§3 Vol 湖のほとりで(炎武)
二番道路 Written by Vola
『――それで、あんた達は知り合いの家に行く所だったんだねぇ』
『うん。本当は研究所にいるはずだったみたいなんだけど、いなかったから……』
アタイにとっゃあこの坂は慣れ親しんでるものだけど、今日だけは少し違う。さっき何となく人間を持ち物を盗もうとしたアタイ、クスネのボーラは、逆にそのトレーナーに捕まってしまった。そのとき戦ってたヒバニー、ヒノカもそんなつもりじゃなかったみたいだけど、トレーナーの気まぐれ、って言うのかねぇ。野良から就きになったけど、見え方が変わらないのには驚いたねぇ。いつも通りの長閑な湖畔で安心した。
それでアタイ等は今長い坂を下りきったところで、その先にある大きな屋敷に向かってるところ。今までのアタイにとっちゃあ関係のなかった事だけど、トレーナー就きになった今は違う。ヒノカから聞いた事だけでいまいち分かりきっちゃあいないけど、推薦状? とかいう紙切れをそこにもらいに行く、って言ってたねぇ。紙切れ一枚なんてアタイからしてみれば簡単にくすねれると思うけど、そうしちゃあいけない、てヒノカが言ってた。
「ポップが先に来てるはずだけど、もういるのかな」
『何かあった、アタイならそう考えるねぇ。日が昇って大分経つから、病気で倒れてるとか――』
『うーん、わたしなら夜更かししてて寝坊した、って思うかな』
で坂を下りきったところでアタイ等のトレーナー、マサキが一人で何かを呟く。ついさっきまで野良だったアタイの知った話じゃあないけど、こんな時間なのに研究所? にいないのはおかしい、ってアタイにも分かる。けどヒノカは呑気なのか、あはは、って笑いながらこんな事言ってる。確か今から会う人、助手してるとか何とか、って言ってたから、流石にそれはないと思うけどねぇ。
『さすがにそれは無いんじゃないのかぃ? 』
『そうかなー。……着いたみたいだし、会ってみたら分かるんじゃないかな? 』
『それもそうだね』
そうこうしてる間に、アタイ等はマサキが言ってた場所に到着する。といってもアタイにとっちゃあ見慣れた屋敷だけど、先頭を歩くマサキの後をアタイ等はついていく。見慣れたと言っても誰が住んでるのか……、どんな種族がいるのかは知らないから、ちょっとだけ興味あるね。
「ええっと、すみません! 」
それで勝手に庭に入っていったマサキは、玄関の前で立ち止まって小さく咳払いする。握った右手でそのまま扉をノックしてから、喉に力を入れて大きな声で呼びかける。マサキがこんなに大きな声出せるなんて知らなかったから、アタイはちょっとびっくりしてるけど……。
「あっ、はいはい。今行くよ」
すぐには出てこなかったから入れ違いになったかな、そう思ったけど、アタイの予想はすぐに外れる。ちょっとラグがあったけど、屋敷の奥の方から一つの声が返ってくる。多分人間の女の人だと思うけど、屋敷の中から足音が聞こえてきてる。それにしては数が多いような気がするけど、扉が開いて――
「ごめんごめん、お待たせ! 」
二人の女の人が出てくる。何で荷物抱えてるのかはアタイには分からないけど、二人はもしかすると姉妹なのかもしれないねぇ。今中から遅れてサンダースが出てきたけど、片方はマサキとおなじぐらいかもしれない。
「ええっと、君がソニアさん? 」
『マサキ、流石に違うと思うけど……』
それでまさかとは思ったけど、マサキは一度二人の事を見てから、年下っぽい方に声をかける。
『いやどう考えてももうひとりの方だと思うけどねぇ』
こんな凡ミスするなんて思いもしなかったら、アタイは呆れて思わずため息をついてしまう。ついさっきメンバー入りしたアタイでもちょっと考えれば分かる事の筈だけど、助手をしてるならマサキよりも年上のはず。それにアタイも今気づいたばかりだけど、サンダースが側にいる方は、腰のベルトに五つもボールをセットしてる。今のアタイは就きだからくすねるような事はしないけど、年下の方は研究者、ていうよりトレーナー、歩の方がお似合いかもしれな――
「うん。こっちの方が僕のパートナーのカナ――」
「うわっ! さっ、サンダースが、喋った? 」
マサキがこんなだからサンダースも何か思ったみたいで、上を見上げてアタイ等に紹介してくれる。――かと思ったけどその途中で、マサキが急に声を荒らげて騒ぎ始める。アタイの聞き間違いじゃあなければ、多分マサキはサンダースが喋った、って言ったと思う。だからアタイは確かめるって意味も込めて――
『え? あんたもしかして……』
雄のサンダースに言葉を濁して声をかけてみる。そんな夢みたいな事あり得ないと思――
「うん。僕達は違いが分からないけど、喋ってるよ、人間の言葉」
『ほっ、本当に? 』
思いはしたけど、アタイは本当にそんな事、信じられない。けど今度は確かに彼が喋れる、て言ったし、マサキも三度見ぐらいして二人の女の人に訊き返してる。だからアタイはもちろんヒノカも――
『でっ、でもそんな事ってあるの? 』
黒いサングラスとかネックレスとか……、着飾ったサンダースに迫らずにはいられなくなってしまう。だってアタイだけに限らず、ポケモンの言葉は人間には伝わらないのが普通。けど今さっき、それも目の前で、サンダースが喋った事がマサキ達に伝わってた。何かアタイの中の常識が崩れたような気がして、なんとも言えない気持ちになってきてるねぇ……。
「僕は生まれつきじゃないんだけど、あるみたいだね。……ええっと、君達の種族が分からないんだけど、僕はジョウト地方から来たコット」
『ジョウト? 聞かない名前だねぇ』
アタイはもっとサンダースからその事聞きたかったんだけど、何故かかぐらかされた。無理矢理話題を変えられたから凄くモヤモヤするけど、今更元に戻すのも、ねぇ……。それに聞かれたくない事だったかもしれないから、もしアタイが彼でも、同じことしたかもしれない。
それでサンダース――コットは自己紹介してくれたけど、聞いた事無い単語が出てきて思わず首を傾げてしまう。
『ヒノカ、あんたは何か知ってるかい? 』
だからアタイよりも就いてる時間が長いヒノカの方に振り返り、すぐに訊ねてみる。ヒノカはマサキに付く前別のトレーナーのところにいた、て言ってたから、もしかすると知ってるかもしれない。ほんの少し期待はしてみるけど、ヒノカも知ら――
『うーんと、何だったかな。……あっ、思い出した! 』
知らないって思ったけど、良い意味でアタイの予想が外れてしまう。少しだけ腕を組んで考えてたけど、すぐに短く声をあげる。
『前に知り合いから聞いたんだけど、ガラルから凄く離れた所にある地方だったと思うよ』
すぐに教えてくれはしたけど、遠い地方だって言われても、いまいち実感出来ないねぇ。アタイの知らない場所からきたサンダースなら、この辺じゃあ通らない常識ってもんが向こうにはあるのかもしれない。
「そうそう! もしかしたら君達とそうなのかもしれないけど、ジムチャレンジに挑戦しに来てね」
『そうなの? じゃあわたし達と一緒だね! 』
相変わらずコットがいたっていうジョウト? ってのは分からないけど、そこはあまり気にする事じゃないような気がしてきた。彼が人間の言葉喋ってる事もそうだけど、コットもジムチャレンジするっていうなら、アタイ等も黙っちゃあいられないねぇ!
「ってことはやっぱり、君達も? 」
『うん! 』
『へぇ。じゃああんたはアタイ等のライバル、って事になるねぇ』
競う相手となると、アタイは絶対に負けたくない。……確かにアタイは野良を卒業したばかりでバトルも初心者だけど、頭のキレと手先の器用さには自身がある。それから今までは対し体力は出なかったけど、就きになった今なら、得意のふくろ叩きを存分に使う事ができる。この技なら悪タイプらしくずる賢い戦いだってできそうだし、何より誰かと協力して戦う、これに小っさい頃から憧れてたんだよねぇ。
「そうなるね。ええっと――」
『あっっそっか。サンダースのコット君……でいいんだよね? ジョウトから来たなら、わたし達の種族、知らないんだよね』
「うん」
『じゃあアタイ等も名乗らなきゃいけないねぇ。アタイはクスネのボーラで』
だからライバルになる彼に名前を覚えてもらうためにも、種族名と合わせて口にする。彼がどのくらい戦えるのかは分からないけど、少なくともアタイ等の壁になる事は間違いないかもしれないねぇ。
『わたしがヒバニーのヒノカ。コット君、よろしくね! 』
ヒノカは友達感覚で自己紹介してるような感じはあるけど――
「うん、よろしく」
ひとまずアタイも、彼の左前足に自分のを重ねて、小さく上下に振る事にした。
To be continued……