョンノエタウン。霧の島の玄関にもなっているこの街には、各島からの観光客はもちろん、救助隊や調査団、そして僕らの同業者たちも沢山訪れる。自分で言う事ではないけど、いわば僕らは経験豊富なベテランチーム。隕石騒動の頃からだから、結成からもうすぐ十五年が経つ。パートナーの彼女とは、それ以前からの付き合い。同い年の幼なじみで、特別な存在と言っても過言ではない。
 そんな経歴を持つ僕、デンリュウのランベルは、右手に持つ二枚の依頼書を見ながら、こう呟く。身に染みついた流れで、僕は依頼内容に目を通す。複写されたそれは印刷されたばかりらしく、ほのかに熱を帯びている。それら二枚は依頼形態が異なるため、用紙の形式も若干異なっていた。
 「依頼人のダストダスさんを中層部まで案内して、それから深層部に潜むならず者を捕える、か」
 案内の依頼なら、オレンの実と復活の種、それからppマックスを中心に調達すればいいか。さらっと依頼書に目を通し、僕はすぐに必要な物品を頭の中で整理する。長年の経験から必要なものをリストアップし、不要なものを削除していく。残った物の中から、倉庫に預けているものと不足している物を仕分け…。案の定消耗品がそれに該当したので、買い揃えるために僕はその店に向けて足を進め始めた。ちなみに今は、僕のパートナー、キュウコンのキュリアとは別行動。どうやら彼女は別に買う予定の物があるらしく、そのついでに依頼人のダストダスさんと合流するつもりらしい。
 「レオンさん」
 「いらっしゃーい! ランさん、今日も依頼ですかい? 」
 そうこうしている間に、僕は目的の店に辿りつく。僕がその馴染みの店の店主、カクレオンのレオンさんに、こう呼びかける。使い込んだキーのリングルを身につけた左手で会釈すると、彼も気前よくこう答えてくれる。ルーティーンになっている挨拶の後、彼はいつものセリフでこう尋ねてきた。
 「まぁ、そんなところです」
 「キュリアちゃんとは別ですね」
 「ヘアブラシがダメになったから、雑貨店に行ってるんですよ。レオンさん、いつもの、頼みましたよ」
 「オレン二個と大きな林檎二個、ppマックス二個に穴抜けの玉一個、癒しの種三個と復活の種二個ですよね? 毎度ありー」
 彼にこう訊かれたので、僕は二枚の依頼書をトレジャーバッグに仕舞いながら、こう答える。その後、パートナーの不在に気づいたレオンさんは、立て続けにこう質問してくる。やっぱりレオンさんは全部お見通しだなー、そう思いながら、僕は彼女の姿を思い浮かべる。若干顔が火照ったような気がしたけど、こんな感じですね、と彼女の予定を話しておいた。
 「今日の依頼はゴ―ドの谷なんで、何か珍しい物があれば持って帰ってきますね」
 「楽しみにしてますよー」
 これもいつもの流れだからね。財布から商品の金額を支払うと、僕はすぐにそれらをバッグに片付ける。その時ふと依頼書が目に入ったので、ついでにその場所の話題を出してみた。時々依頼で訪れた場所で拾ったものをお土産として渡しているので、これもいつもの流れ。商人ではあるが、それ以前に友人であるので、期待の意味を込めて彼はこう言う。いつしか彼へのお土産探しは、僕の趣味の一つになっているけど…。
 「じゃあレオンさん、キュリアが待ってるんで、そろそろ…」
 「ランさんランさん」
 「はっ、はい」
 「ランさんにぜひ、試してもらいたいものがあるんですよー」
 一通り話し終え、僕はレオンさんに会釈し、店を後にしようとした。バッグの紐に手をかけ、立ち去ろうとした瞬間、彼は慌てて呼び止める。急なことだったので頓狂な声を出してしまったけど、それでも何とか、踏み出そうとしていた足を止める。振り返りきるかきらないかの際どいタイミングで、彼は意味ありげな笑みを浮かべて僕にこう言ってきた。
 「試したい、もの? 」
 「はい! これなんですけど…」
 今まで何回かあったけど、今回は何なんだろう、こう思いながら、僕は首を傾げる。友人という事もあって何度もこういう事があったので、きっと試供的な感じだろう。僕に訊き返された彼は、待ってましたと言わんばかりに大きく頷く。かと思うと彼は、前もって準備していたらしく、身を屈めて店のカウンターの下へ…。そこに置いてあったらしく、彼はニコニコと子供の様な笑みを浮かべながら、例のソレ…、箱に入った何かをとりだした。
 「罠避けのお守りと言って、その名の通り、罠を踏んでも発動しなくなるという優れモノなんです」
 「それはありがたいですね」
 「ただ、まだ製品用に開発されたばかりなので、効果が発動するかは分かってない状態です」
 「という事は、僕が持っていってそれを確かめればいいんですね? 」
 なんだ、やっぱりいつもと同じか。彼がその箱を開けると、中には何の変哲もない石…。強いて言うなら、少し赤味がかっているような…、そんな感じ。石の礫と同じような見た目のそれを、レオンさんは商人らしく熱く語る…。途中で質問をしようとしたけど、その暇さえない程だった。
 二分ほど待ってようやく、彼は解説に満足したらしい。最新の装備品を試させてもらえるのはありがたいけど、この熱の入った解説が玉に瑕…。とにかく、その事は置いておいて、勢いが止まったところで、僕はすかさず声をあげる。要はこういう事なので、これまたいつのもセリフで、無理やり締めくくった。
 「あっ、そうだ。レオンさん、頼んでおいたもの、ありますか? 」
 いけないいけない、レオンさんの勢いに圧されて忘れるところだった。こう言い終えた僕は、ふとある事を思い出す。僕にとっては最重要ともいえる事なので、慌てて彼にこう言う。一昨日オーダーしておいたソレの事を、婉曲的に訊ねた。
 「はいはいー、届いてますよー。そういえば明日はキュリアさんの誕生日でしたね? という事は、プレゼントですね」
 「よかった…。…キュリアには、言ってないですよね」
 「当然じゃないですかー」
 予約が一杯だって聴いてたけど、間に合って安心したよ…。もしかしたら間に合わないんじゃないか、そう思っていたので、彼の言葉にホッと肩を撫で下ろす。これは明日…、いや、今日の僕には最も大切な物…。依頼が終わった後で、サプライズを計画している。その時にある事を伝えた後に、プレゼントとして渡す予定。今はラッピングされた小箱の中に入っていて見えないが、この中にはオルゴールが一つ、納められている。それも彼女が好きな楽曲を、オーダーメイドで収録してもらったものだから…。
 「あー、ランベル、やっぱりここにいたのね」
 「おおっと、ごめんごめん。つい話し込んでしまってね」
 この感じ…、危ない危ない。危うくバレるところだったよ。頼んでいたプレゼントをレオンさんから受け取った丁度その時、僕はある事を肌に感じる。霧の島という事もあって気温はやや低めだが、ほんの少しだけ、気温が上がったように感じる…。これを予想以上に早く感じたので、僕は慌ててリボンで結ばれた小箱をバッグに仕舞う。案の定街の集会所の方から、一つの澄んだ声…、キュウコンのキュリアがこう僕を呼ぶ。彼女の特性のお陰で直前に分かったけど、一歩反応が遅れれば僕の計画がパーになるところだった。ともあれ、話に夢中だったのも事実なので、僕は彼女にこう謝っておいた。
 「だろうと思ったわ」
 やれやれ…、彼女はこんな感じで、若干呆れた様な表情を見せ、少し俯いた状態でため息を一つつく。だけどすぐに、彼女は視線を僕とレオンさんの方に戻す。ふふっ、と小さく笑みを見せ、相変わらずね、と僕達に呟いていた。
 「…で、キュリア? この人が依頼人のダースさんだね」
 「ええ、そうよ。ゴードの谷の中腹にある、隠し通路に行ってみたいそうよ」
 うん、種族もダストダスだから、間違いなさそうだね。彼女の笑顔の後ろのもう一つの影に気付いたので、僕はそのままこう尋ねる。種族は依頼書を読んで知っていたので、すぐにそうだと分かった。キュリアはもちろん、僕から見ても見上げる様な背丈なので、パッと見壁じゃないか、そういう感想を抱いた。だけどそんな考えは頭の片隅に追いやり、僕とレオンさんは彼? の方をほぼ同時に見上げた。
 「そういうことじゃわい。…おらぁ都会さ来るの初めでなんだべ。港さ歩いでたら嬢ちゃんに見づけてもらったんだべさ」
 「プッ…、そっ、そうなんですか。初めてなんですかー。おじいさん、お一人で大変だったでしょう」
 「この街は入り組んでますしね」
 すっ、凄い、訛りが…。僕は辛うじて堪える事ができたけど、どうやらレオンさんはそうはいかなかったらしい。ツボにハマったらしく、思わず吹き出してしまっていた。だけども彼は、無理やりそれを誤魔化す。半ば自棄(やけ)のような感じで、ぎこちない笑いを浮かべながら、こう取り繕っていた。一方のキュリアは、耐えられていたらしく、涼しい表情を浮かべていた。迎えに行ったのは彼女だから、多分そのためだろう。
 「それはそうと嬢ちゃん達、男ど女どいう事は、カップルがい? 」
 「いっ、いや、わっ、私達は、そそそそっ、そんな、かっ、カップルじゃ、ないですよ」
 「僕達は、おっ、幼なじみ、ですから」
 いや、でっ、でも、少なくとも、ぼっ、僕は…。思いがけず高い位置から投下された言葉に、僕だけでなく、キュリアも取り乱してしまう。僕は身体が火照るだけで済んだが、彼女には相当効いたらしい。黄金色の毛並みが真っ赤に染まったかのように熱を帯び、言葉もかなり乱れている。神速並の速さで右の前足を左右に振り、そうでないと必死にアピール…。彼女の前では恥ずかしくて言えないけど、そんなしぐさが凄く可愛い…。彼女はこういう時に決まって、こういうしぐさをする。その度に僕はいつも、何とも言えない感情に満たされているのだ。
 「とっ、兎に角、ダースさんとも合流できたんだから、早く行きましょ」
 「そっ、そうだね」
 キュリアも、どうやらこの状況から早く逃げ出したいらしい。顔を真っ赤にしながらこう言い、タン、タンと街の出口に向けて駆けようとする。九本あるしっぽの全てでも、その方向を指す。右に同じくという感じで、僕もそんな彼女に便乗する事にした。…後ろの方で、何かクスクスと笑うような声が聞こえた気がするけど…。



■筆者メッセージ
4298文字
Lien ( 2016/08/01(月) 05:57 )